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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その6

「ところで、話は変わるが。琴子、この範囲で気になる場所はどこだ?」


唐突に、兄が地図を広げた。

いきなり、何事か。

怪訝な顔をした私に、兄は地図に赤ペンで丸を描く。


「俺の先見だと、大まかな範囲と小さな拠点しかわからん」

「私は、兄の言うことがわからないけど」

「まあ、そうだろうが。一刻を争う。気になる場所は?」


だから、説明をしてくださいな。

都内の地図を広げた兄が急かす。

こうした点が兄の悪いところである。

自分が理解している意味を、他人も理解していると思い込む。

血の繋がった妹でも、たまに付いていけない。


「だから、説明をしなさいな。いきなり、言われても困る」

「小学生児童三人が三日前から行方知れず。その内の一人が朝霧に関わる子で、保護しないと危ない」

「それ、警察の仕事じゃないの?」

「警察が宛にならない。その子達の貴重な証言を握り潰した」


なんだ、それ。

小学生が関わる事件が起きていたかな。

病院にいたから、ある意味浦島状態だ。


「事の発端は、ある国会議員の長男が轢き逃げされて意識不明。犯人と思わしき男性が逮捕されたが、誤認逮捕の疑いがあり釈放された。しかし、議員の妻が暴走して男性宅を突き止めて、ネットに曝した。当然、正義の味方面した匿名の阿呆が嫌がらせを始め、放火しやがった。死傷者が出たその日から、男性の息子と友人が行方知れずだ」

「放火事件が起きた当初は、無理心中とか騒がれていましたよね」

「ああ、和威君は知っていたか」


重い話になってきた。

なぎともえには聞かせたくない内容になるので、珠洲ちゃんの元に避難して貰う。

珠洲ちゃんも気を利かせて玩具で、なぎともえを誘ってくれた。


「さあ、なぎ様、もえ様。珠洲と遊びましょう」

「「あい。すぅたん、あしょびましょ」」


ぐずる事なく、遊びに誘われていく双子ちゃん。

武藤の祖父からクリスマスプレゼントされた知育玩具が、なぎの今のお気にいりである。

もえはおままごとセットに喜んでいたが、今日はなぎの選んだ玩具で遊びが始まる。

この子達は遊ぶ玩具で争ったりしないので、ママは大助かりしている。


「お話し、どうぞ」

「うん。悪い、なぎともえに聞かせていい話ではなかったな」


兄は自分のペースに他人を巻き込もうとするが、間違いにきづけば謝る度量がある。

なので、友人には恵まれている。


「俺も、済まん」

「はい、気をつけてください」


和威さんも素直に頭を下げた。

無理心中だなんと物騒な言葉を覚えるのは、まだ早いですから。

幸いにも、何では発せはしなかったから、良しとします。


「それで、兄は何で関わっているの?」


地図を意識して見ながら、兄に問い質してみた。

私には先見の能力がないので、こうした失せもの探しには向いていないのだけど、人命が掛かっているのならば力にならなければ。


「里見のお兄さんが男性の住む区の交番に勤務する巡査でな。最初の轢き逃げ時に、公園で息子さん達と遊ぶ男性を目撃している。だから、釈放されたんだがな。他の目撃証人が、証言を拒否した。どうも、議員から圧力が掛けられて、男性をどうしても犯人としたいらしい」

「誤認逮捕どころではなくない?」

「捜査本部が敷かれた署に配属された監理官に、焦臭い噂がある。放火も無理心中だと断定して、捜査本部を解体した。マスコミも大々的に、そう報道したからな」

「確かに、報道されてましたね。ただ、一社だけ放火の疑いがあると、言葉を濁していましたが」

「ああ、じい様の友人の報道局な。あそこは、警察の発表だけでなく、独自に裏付けするからな。消防士に取材して確証を得るも、頭の堅い上司に報道の意味がないとまた握り潰された。だが、警察も愚かな組織ではない。じい様経由で、ばあ様に依頼がきた」


お祖母様に警察の依頼がくる。

先見に頼る難事件だとは思わないのだけど。

希に、こうして水無瀬の巫女の才にすがられる事がある。

誰も彼も、水無瀬の才を万能か何かだと勘違いしている節がある。

お祖母様の才を正しく使ってやると、豪語したお馬鹿な人もいたなぁ。

そうしたお馬鹿な人は投資家に多かった。

先見で、値上がりする株を知らせろ。

とか、そんなのばかり。

挙げ句に、朝霧家が繁栄しているのもお祖母様がいるからで、自分達にも寄越せと押し掛ける。

怒りの矛先を、武藤家にまで回してくる人もいた。

粗方、お祖父様が片付けてくれたから、静かになったのだけど。


「渋るな。集中して探せ」

「琴子、唸っているぞ。なぎともえが、こっちを見てる」


あら、本当だ。

珠洲ちゃんと遊びに夢中になっているかと思えば、眉根を寄せて私を見ていた。

視線が合うと、手を繋いでおずおずと側にきた。


「「ママ~。どうしちゃにょ?」」

「何でもないよ。心配しちゃったかな」

「あい、ママ。うー、うー、いっちぇちゃ」

「しょうくん、パパ。ママをいじめちゃ、めめよ」


健気に和威さんと兄から、私を庇うなぎともえ。

可愛いお子達よ。

ママ、苛められてはいないよ。


「なぎ君、もえちゃん。違うの。パパも奏太伯父さんも、ママを苛めてないの」

「「ほんちょ?」」


双子ちゃんを抱き締める。

ほっぺをスリスリすると、眉間の皺が取れた。


「ママ、にゃんぢぇ、うー、うー、いっちぇちゃにょ?」

「あい、にゃんぢぇ?」

「それはな、奏太伯父さんが迷子さんはどこかなって、ママに聞いたんだ」

「「みゃいぎょ、しゃん」」

「そう。迷子さんがお家に帰ってこなくて、迷子さんのパパママが探してるんだ」

「おみゃわりしゃんは?」

「みゃいぎょに、にゃっちゃりゃ、うぎょいちゃ、めめよ」


お山にいる時は周りが知り合いだらけなので、迷子になっても誰かしらから連絡がくる。

民家もまばらの中を散歩すると、どこを歩いているか分からなくなる。

実際に、私が迷子になった。

お隣にお裾分けしに行っただけなのに、迷子。

以来、一人で気楽に歩けなくなりました。

とほほ。

なので、双子ちゃんには迷子になったらの鉄則を、教えた。


「そうね。迷子になったら、動かない。ママとパパを待つ。お利口さんね」

「「あい」」


片手を挙げて、元気にお返事。

よく、できました。

ほっぺを撫でてあげよう。


「なぎともえは偉いな。けどな、迷子さんはお巡りさんを怖いと思って、逃げてしまったんだ。迷子さんを嘘吐きと言って、追い出してしまったんだ。もえは迷子さんがどこにいるか、分かるかな」

「うんちょ。おみずぎゃ、いっぱいにょ、ときょりょ」


間髪入れずに、もえちゃんが答えた。

視る能力を抑えたはずだよね。

聞いた兄も、驚いてる様子。

兄が描いた丸の中に、河川が流れている。

うん。

気になる場所が幾つか見えた。


「兄。確証はないけど、この辺り。ここと、ここの線上にいると思う」

「もぅたん、きょきょ」


私が指す場所の内側を、もえちゃんは気負うことなく印す。


「にぃに、ねんねしちぇう」

「あい、しょうくん。はあく、おむかえしちぇ」

「ありがとう。なぎ、もえ」


兄がスマホ片手に立ち上がる。

なぎともえをひと撫でして、慌ただしく出ていった。

地図は要らないのか。

記憶術に優れた兄だからか、置いていかれた。


「無事に見つかるといいのだけど」

「行方知れずになって、三日だろう。この寒空の中で、暖を取れていたのか心配だな」

「食事もだよ。ご両親の心労が偲ばれる」


せめて、助力になるように。

柏手を打ち、祝詞を唱える。

願うは、雨が止み、無事に見つかること。

少しでも、寒さが和らぐように。


「ママ、りゅうしゃんに、おねぎゃいしましゅきゃにゃ」

「あい、もぅたんも、しゅう。りゅうしゃん、おねぎゃあしましゅ」


私の真似をしてもえちゃんが、柏手を打ちお辞儀を繰り返す。

横でなぎ君も同じ仕草をする。


『委細、承知。中の姫、小姫、若君。お任せあれ』

「うにゃ」

「なぎ」


胸元の御守と腰の御守から、龍神様が飛び立つ気配がした。

反動でなぎ君がバランスを崩して、倒れそうになる。

和威さんと私の手が間に合い、転ばなくて済んだのだけど。

龍神様。

飛び立つ際には、幼い子供達を気に掛けてくださいな。

特に、なぎ君はまだ怪我が完治していないのだから。

勢いをつかれると、バランス崩してしまうから。


「なぎは、何で倒れかかったんだ?」

「龍神様が御守から飛び立たれた反動です」

「そうか。吃驚したな、なぎ」

「あい。りゅうしゃん、ぼーんちぇ、とんぢぇっちゃ」

「あい、もぅたんも、びくりよ。りゅうしゃん、げんきねぇ」

「なぎ君ともえちゃんがお願いして、喜んでいたのよ。でも、ママがいいよって言う時だけ、お願いしようね」

「「あい」」


そうだった。

私達を守護する龍神様は、位階の高い龍神様で、何百年振りに守護の座に就かれた。

加減を見失うと、とんでもない災いを招くことになる。

お祖母様に忠告されていた。

下手をしたら、幼いなぎともえの願いを際限なく叶えそうだと言われた。

我が儘を言わない双子ちゃんだけど、龍神様の力に溺れてしまわないように教育しないと。


「なぎ君、もえちゃん。龍神様にお願いするのは、ママかパパか奏太伯父さんが一緒にいる時しか駄目よ」

「「あい」」


目線をあわせて神妙に言い聞かせると、瞬きをひとつして真剣に頷いた。

和威さんも同意して、なぎともえを抱き寄せた。


「なぎ、もえ。パパからも約束だ。嫌いな人がいても、どっかいっちゃえと龍神様の力をその人に向けて使っては駄目だ。龍神様の力は、悪いことに使うのではなく、良いことに使うんだ」

「よいきょちょ、なあに?」

「今みたいに、迷子を見つけたり、困っている人を助けたりするんだ。まだ、なぎともえは正しいことが難しいから、ママかパパか奏太伯父さんに判断して貰うんだ。約束しような」

「「あい」」

「お利口さんで、パパは嬉しいな」

「ママもよ」


誉めて撫でると、にっこり笑顔が満載な双子ちゃん。

幼いながらも指切りしてする約束事は、決して忘れたりしない。

前世の記憶を持つから、善悪の判断はつくだろうけども、まだ二歳児である。

甘え盛りな子達だ。

何かの拍子に、龍神様が出てきてもおかしくはない。

どうか、傷付くことなく、純粋に育って欲しい。

この笑顔が、曇らないのを願う。



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