その49
うん。
なぎともえが門の脇で待っていなくて、安心していたのだけど。
双子ちゃんは、一枚上手だった。
「「ママぁ~。おきゃあり、にゃしゃい~」」
離れの玄関を開けるなり、泣き顔で出迎えられてしまった。
何故か、和威さんも床に座り込み、手を伸ばす双子ちゃんを抱えている。
「ただいま、和威さん。なぎ君にもえちゃん」
「こら、慌てるな。段差があるだろう」
「「あい。パパ、めんしゃい」」
うん。
マンションと違って、離れは三和土に段差があるからね。
和威さんは、落ちない様に抱えていたのだろう。
パパに注意を受けたなぎともえは、素直に頭を下げて謝る。
んで、私を見た。
「「ママぁ~」」
「はい。泣かないの。ママは、帰ってきたのよ。安心して」
「「ぎゅう、しちぇ~」」
そう言えば、もえちゃんからリクエストされていたなぁ。
靴を脱いで、三和土に上がる。
すぐにしゃがむと、和威さんの腕から解き放たれた双子ちゃんがしがみついてきた。
「はい。ぎゅう~」
「「ママぁ~」」
両手を広げて受け止めたら、苦しくない力加減で抱き締める。
不安定な場所で転ばない様に、和威さんの腕が添えられた。
彩月さんも、背後で待機してくれているのが分かった。
「どうしたの。ママは帰ってきたでしょ。何で、泣いちゃうのかな」
なぎともえは、本格的に泣き出している。
パパと一緒のお留守番で、悲しいことはなかったはずだけど、何かあったかな。
玄関で待っていたし。
「いつから、ここで待っていたの」
和威さんに聴いてみた。
「あー。電話が終わって十分過ぎた頃かな。ママは、まだ。を、繰り返して、待ちきれなくなって泣き出してな。仕方ないから、ここで待っていることになった」
「それって、かなり待っていたじゃない」
「だな。退屈しないように、絵本を読んだりしたが、ここから離れなくて困った」
見ると、脇に絵本の山がある。
電話を終えてからなら、一時間はここにいたことになる。
リビングで待っていればいいのに。
何がそうさせるのか。
問い質してみたいな。
「なぎ君にもえちゃん。ママにお顔見せて頂戴」
「「あい」」
「どうして、玄関で待っていたのかな。教えて欲しいなぁ」
用意周到に準備されていたタオルで、顔を拭く。
嫌がらずに、拭かせてくれた。
少し、私から離れたなぎともえは、互いの顔を見合わせて頷きあっている。
これは、二人して何を話すか考えているな。
「ママにょ、おでんわ、おわっちぇきゃりゃ、さびしきゅ、にゃっちゃにょ」
「ママにょ、おきょえ、きいちゃりゃ、あいちゃきゅ、にゃっちゃにょ」
涙が盛り上がる目を一途に向けて、話してくれた。
そうか。
電話がまずかったか。
お山の時には、お義母さんがお話しすると泣き出すから、と電話には出さないでくれたのよね。
先達の知恵は凄いな。
「そっか。淋しくなっちゃったか」
「あい。パパちょ、いっちょにょ、おりゅしゅばん。ちゃにょしきゃっちゃけど」
「ママぎゃ、いにゃいきゃりゃ、しゃみしきゃっちゃ」
「ママと過ごすのが当たり前になっているからな。普段と違う環境に、戸惑ったのだろうな。電話がくるまでは、お利口さんで留守番していたぞ」
和威さんに撫でられて、誉められても双子ちゃんの涙はひかない。
また、抱きつかれた。
甘えたさんになっているな。
可愛いけど、そろそろ移動しようか。
微妙に冷えている気がする。
風邪をひかないか、ママは心配だよ。
「なぎ君、もえちゃん。リビングに行こうか。ここは、冷えるから寒くない?」
「いち、あっちゃきゃきゃっちゃ」
「みーくん。あっちゃきゃい、おちゃきゅえちゃ」
「そうなんだ。峰君にありがとうしたかな」
「「しちゃ」」
「うん。お利口さん」
立ちあがり、手を繋ぐと、笑顔がでてきた。
湯タンポがわりになっていたいちも、なぎともえが心配なのか周囲を回っている。
「うにゅ」
「わんわ、なあに」
涙を拭いたいのか、いちが代わる代わる顔を舐め始めた。
「いちが、もう泣かないでって言っているのよ」
わふ。
「わんわ、ありあと。もぅたん、えーんしにゃいよ」
「なぁくんも、しにゃい」
涎まみれになった顔を、自分からタオルで拭いたら、いちに抱き付いた。
仲良く廊下を歩いていく。
泣かなくなったのは助かったけども、ママの役目をわんこにとられちゃった。
ちょっとジェラシー感じちゃうな。
「最初は泣きじゃくったりするから、大変だと思ったが、お利口にお留守番していたぞ」
「うん。ありがとうございます。出掛け間際のなぎともえを見ていたから、心が痛んだわ。パパとのお留守番が嫌なのかな、と心配しました」
「あれな。勘違いだったらしい。俺も仕事に行くと思っていたようだ」
「あら。そうなんだ。だから、あんな悲愴感丸出しで泣いてたのね」
「俺も、説明不足があったと反省した」
「そうよね。丁寧に話せば、理解してくれるのにね。私も反省だわ」
慌ただしくしていたから、すこんと抜けていた。
焦らずに話せば、賢いなぎ君は理解して、もえちゃんの面倒を見てくれるのに。
大反省である。
小さな後姿を追いながら、ママはダメダメだったと熟考する。
「「ママぁ~。パパぁ~」」
「はいよ。今行く」
「はあい」
振り返ってパパママがいないのを、気付いたなぎともえの声が震えている。
早くいかないと、泣いちゃうかな。
和威さんと顔を見合わせて笑う。
背中に腕を回されて、リビングに移動した。
病人ではないんだけどな。
「もう。ママいにゃいにょ、やあよ」
「しょうよ。パパも、いにゃいにょ、だあめ」
「ごめんね。なぎ君、もえちゃん」
可愛いほっぺが膨らんでいた。
座ってと、ソファを叩いて促す。
要望通りに座ると、もえちゃんが膝に乗った。
和威さんの膝にはなぎ君が、這い上がる。
首に手が回されて抱きついてきた。
甘えたい気分かな。
「あにょにぇ。もぅたん、パパ、おちぎょちょ、いっちゃうちょ、おもっちゃにょ」
「なぁくんも、パパもママも、いにゃいちょ、おもっちゃにょ」
「そっか。ママ、パパと一緒にお留守番してねって言ったけど、聴いてなかったか。それで、あんなに泣きじゃくったのね」
「「あい」」
「ママ、大好きなパパと一緒のお留守番が、嫌なのかと心配したのよ」
「パパちょ、いっちょ、いやにゃい」
首もとで頭を振られると、くすぐったいな。
でも、我慢だ。
茶化すのは駄目だよね。
なぎともえは、真剣だ。
「今日は、パパと何して遊んだの? ママに教えて頂戴」
悲しい話題より、楽しい話題に代えよう。
涙は引っ込んで貰おうね。
「パパちょ、えほんよんじゃ」
「おう。沢山読まされたぞ。家にある絵本の、大半は読んだな」
「あら。なぎ君は絵本をパパに読んで貰うの、大好きなのよね」
「あい。だあいしゅき」
和威さんの膝の上で、両手を頭上でまあるく作るなぎ。
そして、左右に揺れる。
テレビの子供向け番組でやっていた、大好きを表す運動である。
事情を知らない和威さんは、分からないままなぎの仕草に悶絶していた。
スマホで写メならぬ、動画を撮っていた。
「可愛いな。何の仕草だ?」
「だいしゅき、いっちょに、あしょびましょ。にゃんぢゃよ」
「ふーん。もえはやらないのか」
「もぅたん、ママに、ぎゅう、にゃにょ」
もえちゃんは少しママの不在に不安を感じていたのか、私から離れたがらない。
安心させる為に、後頭部や背中を撫でているのだけど、引っ付き虫と化している。
「もえちゃん。ママは、もうただいましたから、何処にもいかないよ。もえちゃんの側にいるよ」
「あい」
一応はお返事してくれたけど、服を握る手は緩まない。
なぎ君も、もえちゃんの様子に気が付いた。
和威さんと一緒に背中を撫でている。
「もぅたん。あんちんよ。ママちょ、パパは、もぅたんちょ、いっちょよ」
「なぁくんも、いっちょ?」
「あい。なぁくんも、いっちょ」
うーん。
もえちゃんが、ここまで不安がるのは何だろう。
また、悪夢でも見ていたのかな。
一緒に拘るのは、一人孤独に苛まれた人生を送っていた証だ。
側に、一緒にがでてきたら、出来るだけ抱っこをして、安心させるしかない。
「ママ。もう、おんもには、いきゃにゃい?」
「行かないわよ。だから、安心して甘えてね」
「あい。ママ、だいしゅき。おりゅしゅばんは、にゃいにゃいね」
「そう。ないないよ」
「今日はパパとお留守番して、ご機嫌で笑っていたのになあ。やっぱり、ママが一番か」
和威さんが拗ねている。
それは、そうでしょう。
双子ちゃんとは、四六時中側にいるのは、ママの特権だ。
育児に協力的な和威さんだけど、お仕事がネックになっている。
パパがお仕事部屋に籠ると、途端に静かにしている良い子供たちである。
絵本を読んだり、お庭を散歩したり、邪魔しない様にいじらしくしていた。
パパに嫌われないのを、見計らっているのだ。
「パパ、めんしゃい。もぅたん、ママにぎゅう、しちぇもりゃいちゃい」
「ああ。泣くな。パパ、怒ってる訳じゃないからな。パパにも、ママみたいに甘えて欲しいなって、言いたいだけだからな」
「? もぅたん、パパにいっぱい、あまえちゃよ」
「あい。なぁくんも、パパちょ、いっぱい、あしょんぢゃよ」
情緒不安定なもえは、泣き出しやすい。
もえちゃんにとって、ママは家にいるもの。
お外には一緒に行く。
図式があるのだろうな。
それが、崩されると暗い記憶を思い出してしまうのかも。
気をつけないと、いけないな。
楽しい記憶に塗り替える努力をしないと、いつまで経っても記憶に引きずられてしまう。
「きよしゃんにょ、けーき、ちゃべちぇ、いいよしちゃ」
「あい。おいちきゃっちゃ」
おっ。
笑顔が出てきたぞ。
流石は、食い気満載なもえちゃんだ。
美味しい食べ物には、目がない。
「喜代さんのシフォンケーキは、ママも奏太伯父さんも大好きなのよ」
「ママも?」
「おにゃじ、いっちょだ」
いっちょ、いっちょ。
なぎ君と手を繋いではしゃぎだした。
うん。
元気が出てきたぞ。
顔色も赤味がさしてきた。
暫くしたら、降りてお遊戯が始まるかな。
パパに見せたら、動画撮りまくりだね。
ママの可愛い双子ちゃんは、明るく元気なのが一番だよ。
嫌いなお留守番させてしまった分、精一杯甘えさせてあげよう。
沢山、今日の楽しいお話しをしてね。




