その17
子供達のありがとうに、お祖父様は破顔一笑する。
なぎともえの頬を撫で、巧君と司君の頭を撫でる。
さすがに、梨香ちゃんと静馬君は撫でないけど。
「良い子達だなぁ。よし、じぃじがプレゼントをあげような。あちらにあるプレゼントを開けてよいぞ」
お祖父様が指し示した場所は、会場に鎮座するクリスマスツリーの元にうず高く積まれたギフトボックス。
色取り取りのリボンがかけられ、大小様々な大きさがある。
会場に入った時から気にしていたけど、ディスプレイではなかったんだ。
「プレゼント?」
「なぎともえのではなくて?」
「うむ。ちゃんと、巧君と司君の分もあるでな。勿論、梨香ちゃんと静馬君にもな」
お祖父様の発言に驚いたのは、子供達だけではなかった。
お義兄さん達が、慌てた様子でお祖父様に詰め寄る。
「朝霧会長。いえ、なぎともえは分かりますが。うちの子達にまでご用意していただかなくても」
「そうです。本日はクリスマスイブとは言え、主役はなぎともえです。お気持ちだけいただきます」
「なに、先の一件では朝霧家の不始末であったしな。子達達には、恐ろしい気分を味会わせてしまった。償いの意味もあるしのう。それに、プレゼントを用意したのは、朝霧家だけではないからな」
お祖父様の視線が、篠宮のお義母さんとお義父さんに向けられた。
お二人は、してやったりと笑っていた。
どうやら、サプライズらしい。
「親父達も企んでいたのか」
「あら、企むなんて意地が悪いこと。いつから、ひねくれたのかしら」
「いつっ⁉」
「「パパ? ばぁば?」」
憎まれ口を叩いた和威さんの頬をつねるお義母さん。
双子ちゃんが目を丸くしている。
自分もつねられたかのごとく、眉をしかめている。
和威さんの足に抱き付いて、涙目で見上げる。
普段、和威さんがお叱りを受ける場にいたことがないから、どうしていいか分からなくなったのかな。
「おや、母さん。なぎともえが泣きそうだ」
「あらあら? 怖がらせちゃったかしら」
「「パパぁ~」」
「どうした。なぎともえが怒られたんじゃないぞ」
なぎともえを抱き上げる和威さん。
すぐに、首に手を回して肩口に顔を伏せる。
「お祖母ちゃんが、お父さんや叔父さんに手を出すのみたことないや」
「うん。初めて見たから、なぎともえも驚いちゃったのかな」
「そっか、巧や司は見たことなかったか」
「私達が小学生の頃は、お祖母ちゃんがお父さん達をはたくのを見たことあるわね」
「司じゃなかったかな。何かで、臣叔父さんをこっぴどく叱って頭を叩いたのを見た司が、酷く泣きだした時から止めたんだよね」
「「ああ、臣が栄養失調で倒れた時だな」」
梨香ちゃんと静馬君の話によると、私が結婚する以前はお義母さんの手出しはあったんだ。
お義兄さん達が頷いているのを見る限り、男兄弟五人もいれば口より手の方が先に出るのは仕方がないと思うな。
やんちゃな男の子を叱るには、口だけでは治まらないだろうし。
私はなるだけ手を出さない主義だけど、双子ちゃんがお転婆ややんちゃをし始めたら、躾の一貫で出てしまうのだろうか。
我が家では、ごつんとするのは和威さんの役目。
でも、和威さんは私に似ているなぎともえに、手が出しにくいと言う。
まあ、逸脱した行儀悪さをしでかしたら、ごつんとやってくれるけど。
なぎともえは前世の記憶があるから、異様に私と和威さんに嫌われるのを厭う。
我が儘も滅多に言わないし、同世代の子達に比べたらおとなしい。
お山では元気に野山を駆け巡っていたが、それだって私達を窺い駄目だと言われた行為は二度としないでいた。
うーん。
反抗期を迎えたなぎともえの姿が思い浮かばない。
もえちゃんがイヤイヤ期に入っているも、入院している間に治まっている気がする。
いや、我慢しているのかも。
独りは嫌だと訴えているのも、我慢の表れかなぁ。
正月休みが終われば、なぎ君がまた入院しないといけないのだが。
一悶着ありそう。
いかに、もえちゃんを納得させるかが問題だね。
「なぎ、もえ。パパは大丈夫だぞ。ばぁばも恐くないからな。にぃに達とプレゼント開けような」
「「……あい。あけう」」
「ごめんなさい、ね。なぎ君、もえちゃん。ばぁば、久しぶりに会えたから、はしゃいでしまったわ」
「あい。ばぁば、ひしゃしぶり、にゃにょ」
「じぃじも、ひぃばぁばも。じゅっちょ、いっちょ?」
「あら、そうできればいいのだけど」
「じぃじ達は、二回夜にねんねしたら、お山に帰らないといけないな」
「あまり、お山を留守には出来ないの」
代わる代わる、お義母さんとお義父さんお義祖母さんに説明されて、がっかりするなぎともえ。
五男の嫁には詳しく教えて貰ってはいないが、篠宮の当主はお山から離れてはならないらしい。
お山の土地神である媛神様との約定で、媛神様の社の宮司と共に鎮魂の意味があるそうな。
今回、そんな篠宮の皆様が東京にて集合するのは珍しいどころではない。
媛神様も交代する時期でもあるから、本家の住人がいないなんて大丈夫なのだろうか心配する。
当主の康治さんも上京しているから、お祖父様が無理を言ったのではないかなぁ。
「琴子。貴女の心配は、杞憂に終わります。心配いりませんよ」
にこやかなお祖母様の言葉に諭される。
先見によるものか、篠宮家について嫁がおいそれと口を挟むのを制止するものか。
後者のが強いかな。
首を左右に振られた。
ならば、私が悩む必要はなし。
怪訝な表情をされる篠宮家の皆様に、苦笑した。
皆様、同じような表情をしていたから。
「ママ、にゃあに?」
「ゆぅひぃばぁば、にゃあに?」
「なんでも、ないの。朝霧のひぃじぃじのプレゼントは、何かなぁって考えただけよ。玩具かな? 絵本かな?」
「なぁくん、えほん!」
「もぅたん、りんりん!」
なぎ君の絵本は分かるが、もえちゃんのりんりんは分りづらいよね。
抱っこしている和威さんが、首を捻っている。
「もえ、りんりんは何の玩具だ?」
「りんりん。へんしん、しゅうの」
「あい。りゃいぢゃーにょ、りんりん」
「ん? ライダー? 変身?」
「りんりんって、仮面ライダーの変身ベルト?」
巧君、正解です。
何故か、もえちゃんは魔法少女よりもライダーに興味がある。
しかも、数年前のライダー物にである。
と言うのも、お祖父様が送ってきたライダーのDVDに嵌まったのだ。
リアルタイムで観たのではないから、欲しがるライダー物がなかったのだよね。
手に入らないと分かると、随分消沈したのだ。
今回、サンタさんにもお願いしたがっていたのだけど、三輪車が勝った。
諦めてなかったか。
「なぎともえが産まれる前のライダー物か。うちにあった気がするな」
「うん。あるよ。もえにあげる」
「でも、よく前のライダー観てたね」
悠斗さん家なら、あるよね。
巧君と司君は観ていたのだから。
司君は惜しげもなく、プレゼントしてくれる気でいる。
遊ばなくなった玩具なら、戴いても良いかな。
良かったね、もえちゃん。
「あのね。そのライダーには……」
「ふむ。もえが好きだと言っておったのでな。呼んでおいたぞ」
はい?
お祖父様、今なんと。
「穂高に相談したら、連れてくると言った。余興にと思っていたが、案内してくるがいい」
「畏まりました」
側に控えていた警護の沖田さんが離れていく。
穂高は、穂波ちゃんの兄。
桜伯母さんの長男で、友人の親が営むスタントマンを抱える事務所のアルバイトにいったら、スタントマンから俳優になった従兄弟。
芸能界と言う華やかな世界にいる。
桜伯母さんの意向で、朝霧の名を出さないのを約束して下積みを重ねて、それなりに有名になった努力家である。
お祖父様も楓伯父さんも、スポンサーに名を連ねるドラマや映画には出演させない徹底ぶりをみせたので、一時期は売れない時代があった。
ただ、朝霧の名に恐れを抱かない監督さんもいて、頑として出演させた話もある。
そうした話題作に出演して着々と階段を昇り、ライダー物に謎深きストリーテラー役として出演した。
お祖父様は、そのDVDを送ってきたのだ。
「何だよ、じい様。余興の段取り無視して、呼ばないで欲しいな」
「そうだ。折角の、スタント訓練が台無しじゃないか」
「忙しい仕事の合間に準備したのに」
おおう。
穂高従兄さんだけでなく、従兄弟達が勢揃いした。
余興を楽しむ為か、従兄弟達は悪役の下っ端な構成員の衣装を着ていた。
本来なら顔を隠すマスクがあるが、余興だからか顔を露にしている。
しかも、うちの兄もいた。
「うむ。余興になればと思ったがな、後でなぎともえがあの一件を思い出して泣くやもしれんと思い出してな。最初に、紹介した方が良いと判断した」
「あー。いきなり、変な男が登場したら、思い出すか」
「それは、思いつかなかったな」
兄以外あまり接点がないから、従兄弟達がキィキィ言って登場したら警戒するね。
朝霧家の警護要員が悪役を演じないのも、がたいのいい男性が事件を彷彿させない配慮だろう。
「ってことは、余興は中止? 楽しもうと思ったのに、残念」
「「真雪ちゃん。やる気充分だね」」
私と穂波ちゃんの声が被った。
楓伯父さんの長女真雪ちゃんは、悪役の女王様の露出高めな衣装を着ていた。
派手めな顔立ちしているから、本家の女王様より似合っていた。
これで、外務省に勤める公務員だとは思うまい。
従兄弟達もそうだけど、やる気に満ち溢れているのは何故だろう。
「穂波ちゃんが嫌がったのだから、私に廻ってきたのよ。それに、兄さん達に命令できるいい機会じゃないの。ストレス発散になって、いいじゃない」
「無理無理。私が、そんな衣装着れる訳がない。真雪ちゃんぐらい華やかな容姿でないと、馬子にも衣装よ」
決して、穂波ちゃんの容姿が劣るのではない。
ただ、身体のメリハリが、ね。
私も他人のことを言えないけど。
真雪ちゃんほど、出てないし引っ込んでいない。
従姉妹達の中で恵まれた容姿に体型の真雪ちゃんであるが、モテない訳もなく。
学生時代は、それはもう注目の的だった。
本人は群がる異性を、煙たがった。
家名も朝霧なだけに、権威におもむねる輩がたいそういた。
そのお陰さまで、真雪ちゃんは男性不信。
従兄弟達以外の異性と、会話が成り立たないはめに。
将来を危惧した楓伯父さんによって、かなりな荒療治がされてお堅い職業に就くまでになった。
その反動か、こうした弾け方をするけど。
まあ、朝霧家の血はエンターテイメント溢れる性質なのだと思おう。




