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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その5

「悪いなぁ、和威くん」


 全然悪いと思っていない我が兄が笑う。

 隣に座る里見さんが可哀想な位に恐縮しているのが、わからないらしい。

 一度眼医者にでも行ってらっしゃいな。

 土日休みの和威さんを訪ねて兄が里見さんを連れてやってきたのは、せっかく連休だから近場のテーマパークにでも、と休みを潰す気満々な和威さんの提案にどう反対しようか悩んでいた時だった。

 休みなのだから休んでほしい私は、渡りに船とばかりに兄を迎え入れた。

 それは、間違いだった。

 里見さん連れだとは思わなかった。

 何やら、相談があるらしい。

 お出掛け用の帽子を手に、なぎともえは意気消沈だ。

 ママと公園にでも行こうか。

 いや、パパを置いていかないか。

 今もパパとママの間で視線がいったり来たりしてる。


「ママと公園行く?」


 一応聞いてみたが、二人とも首を横に振った。


「いきゃ、にゃい」

「パパちょ、いりゅ」


 和威さんの両脇に抱き付く。

 やっぱりね。

 ここ数日和威さんの帰宅時間が遅くて、ご飯もお風呂も一緒の時間がとれていない。

 朝しかパパと会えないので、日に日に機嫌が悪くなっていくなぎともえだ。

 彩月さんと峰君が気を利かして遊びに誘っても、パパが気になりすぐにお家に帰るといいだす。

 和威さんもスキンシップが足りないから、テーマパークにと言ったのだ。

 近所の公園で充分なのだと思う。

 ただの散歩でもなぎともえは嬉しいだろうに。


「なぎ、もえ。ごめんな。少しだけ、パパの知恵を貸してくれな」


 しょんぼり感満載な双子ちゃんに気付いた兄。

 席を立ち双子ちゃんの目線に合わせて膝をついた。


「奏太伯父さんの友達が困り事があるんだけど、伯父さんだけでは解決できなくて、手助けが欲しいんだ」

「きょまりごと?」

「パパ、おてちゅだい?」

「そう。お手伝い」


 兄の説明に和威さんと里見さんの方を見るなぎともえ。

 頭を下げた里見さんになぎともえも頭を下げる。


「なぁくん、でしゅ」

「もぅたん、でしゅ」


 初対面の里見さんに人見知りしていたのに、ママに言われなくても挨拶できたね。

 えらい、えらい。


「おじさんは里見尚樹だよ。はじめまして、だね」

「「あい。はじましちぇ」」


 和威さんに頬を撫でられご満悦な表情を見せてくれるなぎともえ。

 里見さんも強張った表情をしていたのが、双子ちゃんのスマイルに力を抜いたみたい。

 きっと、兄に無理矢理連れてこられたんだろうな。

 ついた先が足を踏み入れるのを躊躇う、豪華な億ションでは私でもそうなるね。

 兄は頭の回転が早い癖に、友人の感情の機微に疎い時がある。

 自分と友人の思考が一致していると思い込み、振り回すのが得意な人だ。

 里見さんは兄の説明にになっていない説明が理解できる。

 そんな訳で、兄のフォロー役に抜擢された。

 私からしたら、兄と兄の友人は類友な関係だと認識している。

 高校時代兄の武勇伝は数知れず、妹だと知られた日には教頭に頭を抱えられた。

 何をした、兄。

 怪我をしたばかりだったので、私も少し周囲の好奇な視線がわずらわしくて、つい生意気な態度で接してしまったのがいけなかった。

 進学校なのに、講師を泣かせた魔王の妹、と言うあだ名がついてしまった。

 もちろん、魔王は兄だ。

 なんでも、単位を売買していた講師がいたらしいのだ。

 成績優秀者と単位不足な生徒と試験の答案用紙をすり替えていたらしい。

 兄が標的になり、自ら証拠を突き付け報復したと言う。

 何で、兄を狙ったかなぁ。

 父が学校に呼び出され、何事かと思えば事件発覚だ。

 表沙汰にならなかったのは、偏にお祖父様の人脈があったから。

 講師は解雇、単位不足な生徒は退学で落ち着いた。

 お祖父様に迷惑かけた兄は潔く丸坊主になった。

 じつは、里見さんも標的にされていた。

 そんな恩義もあってなのか、里見さんはわりかし兄の面倒を見てくれている。


「休日に押し掛けて済まん、琴子ちゃん、篠宮君。少しばかり、相談に乗ってくれ」

「いえ、もう頭をあげてください。里見先輩」


 里見さんが深々と頭を再び下げる。

 そうか、和威さんにとっても兄と里見さんは先輩に当たるのか。

 不思議な縁だなぁ。


「それで、相談は何ですか?」

「おぅ、それがな。この間の件に絡んでくるんだ」


 この間、と言うのは里見さんの婚約事情のことか。

 他人が聞いてもいいのかな。

 お茶の準備をしましょうか。

 なぎともえは、それぞれ兄と和威さんの膝の上におとなしく座っているじゃないか。

 あれ。

 いつの間に。

 自分達も相談に乗るきだね。

 大人の話しについていけなくて、ぐずつかないといいのだけど。

 御茶請けは、兄が持参したクッキーでも出しておくとしましょうか。

 飲み物は大人組はコーヒーにして、なぎともえにはなんにするかなぁ。

 フルーツ牛乳はおやつにだすから、リンゴジュースにしてみよう。


「もぅたん、にゅうにゅうぎゃ、いい」

「なぁくん、じゅうちゅぎゃ、いい」

「あっ、俺はアイスコーヒーで。里見はホットでいいから」


 こらっ。

 愚兄、双子ちゃんに便乗するな。

 我が家はカフェでは、ありません。

 なぎ君、もえちゃん。

 どちらかにしてちょうだい。

 どうせ、おやつ時にもフルーツ牛乳でしょう。


「牛乳はおやつにだから、ジュースにしておこうね」

「あぅ。もぅたん、にゅうにゅうぎゃ、いい」

「沢山飲んだら、お腹がいたいいたいってなっちゃうよ。そうなったら、明日は牛乳なしにしちゃうからね」


 珍しくもえちゃんが譲ろうとしない。

 可愛らしい我が儘に許したくなるけど我慢だ。

 もえちゃんはフルーツ牛乳好きな割にお腹がくだりやすい。

 一日一杯が限度なのである。


「もぅたん、いい子。にゅうにゅうは、おやちゅね」

「……あぃ」


 なぎ君に諭され渋々納得するもえちゃん。

 パパとママの出番がない。

 苦笑する兄と微笑ましい里見さんに、和威さんは渋い表情だ。

 飲ませたいけどもえちゃんの健康を考えれば、とみた。

 駄目だからね。

 辛い思いするのは私達ではないから。

 もえちゃんだから。

 こればかりは、鬼嫁となりましたので、意見は聞かない。

 聞く気はありません。





「それで、相談したいことはなに?」


 各自に飲み物を出し終わったタイミングで切り出した。

 兄と和威さんは、なぎともえを餌付け中だ。

 大きく開けた口にクッキーをいれている。

 あまり食べさせてお昼が入らなくなるのは止めて下さい。

 もえちゃんは渋々リンゴジュースに口をつけている。

 今回はおねだりに屈しなかった私を誉めたい。

 お腹がぐるぐるになって脱水症状になったら大変なのは目に見えている。

 なぎ君も心配のあまりに体調を崩しかねないよ。

 今も兄の膝上から、ジュースや御菓子にも見向きしないでもえちゃんを注視していた。


「あのなぁ、この間和威君に相談した内容に被るのだが」

「私と子供たちに聴かせたく内容なら、場所代えるけど」

「いや、琴子ちゃんの意見を聴きたい。こんなこと、相談できる女性は琴子ちゃん位しか思い付かなくてね。単刀直入に言うと、彼女の両親に結婚を反対されているんだ」


 あらまぁ。

 里見さんは大手商社に勉めている営業マンである。

 出世街邁進中との兄情報だ。

 どんなところが反対要素なのだろうか。


「彼女の両親は上流思考が強くてね。彼女にある企業の御曹司とのお見合いを画策していた。ところが、相手の名前を聴いたら驚いた事に知っている名前だったんだ」

「里見から聴いて、思わず不謹慎ながら爆笑した。誰だと思う。意外な人物だぞ」


 兄が爆笑した人物ねぇ。

 私も知っていて意外な人物だとしたら。


「何故に、俺を見るんだ」

「正解だ。琴子」


 和威さんを見たら、兄に拍手された。

 やっぱりか。

 兄、なんの捻りもないよ。

 流れからしたら、兄か和威さんしかないじゃない。


「はぁ⁉ 俺ですか? 既婚者ですよ。それに、御曹司ではないですし」


 貴方、実父が緒方家の跡取りだった訳じゃないですか。

 自身も五男だけども、旧家のお家柄ですよ。

 忘れるのは御先祖さまに怒られても知らないから。

 夢枕に立たれて貰いなさいな。

 兄もだぞ。

 この場合兄のが優良物件だと思う。

 何故に兄ではなかったのか。

 まぁ、兄なら相談にこないか。

 自分一人で事を納めそう。


「釣書見せて貰えば間違えようのない、和威君だった。んで、近々家の妹と……」

「奏太さん、冗談はやめて下さい。そんな予定はありませんから」

「兄。私でも怒るわ」


 兄、なぎともえの前だからといって、直接的な言葉を避けたみたいだけど。

 わかっちゃうのだなぁ。

 お客様がいるから、騒ぎ出さないだけだから。

 なぎ君が、兄の膝から私の膝に無言で移動する。

 安心していいからね。

 パパとママはお別れしないよ。


「済まない。冗談でも、許していい話題ではなかったな。けど、釣書には独身になっていたぞ。結婚前のお見合い騒動の時の写真だったようだし、今の勤め先が付け加えてあった」


 ええい。

 真面目なお話に以前の騒動は持ち出さないの。

 なぎともえに、どうして結婚したの、と聞かれて答えようがないじゃないか。

 騙し討ちに近いお見合いだと、言えんがな。

 和威さんは、根掘り葉掘り話しそうだけどね。

 一応恋愛が先だ。

 念を押しておくが、恋愛が先だから。

 くすん。

 絶対に一生涯兄にからかわれる話の種を提供したなぁ。

 表には出していないけど和威さんも根に持っていそうだし。

 兄を叩こうにもなぎが膝にいるので動きがとれない。

 ふっ。

 命拾いしたな、兄め。


「釣書は何処から持ち出されましたか、わかりますか」

「いや。彼女の話では、父親の上司からとしかわからない。勤め先は緒方の子会社だから、そちらに関り合いがないか、調べて貰えないか」

「分かりました。一度緒方の叔父に問い合わせてみます。判明次第に奏太さんに連絡すれば良いですか?」

「頼む。そうしてくれ」

「面倒かけるが、よろしく頼む」

「いえ。俺も巻き込まれているみたいですし、琴子と子供達に何かあってからでは遅いです。事前に対処できるなら、それに越したことはありません」


  うん。

  なぎともえの安全は何よりも大切だね。

  暫くは実家に頼ろうかな。

  いや、お祖父様の屋敷の方が安全面はあるかな。

 あそこは、セキュリティは万全だし。

 警護の専門家がいる。

 後で和威さんと相談するとしましょう。



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