その6
兄と里見さんが帰ったのちお昼御飯にしたけど、お菓子の食べ過ぎななぎともえは、ご飯を残した。
いつもなら、和威さんのお小言があるが、餌付けした本人なので黙したままなにも言わなかった。
当然だ。
そして、和威さんが緒方家に釣書の件で確認しに出掛けようとした矢先に、
「いやぁあ。もぅたんも、いきゅのぉ」
もえちゃんがせいだいに、ぐずりだした。
パパとのお出掛けがなくなったからか、初めて見る癇癪ににパパママはどう対処して良いやら。
床に寝転び手足を振り回して泣きわめくもえちゃん。
よくお菓子やオモチャを強請る幼児のあれである。
なぎ君はいつにないもえちゃんの剣幕につられて泣きそうだ。
お腹が満たされたので眠いのかなぁ。
抱き起こそうにも、嫌がるので手が出せない。
「じゃあ、パパとお出掛けするか」
和威さんの言葉に静かになるもえちゃん。
もえの横にしゃがみこみ抱っこしようと手を伸ばす。
「なぁくんちょ、ママわ?」
私?
私はお留守番かな。
なぎ君はお眠なので首を振った。
「なぁくんは、ねんね、しゅりゅの」
「ママはなぎ君とお留守番だね」
なぎがもえと別行動するのは珍しい。
それだけ、眠いとみた。
大きな欠伸をしている。
だけど、もえちゃんは気に入らないみたいで。
「いやぁよ。なぁくんちょ、ママも、いきゅにょ」
再び大絶叫が始まった。
今日は珍しいことばかりだ。
普段のもえちゃんなら、なぎ君とお留守番にすると言い出すのに。
双子のシンクロがない。
もえちゃんはどうしたんだろう。
やはり、環境変化のストレスかな。
「なぁ、琴子」
「なに、和威さん」
もえちゃんを観察していた和威さんが、真剣な表情で伺う。
何か思い当たることでもありましたか。
「もえのこれ。イヤイヤ期か?」
イヤイヤ期?
あれ、そう言えば。
この子達、今までそんな素振り見せなかったから、ないのだと思っていた。
これが魔の2才児がなるイヤイヤ期かぁ。
個人差があるのは知っていたけど、突然になるんだ。
おおぅ。
ちょっと感動した。
和威さんは、スマホを取りだしもえちゃんを連写している。
「どうやら、そうみたいね」
「ママぁ。もぅたん、いちゃいちゃい? びょーき?」
話についてこれないなぎ君は涙をこらえている。
相変わらずもえちゃんはいやいやを繰り返し泣いていた。
和威さん、もえちゃんの相手はお願いいたします。
私はなぎ君のケアに従事します。
「もえちゃんは病気では、ないの。どうしても、いやいやって、考えちゃうの。これは、なぎ君もいずれはなっちゃうのよ」
ならない子もいるそうだから、一概に言えないけど。
いや、聡いなぎ君はならない可能性が強そうだなぁ。
逆に困らせない様にって、頭がパンクしちゃいそうか。
うーん。
難しい。
気を付けていないと。
二人一度にやってきたら、私が参ってしまいそうだ。
世の母親様方は如何にして乗りきったのか、調べておこう。
「もぅたん、びょーきない。なぁくんも、なりゅ。パパ、いにゃいと、ママ、ちゃいへんよ」
「大丈夫よ。ママには頼りになる彩月さんも、ママのばぁばもいるから」
早速なぎ君は何事か考えついてしまったのか、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
「ふえーん」
「次はなぎか」
「にゃあくん⁉ もぅたんぎゃ、わーまま、しちゃきゃりゃ⁉」
和威さんに抱っこされて泣き止みかけたもえちゃんの代わりに、なぎ君の泣き声が響く。
違うよ、もえちゃん。
我が儘ではないの。
なぎ君は考え過ぎて泣いちゃったのよ。
だから、また、泣かないの。
なぎ君は眠気もあるから、ぐずついたのもある。
「和威さん。お出掛けは止めて、皆でお昼寝しましょう」
「そうだな。そうしよう」
なぎ君は私が、もえちゃんは和威さんが抱き上げ寝室に移動だ。
背中をとんとん叩くと泣き声は小さくなり、重さが増した。
ねんねしたかな。
ベッドに並んで横になると、すぐに寝息が聴こえた。
もえちゃんも指しゃぶりをしている。
泣いたし派手に暴れていたから体力使い果たしたな。
和威さんが口におしゃぶりをいれると、落ち着いたのか眠気に身を委ねるもえちゃん。
「ねんねんね。もえちゃん、ねんねんね」
「……ぁぃ」
なぎ君越しにお腹をポンポンすれば、瞼が閉じていく。
しかし、和威さんの服を握りしめたままだ。
パパは逃げたりしないよ。
安心してねんねしてくださいな。
次第にもえちゃんも眠りについていった。
それにしても、イヤイヤ期かぁ。
だから、牛乳飲みたいと譲らなかった訳だ。
可愛らしい我が儘だったけど、怒らなくて良かった。
強く否定してたら、酷い癇癪起こされていたかな。
和威さんが家に居るときに、判明して助かった。
私一人だったら、プチ混乱してたなぁ。
彩月さんを呼び出して甘えてそうだ。
いや、我が母に事情話して、母親の自覚云々とお小言案件だったな。
「ん? 雅兄貴からだ」
「珍しいね。仕事はお休みかな」
和威さんのスマホが鳴り響いたけど、なぎともえの二人は静かに眠りについている。
この子達は、一度眠ると中々起きないから助かった。
「はい。雅兄貴、こんな時間に珍しいな」
雅博さんは和威さんの2番目のお兄さんで、典型的な仕事人間である。
土曜日だからといって休日とは限らない。
お子さん達が小学生時代は、お休みはきちんと家族サービスに徹していたらしい。
らしい、と言うのも、和威さんと雅博お義兄さんとの年齢差は20近くある。
長男さんとは、22。
三男さんとは、15。
四男さんとは、10。
との年齢差だ。
下手をしたら、長男さん次男さんとは、親子で通ってしまいかねない。
篠宮家では、その話題は禁句だけど。
冗談でも笑えない。
なにしろ、長男夫妻にはお子さんがいない。
長男さんの次は誰が継ぐのか、次男さんの長男を養子にとか、末子の和威さんにとか揉めている。
最低な話だと長男夫妻に離婚を突き付けた親戚がいた。
結婚前に和威さんが、教えてくれた篠宮家の溺愛体質。
私も火傷痕について嫌味を言われているから、和威さんの怒り具合いは身に染みて体験している。
東京に転勤したのも、煩い親戚から私や子供達と引き離すのが目的だし。
旧家には旧家なりにいろんな騒動の種がある。
「はあ? 何で静馬と俺が間違われるんだ」
「「うにゅう」」
ちょっと大きめな和威さんの声に反応するなぎともえ。
もえちゃんが服を握りしめていて、離れられない。
寝入りばなだから、起きちゃうかな。
ポンポンすれば、薄目を開けて和威さんと私を確認している。
「パパはお電話の最中。ねんねしていいよ」
「悪い、兄貴、その話は奏太さん経由で事情は今日知った。今なぎともえの昼寝に付き合っている最中なんで、起きたらかけなおす。うん。わかった。琴子にも伝えておく」
ん?
里見さんのお見合い話の一件かな。
お義兄さんが関わっているのかしら。
通話を終えた和威さんは、スマホをサイドテーブルに置くともえの頭を撫でた。
「パパはどこにも行かないからな。安心してねんねしろ」
「ぁぃ」
左手にパパの服を、右手になぎ君の手を握りしめてもえちゃんは眠気に抗っていた。
「ママぁ」
「はあい。もえちゃん、ねんねんね」
私を呼ぶか細い声に返事を返すとにこりと笑い眠りについた。
うん。
いつものもえちゃんの笑顔だ。
なぎ君はぐっすり夢の中。
ふたりとも安心してねんねしていいよ。
パパとママは、なぎともえを置いて出掛けようとしないからね。
「琴子。里見先輩の彼女に持ち込まれた縁談だかな。静馬と俺が間違われたようだ」
「静馬君はまだ高校生よね。歳の差ありすぎじゃないの」
静馬君は雅博さんの長男で高校一年生。
里見さんと彼女さんは同期生だから、一回り歳が違う。
びっくりどころではない。
それに、御曹子でもない。
どうなっているやら。
「雅兄貴が部長職から支社の建て直しを任されて、副社長に昇任するんだと」
「あら、左遷ではないのよね」
「どちらかと言うと、緒方の本家筋とバレたらしい」
勤務されている先は緒方家に関連する企業だったし栄転かな。
喜ばしいのに、素直になれないのはバックに緒方家があるからか。
なにせ、創業者の血筋だし。
期待半分、お手並み拝見ってところとみた。
「それで、支社の社長が兄貴のことを調べて、俺が静馬と間違われた。との建前で見合い話が進んでいるらしい。詳しく話すから今日の夕飯は緒方家に集合だ」
ラジャー。
本日の夕飯は作らなくて良いのね。
篠宮兄弟は長男さんを抜かせば全員都心近郊にいる。
ラインで頻繁に連絡取り合っていて、仲良しな兄弟だ。
ん。
なら、もえちゃんがパパいなくてイヤイヤ再来か。
「行くのは、家族でだからな。なぎともえも連れていくぞ」
「あっ、そうなのね。でも、イヤイヤ期のもえちゃん連れて行って大丈夫かな」
「あー。抱っこしてたら、いいんじゃないか。子育ての先輩達が多くいるし、琴子も相談したらいい」
うん。
それは、助かる。
私は周りに恵まれて育児ノイローゼになってないけど、大変だと聞くから体験談は是非ご教授してもらいたい。
お義姉さん達も勢揃いするのは、双子が産まれた頃以来だね。
お盆休みやお正月には、受験生もいたし、部活の合宿があったりで中々揃わなかった。
山奥だけど無駄に通信関連は整っているから、スカイプなどで顔は見せてくれる。
なぎともえも従兄弟達の顔は覚えていた。
とくに、雅博さんの娘の梨香ちゃんと息子の静馬君は大のお気に入り。
梨香ちゃんは家政科に進学して、将来は服飾の途に進むことを決めている。
時折、双子ちゃんのサイズを聞いて手作りの服を送ってくれていた。
所謂、着ぐるみの部類の服に、なぎともえは大興奮だ。
一日中着ていて、脱がすのが大変だった。
着れなくなった服は大切に保管してある。
静馬君は演劇の世界に魅了されて、将来は舞台俳優だと宣告していた。
篠宮家はやりたい事はやらせる主義なので、今は演劇部で頑張っている。
双子ちゃんの遊びにも熱心に相手してくれるよいお兄さんだ。
静馬君が来てくれるなら、もえちゃんのイヤイヤは大丈夫かな。
逆に興奮し過ぎないとよいけどなぁ。
注意しておかないと。
手土産は何がいいかな。
「手土産は要らんだろう」
あら、口に出していましたか。
そうは、いかないでしょう。
篠宮家の嫁としましては、礼儀はかかさないですよ。
行きに何処かに寄ってから緒方家にお願いします。
子供たちが食べられるものがよいけどなぁ。
「わかったから、ひとり言はやめてくれ。その癖、なぎに移っているぞ」
うん。
知ってる。
無表情でぶつぶつと呟いていたから。
なぎ君から見た私なんだろうね。
本当によく見ている。
気をつけているんだけど、出てしまうから癖なんだなぁ。
帰り際の兄にも注意された。
兄、自分が結婚してなくて子供いないのに、何でか育児について突っ込んでくる。
和威さん並みに双子ちゃんに甘いんだよ。
早く自分の子供持ちなよ、と妹は言いたい。
切実に願いますよ。
本気です。
絶対にお義姉さまに有ること無いことバラしてやるんだから。
そして、兄に報復されるのだろう。
抜け目ない兄の事だ、対処は万全だろうな。
一矢は報いたいなぁ。
ブックマーク、評価ありがとうございます。