その26
篠宮家が天孫の血を引く一族だった。
なかなかに、衝撃的なお話になり、私やお義姉さん方もやや放心していた。
千尋お義姉さんは、知っていたのかな。
康治さんは秘密を沢山抱えていそうだから、支えが必要だよね。
後継ぎ候補だった和威さんは離れてしまっているし、これからは隆臣さんが当主を担うだろうから、隆臣さんに引き継がれていくのだろう。
「そう言えば、悠斗さんが特許開発した技術の講演依頼が来たときに、お忍びで宮家の方が出席していたと、聞きました」
「雅博さんも、似たようなことを言っていたわ。こちらは、戦後に宮家を名乗れなくなった方だったけど。雅博さんの会社に就職されて、指導員に指名されたらしいの」
「隆臣の亡くなったお嫁さんは、降嫁なされたお家だったのよ。今だから、言えることだけど。あちらのご両親に反対されていたのが、いつしか手の平返しで受けいれられて戸惑ったものよ」
はあ。
お義兄さん方も、いろいろと関り合いがあったのか。
和威さんは何も言わないけど。
入社早々問題起こして新人を、会社が実家がある近くの市に支社を建てて隔離したのは、そうした忖度があるっぽいかも。
まあ、朝霧のお祖父様も手を回していそうだ。
和威さんが東京に転勤になった直接の原因は、あるゲーム会社が開発する次世代オンラインゲームの共同開発だけど。
調べてみたら、出資者に朝霧グループと緒方商事が連なり、ある見慣れない財団法人の名があった。
ゲーム会社とは関り合いがない、お堅い財団法人が何故にと思っていたら、これが裏側にあったとはね。
その財団法人の名誉総裁を勤めるのは、宮家の出の夫人を奥さまに戴く方。
ははは。
乾いた笑いしか出てこないよ。
「話を変えましょう。どうせ、帰ってきた旦那様方に話を聞いたとしても、どうすることも私達には出来ないですし」
「その内に、あちらの方々に外堀埋められまくり、いや応なしに親戚付き合いしなくてはならなくなりそうで、恐いですけどね」
「同感です。祖父が朝霧グループの会長であっても、外孫の私は一般会社員の娘です。学友に選ばれなくて、助かりました」
学友にと推挙されるとしたら、直系男子の楓伯父さんちの真雪ちゃんだろう。
他家に嫁いだ姉や妹家族は、朝霧グループとは距離を開けている。
後継ぎ問題で争いを無くす為に、伯母さんや母は徹底して教育してきている。
それに、楓伯父さん自身も、篤従兄さんが後継ぎにならなくても良い道筋を、逃げるのは恥ではないとばかりに薦めていたりする。
水無瀬を継がないとならない立場の兄が、若干可哀想に思えるも、本人は乗り気だからよしとしよう。
「佳子さんも、恵美さんも、夏生さんも、琴子さんも、其々の後楯は一角の功績がある方々に違いはないでしょう。お祖父様が人間国宝だったり、智識財産で褒賞されたり、宮家に縁があったり、大企業の会長さんだったりで、千尋ちゃんが蔑ろにされるのではないか。随分と気が揉んだわ」
夏生さんは隆臣さんの、亡くなられた奥様である。
佳子お義姉さんのお祖父様は能楽師であり、恵美お義姉さんのお祖父様は悠斗さん以上に特許権を所持しておられる。
私なんて、母が朝霧の娘だっただけだしね。
つい最近まで、水無瀬の巫女を継承するとは思いもしてなかった。
千尋お義姉さんは、篠宮家の分家のお家出身。
分家の中でも低い位置にいて、康治さんとは幼馴染みだったりする。
だから、お義母さんはちゃんづけで読んでいる。
ただ、絶対に表だって言えない事情がある。
千尋お義姉さんは低い分家の娘だからか、無理を言われて康治さんの側に来た人なのだ。
お年頃になった康治さんの、性的欲求を解消するお相手として選ばれた。
しかし、康治さんは大人達の思惑を一蹴して、千尋さんを馬鹿にした分家を篠宮のお祖父さんと潰した経緯がある。
分家にしたら本家に嫁入りさせるのが、位置付けを上にする手段でしかなく。
千尋お義姉さんの実家は、どうした訳か既に無く、後楯は弱い立場でいた。
和威さん情報によると、お義母さんとお義祖母さんが親代わりで可愛がり、煩い分家は黙らせたそうな。
でも、お子さんに恵まれないでいたからか、佳子お義姉さんが嫁いだら、本家の嫁の上下関係を弁えるように話題があったらしい。
勿論、佳子お義姉さんも恵美お義姉さんは、千尋お義姉さんをたてた。
夏生お義姉さんも、千尋お義姉さんを実の姉のように慕っていた。
私達嫁連合は、一貫して千尋お義姉さんが本家の女主人であるのを支持している。
だから、お義母さんの心配は杞憂に終わった。
「そう言えば、千尋お義姉さんは今回はお留守番ですか? 康治お義兄さんとお義母さん方が上京したら、留守は大変でしょうね」
「教えてくだされば、応援に行きましたのに。私達は都内にいますから、なぎ君やもえちゃんには会いやすいですしね」
お義姉さん方の気遣いに、お義母さんの表情でが曇った。
幾分肩を竦めて、力なく笑った。
そして、私を見やった。
「千尋ちゃんね。入院しているの」
「あの? ご病気ですか?」
「私を庇って、二度も怪我をしてしまったの。一度目は、雅博から琴子さん達が病院に運ばれたと聞いた後にね。最初は、和威が運転する車が事故でも起こしたかと思ったの。その割りに、康治が家人を連れて飛び出していったから、不思議に思ったの。雅博から連絡受けた康治は、詳しく説明しなかったせいなのだけど」
和威の馬鹿息子。
と、嘆いていたら、彩月さんから詳しい連絡が篠宮家にきた。
なぎは腹部の主要臓器が破裂した。
もえは折れた肋骨が肺を傷つけていた。
私は、違法改造されたスタンガンを浴びて、意識不明になった。
慌てて、和威さんに電話したら、川瀬が大挙して朝霧家を強襲した。
しかも、私の従姉妹を騙して侵入した。
頭に血が昇ったお義母さんは、床の間に飾られていた真剣を片手に飛び出そうとした。
折しも、その時に山津波が発生して、お義母さんは衝撃で縁側から庭に倒れこんでしまった。
庇った千尋お義姉さんが左肩を強く打ち、鎖骨に皹が入ってしまった。
帰宅した康治お義兄さんに叱られて意気消沈したお義母さんは、私達の快癒を願って媛神様のお社に毎日お詣りに出かけていた。
一月後に、千尋お義姉さんは退院した。
本来は、まだ入院してなくてはならないのだけど、山津波の被害にあった集落が気が気でならなかったお義姉さんは強引にしたそうだ。
そして、お義母さんのお詣りに同行した。
ところが、前日が雨だったせいで、長い石段を昇っていたお義母さんが足を滑らした。
またまた、庇った千尋お義姉さんが、頭を打ち意識が混濁した。
左肩と左足が、変な方向に曲がっていた。
お付きの家人がヘリの免許を所持していたので、ドクターヘリさながらに市の病院に運ぶ。
診断結果は、左足の単純骨折と、左肩の粉砕骨折。
左肩は、形成手術でも元に戻らない可能性があった。
外科医として腕の良い彩月さんは、遠い東京の地にいる。
蒼白になったお義母さんを助けたのは、朝霧家だった。
災害救助の支援で、朝霧グループが資金を出して、様々な専門医を派遣してくれたのである。
幸いにも、千尋お義姉さんは手術を受けられ、障害が残るものの切断は免れた。
いまは、リハビリに頑張っているのだと、教えていただいた。
和威さんがこの話を聞いたら、有給を取ってお見舞いに行きそうだ。
千尋お義姉さんは、和威さんの第二の母だしね。
双子ちゃんが長い時間の移動に耐えれば、私達も行きたいのだけど。
無理はさせられないよ。
それに、千尋お義姉さんの怪我の原因の一部は私達にある。
いたたまれない。
「それから、篠宮のお山を狙う官僚が、うちの粗捜しをしているそうなの。だから、下手に第三者に暴露される前に言うわね」
渋面をしたお義母さんは、意を決して重い口を開いた。
「和威のことだけど。あの子は、厳密に言えば私の息子ではないの」
えっ?
あんなに似通った兄弟がいるのに?
臣さんと和威さんは充分に兄弟と分かるのに?
「その辺りの事情は、雅博さんが康治さんから聞いています。康治さんの愚痴を言える相手が、雅博さんしかいなかったと。お義母さんは、代理出産をされたのですよね」
「そう。和威の遺伝子上の両親は、康治と千尋ちゃんよ。千尋ちゃんが身内に騙されて堕胎させられて、子供を二度と妊娠できない身体にされた。康治は子供が出来にくい体質なだけで、全く子供に恵まれない体質ではなかった。確率は低いものだったけど、自然と千尋ちゃんは妊娠してくれた。入籍は極秘にして千尋ちゃんを迎えようと準備をしていたら、聞き付けた分家にしてやられたわ。千尋ちゃんの身内に大金を支払って、薬を盛って堕胎手術よ。康治が荒れたわ。人死を出したけど、お山が制裁をしてくれたから、世間は騒がせなかった。私はどうしても、千尋ちゃんに赤子を抱かせたくて。不妊治療をしていた二人の凍結受精卵を移植したの。私の独断にお義父さんも、産まれてくる子供の人権はどうするのか。また、籍はどちらにいれるかで揉めたわ」
「お義母さんが重度の妊娠中毒症にかかり、出産後も入退院繰り返したことで、和君は五男としたのですよね」
「佳子さんの言う通りよ。媛神様のお社から神託として、私が長生きするにはそうするしかない。人工的だけど、望まれた子供には違いはなし。五男とすれば、和威は得難い伴侶と出会い、幸福な人生を送れる。千尋ちゃんも義姉として、第二の母としてならお嫁に来てくれる。
堕胎の一件で、婚約を解消しかけた千尋ちゃんを、引き止めたくて受け入れたわ」
和威さんの出生の秘密は、お墓まで持っていきたかったけれど、大義名分を嵩に権力を有している政治家が暴き出した。
第三者をのさばらせない為にも、康治さんは和威さんに教えることに決めた。
私達にも話されたのは、巻き添えでお義姉さん方にも不利を講じさせない為。
腹立つなぁ。
高々、希少なレアメタル欲しさに、他所の家庭を壊して許されると思っているのが、政治家のやり方だろうか。
お祖父様に愚痴ろう。
潰れてしまえ。
柄が悪いが指を立てて、面と罵りたい。
水無瀬の巫女の能力を個人的に使用してでも、暖かな篠宮家を守りたいよ。
兄にも相談しようっと。
嫌がらせに関しては、兄に軍配があがるだろうから。
待ってなさい。
篠宮家を侮る責は、自身で購って貰おう。
絶対に、許すものか。
追記。
私の願いは叶えられた。
日本の象徴の方が、声明を出された。
天孫の御陵を守り受け継いできた家に対して感謝するとともに、レアメタル欲しさに謂われなき罪をデッチ上げて奪おうとした政治家を名指しして弾劾された。
現役大臣の名をあげて、遺憾を述べられた。
内閣府は連名で、某大臣を更迭し、陛下が声明を出すに至った経緯を重く受け止め、民意を問うべき解散総選挙に踏み切った。
のちに、件の大臣以下政治家は軒並み信用を喪い、僻地で隠棲するはめに。
この辺りは、お祖父様関連だろう。
さる歴史家が篠宮家に眠る古文書を強請りにきたりと騒がせたものの、その歴史家も姿を消すはめに。
これも、お祖父様かな。
一時、騒がしくなった篠宮家であるが、良識的な研究者を筆頭に火消しが行われて、少しずつ縁が結ばれていく。
双子ちゃんが中学生になった年に、研究が纏められて本が出版されることなる。
後記には、陛下の直筆文が添えられていて、話題になった。
天孫の御霊が健やかにお眠りになるお山を、どうか騒がせないで欲しい。
おかげさまで、お山は観光地になることなく、守られていくことになった。




