その56
母が落ち着いたところで、急な訪問を問い質してみた。
なぎともえ可愛さに、訪問をしたのは確かだろうけどね。
両手に買い求めてきた荷物を、じと目で睨んでみた。
「マぁマ。にゃに、おきょりんぼ、しゃん?」
「あい。ばぁば、しゅんしちぇうよ」
「それはね。ばぁばが持ってきた荷物に、ママは怒っているのよ」
首を傾げた双子ちゃんの前に、ブランド品だと丸わかりな紙袋を置く。
どうせ、中味はなぎともえの子供服辺りだろう。
明日か明後日に、椿伯母さんを引き連れての着せかえ大会が始まる。
その為の、服だろうな。
「だぁって。椿姉さんや桜姉さん、楓兄さんも服を用意すると言ったのだもの。祖母が参戦しなくて、どうするの」
「だからって、このブランドはないでしょうが。それに、子供服の取り扱いはしてないでしょう。充分に、オーダーメイドだと言ってます」
レディース専門の高級ブランドの、紙袋を指してみる。
指摘された母が、明後日の方向を向いた。
母め。
都合が悪くなると、それなんだから。
双子ちゃんが、真似したらどうしてくれる。
なぎともえはきょとんとした眼差しで、私と母の攻防を眺めている。
普段、和威さんと口論している現場を、見せていないからかどうしたら良いか図りかねている。
視線が、私と母をいったり来たりしている。
暫し、睨みあいが続く。
父にお小言言われたくないのでしょうが。
でも、いつも折れるのが先なのは、私だ。
溜め息をはいて、クールダウン。
まぁ、ね。
可愛い盛りの孫に、構いたがるのは分かります。
新生児の頃に少しお世話しただけで、娘一家は和威さんの実家に戻っていったから。
息子は、未婚。
しかも、水無瀬家に配慮して恋人も作れない。
多分だけど、兄は水無瀬家縁の人と結婚する気でいるだろう。
なぎともえを、水無瀬家から離すつもりでいる。
兄が後継者を離れれば、なぎともえがやり玉にあがるからね。
水無瀬家のご当主も、気配りで祖母を通じてしか関わろうとはしない。
実際に水無瀬家の分家は、双子ちゃんをかつぎ上げて、利権を狙っていた。
兄とご当主にばれて、僻地に飛ばされたけども。
そういった輩は、どこにでもいる。
今は、兄とご当主の目が光らせているから、実害はない。
狙われるとしたら、兄が失脚するか、後継者を名指ししないままご当主が亡くなったりした時だ。
そうなったら、朝霧家と緒方家や篠宮家が一丸となって、匿ってくれるだろう。
和威さんも私の祖母の実家だろうが、容赦はしないと言っている。
友人知人を総動員して、なぎともえの安全を取り戻す。
和威さんの人脈は、旧家の横の繋がりが多くて、私も把握していないぞ。
季節の折り目に届くハガキの量も、半端がないし。
双子ちゃんにと、玩具や絵本がよく届く。
返礼の品に四苦八苦した覚えがある。
皆さん、和威さんのお兄さん達と一緒で、双子ちゃんの写真や手形を押した物を欲しがる。
今年のお歳暮には、折り紙で作った花を添えたら、大好評だった。
皆さん、双子ちゃんの成長を快く見守ってくれている。
母も、孫を甘やかしたくて堪らないのだろう。
だからって、ブランド品はないけどね。
「もう、今回だけだからね。次回は、グレードを落としてちょうだい」
「はぁい」
よしよしと、なぎともえに撫でられてご満悦な母は、渋々承諾した。
「ばぁば、もうしちゃぢゃめよ」
「ママ、きょわいきゃりゃね」
「そうね。ママ、怖いわね。なぎ君、もえちゃん。ありがとう」
「「あい。ぢょういちゃ、ましちぇ」」
母にぎゅっと抱き締められると、笑い声をあげる。
ママ、ちょっと不満である。
正しく母の散財を嗜めただけなのなぁ。
私のお怒りが去ったとみるや、紙袋から服を取り出して披露する母。
可愛いらしい服に、もえちゃんは目を輝かす。
なぎ君は、可愛いを連発。
幼くてもいっぱしのレディと、甘いお兄ちゃんだ。
次に母が取り出したなぎ君用の服は、どこか軍服チックだった。
コスプレかいな。
制帽があれば、それらしく見える。
ブランド店も、よく製作したなぁ。
「それにしても、大手ブランド店がよく子供服を取り扱ったわね」
「あら、こう見えても朝霧の娘だもの。デパート行けば、専属外商担当がいるわ。それに、ここだけの話、来期からは姉妹店を立ち上げるの。よい、宣伝になるのよ」
そうだった。
母は、朝霧の娘だった。
嫁いで外に出ても、外商担当がいた。
母個人の財産もあるし、祖母から引き継いだ何某会の理事にもなっていたな。
着飾るをえない機会が、沢山あった。
催しには、出来るだけ出席しないとならないのだよね。
私にも、案内状が届くしね。
怪我をしてからは、ご無沙汰だけど。
なぎともえが幼い間は、育児に専念してるのが暗黙になって、出席しないままになっている。
今年の冬は、朝霧家主催のクリスマス会には出ないといけない。
お祖父様からも、念押しされている。
毎年昼間に開催されるから、なぎともえもキッズスペースにて社交界デビューを果たさないとならない。
気が早すぎるきもしないではないが、朝霧家の人間だと知らしめる意味がある。
それに、年頃のお友だちがいないなぎともえに、同年代の子供を紹介するいい機会になる。
ここでも、横の繋がりが大事になる。
お祖父様は、もう見繕っているらしい。
緒方家にも連絡して、双方の敵にならない勢力のお子様を呼ぶと言っていた。
私にも、資産家の友人はいる。
お祖父様のお眼鏡に叶った知人もいる。
将来において、なぎともえが困らない人脈を手助けしたいのだよね。
頭が下がります。
ほんとにね。
「モデル候補に入っているの?」
「それは、なぎ君ともえちゃんの保護者は和威さんだもの。ちゃんと、断りはいれたわ。けれども、お誘いは一度はあるかもよ。断り効かない相手には、貴女も何度かモデルをやったのよ」
「何それ、知らないのだけど」
「だって、太一さんに叱られたもの」
初耳な情報に、呆れた。
母は、口を尖らせている。
大分と、こってり叱られたようである。
「貴女が幼稚舎に入ってすぐに、椿姉さん繋がりでモデルをしたの。それから、芸能事務所やらスカウトがわんさか湧いて、太一さんに迷惑をかけてしまったのよ。朝霧の孫だから、父の援助が目的だったのね。父も太一さんが了承すれば。というスタンスだったものだから大変。矢面に立たされた太一さんに、付きまといが発生よ」
「それは、父も怒るわ。兄も、呆れていたのじゃないの?」
「奏太なら、早々と父に苦情を言ったわ。琴子が危ないと判断したのよ。スカウトを隠れ蓑にした、誘拐を懸念したみたい。結局、奏太に叱られた父が動いて、スカウト合戦は終了したわ」
兄、グッジョブ。
良くも悪くも、朝霧の名は一般家庭を愛する父にとっては、苦慮するもの。
母とは大学で知り合い、押し掛けられて付き合いが始まった。
就職活動時には、朝霧の名が背後にちらついて、第一希望の職にはつけなかった。
祖父は静観していたのだけど、伯父や伯母が気を効かせてしまっていたのだ。
お酒に弱い父が酔うと、この話がよく出てくる。
兄と私の就職活動には、朝霧を持ち出さないと嘆いていた。
幸いにも、私は永久就職してしまったので、父の教訓は生かされてないのだけど。
兄は武藤姓を全面に押し出して、朝霧グループの孫会社に就職した。
人事担当には、兄を知る人がいなかったらしく、就職後の研修で伯父に見つかった。
兄にもいろいろと難局があったようで、翌年には親会社に出向になり、引き抜かれた。
今では役職付きである。
お勤めをしていない私には、計り知れないことだ。
閑話休題。
「ママぁ」
「なあに、もえちゃん」
「パパちょ、おーくん。おきゃえりよ」
「あい。ママ、にきょにきょ、よ」
どうやら、知らずに眉間に皺を寄せていたようだ。
小さな指が、眉間をこする。
なぎともえは、私が笑うのが好きみたいで、少しでも表情が固くなるとこうする。
いかんなぁ。
心配をさせちゃった。
反省。
「ありがとう、なぎ君もえちゃん。ママ、にこにこよ」
なぎともえを抱き寄せて頬ずりすると、むふぅと息を吐いた。
やりとげた。
そんな、気分かな。
「ただいま」
「ただいま、なぎともえ。ご所望のケーキだぞ」
「「パパ。おーくん。おきゃありにゃしゃい」」
私の腕からなぎともえは飛び出して、両手を広げて待ち構える隆臣さんに走り寄った。
うん。
食い気に負けた。
双子ちゃんはご機嫌で、隆臣さんに抱き付いた。
私の隣では、母が首を傾げている。
そう言えば、母と隆臣さんは初対面だったよね。
だけど、和威さんに似た容姿の隆臣さんだから、兄弟と分かるよね。
「あら、隆臣さんよね。和威さんのすぐ上のお兄さんだったかしら」
「あれ。母、面識あったの」
「貴女達の結婚式に出席出来なかったと、後日に雅博さんと挨拶に態々来てくれたわよ」
へー。
これも、初耳だ。
側に来た和威さんも、驚いていた。
どうやら、和威さんも知らされていないらしい。
「おーくん。ママにょ、ばぁばよ」
「おふく、いっぱい、にゃにょよ」
何時もならパパに報告するのに。
今日は隆臣さんがいるからか、はたまた初めて会うと思ったのか、なぎともえは代わる代わる口を開く。
隆臣さんも、居ずまいをただして母に会釈した。
「ご無沙汰しております。篠宮の四男、隆臣です。気付かず、失礼致しました」
「いいえ。先触れを出さないで、お邪魔した私も悪いですから。それに、なぎ君ともえちゃんの前です。無礼講で構いません」
母もしおらしく、正座をして挨拶を交わす。
なぎともえの視線は、大人な態度を崩さない母と隆臣さんを、いったり来たり。
不思議そうな顔をしている。
仕舞いには、もえちゃんはなぎ君の手を握り、顔を見合わせる。
双子の内緒話をしているのかな。
頻りに、頷いている。
パパとママだけなら、なあに、ありがとうを口に出すもえちゃんだけど、隆臣さんの前だからか静かにしている。
殊更、なぎともえの内緒話や前世の話は、表に出していない。
隆臣さんは、知らないのじゃないかな。
和威さんも、兄弟だからといって話題にはしない。
篠宮のおばあ様が、必要なら話してくださるだろう。
私達からは、なぎともえの異質さは教えはしない。
可愛いさの余りに感情が入り過ぎて、凝りを産みたくはないからね。
まあ、お義兄さん達は泰然と受け止めてくれると思われるのだけどね。
おばあ様が教えてくださる篠宮兄弟の、やんちゃ振りは神がかる事案もあったしなぁ。
どう対処していいのか、お義母さんに機会があったら聞いてみよう。
取り敢えずは、母と隆臣さんの挨拶は止めよう。
母、隆臣さん。
なぎともえが、困ってきてるからね。
頭の下げあいは、終わりです。
ブックマーク登録ありがとうございます。




