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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その63  和威視点

 奏太さんに促されて、病室に入る。

 が、期待していた琴子の姿はなかった。

 寝台に横たわる琴子の青白い顔は救急車に乗せられたままで、泣き疲れたもえが傍らに眠っていた。


「お義母さん、琴子の容体は芳しくはないのですか?」

「それがね。高圧電流を受けた割には、軽度の火傷で済んだのだけど。ショックによる失神なのか、機能障害による失神なのか、判別はつかないそうなの。MRIの診断では、特に異常は見られないの」

「大丈夫ですよ。琴子なら、明日の昼には目覚めます。慣れない能力を使用して、疲れて眠っているだけですよ」

「なら、安心ね。和威さん、お母様の言霊は信用していいわ」


 水無瀬家の先見の巫女たる朝霧夫人が、断言するなら安心だ。

 きっと、もえにも説明したのだろうが、幼いもえは目にする光景の方が強かったのだな。

 片割れのなぎが負傷して精神的に不安定になり、母親も見たことのない眠り方をしている。

 現実を受け止めきれずに泣いて、疲労した身体が眠りを誘った。

 心電図と脈を計る管の邪魔にならない位置で、琴子にすがり眠るもえがいじらしい。


「奏子、和威さん。琴子ともえちゃんは珠洲に任せて、お話をさせてくれる?」

「珠洲と申します。本日より、琴子様付きの側仕えとなります。保育を勉強して参りました。なぎ様、もえ様の子守り役も務めさせて頂きます」


 どこか、富久似の若い女性が頭を下げた。

 朝霧家に避難した折りに、水無瀬家からの人手が来るかも、とは琴子も言っていた。

 巫女の血筋を重視する水無瀬家は、お義母さんが現巫女の才を発揮できないのを異端視していた。

 けれども、奏太さんや琴子を雑種呼ばわりする水無瀬家分家を、水無瀬家の当主が断罪してから二人の周りは騒がしくなった。

 そして、奏太さんが当主候補の最有力に名があがり始めた頃、教育関連に口を出しては、旨い汁を吸おうとする分家が現れた。

 側仕えを輩出して傀儡の駒に。

 何て輩が多いらしい。

 だが、珠洲ははっきりと宣言した。


「私は富久の孫になります。しかしながら、本日より琴子様を主に戴き、琴子様の盾となる所存でおります」

「珠洲には、側仕えの心得と共に武術を仕込んであります。存分にお使いくださいませ」


 富久の孫か。

 琴子には、強力な味方になるのか。

 彩月は主治医として、珠洲が子守り兼側仕え。

 なら、少しは琴子と子供達の安全は保証できる。

 琴子が何と言うか分からないが、この話しは受けようと思った。

 早速、珠洲に琴子ともえを託して、朝霧夫人に対応する。


「先ず本日の警護の不始末について、篠宮家の皆様に謝罪致します。申し訳ございませんでした」


 カーテンで区切られたソファセットの一角に陣取る兄貴達の隣に座れば、富久が勢いよく頭を下げた。

 警護の責任者が自分にあると言っただけに、潔い態度だった。

 兄貴達は驚きを見せたが、篠宮本家の人間だ。

 鷹揚に受け入れた。


「では、本日の不手際について、ご説明致します。本来朝霧邸に訪問される方は、事前に名簿を作成する手筈になっておりました」


 そう。

 兄貴達が訪問する際には、名前と人数を琴子が沖田氏に説明していた。

 朝霧家は経済界の重鎮で、莫大な資産を有する家。

 おいそれと、他人を内に入れたりはしない。

 臣兄貴が朝霧社長に招かれた際にも、ボディチェックと身分証の提示を求められたと言う。

 そんな、警護の厚い朝霧邸に武器を所持していた名簿に乗らない他人が、奥の間まで入り込んだ。

 身内の胡桃さんが招いたとしても、有り得ない状況だ。


「胡桃様は随分と取り乱しておりましたが、調べに対しては慎重に言葉を述べてくださいました。母君の椿様の義父に呼び出され、香坂家と重盛家に川瀬何某を篠宮家の御長男だと紹介された。下の御兄弟には知らせられない事業での上京で、売買する契約書に弟君の署名がいる。しかし、弟君が朝霧邸に招かれて、連絡がつかない。自分を朝霧邸に入れては貰えないか。そう、仰ったそうです」

「香坂家は、確か椿さんの御夫君の実家だと記憶していますが。重盛家には、聞き覚えがないですな」


 雅兄貴は緒方家との付き合いで、企業の重役とは顔馴染み。

 香坂家とも取引はしていた。

 しかし、香坂家とはなぎともえの不評を買い、俺も知人友人に手当たり次第、愚痴を言った。

 彼等は取引を見合せたり、停止したりとやらかしている。

 緒方の叔父に諌められて矛を納めたのだが、早まったかな。


「香坂家の御次男が椿様と縁組み、婿入り致しました。御長男が重盛家から嫁取り致しまして、重盛家は代々政界に名を残す家柄です」

「重盛とは、総理大臣の役に就いたこともある家柄のことですか?」

「はい、そうでございます」

「……何故、そんな家柄と川瀬が結びついた」


 故郷の狭い世界しか知らない、本家に寄生する川瀬がどうして政界と繋がるかが分からない。

 川瀬は世が世なら、自分が篠宮本家の跡取りだと喚くしか能がない人物だ。

 篠宮を名乗れない分家に養子になったのは、母に付きまとい、父との婚姻を邪魔しようとして追いやられた結果だ。


「切っ掛けは、奏子でしょうね」

「お母様?」

「重盛は奏子を息子の嫁にしたがり、無理だと悟ると琴子を狙いました。重盛にとっては、水無瀬の巫女の血が欲しがる要因でしょうね」

「恐らく、琴子様を探る過程で、川瀬と接触した模様でございます」

「では、川瀬がもえを売ると言った相手は、重盛になるのか」

「でしょうね。現代に於いて、人身売買なんて腹立たしいこと。ましてや、荷担したのは水無瀬の分家達も含まれている。朝霧家を馬鹿にしています」

「朝霧邸を警護する人材の殆どが、水無瀬の分家です。あれ等は、雪江様の血を引かぬ胡桃様を蔑み、血の薄れた琴子様を主家の人間だと思わぬ愚者です。沖田が対応していたなら、侵入を赦しませんでした」


 ああ。

 水無瀬家の分家は、朝霧夫人さえ五体満足無事であるなら、他は警護の対象者だとは思わない人種か。

 雇用主の血筋を重視しない、阿呆な輩か。

 何度も言うが、朝霧翁は経済界の重鎮。

 日本でも一、二を争う資産家だ。

 身代金目的の誘拐は日常茶飯である筈だ。

 それを防ぐのが、警護の役目だろう。

 朝霧夫人ではないが、腹が立つ。


「雪江様や旦那様に取りましては、胡桃様御一家も琴子様御一家も、変わらぬ大切な身内であります。それを、分からぬ、阿呆を、飼っていたかと思うと、腹をかっさばきたくなります」


 眠る琴子ともえを気にして、声量を抑えた富久の怒りは充分に伝わる。

 握り締めた拳には、爪が食い込んでいるだろう。


「旦那様は、直ぐに阿呆なあれ等は解雇致しました。水無瀬に戻れたとしても、御当主の勘気に触れるだけです。あれ等に何が起きましても、水無瀬家は沈黙致します」


 暗に、篠宮や緒方が制裁しても、目を瞑る。

 然り気無く、警護員の名簿が出された。

 いい笑顔で受けとる雅兄貴。

 活用する気だ。

 深々と一礼して、富久が下がる。

 次は、朝霧夫人の話が始まる。


「次は、私が謝罪致します。和威さん。篠宮の皆様、本当に申し訳ありません。水無瀬家の分家が、胡桃ちゃんに敬意を払っていたのならば、琴子もなぎ君も怪我をせず、もえちゃんが泣かなくて済みました。水無瀬家の先見の巫女の、名が廃ります」

「お母様は、悪くはないわ。お母様は、病の身。私がお母様の才を引き継いでいたら、どんなに良かったか。無能な私が悪いのよ」

「奏子さん。それだけは、言ってはいけない言葉だと思うよ」

「だって、太一さん。真実だわ、私が受け継いでいたら、琴子となぎ君は……」

「母さん。それなら、俺が篠宮、和威君に謝らないとならない」

「奏太?」

「奏太さん?」


 己を責めるお義母さんをお義父さんが嗜め、奏太さんがやんわりとお義母さんにハンカチを差し出した。

 奏太さんは朝霧夫人に目配せして、了解を得る。


「構いませんよ。奏太、話してあげて」

「和威君。ばあ様の先見の能力は、俺が引き継いでいた。だから、ばあ様の先見は弱くなっている。そして、俺もばあ様も、琴子の娘が拉致されて、惨たらしく拷問の末に死ぬ未来を視ていた」

「そ、うた?」

「だから、済まない。母さんとばあ様は悪くない。回避出来る手段があるのに、怠ったのは俺の責任だ」

「待って、奏太。先見の能力は、水無瀬の女性しか宿せないのよ。なんで、男の奏太が先見に?」

「それは、奏子。貴女が、水無瀬の男性にしか宿らない、当主の能力を宿しているからよ」

「お、かあ、さま?」


 ちょっと、待ってくれ。

 もえが死ぬ未来を視ていたのにも驚愕したが、奏太さんが先見の能力を宿して、お義母さんが当主の能力を宿している?

 二人の話だと、男女逆の能力を宿していることになる。


「先見の巫女が未来を視て、当主の言霊で未来を確定、或いは改竄する。常に、巫女と当主は表裏一体でなくてはなりません。ですが、奏子が当主の能力を宿しているのに、対の能力を宿している巫女が産まれていない。私と当主は、貴女を隠して育てることにしました。奏子には辛い現実を味あわせると、分かっていましたが、そうするしかありませんでした」


 巫女あっての当主。

 当主あっての巫女。

 何の定めか、次代の当主は産まれているのに、次代の巫女が産まれていない。

 近親婚を繰り返してきたツケが、廻ってきた。

 自虐的に朝霧夫人は嗤った。

 朝霧夫人は濃くなり過ぎた血を薄める為に、巫女ながら他家に嫁いだ。

 なのに、遅すぎた結末に、涙を流せなかった。

 男性に宿る当主の能力が、巫女の娘に宿る。

 危機感を抱いた朝霧夫人と、水無瀬家の当主が次代の当主を隠してまでお義母さんを守った。

 果てに、お義母さんの息子に先見の能力が宿る。

 そして、視る未来で琴子の娘が死ぬ。

 お義母さんが当主の能力を開花させていたら、改竄の能力で救えていた。

 奏太さんが話してくれるが、すでに改竄されているのではないか?

 もえはお義母さんの機転で、川瀬の魔手から逃れている。

 でも、なら何故に琴子となぎは怪我をした?

 複雑怪奇になってきたぞ。


「なら、お義母さんの対になる巫女、この場合は巫子になるのだと思うのですが。奏太さんが、対になるのですか?」


 沸き上がる疑問に、朝霧夫人は首を振った。

 まだ、何があるのだろう。

 いい加減、現実逃避したくなってきた。


「正確に言うのならば、奏子の対になる巫女は琴子です。奏太は、補助の役割ですね」

「琴子? でも、琴子には先見の能力はないですよ、ね」

「和威さん。そもそも、前提条件が違っているの。水無瀬の巫女は、先見より大事な役割があります。それは、雨呼びの能力です。琴子は水無瀬家歴代の中で、最も高い気象を左右する能力に恵まれた巫女です」


 それは、確かに水無瀬の祭神は水神、龍神だ。

 気象を操作する能力が尊ばれる。

 だがなぁ。

 琴子は自分が巫女だなんて、露ほどにも思っていない。

 でも、思い当たる事象には心当たりがありすぎる。

 本人は気付いてないが、天気予報は良く当たるんだ。

 琴子。

 呑気に寝てる場合じゃなくなってきたぞ。

 少し、怨めしくなってきた。


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