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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その4

「ママ~」


 クリスマスイヴのパーティーを知らされて、げんなりしていたらもえちゃんが起きたようだけど。

 なにやら、泣き出す手前な様子を見せている。

 怖い夢でも見てしまったかな。


「ママ~。パパ~」

「はぁい。ママはここよ」


 小上がりに上がると、のろのろと身体を起こしたもえちゃんが涙目をしていた。

 私に気付くと、勢い良く抱きついてきた。


「どうしたの? 怖い夢をみちゃったかな。大丈夫。もえちゃんの側にはママもパパもなぎ君もいるから、安心していいの」

「ママ~」


 ぽんぽん背中を軽く叩いて、頭を撫でてみたりするも、懸命にしがみついてくるだけ。

 ワンコが鳴いてほっぺを舐めるも効果はない。

 もえの感情に敏感ななぎは、みけんに皺を寄せて眠っている。

 じきに、もぅたんと呼んで起きてきそうだ。

 案の定、ぱちりと瞼を開けて隣に寝ていたもえを探している。


「もぅたん?」

「あい、なぁくん」

「ぢょうしちゃの。いちゃい、いちゃいにょ」


 先程のもえ同様に跳ね起きて、立ち上がる。

 一目散にもえの隣にやってきて、背中を撫でてあげている。

 うん。

 安定な仲良し具合に、ママは感心したよ。

 もえはなぎが起きてきたので、抱き付く先をなぎに変更する。


「きょわい? しゃびしい? むう」


 言葉に表せづらいもえの心情を、双子の共有で読み取るなぎ。

 父と母がいるだけなので、双子の神秘はおおいにして結構だ。

 篠宮の媛神様の加護か、水無瀬の龍神様の加護が発揮されているのか分からないけど、なぎは真剣な表情でもえを受け止めている。


「あい、もぅたん。わきゃりましちゃ。なぁくん、ぢょきょにもいきゃにゃい。もぅたんちょ、いりゅ」

「あい、なぁくん。もぅたん、ひちょりは、いやあよ」


 おでこを合わせて頷きあうから、ごちんごちんいっている。

 痛くないのかな。

 心配した和威さんが、私の横に座る。


「なぎ、もえ。パパの膝に、おいで」

「「パパ~」」

「どうした。パパもママもいるぞ」


 なぎともえは和威さんの腕の中に飛び込んでいく。

 もえの手が私に伸びる。

 握ってあげると、小さな手はしっかりと握り返してきた。


「パパ、もぅたん。おんもぢぇ、ひちょりになっちゃう」

「家の外でか。迷子にでもなるのか」

「あい、ひちょぎゃ、たあくしゃん、いりゅにょ。おんもぎゃ、きゅりゃいきゅりゃいに、なっちぇも、おうちにきゃえりぇにゃいにょ」

「それは、大変だ。もえがひとりか。なぎは一緒にいないんだな」

「……あい、なぁくん。いにゃい」


 なぎが率先してお話をしてくれる。

 いつものお喋りさんなもえちゃは、鳴りを潜めていた。

 リアル過ぎる夢を見て、怯えているのだろうか。

 それにしても、人が沢山いる場所にもえちゃんだけを連れて、出掛ける予定はない。

 クリスマスイヴのパーティーも身内だけなはずだしなぁ。


「ママちょ、おててはにゃれちゃうにょ。もぅたん、いっぱいありゅいちぇも、ママにあえにゃいにょ」


 夢を思い出したかのか、もえちゃんが泣き出し始めた。

 三人三様宥めてみるも、もえちゃんは不安で一杯になっている。

 いやいやと首を振り、右手で私と繋ぎ、左手でなぎと繋ぎ、全身で和威さんにしがみつく。

 私達の回りを旋回するワンコは、きゅんきゅん鳴いている。

 うん。

 もえちゃんの平穏が叶えられるのなら、緊急の用件があっても、外出しないと決めた。

 また、知らない処で悪事が計画されているのだろうか。

 なら、お祖父様に相談してみる案件かな。


「琴子、お母様に相談してみた方がいいわ。多分だけど、もえちゃんは先見をしたのではないかしら」

「先見?」

「そうよ。今のもえちゃんを見ていると、奏太が夢を見て怖いと訴えてきた時と似ているわ」

「そうだった。琴子が産まれて育児に余念がなかった奏子さんの気を引くため、奏太が幼児返りしたのかと思ったぐらい、甘えてきた頃があったね」

「そうなのよ。保育園に入園した頃で環境が変わった多感な時期だからと流されていたけど、今思えば奏太なりのSOSだったのよ」

「琴子が産まれた時期も悪かった。水無瀬家に不幸が連続して起きていたりもしていたから、朝霧家や水無瀬家から人手が集まってね。益々、奏太が針鼠みたく警戒して、琴子から離れようとはしなかったよ」


 そうだった。

 水無瀬の巫女を身近に目の当たりにしていた母がいた。

 母の助言はありがたい。

 水無瀬家の不幸。

 馬鹿な研究者が水無瀬のおじ様の娘夫婦を研究材料としてしまった一件。

 おじ様の娘さんは年を経てから出来た一人娘さんだった。

 辛うじて繋がる本家の血筋を、馬鹿な研究者が途絶えさせてしまった。

 龍神様のお怒りは凄まじいものらしかった。

 天候は荒れに荒れたそうな。

 水無瀬の血は朝霧に嫁いだ祖母から母へ、兄と私に繋ぎ、なぎともえへと継承されていた。

 それが生命線となり、日本は崩壊しなくてすんだ。

 やんごとなき旧いお家から、密かに手紙が来て天候の荒れを正して欲しいと懇願された。

 お祖母様は、先見の能力で自身の孫と曾孫が水無瀬の巫女と当主だと知る。

 私が泣くと、天気がころころ変わっていく。

 兄は、的確に未来を言い当てる。

 お祖母様は、苦心して私達を守ってくれていた。

 朝霧の名を盾に兄と私を隠し、母の家庭を壊さないように尽力した。

 今度は、私達の番だ。

 何をもってしても、双子を守っていかなくてはならない。


「もえちゃんが先見をしたのなら、なぎ君が改竄するしかないわ」

「なぎが改竄、もしくは否定すれば未来は変わりますか」

「そうよ。巫女の先見の託宣を改竄できるのは対の当主だけ。私は、対の奏太の託宣しか改竄できないと教えられたわ」

「当代の巫女は当代の当主が、次代の巫女は次代の当主ですね」

「ええ、悔しいことに」


 和威さんが母に質問していく。

 思ってもみない巫女の夫で、次代の巫女と当主の父親になってしまった和威さんは、水無瀬家について猛勉強中である。

 私や双子ちゃんの枷にならないように、自衛するのだと言う。

 なんて、得難い人なのか。

 感激しましたよ。

 頭が下がるばかり。

 兄もなぁ。

 水無瀬のおじ様は、兄が中継ぎの当主になるのを渋っておられた。

 特段、水無瀬の名を継がなくても、武藤姓でいいとはいってくれている。

 兄の結婚も分家からではなく、是非に恋愛結婚して貰いたいとまで仰る。

 ただ、水無瀬の分家に兄と釣り合う年頃のお嬢さんがいない。

 いたのだけど、私に硫酸を浴びせたので、排除された。

 彼女は、戒律の厳しい山奥の修道院にいれられたのである。

 近代日本に修道院。

 陸の孤島らしく、逃げだせはしないとのこと。

 我が家の双子ちゃんに手を出さない限りは、私も静観しておく。

 お祖父様辺りが、監視をつけていそうだけど。


「ママ」

「なあに、もえちゃん」

「だっこ」


 和威さんの腕の中から、私の腕の中へ。

 もえちゃんは、ぎゅっと抱きついてきた。


「大丈夫。ママもパパもなぎ君も側にいるよ。もえちゃんは一人ではないからね」

「あい、もぅたんにょ、しょば、じゅっちよ、いっちょ」

「ほら、なぎ君が悪い事を祓ってくれたよ。安心だね」

「あい、きゅりょいにょ、あっち、いきゅにょ。もぅたんきゃりゃ、はにゃえちゃえ」


 あっち、いけ。

 あっち、いけ。

 一生懸命なぎが、もえの不安を取り除こうと祓っている。

 序でに、ワンコも鳴いて追い払う仕草をする。


「いちも、悪いの追い払ってくれているよ」

「あい、なぁくん、わんわ。あいあちょ」


 身体の向きを変えて、もえちゃんはなぎ君といちの手足を握る。

 いちはもえちゃんに構って貰えて、尻尾を勢いよく振りだした。

 少しは元気が回復してきたかな。

 パパとママの膝から降りて、いちと遊び出すなぎともえ。

 お手を繰り返して、笑い声が聞こえてきた。


「ひとまずは、安心かな」

「そうだな。視えない俺には、力になれないのが残念だがな」

「和威君には同意だね。僕も奏太には何もしてあげれなかったよ」

「私もよ。巫女の才はないから、奏太や琴子にも遺伝している。影で無能やら言い出す上に、教育には口を出してくる水無瀬の親戚にはうんざりさせられたわ」


 母達の元に戻ると、散々嫌味を言われたであろう父母に眉根が寄る。

 私はさっさと和威さんの実家に引きこもってしまったから、水無瀬側の親戚には縁がない。

 変わりに、篠宮側の親戚には双子を産んで嫌われていたりする。

 家長の康治お義兄さんや義父母が優しい方々なので、辛くあたる親戚は本家立ち入り禁止になったけど。

 嫌味は受け流しても、なぎともえに直接暴力を奮う切っ掛けになったのは反省頻りだ。

 嫌うなら近付かないという考えに至らない親戚が多すぎた。

 何処の旧家にも反抗的な親戚がいて、駆逐できないのはどうしてだろう。

 水無瀬然り、篠宮然り、財や才に群がる人が沢山いる。

 武藤のお祖父ちゃんも、そんな輩と見られたくないから一線をひいた。

 お祖父ちゃんの考え方が希少なのだろうな。


「どうした?」

「うん。ちょっと、武藤のお祖父ちゃんに会いたくなったかな」

「年末年始は無理だろうから、翌月にでも都合をつけてもらうよ」

「なぎ君ともえちゃんの快気祝いに招待させて頂きたかったのだけど、辞退されたわ」

「さっきも言ったけど、篠宮を探る家があったからね。後を付けて尾いてきそうだ。そして、なに食わぬ顔でお金の無心だ。此方に伺う時も、車の後をついてきていたよ」

「それ、父の家に乗り込んで来ない?」


 指摘すると、母が頷いた。

 渋面は、もう乗り込んできたとみる。

 私の生家は父が建てた一軒家だけど、朝霧家に近い区画にある。

 所謂、富裕層の界隈である。

 セキュリティはどの家も万全対策してあり、実家も過剰なぐらい防犯していた。

 因みに、右隣は朝霧の護衛が待機している家だ。

 何事かあれば、警察よりも早く駆け付けてくれる。


「今朝早くに、来たわ。何でも、事業に失敗したから朝霧の会社に役付きで就職させろですって」

「借金も僕が返せと。うちに住まわせろと、厚顔無恥も甚だしかった」


 父母の笑っていない表情から、怒気が伝わってくる。

 まあ、朝霧の護衛なり、警察なりに排除されたと思う。

 逆恨みしないといいのだけど。


「何度も言うよ。武藤の親戚を語る輩には気を付けなさい。彼等は、此方の言い分は聞かないから」

「お金になると思ったら、なぎ君ともえちゃんを誘拐、違うわね。自分達が育ててやるから、養育費を出せ。と言うわ」

「そこまで、やりますか」

「やるよ。なにしろ、奏太と琴子を狙ったからね。前科持ちで接触禁止令を出されても、平気で破るから」


 それは、知らない。

 父母の苦労が計り知れない。

 和威さんも黙りこんで、思案中。

 益々、身のまわりが過保護になりそうだ。

 クリスマスパーティーに、波乱を呼び込みそうである。

 大丈夫かな。



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