その57
「パァパ。もぅたん。けーき、ちゃべちゃいな」
「あい。なぁくんも」
痺れをきらした双子ちゃんが、和威さんに直談判した。
食い気が優ったもえちゃんは、ケーキの箱から目を離さない。
なぎ君も便乗して、和威さんの腕をとる。
可愛いおねだりに相好を崩すかと、思われた和威さんの表情は渋い。
あら。
もしかして、買えなかったとか。
チラシが出てたから、限定品だったし午前中で売り切れてもおかしくない。
なぎともえも、パパの態度を感じとり、首を傾げている。
「あー。もえ。ごめんな。苺のロールケーキは売り切れていて、買えなかった。なぎのバナナロールケーキは有ったんだがな」
やっぱり。
そうだった。
私が病院の帰り道に買えば良かったかな。
おやついらないから、早く帰ってきてね。
なぎともえに言われちゃったから、帰ってきてしまったけど。
昨日のチラシチェックで、ちゃべちゃいなと言っていたからなぁ。
素直に聞かないで買ってきてくるべきだった。
「もぅたんにょ、にゃい」
パパの言葉の意味を誤解したもえちゃんが、見る間に涙を盛り上がらせた。
すぐに派手に泣き出した。
「ふぇーん。にゃまきゃ、はじゅれは、いやぁよ」
「パパ、もぅたん。にゃまきゃ、はじゅれは、めめでしゅよ」
「えっ? 何で泣くんだ」
もえちゃんが、私に抱き付いてきた。
なぎ君は、パパがもえちゃんを意地悪したと判断してしまっている。
和威さんは、納得いかない顔をしている。
もえちゃんを背中に庇うなぎ君の姿は勇ましいが、双子ちゃんは勘違いをしている。
パパとおーくんは、なぎ君のロールケーキだけを買ってきたと思っているのだ。
和威さんたちは、きちんと人数分のケーキを買ってきているはず。
如才ない二人であるから、間違いはない。
だけど、言葉どおりに受け止めたなぎともえは、そうは知らない。
もえちゃんの分はない。
仲間外れにされた。
これは、前世の兄を優遇して、妹を蔑ろにされた記憶を呼び覚ましてしまっている。
なぎ君のお怒りは、いつになく本気で和威さんを睨んでいる。
和威さんが戸惑うのも無理がない。
説明不足からくる行き違いに、気がついてないのである。
理解しているのは、日頃からなぎともえの行動理念を目の当たりにしている私だけ。
双方の勘違いを正すとしますか。
「もえちゃん、泣かないの。なぎ君も、パパを睨まないの」
「「ぢゃっちぇ、パパぎゃあ」」
「もえちゃんは、パパがなぎ君の分しかないと勘違いをしているわ。なぎ君も、パパの言葉を最後まで聞こうね」
抱き付くもえちゃんの背中をとんとん叩いてあやす。
首にしがみつくもえちゃんは、豪快に泣いている。
ケーキを食べれないショックより、辛い記憶を思い出したのが重いのかな。
よくなぎ君の方がもえちゃんの面倒見がよく、周りを観察して内面は繊細だと言われるけども。
前世の辛い記憶を有するもえちゃんの方が、傷付き易く繊細だ。
無条件に慕うパパとママが、もえちゃんを虐待なぞしたら幼い心がどうなるか、試したくもない。
私がもえちゃんに向ける感情は愛情だけである。
和威さんも、そうである。
殊に、今回みたいに行き違いに発展してしまうけどね。
和威さんは、空回りしてしまうのだよね。
なぎともえには、始めに違うのを買ってきたと言わないといけなかった。
「和威さん。説明をどうぞ」
目配せすると、和威さんも間違えたのを気付いた様だ。
頭を項垂れていた。
「すまん。パパの言い方が悪かったな。もえの苺のロールケーキはなかったから、桃のケーキを買ってきたんだ。パパが悪かった。仲直りしような」
「もぅたん。にゃまきゃ、はじゅれぢゃ、にゃいにゃい?」
「ああ。これが、もえのな」
針鼠状態のなぎ君を膝に乗せ、ケーキの箱を開けていく。
半分にカットされたシロップ漬けの白桃が乗せてある、ケーキを出してなぎ君に見せる。
泣き止みかけたもえちゃんも、私に抱き付いたまま、パパとなぎ君を見つめていた。
「もぅたんにょ。おいししょうよ」
「ももしゃんにょ、けーき。もぅたんにょ?」
「そうだって。パパ、もえちゃんのも、買ってきてくれていたのよ。苺さんはなかったけど、桃さんも大好きよね」
「あい。ももしゃん、しゅき。もぅたん。ちゃべう」
機嫌が戻ってきたかな。
私から離れて、パパの膝に乗る。
左右の膝になぎともえを乗せた和威さんは、頭を撫でてから軽く抱き締めた。
「勘違いをさせて、ごめんな。パパもおーくんも、もえを忘れていないからな」
「あい。パパ、おーくん。めんしゃい、あいあちょう、ね」
「なぁくんも、めんしゃい。パパ、めめしちゃっちゃ」
「なら、仲直りのちゅうな」
「「あい。ちゅう」」
ほっぺにちゅうは、仲直りの証し。
それぞれ、ちゅう合戦を繰り返して、仲直り。
次に、臣さんにもちゅう。
母と様子見していた臣さんは、両手を広げてなぎともえをはぐする。
「「おーくん。けーき、あいあちょう」」
「どういたしまして。苺が無くて桃にしたけど、次に遊びに来る時は苺を忘れないからな」
「「あい」」
頬をすりすり。
臣さんも、スキンシップはかかせない。
多分だけど、臣さんのことだから旬の季節にない時期でも、無理して手配しそうな気がする。
甥っ子、姪っ子には甘いからなぁ。
それとなく、和威さんに忠告しておこう。
三男の悠斗さん家の巧君が欲しがったゲーム器を、伝を駆使して手に入れたそうだし。
次男の雅博さん家の梨香ちゃんの為に、高額な布地を送った前科があるし。
我が家にも無理して手配しそうなんだよね。
果物と侮るなかれ。
ある処には一粒何千円の苺もあるそうな。
朝霧のお祖父様なら、多少の無理は利きそうだけど、一介の会社員には無理はしてほしくない。
和威さんが駄目なら、長兄の康司さんに出張ってもらわねば。
「ん? どうした」
「いえいえ。臣さんも、大概に甘いよね、と」
「ああ。自分に金を掛けないで、甥や姪に貢ぐからな」
「それ、笑えないのだけどね」
「臣兄貴の生き甲斐だからな。限度を超えたら、康兄貴に密告するさ」
うん。
そうして、くださいな。
義妹がでしゃばるのも難だしね。
臣さんにケーキを食べさせて貰っている双子ちゃんは、ご機嫌に笑っている。
泣いていたのも、憤慨していたのも忘れてケーキをたべている。
今日は、おやつ三昧ですなぁ。
夕飯は少な目にするかな。
「琴子」
「なあに、母」
「もえちゃんが、食べたがっていたのは、これかしら」
母が徐に、あるチラシを取り出す。
馴染みのケーキ屋さんのチラシだ。
区外にある母の家に何故か届いたチラシは、もえちゃんが狙っていたロールケーキが載っていた。
「母、それよ」
「なら、和威さんが買えなかった原因は、私ね。お土産に買い占めてきたのよ」
あら。
そういえば、母のお土産の箱は両手にあったな。
服に気を取られて、忘れていた。
彩月さんに渡して冷蔵庫の中だ。
振り返れば、彩月さんが確認して頷いてくれた。
「流石に二個も食べさせられないよ」
「そうよね。甘いお菓子ばかりは体調に悪いわ。胡桃ちゃん宅にお裾分けしようかしら」
「そうした方が良さそうだけど、後で知ったら大泣き確実だわ」
お昼にもデザートが出たしなあ。
一個だけ残して、冷凍しておくかな。
なぎともえは、物には執着しないのだけど、ご飯やお菓子には抜け目がないから、というか、させたのだけど。
どうしよう。
「琴子が食べて、少し分ければいいと思うぞ」
母ともえちゃんに聞こえない様に小声で話していると、和威さんに提案された。
「ママ大好きっ子だから、そうすれば満足するだろう」
まあね。
和威さんの言い分には納得できる。
食い気に勝るもえちゃんなんだけど、私が食べる好物にはあーんと一口分けると、満足して二口目はいらないと言う。
和威さん曰く、ママのご飯やおやつを自分が食べたら、ママの分が無くなる。
ママがお腹空いて倒れちゃう。
それは、嫌だ。
といった、図式があるそうな。
異様に私の体調不良を嫌がるのは、乳児の頃に倒れてママ不在になったのが原因である。
小さなくしゃみでさえ、さぁたんさぁたんと騒いでしまう。
酷いと大泣きして、母屋のばあばを呼びに走る。
お義母さんの言うことには従うママを見ているからか、ばあばに知らせればママは安静にしてくれると思っているのだよね。
ほんとに、二歳児かいな。
でも、そうさせているのは私なんだよ。
頭が痛い。
それで、和威さんの提案どおりにしたら、一口食べたらいらないと言う。
明日に残しておこうか。
ねぇねとにぃににあげる。
笑顔で答えてくれた。
ほんとに、良い子な双子ちゃんだ。
来週の更新は諸事情により、お休み致します。




