その8
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彩月さんに見送られ自宅から車で30分弱で緒方邸についた。
もえちゃんがチャイルドシートから抜け出さないか、心配したけどおとなしくしていてくれた。
「お利口さんに出来たわね。偉いぞ」
「はいい~。おりきょう、しゃんで、しゅぅ」
「いや。あれだけ乗せる時に言い聞かせれば、おとなしくなるぞ」
和威さんとなぎ君に引かれる位に、もえちゃんに言い聞かせたのは訳がある。
だって。
お山にいた時には、信号機も巡回のパトカーも数が少なかったのだ。
抜け出してもお小言で済ませてきた。
しかし、ここは都会だ。
もえちゃんのご免なさいでは済ませてくれないのだ。
「良いわね、もえちゃん。いくら、イヤイヤでもチャイルドシートは外しては駄目よ。ママが、激怒では済まないのよ。パパにも迷惑かけちゃうのよ。お巡りさんに危ないと怒られちゃうのよ」
涙目になっても延々と言い聞かせた。
それは、大事に言い聞かせましたよ。
最近高齢者の運転ミスやら、突発的な自然災害に巻き込まれたらと思うと、熱が入ってしまった。
娘のもえちゃんまで傷跡を残さなくていいの。
親になって改めて気付かされた。
私の火傷跡は自業自得な処も多々あるが、両親にしたら年頃な娘が傷ものにされたのは、一生許せない案件だ。
今も母がねちねちと、親戚を口撃しているらしい。
普段おおらかな父も、親戚の集まりには顔を出さないでいる。
兄情報によれば、水無瀬家の当主様も平謝りする程だそうだ。
ますます、兄の跡目問題が後進しそうな勢いだ。
「ママぁ。おきょっちゃあ、やぁよ。もぅたん、いいきょ、しちぇうのぅ」
「そうね。もえちゃんは、イヤイヤしなくていい子したね。いい子、いい子」
髪が乱れないように気をつけて頬ずりしましょう。
薄くお化粧したから嫌がるかと思ったら、にかっと笑ってくれた。
抱き上げると首にしがみついてくる。
いい子にしていたから、誉めてあげないとね。
「パパ、なぁくんも。だっこ」
「いいぞ。ほら、来い」
車から降りて何をしているのか、緒方家のお手伝いさんが奇妙な顔つきでこちらを伺っている。
お構い無く。
只の一家団欒ですから。
でも、いつまでも駐車場にいたら、緒方の伯母様が表にでてきそうだから、移動しましょうか。
一度もえちゃんを降ろして、リュックと帽子を被せる。
なぎ君も和威さんが面倒を見てくれている。
準備が終わったら、玄関に向かいましょうね。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
「旦那様と奥様が、お待ちでございます」
「雅博様と悠斗様もおられます」
待機していたお手伝いさんが扉を開けてくれた。
和威さんは慣れっこだけど、未だに私は馴れない。
祖父宅にもお手伝いさんはいるが、ここまで慇懃ではない。
いや、広い駐車場で時間を潰していたからかな。
駐車場には外車が何台か停めてあった。
次男の雅博さんと三男の悠斗さんが先に着いていた。
「わかった。いつもの部屋なら、先導はいらない」
「畏まりました」
このやり取りもどうに入っているなぁ。
三和土の段差に双子ちゃんを座らせて靴を脱がせた。
いつにないパパの様子に固まっているなぎともえだ。
私の無表情で呟く癖をこんな風に見ているのか。
ちょっと感動した。
「ほら、行くぞ。どうした? 静かだな」
「パパの知らない一面を間近で見て固まったのよ」
「何だそれ」
苦笑混じりで、双子ちゃんを抱き上げる和威さん。
慌てて首にしがみつくなぎともえ。
「「パパぁ」」
「どうした。いつものパパだぞ」
「「あい。パパだぁ」」
不安げだったが納得したのか、笑顔を見せてくれた。
そのまま、応接間に歩き出していく和威さんの後ろをついていく。
あっ、手土産はお手伝いさんに渡しましたよ。
彩月さんが用意してくれていた。
ありがたや。
暫くしてたどり着いた応接間。
両手が塞がる和威さんの変わりになぎともえがノックする。
「なぁくん、でしゅ」
「もぅたん、でしゅ」
「「おじゃぁ、しましゅ」」
ん?
お邪魔します、かな。
それは、玄関で言わないとだよ。
ノックして名前を言うのはお山にいた頃の名残だ。
和威さんの仕事部屋に入る時に、いつの間にかしていた。
お仕事の意味は知らないまでも、邪魔はしていけないと幼いながら、理解していたのだろう。
「はい、どうぞお入りなさい。皆さんお待ちですよ」
お着物を召した緒方の叔母様が自ら開けて下さった。
この叔母様は、お見合いの時に顔合わせした方である。
「「おばば、きょんちゃあ」」
「あら、こんにちは。上手に挨拶できたわね」
「お邪魔致します」
和威さんの叔母様だから、おばばと呼ばせていただいているのだけど、違和感が半端ないなぁ。
ご本人も喜んでいるから、良いのだけど。
おじさん、おばさんが上手く言えないから、仕方がないのだろうけど。
おばば、おじじだとかなりお年を召した感じがする。
還暦を過ぎておられるが、若々しい叔母様には合わないのだ。
「あなた。なぎ君ともえちゃんですよ」
「おお、やっと来たか。待っていたぞ。早く顔を見せてくれ」
「ほら、なぎ、もえ。おじじにもご挨拶して来い」
「「あい」」
抱っこから、降ろされた双子ちゃんが上座の叔父様にとことこ近付いていく。
和威さんのお義兄さん夫妻が見守ってくださるなか、なぎともえは叔父様の前まで行くと身体ごと頭を下げた。
「「おじじ、おみゃねき、あいあちょう、ぎょじゃい、ましゅ」」
なんですとぅ。
なんと、こんにちはではなかった。
これには、びっくり仰天した。
しかも、きちんと帽子を脱いでだ。
えぇ。
私、こんな馬鹿丁寧な行儀教えたつもりなかったけど。
隣の和威さんもあんぐりと口を開けている。
えっ。
犯人は誰ですか。
「おお。丁寧な挨拶、どういたしまして。おじじ、びっくりだあ。誰に教えて貰ったんだい」
「んーと。おやまにょ、じいじぎゃ、しちぇちゃ」
お義父さんですか。
物腰が洗練された方だから、双子を連れて囲碁を打ちに行った時かな。
「兄さん」
「「「親父が犯人か」」」
篠宮兄弟仲良くハモりました。
叔父様も軽く頭を掻いている。
「「ママぁ。まちぎゃい、ちゃぁ?」」
「全然間違いではないわよ。パパ達はこんにちはするかと思っていたから、びっくりしただけよ」
慌てて戻ってきたなぎともえの目線に合わせ、頬を撫でる。
その際には和威さんの足を叩くのも忘れない。
いつまでも呆けてないで、正気に返りなさいな。
なぎともえが不安がるでしょうが。
せっかく、もえちゃんのイヤイヤが鳴りを潜めているのに、爆発したらどうするの。
「「あい。こんちゃあ」」
半回転してまた頭を下げる。
お利口さんだね。
眉はへにょりだけど。
うん。
挨拶はそっちの方がいいね。
「失礼しまぁす。うわぁ、なんかシリアスな雰囲気だけど、どうしたの」
「お邪魔します。あら、本当にお父さん達どうしたの」
「「にぃに‼ ねぇね‼」」
ノックの音と共に応接間に姿を見せたのは、雅博さんとこの静馬君と梨香ちゃん。
二人の姿にテンションが上がり、静馬君の足に抱き付く我が子達だ。
「うわぁ。なぎ、もえ。にぃに、それだと歩けないぞぅ」
「「にぃに。にぃに、あしょんで」」
へにょり顔から一転して笑顔満載だ。
静馬君の足から手を離しては手を繋いで遊びに誘っている。
緒方邸の庭には、子供達が遊べる遊具があるのだ。
滑り台にブランコ。
お砂場まであり、ちょっとした公園みたいだ。
「あー。和叔父さん。遊んできても大丈夫?」
「頼めるか。なら、お願いする」
「うん。事情は後で父さんに聴くから。姉さんはどうするの」
「私も、遊びに加わるわ。難しい話には子供は不向きでしょう。巧、司もおいで。皆で遊びましょう」
悠斗さんのお子さんは小学生。
大人に囲まれて居心地悪そうにしているのを、梨香ちゃんは見抜いていた。
「お父さん、いい?」
「いいよ。だけど、お前達より小さななぎともえがいるのを忘れたら駄目だよ。仲良く遊びなさい」
「「はぁい」」
巧君と司君も加わると静馬君と梨香ちゃんだけでは、手に負えないかな?
私もそちらに加わるかな。
「あら、子供達なら安心して預けて大丈夫ですよ。内の者がついて置きますから」
「そうだな、琴子さんも話して置かないとなぁ。なにせ、和威を止められるのがいなくなると困る」
「どんな話をする気だよ」
「篠宮家には激怒混じりな話だよ」
雅博さんが溜め息を吐き出した。
珍しいなぁ。
長男の康治さんと雅博さんは歳が近いからか、責任感が強く下の兄弟には弱音をはかない人なのに。
それだけ、切羽詰まっているのかしら。
「「ママぁ。パパぁ。おしょちょ、いい?」」
「いいぞ。梨香と静馬の言う事はちゃんと聴くんだぞ」
「巧君と司君も一緒に遊んでくれるから、喧嘩は駄目よ」
「「あい。たぁにぃに、さぁにぃに。あしょんで、くぅしゃい」」
「うん。なぎ、もえ。一緒に遊ぼうね」
「リュックは置いて、帽子は被ろうね」
「「あい」」
リュックを降ろして帽子を片手に、ニコニコ笑顔でお返事だ。
お出掛け着なんだけどなぁ。
まぁ、一応着替えはあるからいいとしよう。
巧君と司君と手を繋いで応接間をでていく。
にぃにとねぇねだけだけど、不安にならないかママは心配だよ。
窓際に移動すれば外から伺えるから安心して遊んでくれるか。
直に笑い声をあげる一団が庭に現れた。
仲良く駆けっこかな。
「もえが心配だったが、あの様子では大丈夫そうだな」
「そうね。ねぇねとにぃにの威力は凄いわ」
「もえがどうかしたのか?」
「昼に兄貴から電話があったろう」
「ああ。したな」
「その前にもえが珍しく盛大に駄々を捏ねたんだ」
「それは、本当に珍しいなぁ」
お義兄さんも元気に駆け回るなぎともえしか知らないしね。
それに、我が儘言わないでニコニコ笑顔の双子だし。
「何だ。イヤイヤ期でも、始まったのか」
「悠兄貴、正解だ」
流石は育児の先輩。
イヤイヤの片鱗を見せていないのに見抜かれました。
緒方、篠宮家の皆さん納得顔をしている。
なんだろう。
「魔の2才児は伊達じゃないぞ。これから、大変な事態に陥るからな。特に和威は半端なかった。普段はおとなしめだが、気に入らない事があると、梃子でも動かない食べない眠らない」
「お袋や親父が何とか機嫌を取ろうと四苦八苦して、仕舞いには康兄貴が子守りする羽目になっていたんだが、覚えているか? 康兄貴の背中に引っ付いて離れなかったんだぞ」
お義兄さん達の言葉に絶句な和威さん。
長男の息子疑惑は和威さんのイヤイヤ期にあったと推測できた。
うん、自分が蒔いた種だね。
いやだぁ。
篠宮家の血筋だともえちゃんのイヤイヤ期は大変そう。
武藤家はどうだったかな。
母に確認して見よう。




