その22
「あー。えらい目にあった」
康治さんとお祖父様に挨拶に向かった隆臣さんが戻ってきた。
後頭部を掻いて、愚痴を溢す。
康治さんと議員さんは、まだお祖父様の元にいて談笑している。
和威さん情報によると、議員さんは元々篠宮の分家の出身。
雅博さんの幼馴染みであり、お付きの家人候補だった。
義父となる方に見出だされて、婿入りしたそうだ。
裏話的には、その方が本当に婿入りして欲しかったのは雅博さんで、お嬢さんとの相性が悪くて断念した経緯があった。
何でも、篠宮家の地元での人脈が狙いであったそうな。
お山の集落に引きこもりがちな篠宮家であるけど、紀州藩の家老職を勤めあげた家柄だけに、名家との繋がりは太い。
県議員だけでなく、国会議員たる政治家にも縁を築いているしね。
お盆やお正月に来訪するお偉い方々を見て、朝霧家と一緒だと感じた。
ただ、菊の御紋が入った品物があって、大変に驚いた。
康治さんがすぐに媛神様の社に奉納にいかれたから、今ではお義祖母さんが話してくれた事件の止ん事無いお家の人の関係かなと推測できた。
「臣叔父さん。挨拶は大事だよ」
「うん。いつも、お父さんとお母さんに言われてる。お招きされたら、ありがとうございます、だって」
「ありゃ。巧と司の方が、大人みたいだな。叔父さん、叱られちゃったな」
「おーくん。めんしゃいよ」
「あい。こーくん、めんしゃいね」
「なぎともえにも、言われちゃった。叔父さんの、威厳がなくなるなぁ」
お子様に囲まれて、隆臣さんはちっとも困った素振りをみせず、笑っている、
和威さんもだけど、篠宮家の兄弟は子煩悩というか、はぐらかしたりせずに相対してくれる。
康治さんも毎日時間を作っては、双子ちゃんと遊んでくれるしね。
下手をしたら、父親の和威さん以上に構ってくれる日もある。
まあ、大概は和威さんが会社の支店に行く日だけど。
納期が迫った仕事の為に仕事部屋に籠る時も、なぎともえは騒がしくしたら駄目だと認識してしまっていて、母屋に行こうと誘う。
寂しいのを堪えて、峰君だったりお義祖母さん
だったりと、甘えていた。
勿論、私が側にいるのが条件だ。
お義祖母さんとテレビに夢中になっているかと思い、お義母さんの手伝いをしに離れると泣かれた。
慌てて、私を探すなぎともえを見たら、我慢してたんだと気付かされる。
以降、べったりくっつき虫になる。
仕事が終了した和威さんにも、我慢していた分お喋りに花を咲かす。
甘えんぼうな癖に、甘え下手な双子ちゃん。
嫌われたくない一心で、欲に蓋をしてしまっていた。
幼な子らしからぬ我が儘がないなぎともえに、周りの大人は大層心配していた。
だから、私達は甘やかしたくて仕方がなくなる。
無償の愛情を沢山頂いて、不幸な記憶しかない前世を払拭できたらいい。
過剰な愛情は、為にはならないだろうけど。
なぎともえなら純粋に受け取り、真っ直ぐに成長してくれると願う。
水無瀬の血統が、篠宮の悪習を上書きしてくれた様に、幸福な未来を運んできて欲しい。
「マァマ?」
「いちゃい?」
思考に耽っていたら、なぎともえの顔が迫っていた。
あら。
変な表情でもしてたかな。
安心して貰うために、緩く抱き締めた。
「ごめんね。考え事してだだけ。ママは、どこも痛くはないわよ」
「「ほんちょ?」」
「本当です」
「しゃむいちょ、おけぎゃ、いちゃいにょ」
「ママ、しゃむきゅ、にゃい?」
もえちゃんが、衣装の肩あたりを摘まむ。
礼装だからか、布地が弱冠薄いのは確かだ。
レースも保温性がないし。
ボレロかショール羽織るべきだったかなぁ。
会場は暖房が効いているから暖かいのだけど、双子ちゃんは寒さで火傷跡が痛みを放つのを理解している。
冗談でも、跡が痛くなると話すのを止めておけば良かった。
くしゃみひとつで、さぁたんさぁたんと彩月さんを引っ張ってくる。
夏の時期の冷房で冷やしていたのが原因で、冷え防止に肌着着ていたのだが、効果がなかった。
お山とは言え、夏は暑い。
東京に比べたら涼しい方なんだけど、我が家には和威さんの仕事道具なパソコンがあって、熱は大敵である。
木造の母屋とは違い、鉄筋製の新しい住居は熱が溜まりやすくて、なぎともえの体調を不安視していた。
だのに、私が冷房に負けた。
彩月さんの提案で薄手のカーデガンは手放せなくなった。
でないと、なぎともえが暑いの我慢してしまうから。
ママは、なぎともえが大事です。
でも、冷え防止は双子ちゃんにも気を配らないとならない。
手術跡が冷えて、違和感産み出すのは遠慮してもらいたい。
肌着は常に保温性が高いものを用意した。
そのかいがあって、今のところは不調が出てないみたいだ。
良し良し。
「琴ちゃんの服、綺麗だけど寒そうに見える」
「お母さんの上着貸してもらってくる?」
「待って。恵美叔母さんの上着だと、サイズがあわないからね。私のを貸すわ」
決して、恵美お義姉さんが痩せているのでなく、私が太い訳でもない。
ただ、バストサイズがあわないだけである。
お義姉さん達、皆さんそれなりに豊かにあるのだ。
私は貧乳とまではいかないまでも、同年代に比べてない方なだけ。
バストサイズにあわせて上着を着ると、私には大きすぎた。
梨香ちゃんの上着は、前を留めるタイプではないから着れなくもない。
断るとなぎともえが、益々心配してしまうので、有り難く貸して貰う。
和威さんの上着を貸して貰うのは避けた。
男物は袖丈が変になるから、問題外である。
ましてや、なぎともえの上着なんて無理。
妥協しました。
「ほら、ママも上着着たから寒くはないよ。なぎ君ともえちゃんは、寒くはない?」
「なぁい」
「あっちゃきゃ、ぽん」
「はは、ぽんって何だ。可愛いなぁ」
「最近、語尾にぽんがつくんだよな。何かの真似だろうか」
隆臣さんと和威さんが、真剣に首を傾げている。
もえちゃんが語尾にぽんをつけ始めたのは、DVDの影響なんだよね。
病院で幼い入院患者向けに視聴会があって、狐のキャラクターがぽんぽん言っていたのである。
なぎ君が可愛いを連発して誉めるので、口癖になりつつある。
「あにょね、きちゅねにょ、きょりんたん、にゃにょ」
「こよ、もぅたん」
「あい。こ、りんたん」
「狐のこりんちゃんかな。テレビで視たの?」
「びょーいんにょ、てえび。みんにゃぢぇ、みちゃにょ」
「長期入院患者のお子様向けにね。ボランティアで近くの中学校が開いてくれた、視聴会があったの。その登場人物の狐のこりんちゃんが、ぽんぽんって言っていたの」
「あい、きゃわいいにょ」
興味を持ってくれた巧君と司君に、お話を語る双子ちゃん達。
時折、静馬君と梨香ちゃんにも笑顔で教えてあげている。
身振り手振り、楽しかったお話を交互に話す。
「なぎともえが、元気で良かった」
「兄貴達の献血のおかげだ。彩月が、腕の良い外科医だったのも幸いした」
そうだった。
私達は、運が良かった。
私達が運ばれた総合病院は、朝霧に所縁があることと、彩月さんが研修医時代から勤務されていた病院でもあった。
なぎに同乗して、迎え入れた看護士に的確に報告と指示する彩月さんを覚えていたベテラン看護士が、院長先生に依頼を伝えた。
あの日は休日だったこともあり、勤務していた医師が少なかった。
宿直していた外科医の主任医師の副院長先生は、十分前に長時間の大手術を終えたばかり。
残されていたのは新人の形成外科医。
他の外科医は、勤務過多で過労状態で帰宅していた。
必然的に、なぎの手術を執刀する医師の適任者がいなかった。
容態はかなり最悪な状態で、すぐにでも処置をしなければ命が危うい。
しかし、医師免許を所持していて、元勤務していた彩月さんがいる。
選択の余地はなかった。
副院長先生と院長先生の独断で、彩月さんに執刀医を任せることになった。
外科医の激務から離れて久しい彩月さんも躊躇いをみせたが、時間は待ってはくれない。
検査結果が、状態の深刻さを訴えた。
諸々の手続きを後回しにして、なぎの手術は開始された。
輸血が不足する事態も、身内の献血が間にあった。
開腹した彩月さんは、なぎの内臓を摘出するか温存するかで悩みつつ、止血を優先に執刀する。
尽力するかいもなく、なぎの心音が止り、無情な機器の音が鳴り響く。
その狭間に、もえの声が届き、私の気配を感じ、奇跡は起きた。
癒えていく怪我を目の当たりにして、彩月さんはなぎの生命反応が戻るのに安堵した。
水無瀬の竜神様と、小さな双子の男女。
どことなく、篠宮家の顔立ちをした双子が、彩月さんの傍らで大丈夫だと伝えてくれた。
それは、束の間の邂逅で、瞬きすると竜神様も双子も姿は見えなくなった。
夢か幻か。
しかし、現状はなぎが回復していく。
後を託された彩月さんがするのは、治療を施すのみ。
執刀を始めた当初とは違い、はりつめた空気は和らぎ穏やかに処置はなされた。
和威さん経由で、教えて貰ったあの日の出来事。
なぎの手術後に、もえが手術しなくてはならなくなった悪循環がでてきたものの、なぎともえは無事に生還してくれた。
喪われることがなかった。
聡い双子ちゃんに悟られることなく、和威さんと二人して泣いた。
これまで以上に、なぎともえを見守って愛していこうと誓った。
それにね。
兄情報によれば、隆臣さんの性質は頑健。
血を分けて貰えたなぎにも、その恩恵は譲られている。
ただし、なぎは今後も激しい運動には向かない。
長時間の運動には、制限がかけられた。
学校の体育くらいなら、身体がついていける。
が、マラソンや走り回るサッカー等は、要注意。
なぎには、他の子達と区別してしまう事情を抱え込ませてしまった。
けれども、もえを護れた勲章のように、誇らしく思うのだろう。
差別の対象になろうが、もえを羨むことなく、上手に交わしていくだろうね。
自慢の息子だよ。
もえも、自慢の娘だよ。
「何にせよ。なぎともえは、生きてくれている。それだけで、充分だ」
万感が込められた和威さんの心情。
本当に、それだけで愛おしい。
篠宮の双子は禁忌。
悪習の軛から、解放されたなぎともえの未来は明るさを増した。
まあね。
朝霧のお祖父様とか、水無瀬のおじ様とか、裏側で暗躍していそうな手助けもある。
頼りきりにはならない範囲で、支援を受けとります。
さあ、なぎともえ。
貴方達が歩む未来は、輝かしいものもあれば、苦難の道もある。
頑張って、歩いてね。
ママとパパは、応援しているよ。




