その46 和威視点
くぅくぅと、穏やかに眠るなぎともえ。
あれだけ、泣き叫べば体力も消耗するだろう。
突然、クッションを俺の両脇に置いて寝転んだ。
「「パパ、おてて、ちゅにゃいで」」
伸ばされる手を重ねた。
大事そうに抱え込んで、安心したのか寝息がすぐに聴こえ出した。
パパ、微妙な体勢で少し辛いな。
だが、我慢あるのみ。
可愛い寝姿を堪能しよう。
出来れば、峰に写メを撮ってもらいたい。
なぎともえが離れて寝る姿は貴重だ。
何時もは、引っ付いて寝ているのだが、今日は珍しく俺を挟んで寝ている。
しかも、離さない様に小さな指が、俺の指を握り締めている。
寝ている間に動こうものなら、号泣するやもな。
決して、試そうとはしないがな。
逃げたりしないから、安心してねんねしてくれな。
本当は、寝る前に水分補給させてやりたがったが、あれよという間にスイッチが切れた様子で寝てしまった。
琴子も言っていたな。
遊びに夢中になっていたかと思ったら、突然ばたっと寝てしまう。
最初は慌てたそうだ。
玩具に埋もれる様に寝る姿に、可愛いが安堵したと。
だから、眠たくなったらクッションの上にねんねしてね。
と、躾た。
今日も、ママの言う通りに準備してねんねした。
俺が動けないので、峰が琴子愛用の膝掛けを子供達にかけていく。
ママの匂いを感じ取ったなぎともえは、口元を笑みを浮かべて夢の中だ。
楽しい夢を見てくれよ。
不安や恐い夢は見てくるなよ。
特にもえは、魘されて泣くことが多々ある。
琴子や俺に抱き付いて、悪夢を表に出さず飲み込んでしまう。
前世のきつい虐待の記憶から、未だに抜け出すことが出来ない。
心が痛い。
助けてやれない、不甲斐ない自分に腹が立つ。
悪夢を見た日は、琴子が甘やかして愛情を注いでいる。
なぎももえから離れない。
俺が帰宅すると、座らされて膝に乗ってくる。
暫くすると、安心して笑顔が出てくる。
「パパちょ、ママにょ、にこにこ。げんきにょ、あきゃし」
おどけて擽ったりすれば、笑い声を発する。
もえは、もえなりに昇華の仕方を、自分で身につけたようである。
幼い子供の成長は、俺を不安にさせる。
何時でも、支え手は有ることを知って欲しかった。
甘えて泣ける場所が有ることを、理解して欲しかった。
もえだけでなく、なぎも不安にさせられる。
なぎは、もえを最優先に考える。
その内に、もえを庇って大怪我しやしないか、ひやひやする。
男の子だから、もえとママを守る。
親父辺りが教えてそうなんだよなぁ。
ありがた迷惑だ。
「うにゅう。パパぁ?」
「どうした? まだ、三十分もねんねしてないぞ」
「えへ。パパ、いちゃ」
もえが起き出した。
まだ、寝入って三十分も過ぎていない。
が、俺の手を上下に振って遊んでいる。
「ねんねは、しないのか」
「おっき、しゅりゅにょ」
ぷっくりと頬が膨らむ。
クッションから俺の膝に移動。
頭を撫でて落ち着かせる。
と、反対側の手が引っ張られた。
見やると、なぎも起きていた。
なので、喉を擽ったりしてみた。
きゃらきゃらと、笑い声があがる。
「なぎ様、もえ様。おっきしましたら、水分補給しましょう」
「「あい。みーくん。あいあと」」
なぎも膝に乗って、峰からマグマグを受けとる。
俺の膝に乗って、勢いよく飲んでいくなぎともえ。
やはり、喉が渇いていたな。
アッという間に飲み干して、ぷはぁ。
「お代わりは要りますか?」
「もう、いあない、でしゅ」
「まんぷくよぅ」
序でに出された俺のお茶は、半分残っている。
飲むのが早いな。
噎せたりしないのか。
「「みーくん、あいあと」」
ちゃんと、お礼を言える良い子達だ。
俺が躾する前に、琴子を見習って言い始めた。
子供は親のすることを、本当によく見ている。
ぷはあ、とやるのは、俺の真似だそうだ。
苦笑が漏れる。
「「あにょにぇ、パパ。えほん、よんで、くうしゃい」」
「良いぞ」
「「やっちゃあ」」
二人して万歳して、絵本のラックを漁る。
一冊どころか、三冊は抱えて戻ってきた。
俺の前に重ねて、またラックに向かう。
一体、何冊読ませる気だ。
二人してうず高く重ねた絵本の山に、戦慄した。
「なぎ、もえ。パパ、大変になるなぁ」
「うっ? だあめ?」
上目遣いのおねだりに負けた。
読ませていただきます。
絵本の山から本を手に取る。
なぎともえは、また膝に乗ってくる。
そうして、暫くは絵本を読み続けた。
山が半分になってきた頃、なぎがもえの手を握り、言った。
「パパ、こえ、し、よね」
「そうだな。し、だな」
「しにゅみやの、し、ね」
「凄いな。当たりだ」
ひらがなを指して、なぎが得意気に俺を窺う。
琴子が教えたのか。
俺は単純にそう思っていた。
なぎを誉めると、もえの頬が膨らむ。
「もぅたんも、わかりゅもん」
抱き込む形になっていた俺の腕を掻い潜り、積み木の方に駆け出した。
積み木の箱の紐を引っ張り、俺の前に持ってくる。
俺は、何をするのか見届けていた。
すると、
「あっちゃ」
ひとつの積み木を置いた。
「こえ、し、ね」
積み木にはひらがなが記載されていた。
もえは迷うことなく、し、を選んだ。
「ちゅぎ、なぁくんね」
「あい」
なぎが選んだのは、の。
次ぎにもえが選んだのは、み。
またなぎが選んだのは、や。
こうして、交互に選んだひらがなは、
『しのみやかずい』
だった。
「「パパ」」
「…………」
一瞬言葉を失い、なぎともえの満面な笑顔を見ていた。
えっ?
嘘だろう。
自分の名前を言えるのも早かったけど、ひらがなを覚えるのも早くないか?
しかも、自分の名前ではなく、俺の名前。
思わず、口元を掌で覆った。
「「パパ~?」」
俺がリアクションを返さないので、不安がるなぎともえを抱え込んだ。
「なぎ、もえ。パパを泣かしてどうするよ」
やばい。
泣けてくる。
双子が産まれてきた時と同様に嬉しい。
「パパ、にゃんで、えーん?」
「パパ。いちゃい?」
「違う。なぎともえがパパの名前を覚えてくれて、嬉しいんだ」
「「パパ、うれちい」」
「そうだ。嬉しいだ」
「「やっちゃあ。パパ、うれちい、だ」」
腕の中で万歳して、俺に抱き付いてくる。
何て、びっくり箱だ。
誕生日でもないのに、特大なプレゼントを貰った気がする。
「なぎ、もえ。ママは? 琴子は出来るか?」
「「あい」」
俺のリクエストに、積み木を漁る。
いや、こが重複するか。
だが、心配は杞憂だった。
いかにも手造りらしき、こがあった。
俺の隣に並ぶのは、
『ことこ』
『なぎ』
『もえ』
家族の名前。
「こ、はね。みーくんぎゃ、ちゅきゅっちぇ、くえたにょ」
「なぁくんね、こ、きゃいちゃにょ」
「もぅたんも」
ひとつだけ、異質な手書きの、こ。
きっと、一生懸命に書いたのだろうと、分かる。
「なぎ、もえ。パパ感動した。凄く、嬉しい。ママと練習したのか?」
「「あい。パパ、よりょきょぶ。うれちい」」
琴子にしてやられた。
きっと、遊びながら教えてそうだ。
パパが喜ぶと信じたなぎともえは、僅か二才でひらがなを覚えてしまった。
甘やかすつもりが、甘やかされてどうするよ。
「なぎ、もえ。ありがとう、な。パパは本当に、嬉しい。これしか、言えない」
「パパ、うれちいちょ、なぁくんも、うれちい」
「もぅたんも、うれちい」
暖かな温もりを抱き締めて、頭頂部にちゅうをした。
「ママぎゃね。なぁくんちょ、もぅたんにょ、おにゃまえは、たくしゃんにょ、おみょいぎゃ、つまっちぇりゅ、にょよっちぇ」
「そうだぞ。お山のじいじにばあば、ひいばあば。東京のじいじとばあば、ひいばあばとひいじいじ。緒方のおじじやおばば。皆で沢山考えたんだぞ」
なぎともえの名前を決めるまで、本当に色々な候補があった。
比較的早くに男女の双子だと分かり、親戚連中にも色々言われた。
虚弱な子は、男女の名前を取り替える。
男児に女名を、女児に男名を。
そんな、風習もある。
名前は一生の贈り物だ。
琴子と相談して、男児になぎ、女児にもえと決めた。
そこからが、本番だった。
漢字はどうするかで、大揉めした。
なぎは、凪、薙、梛。
もえは、萌、望絵。
色んな案が出て、収拾がつかなくなった。
最終的に、琴子が母親の特権を発揮してひらがな表記になった。
「皆さん、沢山の贈り物ありがとうございます。素敵すぎて、決められませんでした。そこで、和威さんと話し合って決めました。この子達の未来は沢山の選択肢があります。沢山の願いがあります。ですから、教えてあげて下さい。この子達が持つ名前の意味を。皆さんが、託そうとした未来を」
父親の出番はなしだった。
母親は強しだ。
煩い親戚は生意気だと受け止めたが、お袋や親父は琴子の意思を汲み取った。
朝霧家や武藤家は、候補は口を出すが、決めるのは父親の役目といったスタンスだった。
俺は、琴子に賛同した。
産まれて初めて抱っこした赤子は、なぎともえだと頭に填まった。
それ以外には思い付かなかった。
「なぎ、もえ。誕生、おめでとう。パパのところに来てくれて、ありがとう」
琴子と、二人して泣いた。
あんなに小さな赤子が、標準より小さめだが、元気に育ってくれて感無量だ。
「なぁくんの、なぎは、おっきにゃうみ、にゃんぢゃっちぇ」
「もぅたんは、だいちにょ、めぶきにゃにょよ」
膝の上で笑い合うなぎともえ。
それ以外にも意味があるのだが、二人が納得しているのならいいか。
健やかに成長してくれるなら、名付けたかいがある。
もう少し年齢が過ぎたら教えてやるか。
「そうだぞ。なぎは、穏やかな海のように静かで広い心を持ってくれるように。もえは、芽吹いた小さな芽が大きな樹になるように、健やかに成長してくれるように。願いが込められているんだぞ。パパもママも、なぎともえが元気で笑ったり、泣いたりしながらも、色々な経験して素敵な大人になってくれるならいいな、と思っている」
理解するには難しいかな。
だが、真剣な眼差しが俺を見る。
どんな未来がなぎともえを待っているか。
なぎと、手塩にかけて育てた可愛いもえを横取りする相手を、ママに怒られながら品定めする日を、パパは楽しみに待っているからな。
なぎもだからな。
巣立ちは寂しいが、パパとママの元を飛び立つその日を、精一杯応援してやりたい。
まだまだ、甘えん坊な幼児だけど、何時かはすぐにやって来そうな気がする。
だから、今はまだパパとママの可愛いなぎともえでいてくれ。
ブックマーク登録ありがとうございます。




