表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
61/180

その59

 朝御飯を食べ終えて、まったりとした時間。

 やはり、もえちゃんは私に抱き付く。

 なぎ君は和威さんに抱っこされても、外を何回も見ている。

 気になって、警護室に電話してみたのだけど。

 今のところは、不審な車も停まってはいないし、人の行き交いもおかしな点は見られないそうだ。

 けれども、朝御飯を終えた司郎君がいちを連れて離れに来たら、ワンコも外を気にしている。

 窓際をいったり来たりしている。


「いちの行動と、なぎ君ともえちゃんの警戒は、何を意味してるのかな」

「そうだな。あまりにも、異常に外を気にしているな」

「いちも、今朝は外を見て唸っておりました。峰兄さんが念の為に、外を散策しております」

「ああ。連絡は貰っている。朝霧の警護主任からも、不審な情報はないんだがなぁ」


 もえちゃんは警戒しているよりも、怯えている気分のが強い。

 私の服を掴む手は震えている。

 朝御飯で機嫌は直ったかに見えたけど、テレビの幼児番組を見ている間にまた抱き付いてきた。

 泣きそうな顔で必死にしがみつかれると、どうしてあげたらいいのか分からなくなる。

 本人達にも聞いても、首を振るだけだしなぁ。

 双子ちゃんの身に、良くない事が起こりそうな気配を察しているのだろうか。

 媛神様のご神託ではなさそうなので、朝霧に関係があるのかも。

 この調子だと、今日の撮影会は中止にした方が良いかな。

 そんなことを思っていると、内線が鳴った。

 ビクン、と大きくもえちゃんの肩が跳ねる。

 彩月さんが電話に出る。


「はい。離れでございます。……少々、お待ち下さい。隆臣様、母屋の朝霧社長からです」

「はい? 俺かぁ。何だろう」


 楓伯父さんも、昨夜はお泊まりしたんだ。

 伯父さんは跡取りだけど、朝霧邸には同居していない。

 と言っても、車で十分もかからない近所に、邸宅を構えている。

 その他に、会社の近くにもマンションも持っていて、従兄弟達が利用している。

 楓伯父さんが臣さんに用事があるとしたら、昨日の一件だろう。

 案の定、臣さんの表情は堅い。


「はあ」


 電話を切った臣さんは溜め息を吐き出した。

 苛立ちを募らせて頭を掻く。


「兄貴。どうした?」

「朝早くから、朝霧家の迷惑も知らずに、うちの会社の社長と、先代が押し掛けて来たらしい」

「昨日の一件でか?」

「そうだ。間の悪い事にフランス側の弁護士まで、連れて来た。朝霧社長は、個人的に契約している弁護士を手配してくれた。ちょっくら、行ってくるわ」


 臣さんが所属する事務所の先代社長と、楓伯父さんは旧知の中だったっけ。

 その縁で、押し掛けて来た訳か。

 楓伯父さんの心境は計り知れないけど、臣さん側についてくれるみたいだ。

 フランス側の一件にも関わっているから、双方の言い分を理解してくれるだろう。

 フランス側に日本政府の関与が見られる。

 こちらは、お祖父様が盾になってくれる。

 随分と憤っていたから、一安心だ。

 臣さんが母屋に出向く。

 なぎともえを心配してくれているが、自分の事情で朝霧家に迷惑をかけていると思われるので、けりをつけに行った。


「ママぁ」

「なあに、もえちゃん」

「あっち、きょわいひちょ、いっぱい」

「あい。おーくん、いじめりゅ、ひちょ、いっぱい」

「そっか。恐い人が、いっぱいかぁ。でもね。大丈夫よ。臣さんも、もえちゃんも、なぎ君も、大事に守ってくれる人も、いっぱいいるからね」

「ママの言う通りだぞ。助けてって言えば、必ず助けてくれる強い人がいるからな」

「「……ちゃしゅけちぇ。あい」」


 私と和威さんの腕の中で、微かに頷く双子ちゃん。

 朝霧邸の警護要員は、強面さんから空手や柔道の黒帯さんがいる。

 助けを求めれば、必ず助けてくれる。

 安心してね。


 わふっ。


 自分も忘れないで。

 いちも小さく鳴いて、自己アピールを忘れない。

 うん。

 残念ながら、動物アレルギーの母がいるために、ワンコはお庭で待機なんだけどね。

 目に見える位置にいてくれるだけで、勘弁して貰おう。

 そんなこんなで、午前中は引っ付き虫さんの精神安定に務めていた。

 十一時をすぎると、続々と篠宮家が朝霧邸を訪れてくる。

 まず始めに訪れたのは、三男の悠斗さん一家。

 なぎともえの元気にお出迎えがないのを、不思議がっていた。


「どうしたの? もえは病気なの?」

「なぎも、元気がないよ」


 巧君と司君が、代わる代わる双子ちゃんの頬を撫でる。

 頭を触られるのを嫌うもえちゃんがいる為に、頬を撫でるのが挨拶がわりになっていた。


「「たぁにぃに。さぁにぃに。いりゃっしゃいましぇ」」

「うん。こんにちは」

「こんにちは、なぎ、もえ」

「あらあら、今日はご機嫌斜めかな」

「うん。いつも、元気ななぎともえじゃないから、ビックリした」


 悠斗さんも、言葉にはしないでいてくれている。

 目配せで和威さんに、心配しているのを伝えている。

 相変わらずもえちゃんは、私から離れない。

 なぎ君も、もえちゃんから離れない。

 異常があると教えているものだ。


「皆、集まってどうしたの?」


 次男一家も到着した。

 梨香ちゃんが、座る私の周りに集う三男一家を、不思議そうにみていた。

 静馬君も、首を傾げている。

 いつもなら、我が家の双子ちゃんが喜んで抱き付きに走る。

 それがないから、肩透かしを喰らった様子だね。


「梨香ちゃん。なぎともえが、一大事なんだよ」

「元気がないの。病気かなぁ」

「あら、やだ。風邪でもひいちゃったのかな」

「なぎ、大丈夫か」


 梨香ちゃんと静馬君も、頬を撫でる。

 嫌がらずにスリスリはするのだけど、双子ちゃんの表情は冴えない。

 母屋に来るのを、最初は抵抗した。

 いちが側にいないのを理解して泣いた。

 そんな状態だから、母屋ではなく離れに招こうかと話し合いした。

 もえちゃんが離れないから、私達大人の会話で困らせていると敏感に悟られた。

 渋々、母屋に行くと言ってくれたけど、内心は行きたくないのが丸わかりだった。

 臣さんを苛める恐い人とは、物理的に距離を開けている。

 招かざる客は母屋でも玄関に近い客間で、私達篠宮家は奥まった客間。

 お祖父様の寝室に近い、限られた身内が使用する間である。

 こちら側に来るには、渡廊下を抜けないと来られない造りになっていて、必ず警護要員と喜代さんら使用人が控える部屋の前を通らないといけない。

 来客は、滅多に足を踏み入れることはない。

 のだけど、なぎともえは不安げに揺れている。


「なぎともえはどうした。イヤイヤでは、なさそうだが」

「それが。今朝からこんな様子で、正直理由が分からない」

「ふむ。昨日は、元気にしていたのになぁ」

「ああ。にこにこ笑って御遊戯していたな」

「臣兄貴の客が朝霧邸に押し掛けて来ているのを、恐い人だと言っていたが。それでは、ないみたいだ」

「特に、外には不審なことはなかったが」

「悪意には敏感な双子だから、なにかしらを感じているのかもなぁ」


 雅博さんと悠斗さんも、なぎともえの悪意に対する不思議は知っている。

 双子を嫌う親戚に怒鳴り散らされる姿を目の当たりにしていたし、近付こうとする大人から逃げるなぎともえを庇ってくれている。

 篠宮本邸では、お義祖母さまやお義母さまが目を光らせているので、嫌がらせはない。

 精々が、嫌味だけになる。

 だけど、散歩に出掛けると毎回何某かの因縁をつけてくる。

 そうすると、この道は歩きたくないと双子ちゃんは訴える。

 帰省した雅博さんと悠斗さんも、そうした双子ちゃんの声には従ってくれている。

 悪意に晒されるなぎともえを、案じてくれている。


「まあ、朝霧邸に不審な人物は入り込めないだろう。如何に、安心させれるかが課題か」

「それなら、良い物があるわ。じゃーん。新作です」

「「うしゃしゃん」」

「続いて、ほら」

「「くましゃん」」


 梨香ちゃんが取り出したのは、和布で作られたウサギとクマのぬいぐるみである。

 なぎともえが大好きな取り合わせに、目が輝いた。


「なぎ君にはクマで、もえちゃんにはウサギね」

「りぃねぇね、あいあとう」

「あいあとう。ぢゃいしゅきよ」

「あら、嬉しいな」


 差し出されたぬいぐるみを受け取り、なぎともえは私から離れて梨香ちゃんにちゅう。

 大好きなねぇねにぎゅうと抱かれて、笑い声が出てきた。

 ぬいぐるみ効果は凄いな。

 座布団に座り、二人で遊び始めた。


「巧と司には、ワンコとニャンコね」

「ありがとう、梨香ちゃん」


 梨香ちゃんが、側を離れた。

 静馬君も笑って、席に着いた。

 大人組も、なぎともえの笑顔にほっとして座り始めた。

 瞬間。

 庭のいちが、大きく吠えた。


「琴子、お客様。こうじさんて、長男さんだよな」

「こうじさん?」


 胡桃ちゃんが数人の男性を引き連れて、客間に入ってきた。

 お山の康治さんが、上京する訳がない。

 今の篠宮本邸には、お義母さんとお義父さんがいないから、家を守らないとならない。

 障子を背にしていた私は、振り返るのが遅すぎた。


「うわっ。何をする」

「いやぁ!」

「もぅたん、はにゃせっ!」

「川瀬っ」


 胡桃ちゃんが突き飛ばされて、私にぶつかる。

 視界が遮られて、なぎともえを見失う。

 和威さんの切迫した声に、非常事態を知らされた。

 川瀬孝治。

 亡くなったお義祖父様の妹さんの息子。

 こうじ違いの、双子を忌避する分家筆頭。

 どうして、朝霧邸に?

 胡桃ちゃんを騙して、入り込んだ?


「なぎっ、もえっ」

「うわ~ん。ママぁ。パパぁ、ちゃしゅけちぇ」

「もえから、足を離せ‼」


 事態を把握した胡桃ちゃんが慌てて、私から退いた。

 そして、目にした光景は、川瀬孝治に足蹴にされているもえちゃん。

 必死に退かそうとするなぎ君。

 刃物とスタンガンを所持する侵入者達。

 なぎともえの位置が侵入者に近付きすぎて、手も足も出せない和威さん。

 騒ぎに気付いて飛び出してきた警護要員。


「もぅたん、は、にゃ、しぇ、え」

「煩い」

「止めろ、子供たちに手を出すな」

「ふぐっ」

「ぎゃんっ」


 川瀬孝治が和威さんの制止を降りきって、なぎ君を蹴る。

 軸足になった左足の下にはもえちゃんがいる。

 全体重がもえちゃんを襲う。


「なぎ!」


 宙を翔び、蹴られたなぎ君が壁に叩きつけられる前に、静馬君が割って入った。

 けれども、なぎ君は蹴られた衝撃で赤い血が混じったモノを吐き出す。


「幼い子供にする仕打ちか!」

「煩い。どうせ、いつかは篠宮の為に人柱となる双子だ。遅かれ早かれの定めだ」


 何を言っているの。

 なぎともえを人柱?

 この子達は、そんな定めで産まれた子達では、決してない。

 私と和威さんの愛情を注いで、幸せになる子達だ。

 そんな風に扱われる子供達ではない。


「ごめん、琴子。私が確認しないでいたから」


 胡桃ちゃんが謝ってくるが、耳には入らない。

 川瀬の行動から目が離せない。


「これを、高く買い取る好事家が現れた。俺の篠宮の為に、役に立って貰う」

「駄目よ‼」

「琴子!」


 膝まづいた川瀬が、スタンガンをもえちゃんに押し当てようとする。

 幼児にしていい行為ではない。

 堪らずに、飛び出してもえちゃんを庇った。

 スタンガンが、身体に当たる。

 焼けつく痛みと痺れが、全身を巡る。


「ママっ」

「だいじょ、ぶだからね。わ、るい、ひとは、パパが、やっつけて、くれ、る、か、ら……」


 力が抜けていく身体と意識を奮いたたせて、何とかもえちゃんを抱き締めた。

 この腕だけは離しては駄目。


「邪魔だ」


 二度目の電撃。

 跳ねる身体は、痛みを感じなくなった。

 ブラックアウトしていく意識の最中、いちの吠える声がやけに近くに聞こえた。



ブックマーク登録ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ