その64 和威視点
驚きの事実に、俺とお義母さんは放心状態になっている。
お義母さんが水無瀬の次代当主で、奏太さんと琴子が対の巫子&巫女。
それも、先見の能力は副次的なもので、気象を操作する能力に長けているのが琴子とくれば、口も開いてくる。
だからか、巫女の孫娘に水無瀬家から側仕えが配置されるのは。
娘のお義母さんには、側仕えがいない。
当主の能力を探られない為にも、なるだけお義母さんから水無瀬を排除してきたのだろう。
手解きすることなく、放置されたお義母さんは無能な烙印を押されていた。
騙されていた水無瀬家側から、どんなに辛苦を味わってきたことか。
挙げ句に、奏太さんと琴子は雑種呼ばわり。
きっと、影で泣いていたと思う。
娘の身体に癒えない怪我を負わされ、非力な身を嘆いただろう。
だが、それも朝霧夫人の策略だった。
娘を守った代償だった。
心中は計り知れない。
「和威さん」
「はい」
「水無瀬家当主からの、伝言です。私の息子にならないか。私も賛同します」
「それは……」
「篠宮家当主がおりましたら、激高してお断りしています」
「あらあら、釘を刺されてしまったわ」
雅兄貴が間髪いれずに、遠回しに断る。
康兄貴がいない場では、雅兄貴が年長者らしく采配を振る。
俺はどちらかと言うと、有り難い話だと思う。
朝霧夫人が当主やら巫女やら話すのは、今回の一件にお冠で隠していた事実を公にするからだろう。
でないと、第三者の兄貴達にも話す理由がない。
康兄貴は俺に篠宮を託したいのだと、側にいて分かった。
けれども、俺が禁忌の双子の父親になり、頓挫していたのも知っていた。
義姉さんから養子縁組みの書類を預かっている。
琴子に相談したら、朝霧や武藤も選択肢に入れて、と逃げ道を与えてくれた。
奏太さんが水無瀬家当主になるなら、武藤の名が消える。
優しく語ってくれた。
無性に声が聞きたくなってきた。
「でもね、和威さん。貴方の立ち位置も薄氷の上だと、お分かりね。いまは、巫女の夫たる私の旦那様が存命だから、矢面に立たされてはいないけど。楓さんの代になったら、気付いたら水無瀬家の養子になっているなんて、既成事実を作られているわ。時間は有限です」
「ですから、和威は篠宮の当主になります。水無瀬には、渡しません」
「兄さん、言い過ぎ。決めるのは、和威だよ」
「雅兄貴。俺も悠兄貴に賛成。それに、篠宮本家は俺が継ぐから。んで、次に静馬の息子かなぎに渡す。和威を、篠宮から解き放とう」
「「隆臣」」
「臣兄貴」
「前々から考えていた。和威は康兄貴の側にいすぎた。影で、康兄貴の息子だとか言われ、禁忌の双子の父親だと後ろ指さされている。だのに、今度は水無瀬家の巫女の夫だと、篠宮から利用されたりする。そんなの、俺達が赦すか? しないだろう。なら、てっとり早く、他家に養子に出した方がいい。例え養子に出しても、兄弟には変わらないのだから」
困った。
臣兄貴が、そこまで考えていたとは。
正直、どんな反応していいか分からない。
臣兄貴も事情は違うが、子供はいない。
自分の身が軽いのも、承知している。
朝霧夫人が提示した通りに、朝霧翁が亡くなり庇護が無くなれば、異母妹の娘婿の位置は他人に近い。
まだ、緒方家の甥の立場は上だと認める。
しかし、水無瀬家にとっては、所詮は緒方家も経済界では歴史が浅い。
与しやすい立場だと、改めて感じた。
「それに、朝霧夫人の説明から判断すると、なぎともえも水無瀬家の当主巫女に与るんじゃないか?」
「は? なぎともえがか?」
「思うに。なぎの怪我は、先見の未来を改竄した結果の代償か、もえの死を肩代わりした結果だろう。でないと、辻褄が合わない」
「確かに、そうだね。武藤夫人が先見の改竄をしたなら、なぎはどうして命に係わる怪我をしたか。川瀬にとって、もえが金の成る樹なら、なぎは篠宮本家を牛耳る良い駒だ。禁忌の双子の男児が当主に立てば、家は栄える。自分の血脈をなぎに嫁がせて、裏から支配する。愚策だけど、一昔前なら当たり前の手だよ」
特に、我々はなぎに甘いから。
望んで、対立しないでしょ。
悠兄貴は、的確に判断した。
なぎともえを人質に取られたら、俺達は黙るしかない。
でも川瀬の敗因は、なぎともえが水無瀬家と朝霧家の血をひいていることと、現代の法に俺達兄弟を排除して乗っ取りをできる穴がないことだ。
川瀬の様な分家がいる以上、康兄貴は遺言書を信頼する場所に預けている筈だ。
こと細かに記載されて、無駄な余地が入る隙はない。
狭い田舎しか知らない川瀬に、太刀打ちはできない。
だのに、川瀬は実行した。
ブレーンに香坂家と重盛家がついていたとしても、お粗末な有り様だ。
「お兄さん方は、鋭い方ね。和威さん。はっきりと言いますが、水無瀬家の巫女は必ず当代に一人と定められています。これは、気象を操作する巫女が数人存在して、対立しないように龍神に管理されているからです。ですから、私の死に伴い、琴子の雨呼びの能力は開花します」
「それですと、もえは巫女に当てはまらないのでは?」
「その筈であったのにねぇ」
嫌な溜め息を吐き出された。
琴子の寿命が短いのだと、言わないで欲しい。
お義母さんも、固唾を呑んでみまもっている。
「琴子が歴代最高の巫女でしょう。その娘を龍神様は、溺愛なさっておいでなのよ。媛神が愛せぬ娘なら貰う、我々が溺愛する。丁度いい塩梅に、対に相応しき男児もいる。なら、当主と巫女で異議なし。こんな感じで、もえちゃんの守護に最高位の龍神様が納まってしまったの。なぎ君の守護にも準ずる龍神様が選ばれて、媛神様に横紙破りだと抗議されているわ」
「あの。さらりと流されましたが、もえは媛神様に愛されていないとは?」
「あら、ごめんなさい。言葉が過ぎました。正確には、愛したくても愛せない。甘やかしたくても甘やかせない。篠宮の男女の双子は、相反する感情の揺らぎから産まれた呪いを、業として授かっています」
男児には幸いを。
女児には災いを。
神には二面性があるのを知っている。
和御魂と荒御魂。
善神にも、悪神にもなれる神性だ。
「媛神様も災いを晴らそうと、尽力されたのよ。だから、災いの女児を救う為に、富を授けて止めようとなさった。しかし、人の欲は果てしなかった。女児を不幸な目に遇わせれば、富を授けてくれる。間違った解釈を産んでしまっただけだった。だけどね、なぎ君ももえちゃんも、媛神様から素敵な願いを託されているの」
幸いには、共有を。
災いには、共有を。
二人で一つの最たる幸福を。
媛神様が神格を喪ってでも、業に手を加えた守護。
願うのは、篠宮の恩讐から救う暖かな祈り。
篠宮の血に負けない、旧き神の守護に愛された女性。
それが、龍神の巫女になるべき琴子。
「本当はね。和威さんと琴子の結婚には反対でした」
「お母様。何を今更」
「だって、私は琴子の娘が死ぬ未来を、何十年と視てきました。奏太も、そうです。現当主や奏子が改竄してもしなくても、必ず死ぬ未来を視てきたわ」
「何とか回避出来ないか、模索した。当主の改竄が効果がない未来に、絶望しかなかったけどな」
「けれども、琴子の身に有り得ない事象が起きて、私と奏太は喜びました。篠宮家には禁忌であろうけど、私達には福音でした」
「なぎですか?」
「ええ、そうよ。なぎ君。私達の先見にはいない筈の双子の男児。しかも、当主の改竄能力を宿している。年甲斐もなく、笑ったわ」
「なぎの存在は、俺に希望をもたらした。まあ、琴子が和歌山に移住したのは、計画に狂いが生じたが。なぎともえが、毎日笑って泣いて、健やかに成長している。悪夢は晴れた、と油断した」
「ええ。私の先見の能力が陰りを見せていたのを、もえちゃんの死が遠ざかったと判断したのがいけなかったわ」
朝霧夫人と奏太さんが、沈痛な面持ちで語る。
俺達が上京したあたりから、黒い影が視えていたそうだ。
日増しに膨れ上がる影に、奏太さんは一計を案じた。
何と、マンションの駐車場の車が炎上したのは奏太さんの発案で、実行したのは沖田氏だった。
火事が有ったと聞いて、武藤家ではなく朝霧家に避難して欲しかったらしい。
車もタイヤが燃える程度に抑える処が、手違いでガソリンに火が回ってしまった。
あー。
多分、それは、家に来た鳳凰の仕業です。
言えないがな。
まあ、思惑通りに、避難したから赦してほしい。
「琴子達が朝霧家に避難しても、警鐘は鳴り止まなかった。どころか、増していく。仕事で沖縄に行く前に、沖田に警護を油断するなとつげたのだが。そこに、落とし穴があったとは思いもしなかった」
「そうね。当主の改竄能力を開花させていないなぎ君に、無理をさせてしまいました。なぎ君は奏子が改竄した未来を、更に改竄して代償に命で購いました」
「媛神様の、二人で一つの大きな幸福の願いがなかったら、幸いと災いが共有されて拮抗していなかったら、即死だった。何時もは、なぎの未来は視えないんだ。それが、はっきりと視えた。慌てて帰宅してばあ様に報告した」
「奏太から連絡を受ける以前に、龍神様が騒いでいました。次々代の巫女と当主が危うい。助けに入る。邪魔するなと、そなたは次代の巫女を探して参れ。何のことだか、分かりませんでした。そこに、奏太からの連絡がきて、事態を知りました。和威さん。琴子が歴代の最高の巫女なら、もえちゃんは最強な巫女です。龍神様は、もえちゃんの言霊は全て叶える気でいます」
手術室前での龍神の様子から見るに、そうではないかと危惧していた。
道徳観念と、一般常識を叩き込まないといけないか。
でも、パパ嫌。
とか、言われたら、龍神に排除されるのは俺か。
琴子、どうするよ。
琴子もなぎともえも、一般人から遠ざかった存在になってしまった。
公表されたら、水無瀬家側から離婚を迫られてくるやもな。
嫁が水無瀬家歴代最高の巫女。
息子は当主の改竄能力を有して、娘はこれまた歴代最強な巫女。
かたや、一般サラリーマン。
本当に薄氷の上だと認識した。
離婚より、養子がましだなんて、どんな苛めなんだか。
本当に、どうしたらいいんだろうな。
兄貴達も、事の重大さに沈黙している。
臣兄貴の当主継ぐ発言に至っては、雅兄貴も悠兄貴も思考の渦に入ってしまっていた。
上二人の兄も、下の弟には甘い。
苦労させるならば、自分がとは言えないだろう。
雅兄貴にも悠兄貴にも、守るべき家族がいる。
康兄貴がどう対処するのかで、篠宮家も荒れるな。
そう言えば、あちらはどうしているのか。
雅兄貴が隠した情報を知るのは、まだ随分先のことだった。
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