その13
もえちゃんを悲しませた反省をしつつ、一頻り三輪車で遊ばせる。
なぎ君も思うところがあったのか、交互に乗ってパパママに補助してもらうことに落ち着いた。
「もぅたん、ひちょりに、しちゃめめよ」
ごもっともな意見に何も言えなかった。
楽しい遊びのはずが、幼い子供に諭されてどうするのか。
後に、彩月さんにお小言を頂く案件だよ。
ああ、大反省。
親は後悔しきりである。
勿論、なぎともえが心配するので表情にはださないでおく。
甲斐甲斐しくもえちゃんの世話を焼くなぎ君の姿に、前世の苦痛を思い出させてはいないかヤキモキさせられた。
なぎともえの仲良しな心情に皹が入ってはなさそうで、一安心だけどね。
きゃっきゃっ笑う双子ちゃんに、安堵の息が漏れた。
一時間も満たない時間で、体力面に不安があるなぎ君がダウン。
「ちゅきゃれちゃっちゃ」
不意にその場に座り込んだ。
「なぁくん。パパ、なぁくんぎゃ。ママ、さぁたん」
「大丈夫だ。少しはしゃぎすぎだたけだぞ」
「そうよ。安心してね。お家に戻って、お休みしようね」
なぎ君を和威さんが抱き上げ、もえちゃんを宥める。
涙目なもえちゃんの手を繋いで、離れに移動する。
三輪車は峰君が運んでくれた。
橘さんと西沢さんは、待機室に戻っていった。
離れに先回りした珠洲ちゃんが、飲み物を準備して待っていてくれた。
手洗い、うがいを終えて、水分補給。
勢いよく飲んでいるのを見ると、随分喉が乾いていた様子だった。
ぷはぁと、パパの真似は可愛らしい。
「ママ、なぁくん、ねんねしちゃい」
「なぁくん、ねんね? もぅたんも、しゅう」
十時までに会場のホテルに行けばいいので、早めのお昼寝をさせておくかな。
小上がりにて横になるなぎともえは、すぐに寝息をたて始めた。
うん。
朝から疲れさせてしまった。
クリスマスプレゼントが嬉しかったとは分かるが、なぎ君はまだ完全には完治してなかった。
その辺りの見極めが重要だね。
またまた、反省だ。
「失礼致します」
司朗君がワンコを連れて、やって来た。
いちは、ラッピングされた袋をくわえていた。
「なぎ様ともえ様は?」
「三輪車で、はしゃぎすぎた。今、眠っている」
「そうでしたか。いち、お二人は眠っているそうだ」
司朗君の側でお座りしていたワンコは、力なく尻尾を振っている。
お昼寝の定位置である小上がりを気にしている。
行きたいが、許しがないので動けない。
賢いワンコは、上目遣いで司朗君を見上げている。
「そう言えば、朝一ではいなかったな」
朝食前に彩月さん達がプレゼントを渡してくれた時には、いちはいなかったね。
和威さんの指摘に、司朗君は苦笑した。
「実は、いちもなぎ様ともえ様にプレゼントを用意していたのです。ただ、大事に隠してしまいすぎて、壊してしまいました。何とか、修復いたしておりましたら、こんな時間になってしまいました」
「あら、いちもプレゼントあげるの? じゃあ、なぎ君ともえちゃんの枕元に置いておきましょうか」
わふ。
和威さんも頷いてくれたので、いちを小上がりに上がらせる。
起こさないように慎重に、気を配ってプレゼントを納得する位置に置く。
鼻先を双子ちゃんのほっぺに、ちゅっとやるのは親愛の証だろう。
眠っている際には、舐めたりしない。
躾られているいちは、暫く眺めた後に小上がりから降りた。
「では、先に会場の方に行っております」
「いちは留守番か?」
「いえ。ご配慮頂き、特別に入室許可を得ております」
指定されたホテルは朝霧グループ系列だからか、多少の無理は効いた。
介助犬の知名度が上がるにつれ、同行を拒否するホテルや飲食店は減りつつあるけど。
朝霧の名がなければ、眉を潜められるのは仕方がない。
司朗君といちは、朝霧家の警護を目的とした理由で会場入りするそうだ。
所謂、探知犬である。
お祖父様は、なぎともえがいちを大事な家族と認識しているから、快気祝いにも参加させてくれた。
大怪我したなぎともえを救った功労犬だから、招くのは当然であると仰った。
司朗君の話では、既に豪華な食事やらおやつやら頂いているそうで、恐縮していた。
和威さんからも、お祖父様にはお礼を伝えてある。
お祖父様は、可愛い曾孫の為なら労力は厭わないスタンス。
なぎともえが喜ぶなら、たいしたことではないと笑っていた。
頭が下がる気分である。
「では、私どもは先に会場に参ります」
「うん。彩月達も準備は程ほどに、楽しんでくれ」
「はい」
本日の快気祝いには、篠宮家の皆さんが参加してくれる。
序でに、篠宮家の家人達の慰労会をしたらよい。
内緒で別室を用意してあった。
しかし、万能家人の彩月さんには、あっという間にばれた。
まあ、家人達の連絡を任せれば、気がついてもおかしくはない。
会場の準備はホテル側の従業員に委ねればよいと思うのに、性分であるのかお仕事をしたがられた。
なので、慰労会の段取りはお任せした。
私達は慰労会にはノータッチである。
彩月さん達を見送り、珠洲ちゃんも母屋に呼び出され、離れには篠宮家のみ残された。
久方振りの家族水入らず。
微妙に照れを感じた。
何故だろうか。
「カーポートでは、失敗したな」
「うん。もえちゃんから、目を離しちゃった」
あの寂しそうな眼差しを忘れられない。
やらかした感満載の、いたたまれなさに消沈する。
「もえは嫉妬した訳ではないが、きっと寂しいと思わせたんだろうな」
「そうね。自分でも思ったと言ってたけど、ずるいとは思ってなさそうなのが幸いよね」
「なぎの体調が万全ではないのを、気にしすぎたのが敗因か。ままならないな」
「我慢を強いていたのもね。我が儘を言わないのではなく、我が儘を言ったら嫌われると思っているのよ。今後の課題は、如何に甘えていいのが伝わるかよ」
「もえが退院して、家に連れ帰った時には、何故自分だけがと大泣きしてたんだよな。ちょっと目を離した隙に、暗い庭に出ていちに見つけられるまでの数分間は、生きた心地がしなかった。見つけたら見つけたで、俺に怒られると理解して身を縮こめて泣くから困った」
和威さんに、寄り添った。
私のお腹にいた時から、二人一緒。
私も、譲り合い、半分こと言い聞かせてきた責任がある。
煩い篠宮の親戚から、やれ双子は禁忌だの、気味が悪いなんて言われてきたから、躍起になって良い子になるように念を込めてしまった。
根本的に、我が儘言わせない状況を作ってしまったのだよね。
育児って難しいなぁ。
特に、もえちゃんは前世の悪意の塊を覚えている。
その身に刻み込まれている。
真名を書き換え、ねねちゃんと分かたれた人格が芽生えているものの、虐待を受けた記憶は消えてはないのだろう。
髪を乾かすドライヤーを怖がるのは、背後から熱い棒で叩かれた経験を思い出すのだ。
毎回、私か和威さんにしがみついて耐えている。
なぎ君も手を繋いで、大丈夫大丈夫と励ましている。
お陰で慣れてきてはいる。
少しずつ、克服してきてはいた。
けれども、怪我で入院し、もえちゃんより重傷ななぎ君を目の当たりにして、甘えたくても甘えれない現状になった。
特別室にて、二人同室だったのが裏目に出てしまった。
もえちゃんは自覚してないだろうけど、自分のせいでなぎ君が大怪我したと責めていた。
泣きながら眠り、何度も謝る言葉を呟いていた。
そうではない、悪いのは怪我を負わせた悪い人だから。
眠るもえちゃんに、何回も声を掛けた。
看護していた母や、担当してくれた看護士さんにも、もえちゃんの危うさを指摘された。
起きている間は、元気な素振りを見せて笑顔を見せていたものだ。
抱き締めることしか、できなかった。
不甲斐なさに、涙がでそうになった。
なぎ君より先に退院する際に、和威さんと充分に話し合った。
武藤家に泊まる案も出た。
もえちゃんにとったら、朝霧邸は悪漢が侵入した忌まわしい場所。
心穏やかにすごせるか、分からなかった。
夜に私やなぎ君を探したのは、不安があってのことだっただろう。
しかし、警護の面で武藤家は却下された。
マンションも、以下同文。
眠れぬ夜を過ごした翌日、病院にきたもえちゃんは、迎えにきた和威さんを拒絶した。
なぎ君から離れない姿に、悩んだ。
まあ、無理矢理連れ帰った和威さんは、奥の手を出して落ち着かせた。
ワンコの登場である。
またもや、なぎともえがいなくなり、ハンストしかけたいちを離れですごさせた。
これが、効を奏して泣くことはなくなった。
我慢を覚えさせた結果になるのだけど。
「年明けになぎ君がまた入院だなんて。もえちゃんが気付いたら、また大泣き必須かぁ」
「俺の仕事も忙しくなる。送り迎えが、彩月か峰になりそうだ」
うわぁ。
母に頼んでおかないと、もえちゃんが益々一人になってしまう。
何とか、しないと。
「ママぁ~。パパぁ~」
あら。
もえちゃんが起きてきた。
なぎ君ほど疲れていないから、ねんねできなかったかな。
振り返ると、小上がりを自分で降りて、小走りに近付いてくる。
ん?
嫌な夢でもみちゃったかな。
「どうした、もえ。パパもママも、いるぞ」
「あい。パパもママも、いちゃ」
「恐い夢を、見ちゃったの?」
和威さんに抱きついて、膝の上に。
安心出来る場所に来て、にっこり笑う。
茶化すようにして、ほっぺをつついてみる。
「んちょね。もぅたん、ねんねしにゃい。パパちょ、ママちょ、いりゅ」
「そっか。もえは眠たくないか。なら、パパとお話しするか」
「あい。パパ、なぁくん、げんきに、にゃりゅにょ、いちゅ?」
おおう。
もえちゃんの歓心はなぎ君一色か。
流石は、ブラコン。
そして、先程の会話を聞いていたかの質問に、驚かされた。
「そうだな。パパはお医者の先生ではないから、はっきりとは分からないな」
「さぁたんにゃりゃ、わきゃう?」
「どうだろう。だけど、なぎが怪我をする前まで、元気になるとは先生は教えてくれたぞ。ただ、すぐにではなく、時間は長くかかるだろうけどな」
「にゃぎゃくっちぇ、いちゅ?」
「それは、パパにも分からない。なぎともえの三歳の誕生日が来てもかな。もしかしたら、桜の花が咲くぐらい暖かくなってきてからかな」
「ふうん」
幼い子供のなあには、容赦がない。
四苦八苦して説明しても、どれぐらい理解してくれているのか。
見上げてくる瞳に、真摯に答える和威さんだ。
頬を撫で、安心させている。
焦らず、ゆっくり。
なぎともえの不安を取り除いてあげるのが先決だろうな。
まずは、出来ることから一歩ずつ。
それが、大変だとは重視している。




