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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その47  和威視点

 一頻り名前で遊んでいたら、あることが発覚した。

 俺の両親、兄弟、従兄弟と続いて、ひらがなを並べていき、彩月や峰の番になったら、なぎが首を傾げた。


「うにゅ? みーくんは、みねくん、じゃないの?」


 並べたひらがなは『みねよし』。

 普段『峰』とだけ呼んでいるから、違和感があるな。

 もえも不思議そうにしている。


「ママ、みーくんは、みねくんよ、いっちゃよ」

「あい。しょうでしゅ」


 あ?

 琴子に教えてなかったか?

 教えてない、かもな。

 俺のミスだな。


「和威様は、峰と紹介されましたから。そう、思われているのでしょう」


 窓際で、いちをブラッシングしている峰が笑って話した。

 いちは、なぎともえの視線が向けられて、尻尾を振っている。

 遊びたがっているな。

 痩せた身体も、大分元に戻りつつある。

 この間、庭で遊んだと双子は笑って報告してくれた。


「両親も、彩月様も峰と呼びます。琴子様も、峰と覚えられたのでしょうね」

「みーくんは、みねよしくん?」

「そうですよ。もえ様」

「ママ、まつがい?」

「いえ。なぎ様、峰で間違いはないですよ」

「「みーくんで、いい?」」

「はい、よろしいですよ」

「「よきゃっちゃ」」


 なぎともえは、みーくんで定着しているからな。

 簡単に呼び方を変えられないだろう。

 俺も今更、峰以外の呼び方をできないしな。


「ママが、帰ってきたら、教えてあげような」

「「あい」」


 片手をあげて返事をする。

 可愛いな。

 にこにこ笑顔で、ご機嫌だ。

 あんなに、泣きじゃくったのが嘘の様だ。

 まあ、ご機嫌の方が俺も気分がいい。


「あっ」

「わんわ、だめよぅ」

「いち。ちゃべちゃ、だあめ」


 我慢が出来なくなったいちが、積み木を口にくわえた。

 食べる為ではなく、なぎともえの関心を得たいのだろう。

 すぐに、積み木を床に置いた。


「わんわ、どうしちゃの」

「いち、あしょび、ちゃいの」


 わふ。


 いちが鳴く。

 司朗に躾られているいちは、大きくは吠えない。

 山では番犬として飼われていたので、不審者には果敢に吠えまくっていた。

 それが、なぎともえの側にいると、途端に柔らかく鳴く。

 赤子の頃から、いちは驚かさない様にしていた。

 なぎともえが泣くと、おろおろと周りを巡り、顔を舐めたりして、泣き止めさせたこともある。

 いちにとって、なぎともえは守るべき兄妹なのかもしれない。

 旧い仕来たりを持ち出す煩わしい親戚を、近付けさせない名犬振りを発揮する。

 駄犬と罵る親戚は、祖母と母が物理的に叩き出した。

 犬が駄目なら養子の司朗をと、狙って苛めが始まった。

 司朗は我慢してしまい、入院騒ぎになった。

 今度は、篠宮の当主の長兄が激怒した。

 苛めの加害者は、本家立ち入り禁止のうえ、接触禁止。

 今でも、解けてはいない。

 東京に司朗を連れ出せたのは、僥倖だった。

 当初は、司朗といちを連れてくる予定でいた。

 長兄に反対されて、出来なかったが。

 長兄は、なぎともえがいちに会いたくなり、山に帰省する機会を増やしたがっていた。

 これは、いちがハンストして弱まり頓挫した。

 長兄の優れたところは、間違いをすれば的確な判断をする部分にある。

 いちが危険だと知るやいなや、司朗といちを東京に送り出してくれた。

 頭が下がる。

 もえがいちに会いたいと、吐露した時に会わせてやれて助かった。

 パパは、なぎともえと琴子がいないと、駄目人間になってしまいそうになる。

 一人で東京に居残るのは、避けたい案件だ。


「パパぁ。わんわちょ、あしょんでいい?」

「いいが。何で遊ぶんだ」

「ぼーる、ぽい」


 玩具箱から、ゴムボールを取り出す。

 リビングを見渡した。

 良し。

 高価な割れ物はない。

 雨の日の定番な遊びになるのか、割れ物は移動していた。

 まあ、なぎともえの腕力ではたいして、飛距離はでない。


「あまり、はしゃいで転ばないようにな。それと、積み木と絵本を片付けてからな」

「「あーい」」


 俺の許しが出ると、ボールを置いて積み木や山となった絵本を片付け始めた。

 なぎともえの素直さに脱帽だ。

 他の二歳児なら、もう少し我が儘を言うはずだ。

 いや、琴子の躾が上手いのか。

 笑いあって、片付けていく。

 楽しんでいる。


「「パパ、かちゃづけちゃ」」

「おし。お利口さんだ」

「「えへへ」」


 琴子なら、べた褒めだろう。

 抱き締めて頭を撫でる。

 見ていたいちまで、すり寄ってきた。

 手を伸ばして、身体を撫でた。

 嬉しそうに甘えた声で鳴く。

 いちの中で、俺は何に当たるのだろうか。

 命令には忠実、こうして甘えてくる。

 家長だと認識しているか。


「わんわ、あしょぼうね」

「さいしょは、もぅたんね」

「あい」


 なぎがボールをもえに渡す。

 もえは軽くボールを投げた。

 リビングに転がるボールを、いちが追いかける。

 他愛ない日常がある。

 交代しながらボールを投げては、いちが追いかける。

 峰と二人で静かに見守る。


「わんわ、じょうじゅね~」

「ちゅぎ、なぁくんね」


 わふ、わふ。


 もえに誉められ、なぎに撫でられ、いちは大興奮している。

 椅子やテーブルの足にぶつかっても、何のその。

 双子の元にボールを持ってくる。

 尻尾がはち切れそうに、振られている。

 と、いちが玄関の方に気を取られた。


「わんわ?」

「どうしちゃの」


 ピンポン、とチャイムが鳴った。

 誰か来たようだ。


「自分が出ます」


 峰が対応に向かう。

 朝霧家の誰かだろう。

 何かあったかな。

 自然と、なぎともえが俺の側によった。

 いちは庇う位置に着いた。


「失礼致します。喜代でございます」


 峰を伴い入ってきたのは、母屋を取り仕切る喜代だった。

 両手には盆が乗せられ、何かを持ってきた。

 甘い匂いがする。


「なぎ様、もえ様。喜代がケーキを持って参りました。お泣きではありませんか? お利口にしておりましたか?」

「けーき?」

「しおんけーき?」

「はい、シフォンケーキでございますよ」


 シフォンケーキに、なぎともえの顔が輝いた。

 そう言えば、シオンケーキが美味しかったと、言っていたな。

 何のケーキか不思議だったが、シフォンケーキのことか。

 謎が解けた。

 パパはたまに、分からない単語が出てきて困る。


「パパ、けーき、ちゃべちゃい」

「ちゃべちぇ、いい?」


 律儀に聴いてくるのは、甘えているのだろう。

 なぎともえの視線は、テーブルに置かれたケーキに釘付けだ。

 苦笑が漏れる。

 駄目だと言おうものなら、号泣か無理に我慢してしまうな。


「いいぞ。喜代にありがとうしてからな」

「「あい。きよしゃん、あいあとう」」

「まあ、どう致しましてでございます。お二人の笑顔に喜代は嬉しいです」


 琴子が出掛ける時に、泣き喚いていたからな。

 喜代も、ご機嫌回復の為にケーキを焼いてくれたのだな。

 朝霧のお祖父さんも、心配していそうだ。

 後で、顔を出しておくべきか。

 ケーキを待ちきれないなぎともえは、自力で子供椅子によじ登る。

 峰が、素早くフォークと飲み物を準備する。

 何時もは、彩月の役目を率先してくれている。

 いちは、双子の足元に潜った。

 食事の時には、マットの上が定位置だが、今日は許すか。


「「けーき、けーき。おいちい、けーき」」

「さあ、たんと召し上がってくださいませ」

「「いちゃじゃきましゅ」」


 俺も椅子に座ると、行儀よく手を合わせた。

 こちらを見たので、頷いてやる。

 益々、笑顔になり、ケーキを頬張る。

 美味しさに顔が綻ぶ。

 良かったな。


「なぁくん、おいちいね」

「あい。おいちいねぇ」

「それは、何よりでございます。喜代は、なぎ様ともえ様がお泣きになっていなくて、安心致しました」

「沢山泣いていたからな。心配かけて、済まない」

「幼子が母親を恋しがるのは、当然でございます。琴子様も、お二人の安全を優先したのは間違いではありません」

「お祖父さんも、双子の泣き声は聴こえておられたかな」

「はい。ですので、お昼はご一緒にとの仰せです」


 やはり、お祖父さんも憂慮していたか。

 双子の元気な姿を見せるのが、一番だな。


「きよしゃん、あにょね。なぁくんね、パパもいにゃく、にゃっちゃうちょ、おもっちゃにょ」

「もぅたんね。なぁくんちょ、ふちゃりぢぇ、おりゅしゅばん、おもっちゃにょ」

「あら。そうでございましたか。パパとご一緒のお留守番が、お二人だけだと思われたのですね」

「「あい」」


 口元をクリームだらけにしたなぎともえは、眉根を歪めた。

 少し、笑えた。

 可愛いな。

 笑い声が出ると、なぎともえがこちらを見た。


「パパ、にこにこねぇ」

「あい。なぁくん、あーん」

「あい。もぅたんも、あーん」

「あらあら。可愛いですね」


 あーん合戦が始まる。

 これは、琴子の真似から学んでいた。

 苦手な野菜を食べさせる時に、琴子があーんとやると条件反射で口を開ける。

 ごくんと飲み込むと、偉いね、食べれたねと笑顔で誉めまくり撫で回した。

 以来なぎともえは、苦手な野菜を食べる際に自分達でやり始めた。

 次第に好物でもあーんとすると、琴子が可愛いらしさににこにこ笑顔でいるのを覚えた。

 なぎともえは、琴子が笑うのを大変喜んでいる。

 ママが、大好きだからな。


「もぅたん。おくち、いっぱいだめよ」


 リスのごとく、もえが口一杯にケーキを頬張る。

 なぎが頬をプクプク突っつく。

 前に注意したのになぁ。

 これは、前世の記憶の弊害かもしれない。

 満足に食わしてなかったのだと、推測できた。

 琴子ではないが、腹が立つ。

 子供を飢えさしてまで、家を栄えさせるか。

 篠宮の暗部に憤りを感じた。

 琴子も、もえの食事には気を使っている。

 少食気味だったもえに、満腹感を理解させるのには、苦労したものだ。

 二人でああでもない、こうでもないと悩んだ時期もある。

 最終的になぎに給餌されて、食べても良いのだと納得してくれた。

 食べたいと、自分から言い出すまでになり、感無量したものだ。

 まあ、食べ始めると口を一杯にするがな。


「パパに、ごつんこ、されちゃうよ」

「あい。めんしゃい、パパ」


 今日は飲み込んでから、謝罪がでた。

 前は頬張ったまま、頷いていたのが、進歩した。


「ママにも、注意されたよな。口を一杯にしたら、喉に詰まらせて危ないと」

「あい」

「もえは、リスではないからな。可愛いが、止めような」

「あい。めんしゃい」


 涙の膜が沸き上がる。

 頬を撫でると、溢れた。

 なぎも、頭を撫でる。

 タオルを峰から受け取り、涙を拭う。


「ほら。泣くのも止めような。美味しいケーキを食べて、にこにこになろう」

「……あい」


 すかさず、なぎがあーんと口元にケーキを運ぶ。

 大きく口を開けて頬張ると、笑顔が出た。

 うん。

 笑っている方が似合う。

 じきに、琴子も帰宅するだろう。

 また、泣くやもしれんが、笑顔の方がいい。

 笑ってママを出迎えような。

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