その54
昼寝から仲良く起きた臣さんとなぎともえは、これまた仲良く水分補給。
三人笑顔で、麦茶を飲んでいる。
和威さんは臣さんの膝上の我が子に、苦笑気味でスマホのカメラを向けている。
「何を撮っている」
「んー。兄貴達や親父が、臣兄貴を心配しているから、安否情報を送っている」
「あ? 兄貴や親父にまで、知れ渡っているのかよ」
「起きたら親父に連絡しろと、康兄貴から伝言」
「うげっ。親父の説教かよ」
「「おーくん。めっ、しゃれりゅにょ?」」
「どうやら、そうみたいだな」
げんなりと、表情を曇らせる臣さん。
幾つになっても、親のお説教は嫌だよね。
特に、親側にしたら、子供はいつまでたっても子供。
当たり前だけど、心配させてしまったのは、仕方がない。
臣さんはごめんと双子ちゃんに謝り、膝から降ろして仕事用のビジネスバッグから、二台目のスマホを取り出した。
ああ。
ビジネス用と、プライベート用に分けているのか。
相変わらず、ビジネス用のスマホはガン無視。
虚しく、着信のたびに震えていた。
兄からの伝言は、後回しにするか。
一応、メモ書きにしてあるけど、お義父さんが先だよね。
「あー。隆臣です」
しおらしく平身低頭な臣さんは、お義父さんが出るなり見えてないのに頭を下げていた。
和威さんによると、専ら篠宮兄弟を叱るのはお義母さんの役目だった。
お義父さんは穏やかに見守る派で、滅多にお怒りになる人ではなかった。
だけど、殊にお怒りになる時は、理論的に注意がされて、長くお説教が続けられる。
なぎともえが池ポチャしたときも、正座で延々といけないことを教えていた。
篠宮兄弟にとっても、お義父さんのお叱りは避けて通りたい塩梅だ。
「ママぁ。おーくん、めんしゃいね」
「おーくん。ぢゃめぢゃめ、しちぇにゃいよ」
なぎともえは、何故に臣さんが怒られているのか、分からない。
媛神様が飛行機に乗ったら駄目だと、教えてくれて乗らなかった。
飛行機は落ちたけど、臣さんは巻き込まれていない。
良かったね。
という、心境だろう。
「おーくんが海にどぼんした飛行機に乗らなくて、お怪我しなくて良かった。だけどね、お山のじぃじとばぁばは、おーくんが乗ってたかもしれない、お怪我したかもしれない、って心配したの。ママだって、なぎ君ともえちゃんが、飛行機に乗ってたらと思うと、お怪我していなくても、泣きたくなっちゃうのよ」
なるべく分かり易い様に教えてみた。
なぎともえは、真剣な眼差しで私を見ている。
なぎの眉間には皺がより、もえの瞳は潤んできた。
幼いなりに、理解したのだろう。
マグマグを置いて、抱き付いてきた。
「ママ。えーん、ぢゃめよ」
「なぁくん。ひきょうき、にょりゃにゃい」
「もぅたんも、あしょぶぢゃけに、しゅりゅ」
いじらしく、私の服を掴み、訴える。
うん。
幼いうちは、自動車や電車で移動しようね。
最近は、飛行機の整備不良による事故も多いしね。
成長して社会人になったら、臣さんみたいに海外を飛び回るかもだけど。
そうなったら、ママは毎日とりさんの鳳凰様や、りゅうさんの宝珠に願掛けするから。
和威さんもいつ海外出張するかもしれないし、出来るだけの安全祈願はしよう。
「なぎ、もえ。おいで、じぃじだよ」
「「うにゅ?」」
臣さんが、なぎともえを呼ぶ。
お説教は終わりかな。
今日は短く済んだようである。
「「じぃじ?」」
『なぎ君、もえちゃん。元気だったかな。じぃじだよ』
「じぃじ! げんきよう」
「あい。げんきでしゅ」
スピーカに切り替えて、お義父さんの声が聞こえてきた。
『ばぁばも、いますよ』
「「ばぁば!」」
なぎともえは、じぃじとばぁばの声に、大興奮している。
他愛ないやりとりで、スマホから離れない。
臣さん。
もしや、双子ちゃんをだしにして、お説教逃れましたか。
見やると、片手が顔の前に立てられいる。
まあ、久し振りの会話だから許そうか。
ここの処、タイミングが合わなくて、スカイプでもお喋りしていなかったからね。
『なぎ君は、ディ○ニーのキャラクターは何が好きだったかな』
「うにゅ? くましゃんぢゃよ」
『○ーさんかね』
「ちあうよ」
「親父、多分DU○○Yだ。ちなみに、もえはウサギな」
『あら、そう。分かったわ。もえちゃんには、ウサギさんね。楽しみに待っててね』
「はあ? ちょい待て……。切りやがった」
臣さんが慌てている。
熊と兎で、変な予感がしてならない。
まさか、ディ○ニーに遊びに上京しておられたりして。
思わず、和威さんと顔を見合わせた。
「康兄貴に聞いてみる」
「お願いします」
和威さんが、お義兄さんに確認をとった。
すると、上海のディ○ニーに旅行中であるとのこと。
「俺のスマホ、海外仕様だったから、繋がったのか。どおりで、ノイズが走ると思った」
お義父さんとお義母さんは、先週から世界各地のディ○ニーランドを巡る旅にお出掛けしているようだ。
お義父さんがお義母さんの誕生日に、サプライズ旅行を計画したとのこと。
仲良くて何よりですなぁ。
我が家は、なぎともえが幼児な為に、そういったテーマパークには連れ出していない。
和歌山には有名なランドがあったのだけど、双子ちゃんがもう少し大きくなったら、出掛けようと決めていた。
この間の動物園が、テーマパークデビューだったのである。
水族館にも行きたがっているから、予定を組んでみたいのだけど。
ストーカー擬きもいるし、二の足を踏んでいた。
お祖父様に相談したら、貸切状態にしてもらえるかな。
迷子対策にもなるし、ゆったりと見て回れる。
でも、和威さんが何か苦言を呈しそうかな。
なぎともえの安全のためなら、財力を費やすのも厭わない覚悟である。
悠斗さん方の巧君と司君も招待して、楽しんで貰えたらいいなぁ。
「なぎ、もえ。ありがとな。じぃじに怒られなくて済んだ。何か欲しいものあるか?」
「兄貴、高い物は駄目だぞ」
「黙っておけ。甥っ子、姪っ子に買ってあげる、俺の楽しみを奪うな」
臣さんは、甥っ子姪っ子に買ってあげるのが、ライフワークになっている。
使わないとお金が貯まる一方なんだ。
と、自分よりお子様達を優先する。
こう言ったことは、朝霧の従兄弟達も共通している。
何かあると、すぐに玩具やら、衣服やらが送られてくる。
恵梨奈ちゃんや拓磨君も、クリスマスでもないのに、玩具が送られてきて、胡桃ちゃんが従兄弟を説教する羽目になる。
神妙に聞き入れてくれたかと思うと、鳥頭かと疑いたくなるほど困ったことに、クリスマス本番に何箱もあるプレゼントが届くのだ。
最新のゲーム機だったり、付随するソフトであったり、彼女に貢げよと言いたくなる。
逃げられたら、どうするの。
まあ、破局の声は聞かないから、いいのだけど。
臣さんは、家族がいない独り者。
亡くされた家族がわりに、子供達を可愛がっている節がある。
一線は越えない距離で甘やかすから、私も咎め立てはしない。
「ほしいもにょ?」
「うんちょね。もぅたん、こえ、ちゃべちゃい」
「なぁくんは、こっち」
「どれどれ。ん? なぎともえは、物欲より、食い気が勝るか」
なぎともえは、今日のチラシチェックで気にしていたお菓子を指差していた。
近所では有名なケーキ屋さんの、限定スイーツを見ては涎を垂らしていた。
「おし。おーくんが、ちょっくら行って買ってくるな」
「「おねぎゃぁ、しましゅ」」
スイーツが食べれると、喜色満面でお辞儀をするなぎともえ。
君達、お昼にプリン・アラ・モードを食べたでしょうに。
三時のおやつも、甘い物にしたら、虫歯になっちゃうよ。
ここは、めっかな。
「兄貴。周辺の地理には詳しくないだろう。峰に行かせるが」
「いや、俺が行く。和、道案内頼んだ」
「だと、思った」
何やら、兄弟でお出掛けする様子だ。
峰君は、いちのお散歩からまだ戻っていなあ。
今日は、長目だね。
小雨とはいえ、ワンコ用のレインコートを着て、お散歩に出掛けていたが、何かあったのだろうか。
心配だね。
「ああ、琴子。峰は帰り道で盛大に泥水を被らされて、いちを洗っている最中だ。何かあったら、朝霧邸の警備に頼ってくれ」
「あっ、はい。分かりました」
連れだって出ていく間際に、峰君といちの帰宅を知らされた。
そっか、帰宅しているなら安心した。
大型犬だから、一人だと大変だ。
家人の彩月さんと、峰君は使用人棟にて起居している。
防犯設備が充実する以前は、朝霧邸にも番犬はいた。
なので、いちを洗う設備は整ってはいる。
確か、トリマーの資格保有者がいるから、手伝って貰えるだろう。
「ママ、わんわは、おふりょ?」
「そうだって、綺麗になるの待ってていようね」
「あい」
よいお返事だ。
パパと臣さんが出かけてしまい、なぎともえは少し残念。
臣さんの家人は、妄挙に出た日にすぐに篠宮本家に送り返された。
女性家人は臣さんの妻の座を狙い、男性家人は止めようとはしなかった。
二人ともに、当主の康司お義兄さんに断罪されて、女性家人は九州方面の分家の分家に後妻に貰われ、男性家人は北海道方面の知人のお寺に出家させられた。
当初は、怨みごと満載な手紙が届き、何ひとつ反省の弁がなかった。
逃げ出して、生家にもどってきたりした。
すると、大怪我を負い、人の手を借りなければ、日常生活を送れない姿になった。
女性家人は婚家に隔離され、男性家人は実の両親に縁を切られて施設行き。
臣さんを怨む暇なく、最低限の生活をされている。
康治お義兄さん、半端なし。
すすんで、怒られたくはない。
「もぅたん。あしょぼ」
「あい。あしょびましょ」
玩具箱から、おままごとセットを取り出して並べる。
今日は、おままごとの気分なんだね。
双子ちゃんから、どんな言葉がでてくるか不安だ。
私の口癖だったり、和威さんの真似だったり、多岐に渡る言動に一喜一憂してしまう。
子供は、親の言動をよく見ている。
何気ない会話にも、聞き覚えた単語を意味がわからずに、使っている。
臣さんが見ていたら、きっと爆笑ものだと思う。
さあ、どうなるか、ママは見守るしかない。
お願いだから、まともなおままごとでありますように。
祈ってみた。
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