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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その66

 ふっと、意識が浮上する。

 重たい目蓋を開けば、心配げな母の顔があった。


「琴子っ。気が付いたのね。分かる? お母さんよ」

「……はは。もえ、ちゃんと、なぎ、くんは?」


 何だか、不思議な夢を見ていた気がした。

 スタンガンらしきものを受けて失神した私の側には、水無瀬の祭神たる龍神様がいた。

 際立った岸壁に建てられた平安造りの建物内にいて、眼前には十二単を身に付けた媛神様。

 初めて間近に感じたその人を、媛神様だとすぐに理解した。

 私を護る龍神様が威嚇をすれば、媛神様は床に手を付いて頭を下げる。


「この度の篠宮家にまつわる不始末を、伏して謝罪致します。可愛い吾子に怪我を負わせた者、企んだ者、止めずに放置した者すべてに対して、わたくしが断罪を行います」

「すべて、ですか?」


 媛神様の御言葉に、胆が冷える。

 だって、胡桃ちゃんも関わってしまっている。

 どういう経緯で、胡桃ちゃんが川瀬を引き入れたかは知らない。

 けれども、姐御肌の胡桃ちゃんは、頼まれたら嫌とは言えない。

 きっと、知人か身内が関与しているかもしれない。

 私は胡桃ちゃんに対しては、無用心だったとは思うけど、断罪されてほしくはない。

 双子を出産して里帰りしていた私に、一番親身になって世話を焼いてくれたのは母と胡桃ちゃんだ。

 経験者は語る。

 抱っこを嫌がるもえちゃんが、ママを必死に求めていると理解してくれたのは胡桃ちゃん。

 比較的おとなしいなぎ君を抱いて、乳児の世話を実践してくれた。

 和威さんと二人して、有り難く享受した。

 双子なんだから一人で抱え込まず、周りを頼れ。

 口を酸っぱくして言われた。

 お山に帰り、周りを頼っていたはずなのに倒れた私を、一番叱ってくれたのも胡桃ちゃんだ。

 逡巡していた私に、媛神様は頭をあげて力なく笑った。


「安心してくださいね。貴女のお身内には、やむにやまれない事情があると理解しています。彼女は既に、母君や父君、兄君にお叱りを受けています。わたくしからは、何も致しません」


 ほっと、一安心。

 でも、媛神様からは厳しさは抜けなかった。

 あらぬ方向を見据えて、白い繊手を横に振る。


「篠宮を護ること幾年月。この地の厄を封じること幾星霜。わたくしにとっては、ニ度目の過ち。又もや、篠宮家の双子に厄を押し付けてしまいました。如何に寛大な大神様と言えど、此度は赦されることはありません。ですので、篠宮の祭神を降りることになりました。つきましては、貴女の吾子が抱く『ねね』を、わたくしにお返し頂きたく思います」

「……『ねね』ちゃんは、もえの前世の名前ですよね。私達から、もえを奪うなら、了承致しません」

「やはり、ご存知でしたね。篠宮家の双子には、代々受け継がれている名がありました。ですが、今代の双子は水無瀬の血を引く貴女が、名を新たに授けたことにより、篠宮の厄を封じる結果になりました」


 はる、ねね。

 双子を出産した折りに、頭の中で沸き上がった名前。

 和威さんも自覚はないけど、双子をそう呼んでいた。

 私は何気なく、それもありかなと思っていた。

 お祖母様の言葉を思い出す迄は。


 旧い名前を呼んでは、いけません。

 新しい名前を、貴女が授けてあげなさい。


 幼い頃に、突然お祖母様が真剣な眼差しをして、私に託宣を告げた。

 兄が息を呑んで頷いていたので、茶化してはいけないことだと思った。

 絶対にしないと約束をした。

 だから、今がそうなのだと判断した。


薙輝(なぎ)望恵(もえ)。私の可愛い息子と娘。なぎ君は、厄を薙ぎ祓い、光をあまねく照らしてあげて。もえちゃんは、多くの幸を望んで、恵まれた未来を歩んでね」


 私の内側から零れ出した願いに、和威さんも賛同した。

 漢名は媛神様に奉納して、平仮名表記にしたのも、それが双子を護ることだと思っていた。

 名前にまつわる騒動に終止符を打った篠宮のお祖母様と、媛神神社の禰宜さんが微かに微笑んでいたのは悪い因襲が断ち切られたと思っていたからだろう。

 間違いでなかったのは、媛神様が現してくれた。


「安心してくださいね。吾子達は貴女が名付けた際に、『はる』と『ねね』が辿る未来から解き放たれました。此度の騒動は、ニ度とは起きません。なぜなら、篠宮の悪しき鎖となるわたくしが存在しなくなるからです。新たな媛神は、貴女の優しき溢れる愛情に包まれ、幸福を知りました。その、幸福を篠宮にもたらすでしょう」

「でも、『ねね』ちゃんは、もえちゃんですよね。生き神様になるのですか?」

「『ねね』と望恵は違う人格です。『はる』と薙輝も違う人格ですよ。此度の厄を吸いとり、神へと天昇致しました。新しき神が、篠宮を護る祭神と成ったのです」


 媛神様が仰るには。

 なぎともえの深層部に『はる』と『ねね』は眠り、今回の事件で龍神様が介入して篠宮の因襲を断ち切り、旧い魂を天へと還してくださった。

 地上に縛られていた『はる』と『ねね』の業を嘆いた大神様に、神格を与えられた。

 本来なら、負の大波に晒され続けていた『ねね』は、天上で癒されるはずだった。

 しかしながら、『ねね』は宿主のもえちゃんを案じて、『はる』と地上に戻りたいと訴えた。

『ねね』を不幸の底に落とした媛神様を怨まず、側に仕える選択をした。

 そこで、大神様は祭神の代替りを告げる裁定を下した。

『はる』と共に、篠宮の祭神になる『ねね』。

 何だろうな。

 やっぱり、『ねね』ちゃんも、もえちゃんなのだと思う。

 篠宮の家が大好きなんだなぁ。

 快く、快諾した『ねね』と『はる』は、代替りが来る時期まで神様修行をしているそうな。


「『はる』と『ねね』が天昇した薙輝と望恵には、わたくしが授けた共有の才が薄れて感じるでしょう。ですが、新たに目覚めた水無瀬の才が、双子を繋ぎます」

「水無瀬の才ですか? 祖母の才が受け継がれていたのでしょうか」

「祖母ではなく、貴女の才が受け継がれているのです。雨呼びの才と託宣の才が望恵に、託宣を改編する当主の才が薙輝に。そして、次期の巫女は貴女になります」

「えっ? 私? 私に水無瀬の才はありませんよ」

「いいえ。巫女の才は、当代の死により引き継がれます。ですが、今代の巫女は貴女と望恵になります」


 媛神様の繊手が、私に向けられる。

 胸元に暖かな光を感じた。

 思い出?

 光に手をあてると、お祖母様から授けられた巫女の心得が沸き上がった。

 雨呼びの唄。

 託宣の解釈。

 龍神様への対応。

 何で、忘れていたのだろうか。

 次々と、思い出されていく巫女の才。

 思わず、涙が零れた。

 媛神様は微笑んで、私の背後を指した。


「水無瀬の巫女殿。差し出がましくも、記憶の封を解き放ち致しました無礼を御許しください」

「いいえ。篠宮の祭神様には、孫娘や曾孫達をお護り頂き有り難く存じます」

「……お、祖母様」

「琴子。貴女は、雷撃の衝撃で魂が肉体より乖離しています。媛神様が保護してくだされなかったら、何処まで行っていたのでしょうね」


 優雅に笑う祖母が龍神様を連れて、佇んでいた。

 やばい。

 お祖母様の、この笑いかたはヤバめなものだ。

 絶対にお説教コースだ。

 私の頬がひきつる。


「琴子、迎えに来ましたよ。なぎ君ともえちゃんを、放置して何をしています。呑気に構えている場合では、ありません。すぐに、地上に戻りなさい」

「水無瀬の巫女殿。御孫娘殿を呼びしは、わたくしの責。謝罪致します」

「ですが、怪我を負う我が子を放置していますのは、琴子の責任です」


 媛神様が取り成すも、お祖母様は容赦がない。

 それだけ、なぎともえの怪我は重いのだろう。

 だけどね。

 どうやって、身体に戻れるか分からないのだ。

 スタンガンの衝撃で幽体離脱したのは分かる。

 ふわふわした安定のない姿が私でいられるのは、私を護る龍神様のおかげだとも。


「全く、しょうがない子だこと。申し訳ありませんが、琴子を地上に導いてくださいませ」


 お祖母様の周りを取り巻く龍神様が、私に向かう。

 身体が浮き上がった。

 ちょっと、待って。

 媛神様にお礼を言ってないから。

 と、思っても、あとの祭り。

 あっさりと、私を抱え込んだ龍神様が移動する。

 気付いたら、空を駆けていた。

 束の間の媛神様との邂逅は、お祖母様によって終わりを告げた。

 地上に戻される私に、最初から私に付いていた龍神様がなぎ君の状態と、もえちゃんの慟哭を教えてくれる。

 どう対処していいのかも、教授してくれた。

 そうして、諦めかけていた和威さんの頭をはたき、なぎ君の手術の手助けしたのは覚えている。

 が、以降の記憶がない。

 目覚めたら、母の顔があった。


「なぎ君ともえちゃんは、手術して集中治療室よ。和威さんは仮眠を取ってから、お医者様に呼ばれて経過を聞いているわ」

「もえちゃんも、手術?」

「そう。肋骨が折れていて、肺を傷付けていたの。ごめんなさい。もえちゃんが痛いのを我慢していたのを、気づいてあげれなくて」


 そうか。

 守ったつもりでいたけど、もえちゃんも怪我をしていたのか。

『ねね』ちゃんが、案じる訳だ。

 母親、失格か。

 でも、それを言ったら和威さんが、最も傷付くから言えない。

 母のナースコールで、医師と看護士がやって来た。

 幾つかの診断を受けていたら、慌てた様子で和威さんが戻ってきた。


「琴子」


 高圧電力を受けた割りには、異常はないと判断されて身体に貼り付いていた管が外された。

 医師と看護士が去ると、和威さんに頬を撫でられた。


「なぎともえは意識が戻って、互いを呼んで泣いていた。次に、ママを必死に呼んでいたぞ」

「あの子達は一人に慣れていないから、看護士さんも大変だったでしょうね」

「ああ。もえはなぎが遠いと泣き叫んでいたし、なぎはもえがいないと泣くしな。看護士がベッドを近くして、漸く泣き止んだ」


 遠くに感じるのは、前世の人格がいなくなる弊害が出ているのか。

 胸に穴が開く感じかな。


「俺に気付いたら、ママは? ママ何処? の、連発だ。どう説明しようか、悩んだらまた大泣きして看護士に叱られた。しまいには、部屋から出された」

「それ、逆効果だから」

「ああ、悲鳴になったな」


 さぞや、集中治療室は戦場になったであろう。

 パパママ大好きな双子ちゃんが、盛大に泣いているのが分かりまくり。

 その内に、呼び出されるのは必定かな。

 それまでに、体力回復させないとね。

 未だ、動かし辛い身体に、鞭を打ってでも安心させないと。

 集中治療室が静かにならないだろう。

 でも、泣くぐらいに体力がある双子ちゃんに、ママの方が一安心した。

 少しだけ、待っててね。

 ママは、絶対に顔を見せにいくからね。


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