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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その48

 ああ、失敗した。

 心が痛い。

 病院からの、帰り道。

 車のシートにもたれ、大反省中である。

 出掛ける間際の、和威さんに抱っこされて泣き喚いていた双子ちゃんの姿に、私まで泣きたくなった。

 必死に手を伸ばして求めてくる。

 好きで置いていった訳ではないのだけど、心が痛い。

 大好きなパパがいるから、泣かないと思ったのになぁ。

 和威さんに悪いことをしてしまった。

 急遽休みを取ってくれたのに、私にべったりとしがみついて離さなくなったなぎともえを、力業で引き離して悪者になってくれた。

 なぎ君なんて、パパを叩いて嫌がっていたし。

 帰ったら謝らないと。

 ああ、今頃は何をしているだろう。

 機嫌は治っただろうか。

 まだ、泣いているのかな。

 いや、さすがに数時間は経つからパパと遊んでいるよね。

 あるいは、ふて寝しているかも。

 考えるのは双子ちゃんのことばかり。

 インフルエンザが流行していなかったら、病院に連れて行けたのだけど。

 主治医の先生から直々に、おちびちゃんは連れて来ない方がと言われてしまった。

 主治医の先生が勤める病院は、なぎともえが産まれた病院でもある。

 怪我の後遺症も相まって、悪阻に苦しんだ時期があり、産婦人科に入院した時にはチームが組まれていた。

 朝霧のお祖父様が、院長先生に無茶を言った結果だった。

 本当は、和威さんの実家近くで出産するつもりでいた。

 お義母さんも、そのつもりで色々準備をしてくださっていた。

 ところが、お腹の赤子は双子だと判明するやいな、東京の母を頼りにしないといけなくなる事態に陥った。

 篠宮に双子はいらない。

 煩い縁戚が、堕胎を薦めて来たのだ。

 お義母さんとお義父さんが、安全の為に朝霧家に頭を下げて、嫁の私は東京に移送された。

 ドクターヘリコプターに乗って。

 どこぞの重病人かと、思わず突っこみを入れたくなった。

 出迎えた母に愚痴を言ったら、お祖父様は自衛隊の派遣も視野にあったらしく、兄と父に止められたそうな。

 兄と父。

 グッジョブ。

 自衛隊って、災害救助じゃないんだから。

 財界人の伝の恐ろしさを、身を持って知った。

 地元に栄転した和威さんとは、遠距離生活になってしまった。

 毎週末には、東京に上京してくれていたが、仕事はどうなっていたことやら。

 難しい話はしてくれなかったけど、短期的な出張扱いになっていたらしい。

 上司に緒方家の後楯を知られた、と言っていた。

 んで、嫁が朝霧家の孫。

 扱いに困る新入社員だったようだ。

 腫物物件に在宅ワークを薦められたのは、肉食系女性社員の被害に合わない隔離だと聴いた。

 まあ、自社の優良物件を落とす気満々な肉食系女性社員は、一夜のアバンチュールを求めて突撃してきたらしく。

 著しい誘いに和威さんは、切れた。

 嫁の妊娠中に浮気は有り得ない。

 厚化粧と不快な香水の匂いに、直接的に言語で撃退したと報告してくれた。

 清々しい笑顔で、悪阻に苦しむ私を悩ませてくれた。

 先日会った部長さんとは違う部長さんが、わざわざ病院まで来て、和威さんの怒りを鎮める為にはどうすればいいか、相談に訪れていた。

 どうも、朝霧家も報復しないか探りに来たらしい。

 動けない私に変わり、母が見舞いに来ていたので、私の預かり知らない場所で話し合ったようである。

 どうも、社長令嬢が和威さんを見初めたとのこと。

 完全看護の病院に乗り込んで来ていたらしい。

目的は妊婦の私で、離婚しろと喚いていた。

 私は看護師さんの鉄壁のガードに守られていて無事。

 ナースステーションで、騒いで出入り禁止になった。

 産婦人科には、私だけでなく入院中の妊婦さんが多々いる。

 精神安定の為に、看護師さんの一丸となっての手厚い気遣いに頭が下がっていた。

 二度ほど襲来してきた社長令嬢は、朝霧のお祖父様の知ることになり、勘気に触れてどこぞの家に嫁がされた。

 合掌。

 和威さんの会社にも朝霧家のお声掛りで、上層部が一新された。

 社長令嬢は問題を起こしては結婚、離婚を繰り返していた。

 娘一人も監督出来ない社長に、未来ある若者を託せるか。

 私だったら、なぎともえを託したくはない。

 緒方家も、会社再建に立ち合い、傘下に組み込んだ。

 子会社になった和威さんの会社には、恩恵が沢山沸いてでた。

 優秀な人材が集り、上場して名が売れ出した。

 起爆剤となった和威さんは、問題を起こした責任を被りお山に隠棲。

 詳しい事情は知らないのだけど、何でも和威さんが学生時代に開発したプログラムが特許申請されていた。

 ある研究にはそのプログラムがかかせない。

 会社にとっては、和威さんを手放せない。

 だが、第2第3の令嬢が押し掛けてくるやもしれない。

 退職されたら、困る。

 ならば、在宅勤務に替えよう。

 新たな上層部が判断した提案に、和威さんは意気揚々と乗った。

 安堵した上層部の方々だけど、ひとつ忘れている。

 和威さんは子供が産まれたら、地元に引きこもる気でいることを。

 東京で出産するが、帰省するのは前々から決まっていた。

 御愁傷様である。

 出産後は、朝霧家、緒方家、篠宮家が合流して、あれよと言う間にお山に帰宅。

 お宮参りを済ますまで、母と父に兄はお山にいた。

 和威さんの能力を当てにしていた上層部が気付いた頃には、地元に出来た支社勤務になっていた。

 社長を通り越して会長の鶴の一声だった。

 振り返ってみると、波瀾な人生を送っているな。

 まあ、朝霧の血筋を引いている以上は、何かしら騒動に巻き込まれるのは必定かな。

 溜め息が溢れた。


「琴子様? 体調は如何ですか?」


 隣に座る彩月さんに心配された。

 腕をとられ、脈を計られる。

 最近は、火傷跡が痛んでしょうがない。

 お山の温泉に浸かっていないからか、軋んでいるみたいに動かし辛い。

 東京の水が不味く感じていた。

 なぎともえも、水道の水を嫌う。

 なので、水は天然水を購入している。

 だけど、お義母さん自慢のお山の湧水が恋しい。

 彩月さんに白状すると、手配してくれるかな。


「琴子様?」

「あのね、彩月さん。お山から、水の手配を頼めるかな」

「水でございますか」

「そう、お義母さん自慢のお山の湧水。東京に戻ってから水があわないみたいで、無性に飲みたくなるの。なぎともえも、水道や天然水は駄目みたいなの」

「畏まりました。至急手配を致します。後、必要な品はございますか」

「うーん。特にないかな」


 水のことしか、頭にはないな。

 もえちゃん愛飲のフルーツ牛乳の件は大事に出来ないし、お義母さんがお漬け物は送ってくださるから問題はない。

 和威さんの好物は欠かさず入っている。

 代わりに、なぎともえの写真を大量に送らしていただいている。


「では、戻りましたら手配致します」

「お願いします」

「時に、琴子様。なぎ様ともえ様に帰宅の電話をしてあげてくださいませ。きっと、待ち望んでいると思われます」


 確かに、そうだね。

 泣きじゃくった顔しか見ていない。

 時間もお昼にさしかかっている。

 玄関で待ち構えているかも。

 普段帰るコールは受ける方だから、かけるのは意識してなかった。

 彩月さんも、なぎともえを案じていた。

 鞄からスマホを取り出す。

 病院にいたから、マナーモードにしてあった。

 見ると、メールの着信が一件ある。

 和威さんから、お昼はお祖父様と一緒に食べると来ていた。

 一応は下拵えしてあるけど、お祖父様も泣いていたのを聴いていたのかな。


『はい、琴子。どうかしたか?』


 和威さんのスマホにかけると、ワンコールで本人が出た。

 なぎともえが出てくれると思ったのになぁ。

 ちょっと、期待はずれだ。


「先程、車に乗りました。主治医の先生から特大のお叱りを受けましたけど、特に異常はみられないそうです。あと、少し運動不足気味だと言われてしまいました」

『成る程。異常はないが、毎日の山道での散歩がなくなり、筋肉が減少しているからか』


 よく分かってらっしゃる。

 まさしく、先生に言われた。

 アスリート時代に比べて、筋肉が減少していったけど、体重も落ちていた。

 ダイエットしているのかと、問われた。

 食欲はあるし、日々の家事に手を抜いていた訳ではなく、私にも理由が分からなかった。

 先生も首を捻っていた。

 考えられるのは、水の問題と運動不足。

 なので、水は手配をして貰った。

 運動不足は、庭を走るかな。

 それとも、スイミングをしにいこうかな。

 火傷跡を晒すのは、したくないけども、四の五の言ってはいられない。


『散歩に代わる運動を考えないと駄目だな。確か、緒方の叔父に会員制のジムを紹介されたな。今度、行ってみるか』

「それって、セレブご用達なんじゃないの」

『俺と琴子も、セレブの仲間入りだろ。お祖父さんに知られたら、ジムごと貸し切り状態にしかねないだろうが』

「そうなのだけど。お祖父様を頼るのは、父に気兼ねしちゃうのよ。父はお祖父様の恩恵で、上流階級の悪意ある洗礼を受けてきたから」

『お義父さんには、俺から話す。俺の我が儘に付き合わせる態を取る』


 和威さんも、頑なだな。

 お祖父様も緒方の叔父様も、私の火傷跡を気にしすぎなのよ。

 心配されるのは有り難い。

 けれども、腫物扱いには困ってしまう。


「その事については、帰宅したら話し合って決めましょう。それよりも、なぎともえはどうしてるの。二人の方が気になるのだけど」

『ああ。なぎともえなら、側にいる。ちょっと待て。なぎ、もえ。ママだぞ』

『ママ?』

『ママ、どきょに、いりゅにょ』

「なぎ君、もえちゃん。ママは、今から帰るからね」

『『ママぁ。はあく、きゃえっちぇ、きちぇ』』


 スピーカモードに切り換えたスマホに、なぎともえが反応した。


『ママぁ。なぁくん、しゃびちい』

『もぅたん。ママに、ぎゅう、しちぇほちい』

「うん。家に帰ったら、ママぎゅうするからね。後少しだけ、待っててね」

『『あい。おりきょうしゃんぢぇ、まっちぇうにょ』』

「お利口さんな二人に、ママおやつを買ってかえろうかな」

『なぁくん、きよしゃんにょ、しおんけーき、ちゃべちゃ』

『もぅたんも。おやちゅ、いあないきゃりゃ、はあく、きゃえっちぇきちぇ』


 喜代さんのシフォンケーキで、機嫌は治ったみたいだけど、もえちゃんの早くコールに泣きが入っている。

 鼻を啜っている。


『もえ、泣くな。ママは、帰ってくるだろう。にこにこ笑顔で待っていような』

『『あい』』


 きっと、電話の向う側ではパパにしがみついているんだろうな。

 いじらしい双子ちゃんの姿が思い浮かぶ。

 待っててね。

 ママは、今車の中だから。

 自分で運転出来ないもどかしさに、苛まれつつもスマホに耳を傾ける。

 あれこれとお喋りする、なぎともえの声を聴きながら、時間が過ぎるのを待っていた。

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