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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のオラトリオ
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その2

 お昼になると、正確無比なもえちゃんのお腹が鳴った。


「あう」

「もぅたん、ぐりゅぐりゅ」

「あい、おにゃかぎゃ、ぐぅぐぅ」

「まぁ、大変。もえ様、お待ちくださいませ。すぐに、喜代がご飯を持って参りますね」

「あーい」


 機嫌よく返事して、座卓に収まる。

 なぎ君は、和威さんの膝の上から離れない。

 背もたれがないと後ろにひっくり返ってしまうので、パパを座卓がわりにしている。

 本日はなぎ君が退院するので、和威さんは有休申請した。

 双子ちゃんの入院で一時期は仕事を辞めるか悩んでいたみたいだけど、部長さんや先輩方に泣きつかれて留まっていた。

 出来るだけフォローするから、辞めるのだけはやめてくれ。

 直々に、社長さんにまで説得されたのだ。

 私にまで説得してくれと訴えてきたから、何事かと思った。

 要は、社運をかけたプロジェクトを地方支社の若造に任せるのを、嫌った一派がいたらしい。

 それで、本社に赴任するなり秘書課と揉めるは、仕事に穴を開けた。

 解雇案件にまで発展していたそうだ。

 いたって、本人は何処吹く風。

 対して、社長さんは一派と社会人として不適切な姿勢の和威さんに怒髪天。

 ならば、お前達が代わりにプロジェクトを成功させろ。

 意気揚々と言質を取った方々は、仕事に取りかかろうとして現実にぶち当たった。

 詳しくはないけど、和威さんが手掛けていた仕事には、和威さんが開発して特許を得ていた技術が必要であった。

 本人が使用するなら問題はなかったのだけど、他人が使用するなら多大なる使用料が発生する。

 私は、和威さんが特許を得ていたのを知らない。

 和威さんのお給料は管理しているけど、別な通帳にはノータッチである。

 そちらは、緒方家縁の株やら、お友達関連の株やらが記載してある。

 仕事を辞めても、充分に食べていけるから。

 差し出された通帳の残高見たら、笑うしかなかった。

 想像していた以上に桁が違った。

 仕事する意味無くない?

 悠々自適な生活が送れるのが、人生何回分あることか。

 私の相続した資産より上なら、安心して暮らせる。

 本人が納得するなら、何も言えないよ。

 けれども、会社側は笑って送り出せはしなかった。

 プロジェクトが成功して入る金額より、支出する金額が大きな仕事を継続できる訳がなく。

 また、和威さんも追い出した相手に寛容にはならないだろう。

 必然的に、特許技術は使用不可。

 優秀な人材と特許技術を、天秤にかけるまでもなく。

 僅か、5日後には会社に復帰した。

 お馬鹿なことを仕出かした相手が、左遷することになった。

 和威さんは騒動の責任を取る気でいたのだけど、会社が逃す気はなく一時期外された主任の肩書きは戻された。

 滅多に会社の愚痴を言わない和威さんも、逃げそびれたことには根を持っていた。

 私は桁外れな通帳を見なかったことにして、働けと送り出すことしか出来ない。

 まあ、そんなこんなでも和威さんは毎日定時上がりで、仕事にいっている。


「パパ、なぁくんも、ぐぅぐぅ」

「本当だ、ぐぅぐぅだな。腹ペコさんだな」

「はりゃぺきょ、はりゃぺきょ」

「おひりゅは、にゃにきゃにゃ?」

「にゃんぢゃろねぇ」


 微笑ましいやり取りに、皆が笑う。

 喜代さんと富久さんがお膳を並べていくと、可愛らしいお腹の虫がまた鳴る。

 もえちゃんにはオムライスとミニハンバーグ。

 なぎ君にはトマトリゾットとコーンスープ。

 違う内容には訳がある。

 なぎ君はまだ、肉類の消化が難しい。

 固形物より流動食が主である。

 互いにあーんが出来なくて、今は我慢してくれている。

 なぎともえも食事内容には不満は言わない。

 一度もえちゃんがなぎ君にあーんしてしまい、お腹を壊す処では無くなった急変具合に、双子ちゃんは大反省していた。

 彩月さんや医師にたっぷりと叱られて、言うことが守れないなら別々のお部屋に入院だよ。

 もえちゃんはしてしまったことの大変さに大泣き、なぎ君は辛い一人での闘病に涙した。


「「もう、しみゃしぇん」」


 パパにもごつんこされて、充分に反省した双子ちゃんはあーん禁止をよく守ることになった。


「「いちゃぢゃきましゅ、いい?」」

「ゆっくり、食べてくださいましね」


 待ちきれない様子の双子ちゃんは、笑顔で伺ってくる。

 これは、大分腹ペコさんだね。

 普段は、全員分が揃うまでおとなしくしている。

 スプーンに手を伸ばしそうになっている。


「なぎともえは、腹ペコさんか。ほれ、慌てなくともご飯は逃げん」

「ぢゃっちぇ、びょーいんにょ、ぎょはん、ぢゃにゃいもん」

「あい。おいししょうよ」

「あらあら、病院のご飯は美味しくなかったかしら」

「あい。ママちょ、あしゃぎりにょ、ぎょはん、おいしいにょよ。なぁくんちょ、いっちょに、ちゃべえうにょ」

「そっか。もえちゃんはなぎ君と一緒にご飯食べるのが、大好きだものね」


 なぎより二週間早く退院したもえ。

 朝夕は朝霧邸で、和威さんと食事をしていた。

 朝、和威さんが出勤前にもえちゃんを連れて病院まで来る。

 お昼は、彩月さんのお弁当。

 夕方、定時上がりの和威さんがお迎えに来て、朝霧邸に帰る。

 何をするのもなぎ君と二人一緒にしていたのに、朝霧邸では一人だけ。

 パパとワンコがいるものの、寂しさを募らせていただろう。

 一人に慣れないうちは、なぎ君と私を探して庭を彷徨っていた。

 病院に帰ると言って泣いていた、と聞いた。

 ごめんね。

 側にいてあげれなくて。

 昼間は、健気に元気ににこにこ笑っていた。

 なぎが一時退院するのを、誰よりも喜んでいた。


「はい、いただきます」

「「いちゃぢゃきましゅ」」

「ゆっくり、だぞ。いきなりは、お腹がびっくりしちゃうからな」

「「あい」」


 一口頬張り、笑顔が溢れる。


「おいちいね」

「おいひいね」


 皆に言われて、ゆっくり咀嚼してごっくん。

 もえちゃんは隣になぎが居て、ご機嫌。

 なぎ君はにこにこ笑顔で、もえちゃんを見ている。

 穏やかな空気に包まれて、なぎともえはご飯を残さず食べてくれた。

 食後のお薬も嫌がらずに飲み、ひいじぃじとひいばぁばに誉められた。

 お腹が満たされたら、お昼寝の時間になる。

 続き部屋に用意してくれていたのだけど、離れに帰ると言い出した。

 うん。

 とろんとする目蓋が重たいなか、離れに待機しているワンコが気になるらしい。

 可愛らしい甘えにお暇を告げて、離れに戻ってきた。

 外に出ていたワンコは、敏感に双子ちゃんの匂いを感じとり、庭を駆けてきた。

 峰君に制止されて飛びかかることなく、私達の前でお座りを披露した。

 尻尾が盛んに振られている。


「わんわ~」

「いち~」


 降ろされた双子ちゃんは、いちに左右から抱き付いて堪能する。

 いちは双子ちゃんを助ける為とはいえ、人を噛んだ。

 幼子がいる家庭に人を噛んだ犬は危険視されて、一時期訓練センターに預けられることになった。

 しかし、いちは自分の危険は放置。

 軽いスポンジ棒で叩かれる振りをされても、人を避けるだけで威嚇はしない。

 司郎君と峰君の指示には従い忠犬ぶりで、訓練士さんも躾は行き届いていると御墨付きを貰った。

 ただ、もえちゃんを訓練センターに連れていくと、途端に暴漢役を威嚇して庇う。


「わんわ。しぃよ」


 もえちゃんも何かを悟り、いちを落ち着かせて抱き付いて離れない。


「わんわ、おうちに、きゃえりゅにょ。あぶにゃく、にゃいの」


 仕舞いには盛大に泣いて、大人達をあたふたさせたそうな。

 もえちゃんにとったら、いちはもう一人のお兄さん。

 家族は一緒に暮らすのが当然だ。

 それから、子供の我が儘を遺憾なく発揮して、いちを連れて帰ってきた。

 なぎ君がまだ入院していた寂しさを、いちに甘えることで昇華していた。

 ママも付き添いで病院だしね。

 パパが見える範囲で、いちにベッタリしていたそうな。

 今は満開な笑顔で、なぎ君といちと歩いている。

 小雨は、双子ちゃんが外に出たらやんでいた。

 龍神様が、気をきかしてくれたようである。

 ぬかるみに足を取られるなぎ君を、もえちゃんといちがカバーしていた。

 あれ?

 抱っこしていたから、靴を履かしていなかった。

 靴下が見事に泥だらけになっていた。


「申し訳ありません。靴を忘れておりました」


 私付きになった珠洲ちゃんが、慌ててなぎともえを抱っこした。


「なぎ様、もえ様。靴は、どうしましたか?」

「ありぇ?」

「くっく、しちぇ、にゅきゃっちゃ」

「靴下が真っ黒になっちゃいましたね」

「「ママちょ、パパに、めめしゃえちゃう」」

「はい、めめですよ。ごめんなさい、しましょうね」

「「あい」」


 いや。

 珠洲ちゃんが諭してくれたけど、忘れて地面に降ろした私達も悪かった。

 和威さんも、叱るに叱れないよね。


「「パパ、ママ、めんしゃい」」

「パパも、靴のこと忘れていたから、ごめんなさいだな」

「ママもね」


 互いに謝罪して、ごめんなさい。

 泥に汚れた靴下を脱がして、離れに入る。

 いちはリビング側から、順番に足を拭いてあがる。

 暖房が効いた室内に入ると、なぎともえは大あくび。

 遊んで貰えると思っているいちは、玩具箱に頭を突っこみボールをくわえた。

 とことこ双子ちゃんに歩み寄ると、ボールを床に置く。



「いち、なぎ様ともえ様はお昼寝が先だよ」

「わんわも、いっちょに、ねんね」

「あい。いち、おいぢぇ」


 お昼寝スペースの小上がりには、いちは上がらない。

 よじ登ったなぎが、小上がりの床を叩く。

 普段なら、おいぢぇと言われたら喜んで側に行くいちも、峰君の指示を待つ。

 司郎君が不在時は、峰君の指示に従うように躾られていた。


「今日も特別だ。なぎともえの側に行っていいぞ」

「和威様がいいと、仰られたよ。いちも、一緒に昼寝をしてもよいよ」


 和威さんの今日もが気になったが、多分夜のねんねもいちをもえちゃんが離さなかったのだろう。

 許可されたいちは、峰君と和威さんの指先を舐めて、小上がりにあがってきた。

 お布団に包まれた双子ちゃんの頭側に陣取り、頬を交互に鼻先でつついてから伏せの体勢になる。


「ほら、わんわも見守ってくれてるよ。ママもパパも側にいるから、安心してねんねしてね」

「あい」

「おっきしちぇも、ママちょなぁくん、おうちにいりゅ?」


 もえちゃんは、不安顔で聞いてくる。

 なぎ君と手を繋いで、私の服を掴む。

 大丈夫だからね。

 今日からは、ママもなぎ君もえちゃんと一緒にいるからね。


「いるわよ。夜のご飯はママが作るの。もえちゃんは何が食べたいかな」

「ちゃーはん。なぁくんも、ちゃべりぇう?」

「少しならね。じゃあ、夜のご飯は炒飯と玉子スープね」


 食い気に勝るもえちゃんだけど、なぎ君も食べれるか尋ねてくれるのは優しい子に育ってくれた。

 何でも分けあい、共有してきた双子だけに、一緒にだとやはり嬉しいようだ。

 顔を見合わせて、にっこり。

 良かったね、と繋いだ手を振り、安心してねんね。

 すぐに、寝息が始まる。


「いち。なぎともえを見ていてね」


 わふぅ。


 なぎともえの頬を撫でて、ワンコに子守りを託す。

 さて、洗濯物をしましょうか。

 入院していた荷物は運び込まれているだろうから、ちゃっちゃとやってしまおう。

 久しぶりの家事に、張り切りすぎたのは言うまでもない。

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