その24
食べ終わったなぎ君に薬を飲ませ、一足早くお暇しようとしたら、兄に止められた。
「そう急かして帰らない方がいい。着替えた部屋に寝かせればいいぞ」
あの部屋に?
兄の真面目な顔つきに、茶化す余裕はなかった。
何か、先見で不都合が見えたのかな。
兄の提案に乗った。
それぞれ、なぎ君ともえちゃんを抱っこして会場を出ると、珠洲ちゃんとお兄さんの橘さんが護衛で待機していた。
傍らには、副支配人もいる。
「申し訳ありません。何やら、朝霧様に接触をはかろうとする不作法者がおります。今は、ロビーに降りない方がよろしいかと」
VIP専用のエレベーターに案内される。
こちらでは、西澤さんが待機していた。
まあね。
朝霧家の親族が一堂に介しているし、ものものしい警護も必要になってくるよね。
明日も違う会場で朝霧グループ主催のパーティーがあるから、気が早い暇人はホテルに宿泊しているかもしれないし。
少しだけ警戒しながら、部屋がある階に移動した。
西澤さんと橘さんが先回りして安全を確認してから、部屋にたどり着く。
不安を感じていたなぎ君が、私にしがみつく。
和威さんも渋い表情でもえちゃんを、しっかり抱っこしていた。
何事もなく、部屋に入る。
ほっと、一安心する。
「では、何かありましたら、遠慮なくお呼びください」
副支配人さんと護衛の二人は、部屋から出ていく。
このフロアは丸ごと朝霧家の貸し切りになっていた。
エレベーター前のロビーで、待機するようである。
「もえ様は、こちらにお寝かせ致しますか?」
珠洲ちゃんが、主寝室のベッドを準備してくれた。
外国人の体型に合わせたベッドは私達にだと、キングサイズ位ある。
家族四人で余裕に寝れた。
もえちゃんの靴と上着を脱がして、ブラウスのボタンを緩める。
序でに、なぎ君も靴を脱いでもえちゃんの横に寝転ぶ。
「なぎも、ねんねするか?」
「なぁくん。ねむゅきゅ、なぁい。ぢぇも、もぅたんにょ、しょばにいう」
「そうか。もえが寂しくないようにか。優しいな」
優しいのと、警戒しているのではないかな。
もえちゃんを守ろうとしているんだよね。
大怪我しても、懸命にもえちゃんを守ろうとした前科があるから、ママは心配だけどね。
和威さんに頬を撫でられ、にっこり笑顔。
そんな、なぎ君はもえちゃんの胸元をぽんぽんしてねんねの歌を歌う。
しばし、双子ちゃんのほんわかした空気を、和威さんと見守る。
「失礼致します。巧様と司様がお出でになりました」
はっ。
珠洲ちゃんを忘れていた。
いや、巫女のお付きになるだけあって、気配を絶つのが凄い。
そして、万能家人の彩月さんと二人して、気配りが上手すぎ。
率先して行動してくれるから、私は甘えてばかりでいる。
「和叔父さん。お父さん達が呼んで来てって」
「なんか、断れないお誘いが来てるんだって」
「お誘い?」
「うん」
「康治伯父さんは、知っているみたいだったけど」
「琴ちゃんのいとこさんが、省庁の人だって言ってた」
扉口に顔を見せた巧君と司君が、代わる代わる報告してくれる。
省庁の役人が和威さんに、何の用事があるんだろうか。
「和叔父さんだけでなく、お父さん達にもって」
「兄弟皆さんで、来てくださいって」
「篠宮家に用事があるのか。でも、兄弟全員は腑に落ちないな」
「うん。何か、良くないことかなぁ」
「お父さん達。帰ってこれるかなぁ」
あらら。
巧君と司君が、すっかりしょげている。
警察ではないから、不当に拘束されるのではないよね。
お山の災害についてのお話では、なさそうだけど。
弁護士さんを同行させた方が良さげな気がする。
「大丈夫。お父さん達がお叱りを受ける話ではないよ」
「奏太さん?」
「まあ、どちらかというと、びっくりするお話かな。でも、篠宮のお山についてのお話だから、巧君と司君が大人になったら教えて貰えると思うよ」
「そうなんだ」
「なら、安心だね」
兄よ。
言葉に、水無瀬の能力を使ったな。
不安がる巧君と司君に、大丈夫と暗示を植えたな。
こういうのが、分かるようになってきた。
目に見えて明るくなる表情に、和威さんも安堵していた。
「巧君と司君は、テレビゲームは好きかな。従兄弟の海翔さんが手配してくれて、ゲーム大会しようとしているんだけど」
海翔従兄さんは、某ゲーム会社に勤務している。
開発組ではなく、企画営業スタッフだけど。
和威さんも若いから、各種ゲーム機器は揃えている。
が、どうも中のプログラムに興味があって、碌に遊んではいない。
海翔従兄さんも、和威さんにゲームの内容ではなくできを聞いてきたりしている。
交流があるのはよいことなんだけど。
そういうのは、専属のデバッグさんとかがするお仕事ではないのか。
海翔従兄さんから、ゲームソフトが送られてくる度に思う。
愚痴を言ったら、何と海翔従兄さんは和威さんを開発組の戦力にしたい為に、和威さんが学生時代にスカウトしていたそうな。
そこからの縁で助言していたら、こうなっていたとの事。
発売後のバグを発見して、修正プログラム組んだら、ちょっとしたお小遣い稼ぎになっていたらしい。
今の会社では、副業駄目なんじゃないのかなぁ。
バレたら、どうするんだろう。
「ゲーム。やりたい」
「どんな、ゲームがありますか?」
「格闘系や、リズム系やらがあるよ」
「あっ、なぎはどうする?」
「なぎかぁ。幼児向けのは何があったかな」
皆の視線がなぎ君に、集まる。
やけに静かにしていると思ったら、もえちゃんの隣で眠っていた。
おや。
眠くないと言っていた割に、釣られて寝てしまった。
「なぎ、寝てるね」
「うん。もえ、口をもぐもぐしている。夢の中でも、食べているのかな」
近くによってきた巧君と司君は、顔を綻ばせて眺めている。
双子ちゃんが新生児の頃も、飽きもせずに眺めていた。
「なぎ、もえ。起きたら、また遊ぼうね」
「一杯寝て、元気になってね」
交互に頬を撫でて、そう声をかけてくれた。
ありがとうね。
なぎ君の怪我にも、輸血しようしてくれた。
年齢が足りなくて、お父さんの悠斗さんに願いを託してくれていた。
朝霧家の親族もだけど、篠宮家の従兄弟達は優しい人達ばかりで嬉しい。
「じゃあ、行こうか」
「「はい」」
「俺も行く。なぎともえを頼んだ。まあ、朝霧家の護衛もいるし、篠宮家の家人もいる。大きな騒動はないと思うが、気をつけてくれ」
「はい。和威さんもね。無理難題吹っ掛けられたら、朝霧の名を出してください」
きっと、お祖父様は頼られて張り切るから。
和威君は、甘えてくれん。
と、拗ねていた。
和威さん的には、朝霧家に居候していたり、護衛に守られているのは甘えに入るのだけどね。
なぎともえの入院治療費も払ってくれているし。
お祖父様の甘やかしには、きりがないから和威さんの距離はちょうどいい気がする。
それに、緒方家も頼らないと、不公平になる。
今日も、緒方家のおじ様夫妻を招待してあるが、緒方家の主催するクリスマス会が毎年開かれているので断念された。
あちらも、大企業であるから、社員を労う会をすっぽかす訳にはいかない。
その分、明日は招待に応じてくれている。
なぎともえを御披露目する場でもあり、兄と私が水無瀬の跡を継ぐ御披露目の場でもある。
下手な横槍が入らない限りは、安泰になるはず。
「琴子様もお休みになられますか?」
和威さん達が出ていき、静かになった部屋に残された私はどうするかな。
「もしお時間があるなら、篠宮の奥様方がお喋りをしようと提案されておられますが」
「お義姉さん達は、帰られてないんだ」
「はい。皆様、此方で旦那様方をお待ちになられるようです。それに、篠宮の大奥様がお話なさりたいことがあるそうです」
お義母さんのお話か。
なんだろうな。
聞きたいが、双子ちゃんがね。
お昼寝の時だけは、気配に敏感で私がいないと起きてしまうのだけど。
「彩月さんが、よければいちをお側に置いていただければと」
いちか。
ワンコが側にいてくれたら、もえちゃんも飛び起きたりしないか。
でも、部屋に入れていいのかな。
許可がいるよね。
「奏子様が、既にホテル側の許可を取ってあります。私と司朗さんとで、なぎ様ともえ様を見ておきます」
てきぱきと手筈を整えていく珠洲ちゃん。
じきに、司朗君がいちを連れて部屋に入ってきた。
ワンコは尻尾を振り振り、一目散にベッドに上がる。
大好きななぎともえが寝ていて、キュンキュンとせつなく鳴いている。
「こら、いち。いきなりベッドにあがったら、駄目だ」
「大丈夫ですよ。寝具に抜け毛が落ちようが、いちを悪く貶すことはありませんから」
ホテルによっては、盲導犬を忌避する処もある。
朝霧グループ系列のホテルは、お断りしない方針である。
嫌がるお客様は、他系列のホテルに部屋のランクをあげてご案内する。
更に、値引きをすればご機嫌も良くなる。
「いち」
鼻先で双子ちゃんの額をつつくいちに、司朗君が駄目だしをする。
「お二人は寝ておられる。起こしたら駄目だろ。珠洲さんと、起きるのを待とうな」
わふっ。
人の言葉を理解するいちは、定位置をみつけて丸くなる。
「司朗君といちは食事は済んでいる?」
「はい。朝霧様より、いちに上級のお肉をいただきました。味を覚えてグルメにならないといいのですが」
やばし。
実は、いちのお昼ご飯に値のはるドッグフードあげているとは、言えない。
朝と夜は司朗君があげているのだけど。
なぎともえがお昼を食べていると、いちはないのと悲しそうにするので、準備していた。
成犬は一日二食がいいと言われているも、元気溌剌な二歳児とはしゃぎまわるワンコだから、ついお昼を少量あげている。
お利口なワンコだから催促はしないのだけど。
私達が食べている横で、我慢させるのもどうかなと。
定期健康診断でも標準体型なので、なし崩し的にそのままにしていた。
彩月さん辺りから、察しているかもしれないなぁ。
「うちの祖母がご褒美に用意したお肉は、頑なに食べようとしなかったと聞いています。きちんと、理解しているお利口なワンコですよ」
珠洲ちゃんの祖母は、喜代さん。
事件があった数日後に、いちにご褒美のご飯を用意したらしいも、いちは食べなかったそうな。
元々、司朗君か峰君か、双子ちゃんが差し出したご飯しか食べない癖がある。
その時は、なぎともえは入院していて、家にいない。
峰君たちも、普段の様子と違っていた。
うろうろとなぎともえを探すいちに、またハンストしないか気が気でなかったそうだ。
司朗君が宥めて食べてはくれたようだけど、峰君が撮ってくれたビデオメッセージがなかったら、危なかったらしい。
「わんわ。ぎょはん、ちゃべちぇね。もぅたんも、ぎゃんばうよ」
繰り返し聞かせていたそうだ。
なんて、忠犬振りなんだろう。
もえちゃんが先に退院して、暫くは離れなかった。
なぎ君も退院したら、双子ちゃんにべったり。
司朗君が妬くほど、仲良しだった。
ママも、妬けるな。
けれども、そんな日常が戻ってきて良かった。
いちお兄ちゃん。
なぎともえの安眠を任せたからね。




