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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その8

「改めて、尊を見放さないでいてくれた、友達には礼を言わせてくれ。そして、ご家族の皆さんには、ご心配をかけてしまったことをお詫びする。ありがとう、申し訳ない」


 和室に席を移して、お祖父様が頭を下げる。

 隣に座る尊君も律儀に倣った。

 高崎家、光永家の皆さんは、神妙な面持ちで謝罪を受け入れてくれた。


「仕事にかまけて、息子と会話をしないでいた責任は自分にもあります。大変な時期に、側に居てやれず、頼りにされなかったのは、それだけ信頼を築き上げれなかった親の咎です」

「我が家も両親は仕事で不在がち、頼みの綱の兄妹もあてにされなかったのは、光永さんと同じくです」

「大学の試験やらサークル活動を優先して、弟を二の次にしてしまいました。長男からのお小言は必然です」

「わたしも、凌ちゃんはお友達の家にお泊まりだと、信じてしまいました。ごめんね、凌ちゃん」


 両家共に其々の事情があり、子供の不在を知り得たのは朝霧家からの連絡がいったからだそうだ。

 光永さんは慌てて会社を早退して、小学校に突撃して楢橋家が火災に見舞われ、友達と行方を眩ましたのを知った。

 小学校で合流した高崎家の皆さんと、情報を手繰り寄せて見ると、火災現場から尊君を拉致しようとした男達が目撃され、少年三人が逃走した。

 隣近所の人達は、自宅が延焼したのにも拘わらず、子供の安否を気にかけていた。

 だのに、所轄の警察は動かない。

 翌日には、無理心中の果ての失火だと報道した。

 違うだろうが。

 非難の声をあげた近所の方々は、警察に頼らない捜索をしてくれた。

 朝霧家も、人を出して行方を探した。

 けれども、依然として行方が分からなくなり、兄が担ぎ出されることになった。

 兄は大まかな場所が先見で見えるものの、範囲が広すぎた。

 そして、私にまでお鉢が回り、もえちゃんが的中させた。

 漸く、保護出来た際には、尊君達は疲労困憊状態で危うかった。

 尊君を狙う輩が、すぐ側まで来ていたそうだ。

 朝霧の警護要員が黒ずくめの不審な輩が、朝霧家まで尾行しているのを気付いていた。

 直後に、所轄の警察から胡乱な電話が掛かってきていた。

 迷い子を保護したなら、警察に渡せと。

 その電話には、お祖父様が反論した。

 最初から探しもしない警察の不備を指摘し、自分の弟と甥一家を犯罪者呼ばわりし、身の安全を保証せず、火災の際にも適切な現場検証も行わない腑抜けた警察に、孫にも等しい遺児を渡せるか。

 友人の少年も家族にしか、渡さん。

 啖呵をきって言い放ち、所轄を飛び越して警察庁のお偉いさんを、呼びだし中だそうな。


「坊主達は大人や警察は信用がおけんだろうがな、爺を少しは信頼してみんか。こう見えても、爺は名の知れた爺よ。尊の父親の身の潔白は、晴らしてやるからな」

「……お爺ちゃん」

「警察の中にも、燻っておるのがいてな。捜査本部が解体されてなお、真実を明らかにすると目撃証言や監視カメラの記録を探しだした御仁がいる。そうして集めた資料は、証拠隠滅を図る阿呆には渡さずに、不正を嫌う管理官の手に渡ったでな。安心せい。再捜査本部が敷かれたわ」

「凌雅」

「うん。お爺さん、これ。火事になる前に、尊のお母さんから掛かってきた留守番電話があります。尊はスマホを持ってないのに、一貫して尊と呼んで捲し立てて、おかしいと思って録音しました」


 凌雅君がポケットから、子供用のスマホを取り出す。

 GPS付きのスマホなら、位置が分かったのではないだろうか。

 だけど、そのスマホは無惨にも画面が割れていた。


「証拠になると思って、交番に持っていきました。だけど、いつもの里見のお巡りさんがいなくて、威圧的なお巡りさんがいて、こんなの証拠にならないと踏みつけられてから、電源つかなくなりました」

「里見のお巡りさんも、僕達に協力するから左遷されたって。犯罪者の息子は、大嘘つきの犯罪者予備軍だって、言われた」

「それで、警察は信用が出来ないと分かった。凌雅がお兄さんの処に行こうと言って、電車に乗ったけどいなくて、マンションの管理人に追い出された」

『くそっ。あの人でなしども、凌雅達を知らないと言いやがった癖に』


 雷雅さんが突如、フランス語で罵った。

 子供に聞かせたくない、事情なのだろう。

 私と和威さんの膝の上に座る双子ちゃんが、聞き慣れない言葉に首を傾げている。

 しかし、我が子達は空気を読める賢い子達である。

 なあには、口にしなかった。


「済みません。雷雅と僕の住むマンションに、凌雅達は来ていないと証言がありました」

『あの下衆野郎。後で、締める』

『序でに、うちの管理人の阿婆擦れも締めておいて』

『了解』


 雷雅さん空雅さんの容姿の良さが、仇となったのかな。

 恨まれてもいそうだよね。

 兄妹其々、違った趣きの容姿の良さがあるから、一見して兄妹とは認識されなさそうである。

 よく見ると、似通った顔立ちをしているのだけど、色彩が違うからかな。

 何て思っていたら、和威さんがなぎを横に座らせて、スマホを手に取った。


「スマホをお借りしていいですか? うちの身内に、修理の得意な者がいます」


 峰君のことだろうな。

 機械工学に長けているから、修理道具さえあれば、何でも直せてしまえる。


「うん。任せてよいかな」

「では、暫くお借りします」


 和威さんが和室を出ていく。

 なぎともえはパパを目で追ったが、付いては行かなかった。

 邪魔しては駄目だと、感じ取ったのだろう。

 もえが膝から降りて、なぎの隣に座る。

 自分だけが、ママを独占するのを嫌がったのだ。

 安定なブラコン振りである。

 なぎともえは、すぐに手を繋いだ。

 微笑ましくて、頭を撫でる。


「一旦、状況を整理しようかの。事の発端は、尊の父親が轢き逃げしたと、警察に連行されたからだな」

「うん。お店が定休日の水曜日に、父さんが人気の少ない道路を横断していた人を跳ねたって、警察が来たんだ」

「でも、その日はおじさんと僕らで、公園で遊んでいたんだ。沢山、他にも人がいたのに、学校の八木先生だって話をしていたのに、していないって、見ていないって嘘を吐いた」

「犬の散歩に来ていたお爺さんも、知らないって言ったんだ。あの犬がリードから逃げて、公園で遊んでいた女の子の帽子をくわえて逃げたのを、皆で追いかけたんだ」

「非番の里見のお巡りさんが、女の子の泣き声を聞いて駆け付けて、一緒に逃げた犬を捕まえたんだ」

「お爺さん、謝りもしないで逃げた」


 尊君達の大人への不信感は、こうして培われたのか。

 辛うじて、里見さんのお兄さんだけが、証言して味方だと思われていた。

 教育者の教師と、交番勤務のお巡りさんは、何らかの思惑により意図して証言をしなかったと思われた。

 そう言えば、轢き逃げされた被害者は議員の息子さんだった。

 その辺りに、鍵がありそう。

 お祖父様も光永さんや、高崎家の皆さんも渋面を作っている。

 庇護するべき大人の醜い様を見せつけられた。

 下手をしたら、尊君達の生命の保証はなかった。

 朝霧家が介入しないでいたら、最悪な事態が待っていた。

 子を持つ親としたら、到底許されることではない。

 なぎともえがとおもうと、怒りが沸いてくる。

 当事者の親御さん方の心中は、計り知れない。


「「ママ?」」


 無垢な瞳が、私を見上げている。

 私の感情に敏感ななぎともえが、左右から抱き付いてきた。


「大丈夫。ママは、お話を聞いて憤っているだけよ。お兄ちゃん達が、無事で良かったね」

「「あい。わりゅいひちょ。あっちへ、ぽい」」


 んん?

 双子ちゃんが衾の向う側を睨んで、外に放る仕草をする。

 何度も繰り返す。


「おう、なぎともえは、分かるか」

「「あい。ひぃじぃじ、ぽい、しゅうの」」

「ぽい、する前にな、弁明は聞いてやろうと思ってな。沖田、連れて参れ」

「はっ、直ちに」


 衾の向う側で、人の気配が動いた。

 待機していた警護要員が、複数の人を強引に歩かせている音がする。

 座るのを強制して、衾の前に沖田さんが陣取る。

 一同が見守る中、衾が開けられた。

 続きの和室には、制服に身を包んだ警察官と私服の男性が不貞腐れて、朝霧家の警護要員に押さえつけられていた。


「あっ!」


 尊君達が身じろぎして、お祖父様、お父さんやお兄さんに寄り添った。

 それだけで、尊君達の敵だと理解した。


「朝霧様、光永様、高崎様。この度の、警察の不始末、慎んでお詫び申します」


 唯一、自由な男性が土下座を披露する。


「して、遠野管理官。進展は、どうなっておる」


 お祖父様だけが、鷹揚に対応している。

 管理官と呼ばれた男性の斜め後ろに平伏する秘書らしき方から、書類の束が沖田さん越しに提出された。

 調査書類の類いは持ち出し禁止なのではなかろうか。

 お祖父様、罪に問われるのでは?


「そちらの書類は、この者達が隠蔽し、捏造した証拠書類であります。いずれも、破棄された筈の書類。本来は、存在しない書類になります」

「ふむ。存在しない書類なら、第三者が見ても構わぬなぁ」

「どうぞ、ご随意に閲覧ください」

「尊。ちいと、琴子、双子の側にいなさい。子供が見て、気持ちのよい物ではないしな」


 存在しないと銘打っているが、れっきとした調査書類。

 恐らく、尊君の両親の悲惨な状態の写真も含まれていると推測した。

 躊躇いつつ、尊君は和威さんが座っていた位置に来る。

 心情を覚るなぎともえが、お兄ちゃんの両隣に座った。

 握りしめた拳に、小さな手を添える。


「にぃに。あんしんよ」

「わりゅいひちょ。ぽい、よ」

「ありがとう、双子ちゃん」


 兄も緊張を解す為に、肩を抱いた。

 昴君と凌雅君が側に来たそうにしていたが、保護者に止められていた。


「やはりな、杜撰もいいところである。アリバイが成立しておるのに、自称目撃者の証拠だけを鵜呑みにしておる。公園にいた人物には、誰一人も証言を聞いておらん。強いてあげるなら、八木という教師のみだの。しかも、都合の良い虚偽の証言。裏付けさえ、しとらん。のう、貴様ら、なんぞ言い訳があるなら、聞いてやるぞ」


 押さえつけられていた人物が顔をあげる。

 お祖父様は、どう対処するのか見極めていた。


「警察を馬鹿にするのは、止めて頂きたい。いくら、朝霧家が財を成す家だろうが、一犯罪者に加担するなら、破滅を招くだけだ」

「長谷部管理官の申す通り、永峯議員の息子を轢き逃げした犯人は楢橋剛。状況証拠は残されている。非難される謂れは、我々にはない」


 ふてぶてしいまでの、潔さ。

 決定が覆されることがないと、信じきっているわ。

 だけどね。

 貴方達の身に纏う黒い靄は、悪意に満ちた証拠。

 お祖父様の御前につきだされた意味を把握していない。

 警察は、貴方達を人身御供にして幕引きを計ろうとしているのを知らない。

 でもね、真に恐れられている人物が同席していないのを、有りがたく思いなさい。

 朝霧家の断罪が始まる。



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