その51
「あら、臣さん。いらっしゃい」
「兄貴?」
「「おーくんだぁ」」
母屋での昼食中、フランスに出張するはずだった臣さんが朝霧邸に来た。
勿論、一人ではなく、楓伯父さんと一緒にだ。
珍しい組み合わせだなぁと思ったら、臣さんが勢いよく頭を下げた。
「ご無沙汰致しております。篠宮の四男、隆臣と申します。朝霧翁におかれましては、ご助力感謝致します。そして、ご迷惑おかけすることにつきまして、お詫び申し上げます」
「いやいや。隆臣君は琴子の義兄。朝霧の身内だ。それになぁ、雪江の我が儘は、今に始まったことでないしな」
んん?
私には分からない会話が続く。
飛行機に乗らなかったのは、なぎともえの言葉に従ったのではないのかな。
和威さんは、臣さんに事情は全て話している。
双子ちゃんの口を借りて、媛神様の託宣だと伝えた。
臣さんは篠宮の男だけあり、何とか断ると宣言した。
お仕事に響かないか心配したけど、命あっての物種である。
なぎともえも、黒いのいなくなったと喜んでいた。
「そう、お母さんの予言は政治家クラスにまで、知れ渡っているからね。今頃は、彼女は事情聴取されているのではないかな」
楓伯父さんは、一見笑っているようで笑っていない表情をしていた。
一体、空港でなにがあったんだろう。
お祖母様の予言は、水無瀬の巫女としての能力になる。
と言っても、たいそれた物ではなく、失せ物探しであったり、今日のなぎともえのように悪い出来事を避ける予言だったりする。
母と私には受け継がない能力だ。
「いやぁ。久方振りのお母さんの予言は、和威君似の男性が誘惑されているから、助けなさいだったよ。此方は、機内にいたからどうするか、悩んだよ」
「兄貴。事情がさっぱり分からん」
「うん。俺も、女史と口論してたら、いつの間にか、朝霧社長の車に同乗していた」
重い溜め息を吐き出した臣さんは、肩を竦めた。
喜代さんが、席を薦めた。
向い側に、楓伯父さんと並んで座られた。
「お昼は済まされたかね?」
「いえ、まだです」
「喜代」
「畏まりました」
喜代さんが、給仕の合間に席を離れた。
厨房に二人分の食事をとりにいったのだろう。
お祖父様が薦めたからは、前以て準備が為されていたはずだ。
お祖母様の予言は半端ない。
週があけたら、朝霧邸に戻ってくる。
お礼を言わないとね。
なぎともえに、折り紙で花を作らせよう。
「かーくん。おーくん。ぐあたん、おいちいよ」
「あい。あちあち、ぢゃけぢょ、おいちいよ」
なぎともえが、スプーンを握った右手をあげる。
君達さっきまであーんして、と甘えていたのに。
ご機嫌だね。
「ご飯が美味しいのは、何よりだ」
「「あい。おいちい」」
なぎともえはにぱっと笑う。
臣さんの表情も、柔かなものに変わった。
双子ちゃんの可愛らしさに、ほっこりしてくださいな。
「兄貴。事情を教えてくれ」
「ああ、そうだね。和威君と琴子には、何が何だか分からないだろうね」
「では、失礼して自分から話します」
上座のお祖父様に会釈して、臣さんが語り始めた。
所謂、フランスにて個人美術館を新たに建設するコンペに出席する予定だったようである。
当初は、事務所の先輩が応募していた案件が、何故か臣さんに回ってきた。
先輩が臣さんの設計図を流用していたらしく、すったもんだがあり、二人でコンペに出席しろと社長からお達しがあった。
その時、臣さんは沖縄で顧客と打ち合わせ中。
行ける訳がない。
だのに、社長がわざわざ沖縄までやって来て、顧客に頭を下げた。
沖縄の案件より、フランスの案件の方が実入りはよい。
追いたてる様に、東京に戻った。
慌てて準備をする臣さん。
嫌な予感がしたと言う。
その予感が当たり、先輩のパスポートが期限ぎれになっていた。
結局、フランスに行くのは臣さんだけになった。
しかも、フランスから自家用機に乗って、苦手な富豪の女史が迎えに来た。
そこで、個人美術館の建設に女史が、関わっているのを知った。
女史は、以前から臣さんに秋波を送ってきている。
嵌められた。
臣さんは、そう理解した。
事務所も、臣さんを人身御供にした。
怒りが湧いてきたところに、和威さんからメールがきた。
あまりのなぎともえの可愛らしさに、仕事と割り切る算段をつけている自分を慰めていた。
兄弟と他愛ないやり取りをしていたら、和威さんから媛神様の託宣だと電話がくる。
双子、ナイスタイミング。
これ、幸いに親が倒れたことにして、難を逃れようとした。
だけど、相手も逃がしはしなかった。
個人美術館の建設は、ビッグビジネス。
フランス政府や日本政府も、建設を後押ししている。
女史の背後には、何処かで見た政治家がいた。
コンペを利用して、臣さんを手に入れるつもりでいたらしい。
人身御供は、事務所だけではなかった。
政治家に諭される臣さんの様子に、勝ち誇った女史。
万事休すのところに、
『君達、朝霧の身内に何をしているのかな? 和威君は、私の姪の旦那さんだが?』
楓伯父さんが登場だ。
うん。
兄弟だけあって、和威さんと臣さんは似通った容姿に、背格好をしている。
背中だけだど、なぎともえも三回に一回はパパと見間違う。
だけど、伯父さんは狙ってやった。
『違います。和威は弟です』
『ああ。それは、済まない。後ろ姿をみたら、和威君だと思ったよ。琴子と和威君の結婚式以来かな。伯父の朝霧楓です』
『あっ。ご無沙汰致しております。篠宮の四男隆臣です』
『うん。ご無沙汰だね。ところで、耳目があるなかで、何を口論していたのかな? 警備員もやって来ているよ』
英語で交わされる会話に、女史と政治家の顔がひきつった。
何故なら、伯父は厳しい顔付きをしていた。
そして、フランスの案件に多大なる関わりがある人物だったから。
女史の父親と、お祖父様は友人。
個人美術館には、秘蔵の朝霧コレクションを貸与される手筈だった。
手短に、説明をする臣さん。
益々、伯父の様子は冷気が漂い始めた。
『どういうことかな。コンペに応募した中に、隆臣君の名前はなかったはずだ』
『それが、タカナシのデザインは、タカオミのデザインを模したものでした。我々としましても、一次通過したデザインを捨てるには惜しかったのですわ』
『……それは、初めて聞いたな。だけど、その行為は君の独りよがりだね』
『違いますわ。れっきとした……』
『なら、何故に私には報告がなかったのかね』
『ご報告する義務はありましたかしら』
開き直りをした女史は、声高に唱えた。
如何に、臣さんのデザインが優秀であったかを。
もう、それはデザインがコンペを通じての採用ではなくなっていた。
女史の我が儘で、事が終わりそうな気配を醸し出していた。
臣さんは激怒した。
『自分は辞退させて頂きます。元々、自分が応募した案件ではありません』
『そうだね。その方が良さそうだ』
『どうしてですか。タカオミの事務所は了承したわ。今更、取り消しは効かないわ』
喚き散らす女史は、後ろ暗いことをしていた。
政治家と臣さんの事務所に、お金を渡して都合よくことを運ぼうとしていたのが発覚した。
伯父さんも激怒。
事務所と政治家が結託して、臣さんを差し出した。
理解した伯父さんは、嗤って論破した。
朝霧コレクションを貸与する契約は破棄する。
義母雪江が、渋る理由が分かった。
託すには資格無し。
契約は締結してはいないが、違約金は支払う。
そして、人身御供とした臣さんの身柄は保護する。
事務所も政治家も、伯父さんの怒りを買った。
身の安全が図れない。
あれよという間に、臣さんを引っ張って車に乗せた。
それで、朝霧邸に来た訳である。
「兄貴。そこは、緒方の叔父を頼ったら良かったんじゃないか」
「俺もそう思ったけどな。気が付いたら朝霧社長は事務所の社長にも、一報入れて説教していた」
「美人局ではないけど、腹がたってね。事務所には、小柴を向かわせたよ」
小柴さんは、弁護士である。
伯父さんの本気度をみた。
きっと、円満退職させて、優良な設計事務所を紹介する気だ。
「それで、お父さん。朝霧コレクションは海外には出せなくなりましたが、あちらの説得はお願いいたします」
「うむ。任せておきなさい。古い約束を持ち出して、コレクションを欲しがるあれには、儂も腹がたったが。雪江の言う通りにしたら、反故になった」
「病のお母さんの、予言に頼るのは何ですが。私も、安堵しました。朝霧コレクションの大半は、お母さんの所有です。今後、受け継ぐべき奏子や奏太に琴子の了承がない限りは、何処にも貸与はしません」
あー。
そうだった。
美術品をどうしようか。
篠宮家に送って、倉にでも仕舞って貰おうかな。
鳳凰と竜珠は、なぎともえが外に出して飾ってと言うので、寝室にしてある和室に飾ってある。
毎朝、なぎともえがお喋りをして、磨いているのだ。
もう、慣れました。
「うにゅ?」
「おーくんを、いじめちゃ、ひちょ、おちちゃっちゃ」
「落ちた?」
「「あい。ひきょうき、うみに、どぼん」」
「喜代。テレビを点けよ」
「はい」
食堂のテレビが点けられた。
丁度、緊急速報が流れていた。
自家用機が滑走路を飛び立ったすぐに、海に落ちたとアナウンサーが話している最中だった。
タイミングよすぎだ。
和威さんと顔を見合わせた。
なぎ君。
もえちゃん。
君達、前世持ちだけでなく、お祖母様の予言も受け継いじゃったね。
ママ、どうしようか。
いや。
可愛い我が子には、違いがないのだけど。
不思議ちゃんに、磨きがかかってきたね。
「なぎ君。もえちゃん。どうして、飛行機がどぼんしたのが分かったのかな」
「んちょね。ないちょぢゃけど、ママにおしえちぇ、あげう」
「パパにも教えて欲しいな」
「あい。パパにもね」
食堂には、他にも人がいるのだけどな。
なぎともえが、私と和威さんの耳にすり寄ってきた。
「「あにょね。ひめかみしゃまが、おしえちぇ、くえりゅにょ。しにょみやに、わりゅいひちょわ、いりゃにゃいにょ。ぢゃきゃりゃ、ちゃしゅけちぇ、くえりゅにょ」」
静かな食堂に、なぎともえの声は響く。
臣さんを見ると、頷いていた。
「「しょえきゃりゃ、ぎゃおちょ、があしゅぎゃ、みしぇちぇくえちゃ」」
「龍神様のお守りね」
「「あい」」
スプーンを置いて、胸元に着けたお守りを触る。
篠宮の媛神様と、水無瀬の龍神様の加護かぁ。
何とも表現しずらい感慨が沸く。
この子達には、言い含めないといけない事柄が増えてしまった。
邪な輩からは、護らないとならないね。
ママ、頑張るぞ。
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