その58
翌日。
朝からもえちゃんがご機嫌斜め。
私から離れようとはしない。
「ママ~。だっきょ」
隙あらば抱っこをねだってくるのだけど、なぎ君が外を警戒して唸っている。
今日は、午後から篠宮家ご一行が遊びに来る手筈になっている。
母屋では、昨日から宿泊している母が采配を振るっていた。
結局、臣さんと和威さんも母屋で、楓伯父さんを巻き込んでお祖父様が酒盛りに付き合わせていた。
酔っ払いが嫌いなもえちゃんは、敏感に感じ取ってご機嫌斜めなのかなぁ。
それにしては、なぎ君が必死に外を警戒しているのが気になる。
「今日のもえちゃんは、どうしたのかなぁ。なぎ君も、お外ばかり気にしているねぇ」
柔らかく声をかけるものの、双子ちゃんは変わらず私にへばりつくわ、唸っているわでどうしたらよいものか。
頼りの和威さんは母屋だしねぇ。
彩月さんは、変わりに朝御飯の支度をしてくれている。
誰に相談したらいいのだろう。
「琴子様、なぎ様、もえ様。朝御飯が出来ましたよ。どうぞ、席にお着きくださいませ」
「朝御飯だって、お腹空いたね。食べようか」
「パパわ?」
「パパか。そうだね、パパにも連絡しなきゃね」
「「あい」」
ご飯は、家族揃って食べる。
染み付いている決まりごとに、もえちゃんが不安に思っている。
パパがいないのが、嫌なのかな。
寝る前は、はあく、いっちぇ、とパパを追い出したのだよね。
温度差に和威さんは、微妙な顔をしていた。
和威さんももえちゃんに嫌われるから、普段はお酒は嗜む程度に抑えている。
だからか、飲み会や兄弟揃っての酒宴は、羽目をはずしてしまいがちになっている。
そんな日は、双子ちゃんはパパには近寄らない。
和威さんが近付く度に、びくびくしているのを見る。
酷いと、泣いて嫌がる。
それを理解している和威さんも、酒気が抜けるまでは仕事部屋に籠ったりしていた。
掃除の時に入らせて貰うと、消臭のアイテムがストックされているのを発見して笑えてきた。
和威さんには、なぎともえが逃げる姿は地味に痛いらしい。
涙目で拒絶されたら、リアルでOrz状態である。
心が荒む、と宣っていた。
「もちもち、パパぁ。ぎょはん、でしゅよ」
「はあく、ちゃべましょうね」
『おう。今から、戻るからな。待っててくれ』
スマホで和威さんに連絡すると、すぐに出てくれた。
少し掠れた声は寝起きか。
『おーくんの分はあるかな』
「あい、ありましゅ。おーくんも、ぎょはん、でしゅ」
臣さんも起きていた様子で、暫くなぎともえとの会話に楽しんでいた。
移動しながらの電話だったみたいで、数分も経たずに篠宮兄弟は離れに戻ってきた。
いつもなら、出迎えに走るなぎともえなのだけど。
酔っ払いを気にしてか、リビングで待機している。
もえちゃんは私にしがみついたままで、なぎ君も服の裾を握りしめていた。
「おはよう。なぎ、もえ」
臣さんがしゃがんで両手を広げるも、今日の双子ちゃんは手強い。
パパと臣さんの状態を観察して、酔っ払いではないか確認している。
「ありゃ?」
「兄貴、酒盛りの翌日は、甘えて来ないんだ」
「あー。あれが、原因か」
「そう。もえがトラウマになったあれ以来、距離を測られる。地味に痛い」
「確かに、普段のなぎともえが甘えて来るのを知ると、痛いな」
それは、そうである。
全身で抱きついて迎えられたら、相好は崩れてしまう。
にこにこ笑顔で甘えてこられたら、ハグとちゅうをしない訳にはいかない。
それに慣れていると、不安な顔付きで様子を測られたりしたら、悪くないのに謝りたくなるそうな。
警戒して親猫の元を離れない子猫を、苦心して手懐ける心境に至るそうである。
原因が分かりきっているだけに、過去の自分を説教したくなる気分に陥るらしい。
「なぎ、もえ。パパもおーくんも、酔っ払いではないからな。そんなに、警戒してくれるなよ。パパ、泣きたくなるぞ」
「おーくんも、そうだぞ。いつもの、元気で、にこにこななぎともえが大好きだぞ」
よい歳した大人が2歳児を宥める姿は、他所に見せられないなぁ。
お酒に酔ったパパとおーくんは恐い、だけど大好き。
相反する気持ちに、双子ちゃんは眉をしかめている。
「なぎ君。もえちゃん。パパとおーくんが可哀想だよ」
助け舟を出してあげよう。
ここで、固まっているままだと、朝御飯が冷めてしまう。
彩月さんに、申し訳なくなる。
頭や頬を撫でて優しく語りかける。
「パパもおーくんも、酔っ払いではないって。いつもの、大好きなパパとおーくんだよ。おはようって、挨拶しようね」
「「……あい」」
揺れる視線が、パパと臣さんを捕らえる。
もえちゃんに手を差し出したなぎ君が、頷いて決意を決めた。
もえちゃんはなぎ君が決めたら躊躇なく従う姿勢を見せた。
私から離れてなぎ君の手を握ったもえちゃんと二人で、とことこパパ達の元をへと歩いていく。
それを、静かに見守る大人達。
「「パパ、おーくん。おはようぎょじゃぁます」」
「ん。おはよう」
「おはよう、なぎ、もえ」
「「ぎょはん、ちゃべようね」」
「よし、朝御飯食べような」
なぎともえを怖がらせないように、抱き上げはしないでハグする和威さんと臣さん。
ほっぺに、ちゅうをされて肩の力が抜けたのが分かった。
何だか、私まで緊張していた。
只の朝の挨拶なのに、尊い儀式に思えてしまった。
「さぁたん、おまちゃしぇ、しましちゃ」
「あしゃの、ぎょはん、なあに」
和威さんと臣さんの手を引いて、食卓に向かう双子ちゃんは態度がころりと変わっていた。
笑顔で朝御飯に関心を持っていかれている。
酔っ払いを警戒して固まっていたのが、嘘のように思えてきた。
和威さんと臣さんは、苦笑して後に続いている。
まあね。
大好きなパパとおーくんが、お酒に酔った状態でないなら、固まる必要はなくなる。
トラウマになった高い高いがなければ、もえが寝込まなくてよくなる。
なら、普段の自分達でいられる。
お腹が空いたね。
ご飯食べよう。
と、なるのだろうな。
切り換えが早いのが、双子ちゃんのよいところだ。
食欲に負けた、とも言うか。
「朝御飯は、なぎ様のお好きな卵焼きと、もえ様のお好きなタコさんウィンナーですよ。後は、お豆腐とワカメのお味噌汁です」
「やっちゃあ、ちゃまぎょやき」
「ちゃきょしゃん、ちゅき」
「良かったな。豆腐の味噌汁も好きだものな」
「「あいっ」」
満面な笑顔が咲いて、ご機嫌が戻ってきた。
パパに子供椅子に座らせて貰い、お目々を輝かせてフォークを握りしめる。
涎が出てきそうな姿に、大人組は笑うしかない。
お茶碗に白米をよそわれて出されると、パパの顔を窺っている。
我が家は、和威さんの合図で朝御飯は始まる。
和威さんがいただきますと言わない限りは、待ちの状態が続く。
はあく、はあく。
待ち遠しい合図に、和威さんも意地悪はしないでいる。
「では、いただきます」
「「いちゃぢゃきましゅ」」
「「いただきます」」
きちんといただきますを言ってから、食べ始めるいい子達である。
両手を合わせるのも、私が躾をしたわけでもなく、周りの大人の真似をしてやり始めた。
煩い親戚に怒られてからは、手を使って拾い食いもしなくなった。
見様見真似で、行儀よく食べてくれるようになった。
本当に、手間がかからないおとなしい双子ちゃんだ。
世のお母様方には、羨ましく思われるのだろう。
2歳児なんて、何もかもが遊びの延長になる。
手掴みで食べるなんて、幼児なら当たり前な気がする。
「なぎともえは、綺麗に食べるなぁ」
「そうだな。特に躾た訳ではないのだけど、食べる時は遊びがない」
「巧と司が幼い時は、手掴みで食べてたよな。義姉さんが嘆いていた気がする」
「ああ。巧は、司が産まれて関心を買う為に、義姉さんを困らせていたな」
ふーん。
そうなんだ。
幼児期の巧君は、甘えたい盛りに弟が産まれてきたから、赤ちゃん返りをしちゃったのか。
その点、うちは一度に二人だからか、なぎともえは甘えてよい時をはかり、同時に甘えてくるからなぁ。
私が忙しくしていると、二人で遊んで我慢してしまうからなぁ。
譲りあいっこ、半分こ。
お腹にいた時から、言い過ぎたかもしれない。
玩具も、絵本も、パパママの愛情も半分こ。
なぎともえは、半身に嫉妬しないでいる。
なぎ君は余計に、今朝みたいにもえちゃんが愚図ったり、機嫌が斜めになると、私や和威さんの元に連れてきて、もえちゃんを甘えさせる。
自分でも、もえちゃんを甘やかす。
もえちゃんもなぎ君の言動には従い、なぎ君に甘える。
私に甘えた後に、よく二人でくっついているのを、しばしば見掛ける。
あれは、愛情を分けあっているのではと思う。
それらしいことを、二人で話していたから。
「ママにょ、ほんわきゃ、あげう」
「パパにょ、あんちん、あげう」
ぎゅう。
何してるのか聞いてみたら、半分こと返ってきた。
きゃらきゃら笑って、半分こと仲良くしていた。
うん。
もえちゃんばかり構って、なぎ君を蔑ろにしているのではないかと、悩んだ時期もあった。
意識してなぎ君を抱き締めたり、会話したりしていたけど、本人はもぅたんは、もぅたんは、と不思議がっていた。
なぎ君のもえちゃん優先は半端がないなぁ、お兄さんだからかなと思っていたけど。
前世の話を聞いて納得がいった。
なぎ君は、妹を愛して欲しかったのだよね。
男女の双子は争いを生む。
なんて仕来たりで、差別されて生きてきた。
当人達が話さないからわからないけど、虐待を受けて鬼にまでなった妹に食われても、なぎに悲壮感はない。
有るのは、溺愛の意思表示。
篠宮家の溺愛振りは、身を以て知った。
家族仲や兄弟仲も良好。
争いの気配は何処にも見当たらない。
私は双子が禁忌なんて話は、出任せか、篠宮家の隆盛を疎んだ何者かに仕組まれた悪意なのではと解釈した。
そうでないと、幾ら私の血筋による恩恵が産み出した、仲良しな双子だと言われても、なぎともえのお互いを思いやる心は育たないと思う。
なぎ君にもえちゃんを羨み厭う心はない。
もえちゃんもなぎ君を嫌い忌む心はない。
前世でも、互いを気配りしていた証ではないかと察している。
だったら、双子の仲には愛情が芽生えていたはず。
そうすると、双子が争いに発展したとの歴史には、嘘が混ざる。
分家辺りが、怪しいと判断している。
五男の嫁が、しゃしゃり出る問題ではなさそうだけど、双子を産んだ当事者である。
生き字引の、篠宮のお祖母様に聞けないかなぁ、と企んでみたり。
なぎともえではないけど、いずれは大きな影響が出てきそうな予感がしないでもない。
外れると、いいのだけどね。
だけど、なぎともえが外を怖がる予感が的中するまで、あと僅か。
朝霧邸が、大騒ぎになるとは思いもしなかった。
ブックマーク、評価ありがとうございます。




