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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その20

 申し訳ないと恐縮する穂高従兄さんと大海君を、和威さんがお義祖母さんに紹介する。

 何分にも戦時中のお話は、お義祖母さんは話がたらないからどうかと思うのだけど。

 和威さんが私の祖母の薦めだと説明すると、あっさり了承された。


「朝霧家の方がお薦めするなら、貴方達に必要なのでしょう」


 そう前置きされてお義祖母さんは語ってくれた。

 内容はとても重たい話だった。

 お義祖母さんには二人の兄と姉が一人、二人の弟がいた。

 けれども、無事に二十歳を越えられたのはお義祖母さんと兄一人。

 他の兄弟は、戦争とそれに関係する悲惨な事件で喪われた。


「上の弟は、今でいう自閉症の障害を持っていました。けども、あの時代に病名は判明しておらず、狐憑き、悪霊憑きなど言われたものです」


 媛神様を奉る社の子供が自閉症。

 当時は、お義祖母さん一家を非難する声が多々あった。

 宮司の交代を余儀なくされたが、篠宮の当主は良しとせずに宮司一家を変わらず祭事を行わせるのを続けていた。

 また、お山も宮司一家を受け入れて、祭事が執り行われていれば恵みをもたらしてくれた。

 そんな折りに、止ん事無いお家のお子様方が疎開してやってきた。

 時代は戦時中末期、お義祖母さんの父親も兄二人も出兵していた。

 残された祖父と母が社を守っていた。

 そこへ、件のお子様方が勝利祈願に訪れた。

 唐突なおとないで、社側は出迎える準備なぞしてはいない。

 だというのに、お付きの侍従やら護衛の面々は不備を声高に被せてくる。

 不運なことに、比較的おとなしい病持ちの弟が騒いでしまった。

 そのことで、目をつけられてしまったのだ。

 何故か、篠宮の当主には強く出れない招かざる疎開した客達は、当主の叱責で苛立ちを修めたのだが。

 篠宮家に反発する分家を見つけるのは、早かった。

 篠宮家の当主の地位を自分が後ろ楯になれば得られる。

 出兵を免れる為に気狂いを演じている。

 もしくは、本当に気狂いなら、悪性な血を持つ家は粛清した方がいい。

 戦時は、人の良心を奪っていた。

 非国民のレッテルを貼られた一家が憲兵に引きずり出されるのも、時間の問題だった。

 疎開したお子様方には、護衛の憲兵が沢山引き連れていた。

 その憲兵はお国の為にといった大義名分を掲げて、やりたい放題していた。

 気狂いか証明してやる。

 宣った憲兵は、宮司一家を公開集団私刑した。

 言われなき暴力を振るわれて、病持ちの弟を下の弟が庇い、姉が妹を庇い、命に関わる怪我を負わせた。

 身動き出来なくなった弟の身体から這い出してきた病持ちの弟が、姉の服を剥いで不埒なことに及ぼうとした憲兵に殴りかかった。

 げひた笑いをした憲兵が軍刀で、弟を斬った。

 他の憲兵も真似して軍刀を振るう。


 ねちゃ、ねちゃ、にえて。


 弟の最期の言葉は姉を案じるものだった。

 お義祖母さんは力の限りを出しきって、憲兵から弟を奪い返した。

 でも、多勢に無勢。

 すぐに、取り囲まれて、軍刀がその身に振るわれる。

 しかし、悲鳴をあげたのは憲兵の方だった。

 怒れる篠宮家の当主と家人の手で、憲兵は処断されていく。

 篠宮家に保護された宮司一家は、篠宮家が政府に反逆した事実におののいた。

 篠宮家が潰される。

 死刑になるのは自分達である。

 比較的怪我が軽かったお義祖母さんが、事後処理に訪れた政府の高官に訴えた。

 気狂いの弟を生かした罪は我々に、非国民は我々だと、涙ながら訴えた。

 しかし、事件はなかったことと処理された。

 止ん事無いお家から、圧力がかかったのだ。

 丁寧な詫び状と多額な慰謝料。

 篠宮家と宮司一家に責はなし。

 むしろ、民を守るべき義務を怠った我が子や、諌めなかった侍従に、弱者に暴力を振るった憲兵の側に責任を持たせた。

 時の政府高官直々に、土下座をされて謝罪された。

 止ん事無いお家の名も明かされた。

 生涯幽閉されるか、病を得て儚くなるだろうとまで打ち明けられた。

 そんな高貴な方が何故に、篠宮の地を疎開に選んだのか訳がわからないまま、事態は終息した。

 縁があり篠宮家に嫁いで、訳を知ったけれども、他者には言えない。

 自身が儚くなるまで、口をつぐむしかなかった。


「そんな話を、他人に教えていただき、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 重たい。

 重たい話だ。

 篠宮家が処罰されなかった秘密も気になるけど、お義祖母さんが語る内容はとても重たい。

 多分、はしょって話してくれたのだろうけど、色々苦労の一言では表せない事実もあるだろう。

 朝霧の祖父も戦争にいったが、激戦区には配属されず、内地の司令室勤務だった。

 家族も優遇されて、皆無事で飢えもしないでいた。

 お義祖母さんの兄は一人が戦死し、一人が生き残るも右目を喪っている。

 お姉さんと弟二人は、暴力のせいで喪われた。

 朝霧家との違いに、何も言えない。


「穂高さんでしたね?」

「はい。最上穂高です」

「貴方をテレビで拝見した時は、驚きました。ねちゃ、ねちゃと甘えてきた弟に、もう一度会えるとは思いもしませんでした」


 ああ、だから、穂高従兄さんが出演する番組は録画してでも観ていたのか。

 篠宮の実家はお山の中にあり、電波の受信は弱く番組自体も少ない。

 その分衛星放送は豊富にあったけど。

 お義祖母さんの為だったのだなぁ。


「こんな顔でよければ、存分に触ってください」

「まあ、ありがとう」


 穂高従兄さんに触れたお義祖母さんは、小声で弟さんの名前を呟いた。


「穂高さんは長生きしてくださいね」

「はい。毎年欠かさず、人間ドックをさせていただきます」

「あら、無理を言ってしまったかしら」

「いえ。事務所の方針です。幸い、自分は健康体のようで、長生きしますよ」

「ええ、程々に頑張って長生きしてください」


 ありがとう。

 一頻り、穂高従兄さんに触れて、お義祖母さんは両手を降ろした。

 亡くした弟さんと似た穂高従兄さんとの邂逅が、お義祖母さんの受けた心の傷が癒えるのを願いたい。

 きっと、孫にも話してはなかったのだろう。

 和威さんも神妙な面持ちで聞いていた。

 穂高従兄さん達はまだ話していたいようだが、其々マネージャーさんに呼び出された。

 朝霧のお祖父様が話題にしたドラマの話が本格化したのだと思われる。

 名残惜しげに、会場を出ていった。


「お祝いの席で暗いお話をして、ごめんなさいね」

「いいえ。お孫さんや、朝霧の子達も知るべき事柄でした」

「お祖母様?」


 子供達がはしゃぐ姿を見やりながらお祖母さんが頭を下げるも、朝霧の祖母がやんわり告げた。


「どうやら、あちらの方々は忘れてはおられないようです。近々、接触がありますよ」

「それは……」

「非難する目的ではなく、改めて謝罪されたいのだと思われます。篠宮家が管理するお山を巡り、どこぞの省庁が動いてられますね。今日も、和威さんのお兄様は呼び出されておられる。九月に起きた事件が、後を引いている」


 篠宮家の兄弟の肩が跳ねる。

 確か、篠宮家の所有するお山にレアメタルが埋蔵されている。

 大陸に依存するレアメタルが国内で入手できるようになれば、輸入元での交渉も優位に働く。

 川瀬を唆していた議員の調書のコピーには、そう記述があった。

 椿伯母さんの旦那さんの実家と手を組み、篠宮家からお山を安く買い、利益を得ようとしていた。

 その際にはもえちゃんを人質扱いをし、虐待して富を貪る。

 和威さんが調書のコピーを破りつけたのも、仕方がない。

 まだ、裁判は始まっていないが、和威さんは行く気でいる。

 私は感情的になりすぎて、竜神様の神通力を無意識に発動するおそれがある為に、待機を余儀なくされている。

 代わりに、母と兄が傍聴するそうだ。


「安心してくださいね。篠宮のお山は安泰です。お眠りいただいている御霊も、静かにお休みいただけます」

「ご配慮痛み入ります」


 レアメタルが埋蔵されているだけでなく、お山には謎がありそうである。

 きっと、当主以外は知らない情報なのだろう。


「ママぁ~」


 しんみりしていた空気を掻い潜り、もえちゃんが私に飛び付いてきた。

 さっきまで、にこやかにしていたのに、何があったかな。


「なぁくんぎゃ、なぁくんがぁ」

「落ち着いてもえちゃん。なぎ君がどうしたの?」


 慌てた様子で訴えるもえちゃんに、和威さんがなぎ君の元に走る。

 入れ替わりに梨香ちゃんが、追いかけてきた。


「ごめんなさい、琴子さん。なぎが司のサイダー間違って飲んじゃって、吐き出してしまったの」


 あらら。

 水と間違えたのかな。

 炭酸に驚いて飲み込めなかったのを、吐いちゃったか。

 それで、もえちゃんは一大事と騒いでしまったのか。

 まあ、双子ちゃんに炭酸飲ませたことがないしね。

 びっくりしてしまったのだろう。


「もえちゃん、大丈夫。なぎ君は、炭酸に驚いて、吐いただけよ。なぎ君の身体に悪いことはないの」

「ちゃんしゃん? ほんちょ? にゅーいんしにゃい?」

「入院するほどのことじゃないの。お口の中てパチパチとお水が跳ねて、びっくりしちゃったの」

「ぱちぱち?」

「そう、パチパチね。ほら、なぎ君が来たわよ」

「もぅたーん」


 和威さんに抱っこされて涙目ななぎ君が、もえちゃんを呼ぶ。

 私ももえちゃんを抱っこして、目線を合わせてあげる。


「なぁくん、ぢゃいじょぶ?」

「あい。びっくり、しちゃ。おみじゅ、ぱちぱちしちゃにょ」

「ぱちぱち、きょわい?」

「きょわきゅ、にゃいよ。びっくり、よ。げふっ」


 一口は飲んだようで、和威さんに背中をぽんぽんされてげっぷが出た。


「パパみちゃいねぇ」

「ん? パパと同じか?」

「あい。パパも、びーりゅにょじゅーしゅ、にょんぢゃりゃ、げふっしゅう」

「ビールがジュース?」


 梨香ちゃんがはてな顔をしている。

 うん。

 双子ちゃんはお酒に過剰に反応するのだよ。

 もえちゃんを酔った弾みで高い高い連発して、体調を崩す原因となったから、毛嫌いしている。

 ので、苦肉の策で和威さんが飲むビールは、大人のジュースと教えているのだ。

 双子ちゃんが寝てから飲むのもありだけど、篠宮家は夕飯時にはお酒が出る。

 和威さんはお風呂上がりに飲むことが多い。

 なぎともえは、水分補給に麦茶を飲ませているから、パパがビールの炭酸でげっぷするところを見ている。

 すると、にこにこ笑う。

 君達も乳児の頃は、げっぷさせていたんだよ。

 なぎは中々げっぷしてくれなくて、手を焼いたのが懐かしい。


「もぅたんも、ぱちぱち、にょんぢぇいい?」

「もえはチャレンジャーだな」


 なぎ君がすることを共有したがるもえちゃんである。

 炭酸に興味が湧いてきたな。

 単純にぱちぱちが気になるのかもだけど。


「じゃあ、少しだけよ。沢山、お口にいれたら駄目よ」

「あーい」


 元気よく手をあげるもえちゃんに、お義祖母さんも笑顔を見せてくれた。

 空気を読んだ訳ではないが、なぎともえよグッジョブだ。

 沈んだ空気を変えるのに成功したぞ。

 楽しい話題を運ぶ良い子達で、ママは嬉しいな。

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