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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その9

「黙りおれ! 愚か者ども。確かな物的証拠を隠滅し、捏造しおった。その罪がばれておらんと思うな!」


 お祖父様の怒声が響き渡る。

 犯罪者を取り締まる組織な警察内部の不正。

 表沙汰になれば、批判どころの騒ぎではない。

 遠野管理官が、同僚に向き直る。


「鑑識から苦情が上がっています。長谷部管理官に提出した鑑識結果の書類が改竄され、捏造されている。幸雄氏を跳ねた車輌が残した証拠物件と、楢橋氏が所有する車輌とは一致はしていない。それに、楢橋氏所有の車輌には、事故の形跡はなし。だというのに、いつの間にか捜査本部が敷かれた所轄の駐車場には、事故を起こした車輌が存在している。ナンバーを照会すれば、ある人物が浮かび上がる。何故に、その人物を訊問しないのか、不思議で仕方がありません。長谷部管理官、お答えください。貴方が、該当者を隠した理由はなんですか?」

「隠してはいない。彼の所有する車輌は、事件日より三日前に盗難されている。それに、その車輌は自分の部下が、解体業者から通報されて証拠として置いたのだ。なんら、不思議はない」

「そうですか。ですが、該当車輌は盗難届けを出されていないのは、ご存知でしたか。そして、該当車輌が購入されたのは、事件発生の一時間前。盗難されたのは、何時になりますかね」

「そ、れは、知らない」

「その体たらくで、よく楢橋氏を逮捕されましたね。同僚として、恥ずかしいですよ。自分が所有者に問い合わせしましたら、事件の二時間前だそうでした。笑わせて頂きましたよ」


 遠野管理官が、暗い笑みを浮かべた。

 三日前に盗難されているはずの車輌が、購入されたのは事件当日。

 もう、矛盾しているでしょうが。

 気付いてないのだろうな。

 素人に突っ込まれて、どうするのか。

 呆れた捜査状況だよ。


「購入された時間前に、盗難されている。果て、よく言えたモノでした。所有者は盗難犯人を事細かく覚えていても、時間にはルーズであるのを証明しました。念の為に、盗難された場所の特定を急ぎました。しかし、周辺近所の防犯カメラを前後一週間にわたり、捜査しましたが事件は起きていませんでした。もう一度、詳しく説明を求めましたら、面白い事を語ってくれましたよ。長谷部と永峰に、そう言えと脅された、と」

「違う、脅してはいない。事実はこうだと、教えただけだ」


 はい。

 罠に填まりました。

 言質を頂きましたよ。

 捜査員が指示して、嘘の証言をお膳立てした。

 立派な、犯罪だから。

 自白の強要と同じだよね。

 長谷部管理官も、不味いことを口にした。

 真っ青な表情で、不利を悟った。


「長谷部管理官。それは、虚偽証言を促したと、捉えてよいですね」

「ち、違う」

「違うも何も、今仰いましたよね。事実を教えた。どなたかの、プラン通りに証言者を偽造した。貴方は、筋書きに従い、楢橋氏を犯人とした。周りの意見を黙殺してまで、得たモノは多額の金銭でしたね。署長、貴方も幾ばくかの金銭を受領していますね。調べはついてます」

「なっ、何のことやら……」

「どなたの奥様と政策秘書から、受け取っているのは証拠があります。また、お嬢さんの裏口入学を斡旋されましたね」

「! それは、関係がないではないか」

「関係がない? おおいにあります。警察官僚が不正を行った。恥ずべき行為だ」


 明るみになる不正を、どう受け止めてよいやら悩むなぁ。

 こうした、こずるい考えな警察官僚がいると、はっきり分かると信用以前の問題である。

 近頃の警察は、腐敗堕落が目立ってきている。

 誤認逮捕や、ストーカー対策の不備、証拠物件の横領。

 数えだしたら、出てくる出てくる。

 その度に、綱紀粛正に図ると頭を下げる上位な官僚が、可哀想な感じがしないでもなく。

 だけど、腐敗はなくならない。

 尊君は、保護者を奪われた。

 責任は必ず、取って頂く。


「長谷部管理官にお聞きする。永峰議員の秘書から多額の金銭を受領した際に、永峰議員の奥様や秘書から長男の幸雄氏を轢き逃げした犯人に、楢橋氏を指名された。手順も教授された。相違ありませんね」

「ふん。何の事だか、自分には分かりかねます」

「否定されるのは、承知しております。ですが、既に事実確認はなされています。この通り、長谷部管理官への逮捕状は請求、承認されております」

「はあ?」


 取り出されたのは、一枚の紙。

 長谷部の罪を洗い出す証。

 嘗ては、楢橋さんを追い詰めた逮捕状が、自分に向けられるとは思いもしないでしょうね。

 間抜けな顔を晒していた。


「罪状は、捜査妨害、証拠隠滅、言い出したらきりがありません。が、一番愚かしいのは捜査内容の漏洩です。それも、殺人犯に対してです」

「そんな、殺人犯になぞ、捜査内容を話した訳がない」

「いいえ。管理官は、しています。楢橋氏が嫌疑不充分で釈放された日に、永峰議員のご自宅に呼ばれたではありませんか」

「あ、れは、議員の奥様と秘書の方に、ご説明に伺っただけで。えっ?」


 遠野管理官の説明が、飲み込めていない風情だけどね。

 何だろう。

 からくりが、分かってきた気がする。

 要するに、永峰議員の息子さんを轢き逃げした犯人と、楢橋さん宅を火災にした犯人は同一人物で、永峰議員の身内が関わっている。

 何故に、楢橋さんを犯人にと仕立てあげたのかは、明らかにされてはいないのだけど。

 怨恨、逆恨みの線が濃そうだ。


「昨日のことです。意識不明であった幸雄氏が、意識を取り戻しました。医師、父親の議員立ち会いの元、聴取を録らせて頂きましたよ。なかなかに、波乱に満ちた結末になりましたがね」


 和室に、大型テレビが設置された。

 遠野管理官が、ビデオカメラを机に置いた。

 きっと、聴取の内容が記録されているのだろうな。

 一般に公開してはならない証拠を披露する。

 警察の信用回復になるかどうかは、視る側にかかってきた。

 沖田さんがコードを繋いで、カメラの操作をする。

 ノイズが走る画面に、病室が映し出された。


「初めまして、自分は管理官の遠野と申します。永峰幸雄氏轢き逃げ事件の再捜査を任されました」

「再捜査とは、どう言うことですか。犯人は逮捕されたではありませんか」

「誤認逮捕の恐れがあると判断され、釈放されました。それに、彼の方は、犯人ではない証拠が出てきています」

「嘘よ。警察も落ちたモノね。犯罪者を釈放だなんて。でも、あの人達、無理心中したんでしょ。たかが、料理人風情が、死んで清々したわ。きゃあっ」


 画面に映ったのは、遠野管理官と母と同年代の女性だ。

 病室だというのに着飾り、化粧が濃く、何処のパーティーに行くつもりなんだがなぁ。

 TPOを弁えない格好の女性に、枕が投げ付けられた。


「うっさい、黙れ、ババア。親父、あいつ、黙らせろよ」

「敦子。幸雄の言う通りだ、お前は必要ない。病室から出ていけ」

「まっ。わたくしは、母親として、幸雄を心配していますのよ」

「何が、母親だ。俺を息子とは思わない、縁を切る発言しまくりだろうが。それに、ババア、言ったな。料理人風情とか、無理心中とか。親父、楢橋さん一家はどうしている? まさか、幹雄に嵌められたのか?」


 次に映し出されたのは、全身を包帯で巻かれ、痛々しい身体を見せつける若い男性。

 轢き逃げされた議員の息子さんだろう。


「永峰幸雄さん。貴方が案じた楢橋剛氏には、貴方を轢き逃げした嫌疑が掛けられ、一時は逮捕されました」

「なっ、違う。俺を轢き逃げしたのは、楢橋さんじゃない」

「貴方は、犯人の顔を見ていますか?」

「ああ。見た」

「では、この中にいますか?」


 簡易テーブルに何枚かの写真が並べられる。

 幸雄氏は、直ぐに一枚を選んだ。


「こいつ、俺を轢き逃げしたのは、永峰幹雄。弟だ」

「……幸雄。間違いはないのだな」

「嘘じゃない」

「……そ、よ。嘘よ。幹雄ちゃんが、どうして幸雄を轢き逃げするの。兄弟よ。有り得ないわ」


 甲高い母親の声に、永峰親子が眉を潜めた。

 兄は呼び捨てで、弟はちゃん付け。

 どうやら、兄弟を差別していそうな気がしてならない。


「有り得ないと騒ぐ割には、永峰の名を出して警察に圧力を掛けていたな。そして、多額の現金を渡していたな。どういう理由だ。この際に、話せ」


 議員は、母親に冷たい眼差しを向けた。

 圧力は、議員の指示ではなかった様子だね。

 母親と秘書のスタンドプレイなのかも。


「どうせ、幹雄のくだらない嘘を信じたんだろ。あいつの事だ、購入した新車が盗まれて、犯罪に使用された。親父に話が伝われば、怒られるどころか放逐される。捜査本部を仕切る人に金を渡して、名を出さないようにしてくれ。序でに、車を盗んだのは楢橋という男だ。とでも、涙ながらに甘えたんだろさ」

「どうして、それを」

「幹雄のいつもの手だろ。親父の財産を独り占めする俺が気に入らない。自分の趣味を邪魔する楢橋さんを赦せない。一石二鳥で、二人を排除しようと、短絡的に計画したのさ。ババアに泣き付けば、金で何とかなる。阿呆の極みだ」

「幸雄、貴方は、どこまで弟を苦しめれば気がするの。可哀想な幹雄ちゃんが困っているなら、幹雄ちゃんの役に立ちなさい」

「ばっかじゃねぇの。俺の人生は俺のモノ。幹雄に捧げる謂れはねぇよ」


 家庭不和なのだろう。

 弟だけを盲目的に溺愛する母親に、反抗する兄の図に父親の議員は何を見てきているのか。

 激昂する母親を感情が籠らない冷たい眼差しを向けたまま、微動だにしていない。


「遠野管理官。幸雄の証言は、有効ですか?」

「はい。ですが、証言だけでは苦しいですね」

「なら、これは、証拠になるかな」


 懐から、議員が持つにしては装飾がしてあるスマホが、テーブルに置かれた。

 操作をして、ある音声が流れる。


『幹雄? 何の用事だ。俺に掛けてきても、金は貸さないし、喧嘩の後始末はしないぞ』

『いいから、今から言う場所に来いよ。でないと、あんたが尊敬しているあの人の息子、滅茶苦茶にしてやる』

『てめぇ、楢橋さんの息子を拉致りやがったのか』

『あの正義感丸出しの阿呆が悪いんだ。僕の神聖な儀式を邪魔するから、こうなるんだ。警察に連絡しても無駄だよ。お偉いさんが味方だからね。だから、今すぐに、○○○に来いよ。ああ、一時間以内に来ないと、儀式は始まるからな』

『くそっ。てめぇの余裕もこれまでだからな。親父にチクっておく』

『ははは。僕を必要としない父親なんて、不要だよ。ママが、いずれ処分する。お前もな』

『抜かせ。楢橋さんに手を出したてめぇは、警察に捕まる前にある権力持ってる家に断罪されるんだ。俺が例え死んだとしても、保険は沢山残してある。絶対に、後悔させてやる』


 ぶつりと切れた音声が物語るのは、兄弟の確執と楢橋さんへの妄執。

 そして、議員に向かう新たな悪意。

 単なる、家庭内不和で済まされない案件になってきた。

 誰もが、沈黙して静寂に包み込まれていた。



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