その18
「穂高。客人を紹介せんか」
「おおう。素で忘れてた。事務所の後輩。なぎともえが喜ぶかと思って、連れてきた」
「初めまして、大海友也です」
従兄弟達に挟まれて居心地悪そうにしていた青年に、言われて気付いた。
ライダーで主役を演じた俳優さんである。
何故に、気付かなかったかな。
真雪ちゃんとは違う華やかさがある容姿の、ハンサムさんなのに。
確か、二世俳優さんだとの噂があがっている。
と言っても、親が名乗りあげていないけど。
ライダー役でデビューして、時代物のドラマに主演している。
ただ、最近はテレビで見かけていない。
舞台に活躍の場を移して、専念しているのかと勝手に解釈している。
「りんりんにょ、りゃいぢゃー」
「しゅぎょい。にぃに、あえちゃ」
和威さんの腕の中から、双子ちゃんが大海君を指差した。
こらこら、いけません。
行儀が悪いぞ。
めっと叱りかけたら、大海君が破顔して笑いかけてくれた。
「そうだよ。リンリンのライダーだよ。多分、DVDで観てくれたのかな」
「「あい。ひぃじぃじぎゃ、くえちゃにゅ」」
「ははっ。息ぴったりだね。異性の双子ちゃんでも、シンクロするんだ」
「あい、なぁくん。もぅたんちょ、にゃきゃよしよ」
「あい、もぅたん。にゃきゃよしよ」
「こら、抱っこしている時は暴れるな」
暴れるというか、身を乗りだして落ちそうになっているのだけど。
パパに注意されて、しょげてしまった。
すぐに、めんしゃいと謝るのは素直でよろしい。
身近に、憧れのお兄さんに会えて、興奮してしまったね。
こうしたところは、子供らしさが見えて、ほっとする。
なまじか、前世の記憶があると理解力が鋭くて、同世代のお子様から浮いてしまわないか、やきもきさせられる。
まあ、今まで周囲に同世代のお子様がいなかったからもあるだろうけど。
マンションでの出会いが不評だったしね。
それも、一回限りだったし。
公園デビューも、パパと行ったの一回だったしね。
そうすると、私もママ友がいないのが悔やまれる。
友人達は、未婚者ばかり。
私が、結婚早すぎたのだけど。
しまいに、和威さんの実家に引っ越しもしたから、気安く会えなくなった苦情を言われた。
頻繁に連絡くれる友人もいれば、音沙汰無くなった友人もいる。
東京に戻ってきた現在は、プチ同窓会をしようと連絡がきたものの、なぎともえが入院してしまったので延期になった。
態々、代表してお見舞いに来てくれた友人曰く。
音沙汰無くなった友人は就職先で失敗して、引き込もってしまっているらしい。
優等生をしていた友人だっただけに、失敗を認められなくて先輩に責任転嫁した結果、解雇された。
うん。
謝罪を一切したことのない友人であるから、いつかはやらかすだろうと心配したが、ついにやらかしたか。
学生時代は周りに恵まれて、事なきを得ていたけど、社会に出てみたら厳しい現実を味わった。
フォローしてくれていた友人がいなくなれば、しっかり自立すると思われたのに、甘やかされたツケが回ってきた。
何でも、他会社に勤める友人に助けを求めてきたそうな。
自分の失敗を擁護して、会社に舞い戻ろうとしたのだと。
あげくのはてに、朝霧の名前を出して、会社に有益な人材であると主張した。
阿呆らしい。
勿論、朝霧家の回答は、赤の他人。
孫娘の学生時代の友人の一人であるが、特別扱いする人物でない。
きっぱりとした拒絶に、友人は私を怨んでいる素振りをしているようだ。
接触には気をつけるよう、助言された。
まあ、これまで彼女からの連絡はない。
あったとしても、取り合う必要はないな。
きっと、私の知らないところで対処されるのだろう。
話が反れた。
双子ちゃんに、お友だちを作らせないとならないなぁ。
先ずは、ママ友を探さねば。
「「おんり」」
なぎともえがパパの腕から降りて、大海君の前に立つ。
大海君は、しゃがんで目線を合わせてくれる。
「りんりんにょ、にぃに」
「いっちょに、ちゃいしょー、しちぇ、くぅしゃい」
「体操? 元気リンリン、百倍体操のことかな?」
「「あい」」
大海君が演じた主役は、健康マニアとの設定がある。
作中では毎回体操運動をしていて、エンディングでは全国から届いた体操を披露するお子様が放送されていた。
なぎともえも、好んで体操していた。
観ていたのがDVDなので、録画した映像を送れてはいないのが残念な限り。
「良し。エンディング曲は準備してある。皆で、体操しようか」
「「やっちゃあ」」
穂高従兄さんが、用意周到にラジカセを準備していた。
まあ、可愛い体操の映像を朝霧家に送ってあるから、桜伯母さん経由で知っているのだろう。
でないと、事務所の後輩だからと理由で、大海君を連れてこないよね。
なぎともえが巧君と司君の手を繋いで、穂高従兄さんの後に続いていく。
余興を披露するステージがあったので、下っ端構成員役の兄達も並ぶ。
ちょっと、待って。
真雪ちゃん。
その衣装で体操は駄目です。
見えてはならないものが、見えるから。
さすがに、看過できない事態に、従兄弟達が全力で止める。
剥れる真雪ちゃんであるが、楓伯父さんも嗜めてくれた。
朝霧家だけの催しなら許せただろう。
しかし、篠宮の皆様がいる。
お子様の教育にも悪いと思ってください。
「むぅ」
むぅじゃ、ありません。
おとなしくしていて、ください。
一悶着あったが、曲が流れる。
なぎともえを中心に、皆で体操が始まる。
すかさず、和威さんはスマホで映像を撮る。
ビデオがないのが悔やまれた。
と思っていたら、篠宮のお義父さんが撮っていた。
何処に、持っていたのだろうか。
あれ?
母もビデオを構えている。
桜伯母さんもだ。
何気無く見ていたら、沖田さんからビデオを渡された。
お祖父様が用意しておいたそうな。
そうですか。
こっそり、ビデオを和威さんに。
こうみえて、デジタル機器に疎い私です。
スマホ以外にまともに使用できない。
だから、和威さんのお仕事道具のパソコンを触れない。
「きょうも~、げんきに~」
「おちり、ふりふり~」
可愛いなぎともえの歌声が、ノリノリだ。
曲に歌はついていないのだが、自作の歌を歌いだしたのは、いつだったかな。
気付いたら、歌っていた。
横にいるにぃに達が、笑いだしている。
それでも、なぎともえは満足げな表情で身体を動かしている。
結構、激しく身体を動かす体操だけど、なぎは大丈夫だろうか。
また、疲れたと言って、ねんねしないかな。
ママの心配をよそに、体操は佳境を迎える。
くるくる回って、はいポーズ。
「「あいあちょう、ごじゃあましゅ」」
微笑ましく見守る大人達が、拍手を送る。
パパがビデオを回しているのを確認すると、なぎともえは人さし指を立てた右手をくっつける。
ピースサインがまだできないので、二人でひとつのサインを作るのを教えたのだ。
年齢の二歳を表す時も、こうやる。
三歳になったらなぎの左手を添えるか、それまでにサインが出きるようになるかな。
「なぎ君、もえちゃん。上手に出来たわねぇ」
「あい。ぎゃんばっちゃ」
「なぎ君は、ぽんぽん痛くはないかい?」
「あい。へぇきよ。ぢぇも、じゅうちゅ、にょみちゃい」
「もぅたん。にゅうにゅうぎゃ、いい」
篠宮のばぁばとじぃじに甘える双子ちゃん。
まあ、あれだけ運動をすれば喉も渇くよね。
でも、もえちゃんが飲みたいのは、フルーツ牛乳である。
用意されているかなぁ。
「巧と司は、何が飲みたい?」
「僕、サイダーがいい」
「ぼくは、オレンジジュースがいいな」
「でも、その前に。お兄さん達、一緒に遊んでくれて、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
おや。
巧君と司君は、従兄弟達に丁寧にお礼を言った。
律儀なお子様である。
悠斗さんとお義姉さんの、教育の賜物だね。
釣られて、我が家の双子ちゃんもお辞儀をした。
「「あいあちょう」」
「いやいや。お兄ちゃん達も、遊んでくれて楽しかったよ。体操覚えていてくれて、嬉しいなぁ」
「はい。あの体操はね。最初は、普通のラジオ体操だったんだ。でも、ありふれた体操だから、面白くはないかなって。僕と穂高先輩や現場のスタッフと一杯考えて作ったんだ。だから、覚えていてくれて、嬉しい」
「小さな子供にも分かりやすい、無理なく身体を動かせる体操を目指したんだ」
「うん。学校でも体育の授業で、やったよ」
「運動会でも、皆でしたよ」
「そっか、教えてくれてありがとうな」
巧君と司君がお山に帰省していた間は、毎日早朝に体操していた。
篠宮家の家人にも周知されて、付き合ってくれる人達もいるぐらい熱中していた。
「ほら、ちゃんと覚えていてくれる子供達もいるんだ。無駄ではなかったんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「「にぃに、だぁじょぶ?」」
穂高従兄さんに乱雑に頭を撫でられた大海君が涙ぐむ。
なぎともえが、眉根を寄せて見上げた。
何やら、事情がありそう。
テレビに出ていないことが関係していそうな気配がする。
「なぎ、もえ。にぃにを、よしよししてあげて欲しいな」
「「あい、よちよち」」
穂高従兄さんの勧めで、抱き上げられたなぎともえが、大海君をナデナデする。
疑うことなくやってのける純粋さに、ママはほっこりした。
「にぃに、まちゃ、あしょんぢぇね」
「あい。うしょちゅきしゃん、ぽい、よ」
「ん? 先輩、話しました?」
「いや。俺、なんも話してないけどな」
もえちゃんの爆弾発言に、水無瀬の先見が発動したのが分かった。
いかん。
なぁくん、なあには、人前ではしないと約束させたけど、先見をうっかり話さないのを約束させていなかった。
自分が先見の能力がないから、判別がつかないのが痛い。
ああ、どうやって誤魔化せるか。
言った本人は、きょとんと不思議そうにしている。
「そう言えば、最近大海君の姿をテレビで見かけてないな。もしかして、一時期話題に登った噂が関係しているのかな?」
兄、ナイスなタイミング。
無理矢理な話題替えに、穂高従兄さんはお祖母様を見てから察してくれた。
「まあな、友也が二世俳優で、親の七光りで主役を奪った。と言い触らしている馬鹿がいてな。そいつ自身が、テレビ局のお偉いさんの息子でな。目眩ましに、使われてるんだ」
「うちは両親ともに早世していて、爺ちゃん婆ちゃんに育てられたんですけど。何故か、そういう話が出回ってしまいました」
「社長が抗議したものの、弱小事務所と侮って訂正しやがらない。実際、うちの事務所はスタントマン重視の事務所だからなぁ。友也が干されたのに、手が打てない。俺も主演キャンセルが出てきてる。てな、ことで。じい様、ご助力お願いします」
「うむ、分かった。儂に任せよ」
「うえ? 冗談だったんだけど」
穂高従兄さんがお祖父様を拝み、了承された。
芸能界入りした条件が、朝霧の名を使わないこと。
唐突な路線変更に、穂高従兄さんは驚いていた。
桜伯母さんが顔をしかめているのだけど、根回しが済んでいるのだろう。
恐らく、なぎともえが大怪我した件で、お祖父様は考えたのだろうな。
子や孫を守ることを。
朝霧家の庇護下にいる者に、手を出したら反撃することを。
相手の方々、ご愁傷様。




