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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その55

 あっ。

 すっかり忘れていた。

 臣さんに、兄の伝言伝えるのを忘れていた。

 スマホに連絡しようにも、プライベート用の番号を知らなかった。

 私から、臣さんに連絡したことはないし、和威さんに頼めば良かったしね。

 必要としてなかった。

 和威さんに電話するかな。

 コールしてみた。


「うにゅ?」

「ママ、おでんわ、ぶりゅぶりゅ、しちぇう」


 ガラステーブルに、スマホが置き忘れられていた。

 和威さんのスマホには、臣さんの番号が載っているだろうけども。

 妻だからといって、勝手には触れないよ。

 うーん。

 帰ってくるまで、お預けか。

 失敗した。


「ママ、どんまい」

「どんまい、よ」


 おままごとをしていたなぎともえが、私の肩を叩く。

 さっきまで、私と和威さんの真似っこをしていたなぎともえに、ママが失敗したのを悟られてしまった。

 私が鳴るスマホに眉を下げたからか、よしよしと、頭を撫でてくれた。


「パパ、わしゅれ、ちゃっちゃね」

「ぶぅぶぅの、きゃぎは、もっちぇ、いっちゃね」


 近所のケーキ屋さんには、雨が降っているから、車で出掛けた篠宮兄弟。

 混んでいなければ、30分ぐらいで帰ってこれるはず。

 遅くなってしまったら、私が兄に謝っておこう。


「ただいま戻りました」

「大変遅くなり、申し訳ありません」


 買い物に出ていた彩月さんと、ワンコのお散歩に出ていた峰君が戻ってきた。

 なぎともえは、一目散に駆けてくるワンコに、笑顔満載で出迎えた。


「わんわ~」

「いち」

「「おきゃぁり、なしゃい」」


 おままごと道具を放り出して、ワンコに飛び付く。

 両側から大好きな双子ちゃんが抱き付いてくるから、いちの尻尾ははちきれんばかりに、豪快に振りだしている。


「わんわ。ほっきゃほっきゃね」

「おふりょ、きもち、よきゃっちゃ?」


 わふ、わふ。


 交互に顔を舐めるのに必死ないちは、すぐになぎともえを押し倒した。

 なぎともえは、遊びの一環とおもっているので、笑い声をあげる。

 知らない他人が見たら、大型犬に襲われているのではないか。

 犬が人の上のマウントポジションをとるのは、よくない行動だ。

 散々言われたけど、本人達が楽しんでいるのなら、余計なお世話である。

 いちは、頭のいいワンコで手加減している。

 勢いつきすぎて、ひっくり返りそうになると、服を噛んで止めたり、素早く反対側に回りクッションになってくれる。

 良いお兄ちゃん犬だ。


「なぎ君、もえちゃん。いちと遊ぶなら、玩具はしまおうね」

「「あーい」」


 いちが側に来たら、おままごとはやらない。

 二人と一匹で玩具は箱にしまわれた。

 小さなボールを取り出して、ころころ転がす。

 いちが追い付いて、前肢でなぎともえの方に転がす。

 その姿を横目に見ながら、買い物袋の中味を彩月さんと二人で冷蔵庫に納めていく。


「本日は、お魚が豊富にございましたので、買い求めて参りました」

「ありがとうございます。なら、ムニエルでも作りましょうか」


 新鮮な鮭の切り身を前に、夕飯のメニューを決めていく。

 味が濃いめは双子ちゃんは駄目だから、焼き魚にするか。

 いやいや、パパと違うメニューは嫌がるかな。

 悩むなぁ。

 世のお母様方も、食事のメニューを決めるのは至難の業かな。


「隆臣様もご一緒ならば、焼き魚の方が好まれます」

「分かりました。焼き魚にしましょう。後、臣さんの好物はなんですか?」

「酢のモノもお好きです。もずくは、買って参りました」


 彩月さんは、篠宮兄弟の好物を把握していた。

 買い求めて来た食材も、隆臣さんと和威さんの好みそうなモノがある。

 双子ちゃん用もわすれていない。

 私?

 ちゃんと、ありましたよ。

 万能家人には、隙はなかった。

 彩月さんとメニューを、決めていく。

 面倒そうな食材の下ごしらえは、彩月さんに任せておいた。

 そうしないと、半端なくプレッシャーがかかってくる。

 私がするのは、味付けと最後の工程である。

 揚げ物なぞ選んだ日には、彩月さんに監視されていたりして。

 怪我をしないか、案じられているのだ。

 新婚時代にやらかして、自分の指を揚げかけた逸話があるので、おとなしく享受している。


「ママぁ」

「ばぁばぎゃ、きちゃよ」

「ばぁば? 何処に?」

「「あしょきょ」」


 ボールころころしていたなぎともえが、揃って窓を指す。

 窓の向こう側にて、母が庭を突っ切って離れに歩いてきていた。

 今日は千客万来だね。

 台所は彩月さんに任せて、窓を開けた。

 なぎともえも私の足を掴んで、母を待っていた。


「なぎ君、もえちゃん。ばぁばですよ。お利口さんにしていたかな」

「「あい」」


 母は、相変わらずテンションが高い。

 両手に荷物を持って、なぎともえを抱っこしようとしていた。

 どうみても、お菓子の袋である。

 形が崩れても知らないぞ。


「ばぁば。おにもちゅ、いちゃいよ」

「おいちぇ、くぅしゃい」

「あら、ごめんなさいね」


 母の抱っこ癖は、荷物があってもするから、なぎともえは嫌がる。

 ケーキが入った箱を振り回すから、食べれなくなった苦い記憶がある。

 物欲より、食い気が勝るなぎともえは、食べれないのを大変悔し泣きした。

 だから、事前にばぁばを制している。

 母は咎められたのも気にすることなく、私に荷物を手渡すと、空いた両手でなぎともえを抱き締めた。


「なぎ君、もえちゃんが、ばぁばのお家からいなくなって、寂しかったわ。だから、遊びに来ちゃった」


 頬を擦り寄せ、宣う。

 まぁ、朝霧邸は母の実家であるから、出入りは簡単に出来る。

 父は気後れしてあまり来たがらないので、母が一人で訪問するのが多いらしい。

 来週の半ばには、入院していた祖母も帰宅する。

 母が日参しても、おかしくない。

 となると、残された父が不憫かな。

 いや、母から解放されてのんびりしているかも。


 くぅん。


 いちが寂しく鳴いた。

 動物アレルギー体質の母がきたから、使用人棟に逆戻りしなくてはならなくなったのが、分かるのだろう。

 双子ちゃんと遊びたがるいちには、母は鬼門だ。


「いち。おいで」


 峰君が、いちを呼ぶ。

 項垂れた尻尾と背中に、哀愁が漂う。

 いちは、素直に峰君の元に歩み寄り、名残惜しげになぎともえを見る。


「あら、ワンちゃんは大丈夫よ。少し離れた処にいるなら、私も苦しくないから」

「ですが、完全に平気ではないなら、控えさせていただきます」

「わんわ。どきょに、いきゅにょ?」

「ちゃぢゃいま、しちゃばきゃりよ」


 離れていくいちに気付いた双子ちゃんが、慌てて母から逃れてワンコにすがり付いた。

 なぎともえには、母のアレルギー体質の話をしても分からないかな。

 母のお土産を彩月さんに託して、涙目のなぎともえの前までいく。


「なぎ君、もえちゃん。ばぁばはね。わんわが側にいたら、くしゃみがでてしまうの。峰君は、ばぁばのくしゃみが止まらなくなってしまったら、って思ったのよ」

「ばぁば、わんわ、きりゃい、にゃい?」

「嫌いではないわよ。でも、触れないの」

「いち、おへやぢぇ、おりゅしゅばん?」

「そうね。お留守番ね」

「だから、離れていれば平気よぅ」


 可愛い孫の前だからと、平気な振りはやめようよ。

 兄情報で知っているのだよ。

 ワンコがいるお友達の家に遊びに行って、帰宅したらくしゃみ連発してアレルギーが大変だったのを。

 我が家にワンコがいると知った兄から、注意されていたんだから。

 兄はなぎともえが、ワンコ大好きなのを危惧していた。

 絶対に、なぎともえにいいとこを見せようと、我慢してしまうだろうと。

 今も、なぎともえの身体に付いた、いちの体毛で鼻をぐずらせている。

 やせ我慢はよしてくださいな。


「母、無理はよして。峰君。申し訳ないけど、いちをお願いします」

「はい。畏まりました。直に、司郎も帰宅します。寂しくはないでしょう」


 司郎君の名前にいちの耳が反応した。

 峰君の顔を見上げる。

 尻尾も、振りだした。


「いち。司郎が帰宅したら、遊んで貰おう。なぎ様と、もえ様とは何時でも遊べるからな」

「わんわ~。ろうくんにょぎゃ、いいんぢゃ」

「あい。なぁくんちょ、もぅたん、まけちゃっちゃ」


 あらら。

 今度は、なぎともえが項垂れちゃった。

 仕方ないよ。

 いちと司郎君の絆は並み大抵のことでは、揺らがないから。

 一人と一匹で山を彷徨い、生き延びた仲だからね。

 信頼感は凄い。

 諦めてちょうだいな。


「なぎ様、もえ様。また、明日遊びましょう。明日は晴れますから、お庭でボール遊びが出来ますよ」

「「うー。あい」」


 峰君に諭されて、折り合いをつけた双子ちゃんは、ぎゅっといちを抱き締めて、離れた。


「わんわ。まちゃ、あしちゃね」

「ぼーりゅ、あしょび、しようね」


 健気に手を振って、いちを見送る。

 偉い、偉い。

 ママは、感心したよ。

 後ろ髪ひかれる心地で、いちは振り返りを繰り返して離れを出ていった。

 きゅんきゅん鳴いていたのは、可愛かった。

 きっと、司郎君が帰宅したら甘えるのだろうね。


「なぎ君。もえちゃん。ばぁばが、ごめんなさいね」

「ばぁば、わりゅきゅにゃいよ」

「ばぁばにょ、びょーきぎゃ、わりゅいにょ。はあく、にゃおしちぇね」


 沈んだ母を、ナデナデするなぎともえ。

 母は、感極まってなぎともえを抱き締める。

 うん。

 いちがいなくなる原因の母を、責めたりしない良い子に育ったなぁ。

 それどころか、慰めるなんて、誰の真似だろうか。

 お山のお義父さん辺りだろうか。

 ママは、にこにこだよ。

 でも、一言母には言わなくてはならない。


「母。遊びに来るときは、前以て知らせてちょうだい。我が家にはワンコがいるから、掃除したりしないと母も辛いでしょう」

「うっ。次回からは、そうするわ。だから、太一さんには、言わないでね」


 母は、父に弱い。

 かかぁ天下な武藤家に見えがちだけど、主導権を握っているのは父になる。

 母は祖母から一般常識を身につけさせられたけど、所詮は資産家の娘。

 所々、上から目線が出てくる。

 買い物も、自分の資産から豪快に買いだしたりしては、父に叱られる。

 だからか、兄と私の教育には熱心に父も加わった。

 私立に入れたがる祖父を説得して、公立学校に入学させた。

 友人が出来ると、自然と母が世間の母親像とは浮いているのを知った。

 母も一般家庭を知り、お嬢様気質は鳴りを潜めた。

 のだけど、殊にはっちゃけるのだよね。

 なぎともえが、近くに引っ越してきたものだから、孫可愛さに我を忘れたな。

 今回は見逃すけど、次はないからね。

 私だって、父に叱られるのは遠慮したい。

 ショボくれる母を慰める双子ちゃんに、ママも癒されたいな。



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