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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その10

 言葉が出てこない。

 永峰議員が所持していた息子さんのスマホが、もっと早く証拠として提出されていたら、尊君宅は火事にならなかったのでは?

 和威さんが視た報道番組で報道された火事について、世帯主と息子の妻は死亡が確認され、息子が意識不明の重体だと教えてくれた。

 孫の尊君の存在は発表されてはなく、一局のみ近所の老夫婦が尊君の安否を訴えていた。

 他の各局は、尊君をいない者と扱っていた。

 これも、誰かの圧力による悪意なのだろうか。

 お祖父様も、巻き込まれた光永家や高崎家の皆さんも思う事があるのだろう、渋い表情をしていた。


『なあ、楢橋さんは無事か? 尊君は無事なのか?』


 ビデオカメラは満身創痍な己れよりも、楢橋家を案じる幸雄氏が父親に問い詰めているのを映し出していた。

 母親に至っては、顔面蒼白。

 震えが止まらない様子である。


『幸雄。楢橋家は火災に見舞われ、警察は無理心中事件だと発表した』

『な、なんで! あの楢橋さんが無理心中だなんて……。有り得ない、絶対に有り得ない。親父‼ スマホ、警察に渡さなかったのか? 俺を轢き逃げした疑いが、楢橋さんにかかったんだろう。何故、幹雄を訴えなかった。そうすれば、楢橋さんは……』

『済まない。私は、幹雄を信じたかった。自首するように、仕向けたかった。しかし、それが裏目に出てしまった』

『無理心中も、幹雄の仕業かよ』

『……そうだ。敦子の父親の子飼いの者と共謀してな』

『あなた?』

『既に、子飼いの者は警察に引き渡した。私の政策秘書が、私の名を使い警察官僚とマスコミを買収していた。その責任を私は取る。必ず、楢橋家の汚名はそそぐ』

『跡は継がないぞ』

『構わない。元々、幸雄や幹雄に継がせる気はない』

『そんな、貴方はそれでいいかもしれませんが。わたしは、どうなるのです。息子が犯罪者だなんて、お父様に何て言われるか』


 潔い父親と違い、母親の自己保身に頭の血管がキレそう。

 息子を甘やかした結果が、これじゃないのか。

 きゃんきゃん、自分のことしか頭にない母親の喚く声に苛立ちが募る。

 我が家の双子ちゃんが犯罪をしていたら、和威さんと二人してお説教と鉄拳を食らわして、相手に謝罪の毎日だと思う。

 幸いにもなぎともえは、前世の記憶があり、叱られる、嫌われる行為は忌避している。

 私達親が間違いを正しておけば、人様に顔向け出来ない犯罪は犯さないだろう。

 痛みを知るからこそ、相手を思いやる。

 今も尊君の側から離れず、両脇にぴったりくっついている。

 時折、手の届く範囲を撫でたりしている。

 優しい子達だ。


『貴方、幹雄が可哀想だと思わないの? あの子がこんな事をする訳がないわ。そうよ、悪いお友達に嫌々やらされて……』

『黙れ‼ お前が原因だろうが』

『あ、貴方?』

『お前が甘やかしたつけが、この様な事態を招いたのではないか。だいたい、幹雄の友人はお前が選んだ者だろう。耳障りの良い、苦言を言わない者を側にいさせ、犯罪に連なる行為を嗜める事をしないでいた。そればかりか、金で何でも解決してきた。中には、私の名を持ち出して脅迫紛いな事をやったな。言ったはずだ。お前の生家の常識は間違っている。永峰家に適用するな、と』

『親父?』

『何度も言った。幹雄を連れて、出ていけ。そして、幹雄の父親と再婚すればいい。幸雄の親権は渡さん』

『……』


 あら?

 雲行きが怪しくなってきたぞ。

 他所の家庭事情なぞ、知りたくはないけど。

 お祖父様が止めないのは、これも事件の根源に含まれているのかな。

 忌ま忌ましい表現で、高崎家の上二人が母国語を呟いている。

 聞き咎めた美月ちゃんが、頭を叩く。

 美少女は容赦がないなぁ。

 もえちゃん。

 真似しちゃ駄目よ。


『今、ここで暴露する場合ではなかったな。申し訳ない。私は血の繋がらない仲とは言え、息子可愛さに証拠を隠匿した罪は背負う。どうか、幹雄を逮捕してくれ』

『確かに、議員がこれを早く提出してくだされば、楢橋家の火災は起きなかったでしょう。奥様や秘書が買収していた警察官僚と共に、既に逮捕状は請求されております。後日、奥様共々事情聴取に応じて頂きます』


 そう締めくくり、ビデオカメラは動画を終了した。

 ビデオカメラは片付けられ、遠野管理官の元に戻される。

 長谷部管理官等は一言も発することもなく、放心している。

 だけど、お祖父様は追求をやめない。


「のう、長谷部とやら。まだ、貴様は謝罪の弁はないなぁ」

「うっ、あっ」

「貴様は無実の一般市民を逮捕して、真なる犯罪者を野放しにしおった。挙げ句に、儂の弟、甥一家を追い詰めおった。何故に、弟は死ななくてはならんかった。甥に嫁いだ真弥は死ななくてはならんかった。はよ、説明せい」


 極力怒りを沈めた声音は、平坦な口調だった。

 それでも、長年大企業の頂点に立つお祖父様は、海千山千の悪意と渡り合ってきただけあり、貫禄充分な威圧を抑えてはいない。

 対する長谷部管理官は、声もなく忙しなく視線を虚ろわせていた。

 味方はいる訳がない。

 同僚の遠野管理官は、感情の籠らない眼差しで見定めている。


「もう、いい。顔も見たくはないわ。然るべき場所へ連れていけ」

「はっ。直ちに、従わせて頂きます」


 一向に口を開かない長谷部管理官に、見切りを付けたお祖父様は謝罪の機会を二度と与えないだろう。

 朝霧家の警護要員に抱えられる様にして退出していく長谷部管理官等と、土下座に近い形で頭を下げた遠野管理官等を見送る。

 然り気に、なぎともえが


「「おしお」」


 と騒ぐ。

 うん。

 浄めのお塩だね。

 ママも所望するわ。

 そして、用意されていた事に脱帽する。

 目元は笑っていない喜代さんと珠洲ちゃんが、大量の塩を持ってきた。


「にぃににょ、てきは、あっちいけ」

「にぃににょ、しょばに、くうな」

「阿呆な輩は、二度と敷居を跨ぐな」

「序でに、天罰落ちろ」


 和威さんを除く篠宮家一同と兄とで、豪快に庭へ塩を撒いた。

 兄の天罰云々に、竜神様が動く気配がした。

 なぎともえがお怒りなので、竜神様も殺る気に満ちている。

 ほどほどに、お願いいたします。


『委細、承知』


 頼もしいお言葉が降る。

 ぷんすか激おこななぎともえは、気がすむまで塩を撒いてから尊君の側に戻った。

 こらこら、お手々拭こうね。

 塩まみれな両手で、お兄ちゃんにしがみつくでない。

 慌てて、濡れタオルで手を拭かせた。


「何で、塩?」

「うーん。お葬式の後に帰宅したら、浄めのお塩を身体にかける。それかな」

「あのね。重蔵お爺ちゃんの奥さんは、神様に使える神職なんだ。だからかな」


 小学生組が奇異な行動を、そう結論付ける。

 残念。

 なぎともえの行動は、お山のばぁばを真似したのだよ。

 お義母さんは、双子は気味が悪いとか、平気でなぎともえの前で発言する親戚を叩き出す際に、塩袋片手に豪快にぶちまける人だった。

 お義父さんやお義祖母さんも、揃ってやるから覚えたのだ。

 嫌な人が来たら、帰る時には塩を撒く。

 二度と来るな、と願いを込めて撒くんだよ。

 お義兄さんが、良い笑顔でなぎともえに説明していたさ。

 お陰様で、玄関周囲には植物が飾れなくなりました。


「遅くなりました」

「パパ、おしょい」

「わりゅい、ひちょ、ぽいっよ」

「それは、ごめん。少し手こずった」


 漸く、和威さんが修理を終えたスマホを手に、和室にやって来た。

 惜しい。

 断罪する証拠を、ひとつ逃したよ。


「復元出来ました。それから、二件留守録が残っていましたが、さすがに子供達には憚られる内容です。複製しました。イヤホンで聞いてください」

「むっ。そうか。ありがとう、和威君」

「お預かり致します」


 沖田さんが凌雅君のお子様スマホと、複製に使用した音声記録媒体を受けとる。

 直ぐに私達から距離をとり、イヤホンをして記録内容を再現した。

 見る間に、眉間に皺がよっている。

 和威さんが聞かせたくない内容なら、聞くに耐えない内容なのだろう。

 聞き終えた沖田さんも、怒りを滲ませた表情になる。


「和威様が仰る通りです。これは、お子様方に聞かせられません。ですが、確実な証拠物件です。警察に提出すれば、犯人特定に繋ります」

「永峰の息子以外に、犯人がおるという訳だな」

「はい。旦那様が良く知る人物です」

「あい、分かった。身内であろうが、容赦はせぬ」

「お身内ではありませんが、ご友人に当たられます」

「誰であろうが、儂の弟に手を出した罪は取らせる」


 お祖父様の友人が犯人とは、如何に?

 疑問に思っていると、珍しく喜代さんが足音を立てて慌てた様子で駆け込んできた。

 珠洲ちゃんと控えの間に、移動していたはず。

 何が起きたかな。


「旦那様。病院からのご連絡にございます。剛様の、意識が戻られました」

「そうか。なら、急がんとな。尊、病院に行こうか」

「……おとう、さん」

「尊。良かった」

「尊、おじさんが助かったんだよ」


 感極まる報告に、尊君が涙する。

 凌雅君と昴君が、抱きつく。

 我が家の双子ちゃんも、巻き込まれている。


「「うにゅ?」」

「あっ、ごめんね。双子ちゃん」

「尊のお父さんが助かったんだ。嬉しくて抱きついちゃった」

「にぃににょ、パパ。びょーき?」

「パパ、にゅーいん?」

「ええと。何て、説明したらいいのかな」


 困り顔な小学生組を見兼ねて、和威さんがなぎともえを呼ぶ。

 素直に、パパの膝に乗るなぎともえ。


「尊にぃにのパパはな。身体に悪い煙を沢山吸って、熱い火に焼かれて大きな火傷をしたんだ。そのせいで、おっきしてられなくて、ずっとねんねしていたんだよ。それが、漸くおっきしてくれたんだ。良いことなんだ」

「おおぅ。にぃに、パパ、やっちゃあ」

「あい。にぃに、ばんじゃい」


 パパの説明に、我がことの様に喜ぶ。

 自分達も入院を経験しているからか、すんなり理解してくれた。

 でもね。

 意識が戻っただけで、怪我は完治していないのだよ。

 詳しい状態は知らないから、一概に喜ぶだけではいられない。

 予断は許されない状態なのではないかな。

 口には出せないけどね。


「大丈夫だろ。リハビリさえこなせば、また包丁が握れる様になる」


 兄は静かに宣言する。

 お祖父様が僅かに、目を見張った。

 水無瀬の先見の託宣。

 そっか。

 なら、ひと安心だね。

 尊君は、一人にならなくて済んだ。

 お祖父様のことだから、尊君が一人になっても望む形で将来を歩ませるだろう。

 けど、尊君が欲しい愛情は実の家族のそれ。

 何物にも替えが効かないモノ。

 母親だから、残していかなければならない無念は分かる。

 ならば、私は祈ろう。

 願おう。

 苦難が降りかかった楢橋家に、幸あらんことを。

 悪意を振りかざした者達には、断罪を。

 流された涙の分を償えばいい。




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