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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その3

 双子ちゃんがねんねしたので、彩月さん達家人の三名には休憩時間としてもらった。

 新人の珠洲ちゃんは専ら子守り役を担うことで、彩月さんと峰君をたてた。

 でしゃばらず、粛々と主人や先輩に従う様は、お祖母様に付き従う富久さんや喜代さんを彷彿とさせる。

 水無瀬家所縁のお付きには、悪漢から守る盾となる役割りもあるから、珠洲ちゃんもそれなりに鍛えている。

 短い休憩時間には、かなりな頻度で鍛練室にいることがある。

 彩月さんは趣味の時間、峰君は情報収集にと空いた時間を潰しているそうな。

 でも、呼び出したら一目散に駆け付けてくることだろう。


「和威さん。コーヒーでも飲む?」

「そうだな、貰う」


 ローテーブルでパソコンを開いた和威さんに聞く。

 何か、持ち帰りの仕事かな。

 洗濯機を回す前に、和威さんにコーヒーを提供する。

 ドリップではなく簡単な粉コーヒーであるが、苦情はこない。

 和威さんはやや味覚オンチなところがあり、飲食に関心がない。

 新婚時代の不味いご飯に対して、食べれればなんでもいいとの感想に泣いたものである。

 奮起して、彩月さんや母に料理を習ったのはよい思い出だ。

 パソコンから離して、カップを置いた。

 和威さんはカップの位置を確認して、パソコン画面に視線を戻す。

 パソコンにコーヒーを溢す、ベタな展開はしません。


「洗濯してくるから、なぎともえをお願いします」

「うん。分かった」


 パソコン画面に注目している和威さんの邪魔にならないように、声をかけてから荷物を洗濯場に持っていく。

 静かになってしまうが、パパが側にいるから泣いて起きないだろう。

 ワンコもいるから、安心していいかな。

 タオルやなぎ君の肌着等を洗濯機に入れていく。

 と、玄関ベルが鳴った。

 誰だろ。

 母屋の住人なら、内線が鳴るのが先だけど。

 訝しんでいると和威さんが出てくれたようで、玄関から聞きなれた声がした。


「あら、和威さん。琴子は?」

「琴子なら、洗濯場にいますよ」

「そう。なぎ君ともえちゃんはねんねしてしまったと、母屋で珠洲ちゃんに聞いたわ」

「お昼前には帰れるとおもったのだけど、間に合わなくて済まないね、和威君」

「いえ、お義父さん。どうぞ、あがってください」

「母? 父も、お揃いでどうしたの?」


 慌てて玄関までいくと、父と母が大荷物を抱えていた。

 どうみても、なぎともえ用のプレゼントらしき玩具が見える。

 クリスマスが近いとはいえ、買い込み過ぎではないか。

 眉根を寄せたら、父が首を振った。


「琴子。これは、武藤の実家からのプレゼントだよ」

「武藤のお祖父ちゃん?」


 父の生家である武藤の家は、自動車整備工場を経営している。

 父と三つ違いの伯父さんと零細ながらも、未だに現役で車に携わることを嬉々としている人だ。

 手先が器用なので、ちょっとした玩具は余裕で直してしまえる。

 玩具が動かなくなったら、武藤のお祖父ちゃんが直す。

 幼い頃は魔法が使えるのだと、真剣に思っていた。

 父と母をリビングに案内する。

 荷物を置いた両親は座らずに、双子ちゃんの顔を見に小上がりに向かう。

 ワンコが反応して頭をあげるも、見慣れない父に唸りはしなかった。


「いち、武藤のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんよ。安心していいからね」

「君がいちかい。なぎ君ともえちゃんを助けてくれた、ワンコだね」

「頭のいいワンコよ。番犬ならぬ子守り犬よ」


 父が警戒させないよいように、匂いを嗅がせてからいちを撫でる。

 母はアレルギーな為に、撫でれない。

 いちはおとなしくしていた。

 一頻り、双子ちゃんの顔を眺めて満足した父と母が小上がりを降りる。

 パソコンを片付けた和威さんに促されて、ソファに座る。


「父と母は、お茶? コーヒー?」

「お茶がいいかな」

「私も、お茶でいいわ」

「了解です」


 お茶だと思った。

 母にお茶を出す際には、気を抜けない。

 安い茶葉であろうが、手抜きは許されないのだ。

 いつもは彩月さんに準備して貰っていたから、手順を思い出しながらやかんを火にかけた。

 茶器を取り出し、お茶うけは何を出そうか迷っていたら、珠洲ちゃんがお茶菓子を持参してきた。


「喜代様から、お出しするようにと」

「ありがとう、珠洲ちゃん。休憩に戻っていいからね」

「はい。失礼致します」


 ほんとに、お茶菓子を持参しただけで、珠洲ちゃんは母屋に引き返していく。

 万事が控えめな珠洲ちゃんは、危険がないと知ると素直に引いてくれる。

 その分、庭や母屋に繋ぐ渡り廊下の先に警護スタッフが待機しているのが分かる。

 二度の惨事は許されないから、警護要員も大変な勤務だったりする。

 入院先でも警護要員が待機していたから、朝霧のお祖父様の過保護さは充分に身に染みている。

 入院費用まで先払いしてあったしね。

 どこまで甘やかす気があるのか、一度話し合いした方がいいかも。


「なぎ君が退院して、ひと安心ね」

「食事制限をしていたから痩せてしまったけど、顔色も良くて安心したよ」

「その際は、ご心配かけました」


 お茶を出すと母と父が呟いた。

 なぎともえだけでなく、私も一時は意識不明だったしね。

 二人の心労も理解している。

 私なんて、二度目の惨事だからね。

 それは、心配されたであろう。


「琴子は二回目でしょう? 武藤のご実家も今回ばかりは、朝霧の両親に苦言を呈したいと、お叱りを受けたわ」

「父さんや兄さんが朝霧家に乗り込むと息巻いてね。宥めるのも、大変だったよ」


 うわぁ。

 お祖父ちゃん、何気に頑固な職人さんだからね。

 やると決めたら、意見を覆すのは苦労する。

 ましてや、朝霧家と距離を置いて、親戚付き合いを遠慮しているだけに、かなりのご立腹だったみたいだ。


「失礼ですが。武藤のご実家とは疎遠ではなかったのですか?」

「ああ。和威君と琴子の結婚式にも出席はしなかったから、そう思われても仕方がないなぁ」

「いえ。篠宮の本家には丁寧な挨拶状が届きましたが、親戚付き合いを辞退したいと申し出がありました」

「だろうね。なにしろ、僕と奏子さんの結婚式にも出席はしなかったからね。僕は婿にやるから、縁は切るとまで言われたよ」

「それは……」


 和威さんが気まずげに、私をみやる。

 そうなのだよ。

 武藤のお祖父ちゃんは、お金持ちに群がるハイエナを蛇蝎の如く嫌っている。

 父が母と結婚して、朝霧の縁者になるのを一番に嫌った。

 父とは縁を切る。

 宣言して、朝霧の祖父母とは中々顔合わせしようとせず、結婚式に出席しなかった。

 武藤の伯父さん夫婦だけが、新郎の身内として出席はしてくれたものの、寂しい披露宴だったと聞く。

 縁を取り結びたい親戚には、結婚式の日時を間違えて教える徹底した始末。

 業を煮やした朝霧の祖父母が、武藤の実家に突撃して物別れに終わったほど、話を聞く素振りも見せなかった。


「武藤の父は自分の身内を信用してなくてね。それは、僕の祖父が女にだらしがなく、借金を重ねたのが原因で、僕が結婚した際には名も知らない親戚が増えたのも事実だよ」

「太一さんの従兄弟やら身内だと宣って、朝霧家にお金の無心に来たり、我が家に居候を目論んだ人もいたわ」

「最終的に、朝霧のお義父さんに迷惑をかけて、警察沙汰にもなったしね。落ち着くまで、この離れにご厄介になったものだよ」

「酷い人だと、武藤のご実家を抵当にして借金した強者までいたわ」


 兄から、それとなく聞いていたのだけど。

 武藤の実家に纏わる醜聞には、事欠かない。

 染々と語る父と母に、和威さんは声もでない様子。


「結局、兄さんの子供にも被害が出て、朝霧の庇護を受けるしかなくなったんだよ。それでも、接触は最低限しかしなくてね。和威君が緒方家の甥に当たると知らされた武藤の父は、政略結婚なら破談にするぞと脅してくるし、朝霧家に代わる寄生先の出現でハイエナは喜ぶし、どうなることかと気を揉んだよ」

「あー。そちら方面は、緒方家でも対処した様で、今のところは被害はないです」


 あらら。

 父が危惧していたことは、あったんだ。

 厚顔無恥にも甚だしいなぁ。

 親戚ではなく、赤の他人に等しい輩に何を言っても無駄なんだけど。

 話の通じない方々は、資産家なのだから恵むべきが当然である、といった訳の分からない信条を抱いている。

 武藤のお祖父ちゃんが親戚に会わせたくないのも、これが起因している。

 お祖父ちゃんにも、身内なのだから富は分け合うのが正しいと、付きまとっていた。

 あの人ら、平気で夜中に侵入してくるから。

 初めて、お祖父ちゃんの家にお泊まりに行くと、朝霧の護衛と揉み合いになってまで、母にお金を渡せとか言ってきた。

 勿論、警察を呼んだ。

 恫喝めいた戯言は録音されていて、前科がついた。

 お祖父ちゃんがそう対処しなくてはならないほどに、土足で踏み込んでくるから始末に負えない。


「こんなこと言いたくないけど、どうやらまたハイエナが動き出してきている。身辺に気をつけなさい」

「朝霧の父にも話したのだけど。篠宮家の皆さんも、警戒して頂戴ね。どうも、篠宮家を気にしているみたいなの」

「武藤の父に、篠宮家と緒方家に顔を繋げと言ってきた。地方の一族とは言え、篠宮家も立派な資産家だよ」


 父と母の真剣な眼差しに、和威さんと二人して頷いた。

 篠宮家の主権を狙った川瀬が為した惨劇は記憶に新しい。

 なぎともえの怪我は、完治はしていない。

 また、窮屈な毎日をさせてしまうと思うと、やるせない。

 幼いうちは、二人だけの狭い世界に浸ってもいいけど、幼稚園に入園させる前には同世代のお友だちを作れたらと願う。

 お祖父様あたりが、目星をつけていそうだけど。

 何か画策していそうな気配がしてならない。


「あっ、そうそう。話は代わるのだけど、クリスマスイヴになぎ君ともえちゃんの快気祝いをするの。あなた達、気づいている?」

「は?」

「その様子では、知らされていないわね。朝霧の父が、篠宮家の皆さんを招待して大々的に催すそうよ」

「何ですと⁉」


 イヴは明後日ではないか。

 いやね。

 なぎともえが病院で見ていたご長寿番組で、三輪車が欲しいと訴えて、サンタさん宛に手紙を書いたのだ。

 和威さんがカタログを見せて選んだ三輪車を、お祖父様や緒方家や篠宮家連合に渡したのは私である。

 てっきり、朝霧家でパーティーを開くとは思っていたけど。

 母曰く、ホテルをワンフロワ貸しきりにして、やるそうな。

 篠宮家の皆さんも、都合を合わせて出席してくれるそうな。

 何で、主役を除け者にするかな。


「和威さん。お仕事の方は?」

「イヴは休みだ。クリスマスは仕事だけどな」


 和威さんの都合を一番に気にしないと。

 仕事納めは28日とは聞いた。

 ひとつ、厄介な納期が残っていて、休日出勤するかもしれない。

 でも、イヴは休みだから、なぎともえは喜んでいた。


「あら、残念。クリスマスは朝霧グループの重役の子息を招いて、なぎ君ともえちゃんのお友だちを見極めるそうよ」


 やっぱりかぁ。

 先ずは、自分のお眼鏡に叶ったお子様を側に付ける気だ。

 母の爆弾発言に、和威さんも口が開いた。

 私もやられた手である。

 曾孫まで及んだか。

 拒否権はなさそうだ。

 くぅくぅと穏やかにねんねする我が双子ちゃん。

 一般のお友だちを得る前に、上流階級のお友だちができそうである。

 馬が合わなそうなお子様がいて、大泣きしないといいな。

 龍神様に、お子様の喧嘩には手を出さない様に言い含めないとなぁ。

 一抹の不安が残る。

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