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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その5

 なんと、僅か二歳で巫女の先見の才を開花してしまったもえちゃんだけど、力の発現を抑えることができずにいた。

 翌日から、視たくない出来事が視える回数が増えてきた。

 その度に、わんわん泣いて私に抱きついてきた。

 私も、どうしてあげることも出来ない。

 無力感だけが募った。

 幸いにも、和威さんに抱っこされると視えないらしく、今はパパの膝で漸く泣き止んでくれた。

 うん。

 和威さんは、無意識に邪な悪意をはね除ける体質をしている。

 私が視えるようになると、和威さんの強固な気に守られているのが分かった。

 どうも、私は逆に手助けしてしまうようで、随分ともえちゃんに悪いことをしてしまった。

 もえちゃんは二週間とはいえ、なぎ君より先に退院してパパと二人だけの生活をしていた。

 なぎ君が退院してからは、私に甘えたがり引っ付き虫さんになっていた。

 ママとお風呂入る、ママとねんねする。

 ママとを連発していた。

 だけれども、先見の開花が邪魔をした。

 ママに甘えたい、けど変なモノが視える。

 まさしく、情緒不安定にならざるをえなくなった。

 ので、先人達の智恵を借りることにした。

 先見の才を開花させている先人達は身近な存在である。

 お祖母様は体調を崩しておられるから、一択で我が兄の登場と相成った。

 可愛い姪の一大事だ。

 唐突な連絡にも関わらず、兄は来てくれた。


「いやはや、俺が視始めたのが保育園時、確定されたのが小学生だったんだがな。流石は、歴代最強な巫女になるもえだな」

「兄よ、感想はいらんわ。はよ、解決案を提言してください」

「だがな、俺が祖母さまにレクチャーされた案は使えない。言われても、もえが分からないだろうしな」


 和威さんの膝上で涙目のもえちゃんは、正面に相対する兄を不安な眼差しで見つめていた。

 同じく膝上のなぎ君が頭を撫で撫で。

 梨香ちゃんがくれたウサギのぬいぐるみを抱き締めて、幼いなりに事態を把握していた。


「しょうくん。もぅたん、わりゅいきょ?」

「違うよ。急に意味が分からない出来事が視えて、怖かったな」

「あい。りゅうしゃんぎゃ、めんしゃいしゅうにょ。わりゅいにょ、りゅうしゃん?」

「そうだな。半分は龍さんだな。もう半分は、もえに視えなくするようにしないといけなかった祖母さまや、奏太伯父さんにある。もえ、ごめんなさい」


 兄が頭を下げる。

 まあね、先視の巫女の才を発現しているのが、当代に二人いる。

 水無瀬の歴史を踏まえて、当代に一人以上の才を発現してきたことはない。

 お祖母様も先代が儚くなる一年前から、才を発現したと教えて貰った。

 兄が発現して、代替わりの時期が早すぎると思ったそうな。

 しかし、私と兄とで巫女の才が別たれていた。

 兄に巫女の手解きをしても身に付かない。

 私に先見の才を発現させようとしても、発現しない。

 異常事態に、おちおち死ねないと考えたらしい。

 水無瀬のご当主一家に災いが起こり、水無瀬の本筋が自身の娘の血に移行した。

 朝霧家に嫁いでからは遠慮していた水無瀬の神水に、頼るほかならなくなった。

 そして、今に至るのだけど。

 次代が着々と成長してきた結果、水無瀬の神水も寿命を伸ばす効力は薄れてきた。

 お祖母様の寿命も尽きようとしていた。

 先視の才を兄が、雨呼びの才を私が受け継ぐ。

 確定された未来に、お祖母様も安堵されたことだろう。

 果たして、我が家の双子ちゃんが既に才を発現させたのは、良いことであったのか疑問が沸く。

 視える才に怯えるもえちゃんを見ていると、イレギュラー過ぎた案件だと思い付く。

 まだ二歳だしね。

 情報の受け止め方を知らないもえちゃんの精神が壊れて欲しくはない。

 天真爛漫に笑う娘を無くしたくないのが親心である。

 いっそのこと中学生になるまで、眠らせておくことが出来ないモノだろうか。


「それは、止めておけ」


 呟いていたようで、兄から駄目だしされた。


「眠らせるのは、反対する。先見の才だけを眠らせることは、もえとなぎの共有する篠宮の祭神の願いのバランスを崩すことになる」

「奏太さんは、篠宮の祭神にも明るいのですか」

「琴子の未来については最悪な出来事しか視えてこなかった。篠宮の男女の双子が忌避されてきた過去に、琴子と和威君が巻き込まれるのを視た。もえが誘拐され虐待されて死ぬ。それを発端に家庭は崩壊するのをな、何度も視てきた」


 兄の告白に、和威さんと顔を見合わせた。

 川瀬が企んだあの事件。

 そっか。

 そうした結末があったんだ。

 なぎ君が身を挺してもえちゃんの未来を改竄した。

 大怪我を負ったが、死の運命は変えられた。

 もし、そうした事実がなかったら。

 私達の今は無い。


「「ママ~。パパ~」」


 もえちゃんの不安が乗り移ったのか、二人して上目で見上げてくる幼い双子。

 喪われずにここにいる。


「完全に災いが去ったとは言えないが、龍神様が篠宮の祭神からなぎともえの守護のイニシアティブを取ったのは事実。篠宮に関わる災いは、龍神様が祓ってくれる」

「やはり、なぎともえは水無瀬を背負わなければなりませんか」

「俺が爺さんになるまでは、安泰でいられるさ。問題は、俺の後継がなぎしかいないのがやばい」

「兄よ。結婚は?」

「するが、男児がいない」


 おおう。

 女系の縛りが出てきたよ。

 水無瀬家は男系だったのに、逆転してしまった。


「因みに、三人とも女児な」

「そこまで、先見で分かるの? 人生観悲観したくならない?」

「俺の事より、もえの事を優先しろ」


 叱られた。

 そうでした。

 兄を呼んだのは、もえちゃんの先見をどうするかでした。

 もえちゃん、ごめんなさい。


「奏太さんは、どうして制御できました?」

「俺の場合は、テレビの電源を点けるか点けないかで覚えた」


 あー。

 それは、もえちゃんには無理だ。

 テレビのスイッチを点けると、テレビが見えるのは理解しているだろうけど。

 仕組みを知らないから、何故に点いたり消えたりするのは難しいね。

 教えたりしても、にゃんでを繰り返すだけだと思う。


「そこで、和威君に協力して貰う」

「俺、ですか?」

「うん。和威君は破邪の体質だから、悪霊の類いを無意識に排除しているのは自覚ないだろう」

「はい。残念ながら視えたりしないので霊感は、ないと思っていました。この手の話は、臣兄貴の専売だとばかり」

「隆臣さんな。あの人は視える人ながら、意識して視えないと蓋をしているからな」


 視えるようになって驚いたことに、篠宮兄弟はそれぞれ体質の違う霊感の持ち主だと分かった。

 和威さんが破邪で、隆臣さんが霊媒。

 雅博さんは浄化で、悠斗さんが結界。

 お見舞いに来てくれた時に、何気なく理解した。

 こうしてみると、篠宮家も祭神が加護するだけの家系である。

 篠宮のお祖母様が、媛神神社の禰宜の家系でもあるから、尚更加護は厚い。


「もえ、なぎ。ひいばぁばから、御守を貰ったな」

「「あい」」


 服のポケットから龍神様の御守を取り出す。

 なぎのは割れてしまったので、新しく造り直して貰った。

 幾ら費用がかかったか、恐ろしくて聞けない。


「パパに、渡してごらん」

「「あい。パパ」」

「おう」

「和威君は御守になぎともえの災いを祓うことを頭に入れて、破邪を願いつつ暫く握っていてくれ」

「はい」


 兄も無茶を言う。

 手解きを受けた私ならいざ知らず、和威さんには厳しいだろう。

 両手に握る御守に暖かな気が纏うものの、固定せず霧散する。


「琴子。ぼうっと見てないで、固着させろ」

「あら、私の出番がきた」

「俺は先見の手解きは受けたが、巫女の才がこれっぽちもない。水の中に、火を灯す。思い出した琴子には、楽にこなせるだろう」

「はーい」


 お祖母様に、教えられた巫女の才。

 雨呼びの御技と共に、御守の作製についても教授を受けた。

 和威さんが握る御守に、霧散していく気を集っていかせる。

 小さな気は、なぎともえを案じる優しい願いが乗せられ、やがて破邪の力が集束していく。

 私は、力を逃がさず石に宿らせる。


「ん。こんな、ものかな」


 一息吐いて、兄に御守を渡す。

 視えていない和威さんには、変わらない御守があるようにしか視えていないだろうけど。

 石柱の内側に、和威さんを表す破邪の火が灯っていた。


「よし。次はこうして、首から下げる」


 キーホルダーの部分を分解して、紐を通す部品を付け加える。

 綾織りの組み紐の長さを調節して、もえちゃんの首にかけた。


「パパ?」

「そうね、パパが側にいる暖かな空気がするね」

「あい。パパちょ、いっちょ」

「じゃあ、少しだけママのところにおいで」


 両手を広げてもえちゃんを誘うと、おずおずと躊躇いながらも私の膝にくる。

 兄はなぎにも御守を下げさせ、様子を見守る。


「もえちゃん。まだ、怖いの視えるかな」

「んちょ、んちょ。みえにゃい」

「あい。パパにょ、あっちゃきゃいにょ、いっぱい、きゅりょいにょ、にゃいにゃいよ」

「成功したな」


 にぱっと笑顔が出てきた。

 和威さんが破邪だと分かっていたけど、気を込めるとは思いもつかないでいた。

 良かった。

 情報の取捨選択が出来ないもえちゃんには、荷が重い才だったよ。

 四六時中嫌な出来事を視させられるのは辛いだろうに。

 代わってあげたくても出来ないのが、悔しくてならなかった。


「ふえ~ん。ママ~」


 解放されて緊張の糸が切れたもえちゃんが泣き出した。

 よしよし。

 振り回されちゃったね。

 巫女の才が発現するのも、良し悪しである。

 従来の習わし通りに、当代に一人。

 代替わりして、緩やかに才が発現する方が良かったよ。

 きっと、川瀬の一件がなければ、そうだったはず。

 おのれ、阿呆な輩め。

 許すまじ。

 龍神様、媛神様。

 天罰はお願いいたします。

 私は、裏側で支援致します。


「まあ、この手法が使えるのも、もえが幼い時分だけだからな。和威君の破邪の能力より、もえの巫女の才が上回ると効力はないぞ」

「兄よ。不吉な予言はいらんわ」

「まあ、琴子が正式に巫女に就任して祈祷するなり、龍神様とのつきあい方を伝授して、制御を覚えさせるのが先になるだろうが」

「なぁくん、ぎゃんばう。パパみちゃいに、もぅたん、まみょりゅにょ」

「そうだな。なぎは、もえが黒いのに負けないように応援してあげような」

「あい。パパ」


 やる気に満ちたなぎ君は格好よいぞ。

 安定なシスコン振りで、感心する。

 私も頑張らねばならない。

 家にいる間は先見を出来ない、安心して暮らせる環境を作らねば。

 龍神様、協力してくださいね。

 あと、鳳凰さんも。

 偶に、やって来る白猫さんや、池で日向ぼっこする黒い亀さんもです。

 朝霧邸が人外魔境と化していくのは、目を瞑ります。

 どこに、琴線が触れたかなんて気にはしない方向でいきます。

 頼むのは、双子ちゃんの安全だけです。

 厄介な案件は持ち込まないでくださいね。


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