その45 和威視点
うわ~ん。
やあ~よ。
早朝の朝霧家、玄関口。
双子の泣き声が響き渡る。
少なからず、近所迷惑かと思うが、どうしようもない。
本日は生憎な雨模様。
昨日も雨だった為か、なぎともえは少々運動不足気味。
今その鬱憤を晴らすが如く、俺の腕の中で盛大に暴れまわる。
泣き叫ぶ。
車に乗る琴子に向けて、必死に両手を伸ばす。
「「ママ~。おいちぇきゃ、にゃいぢぇ~」」
「なぎ君、もえちゃん。パパとお留守番していてね」
困惑顔をしている琴子だったが、意を決して車の発進を促した。
運転手も、罪悪感半端ないことだろう。
車が動くと益々泣き声が大きくなる。
「「いゃあ~。ママ~」」
こら、もえ。
身を捻るな。
危ないだろう。
なぎ。
叩いても駄目だ。
絶対に降ろさないぞ。
俺の腕から解放されたら、車を追って門の外に飛び出し兼ねない。
そんな危ないことさせられるか。
確りと、双子を掴んでいた。
「「パパにょ~。いじわりゅ~」」
「何と言っても駄目だ。お前達は留守番だ」
宣言すると、また泣き出した。
その、絶望感顕な泣き方はやめてくれ。
そんなに、パパとのお留守番は嫌か。
パパは大ショックだ。
かなり、へこむ。
事の起こりは、琴子の定期健診。
彩月に問われたのは昨日。
上京してまだ一度も健診を受けていないが、予約はしてあるのかと。
すっかり、忘れていた琴子は汗だくになり、慌てて病院に電話を入れた。
何故なら、彩月はお怒りであったらしい。
引越しから今まで、色々な出来事があった。
落ち着く暇なく、あちこちに移動していた。
彩月なりに思うことがあり、セキュリティが万全な朝霧邸に滞在している間なら、双子の身の安全に繋がる。
子守り役も、いる。
遊び場もある。
退屈はしないだろう。
なら、次に彩月が気になるのは琴子の体調管理だ。
しばしば、体調不良が見られる。
俺が気が付かない日中に、左半身に違和感を感じている様だった。
度々、動かし辛そうにしている。
だが、相談がない。
彩月は、見逃さなかった。
それで、琴子に聴いた訳だ。
予約はしてあるのかと。
表情は笑っていたが、眼は笑っていなかった。
琴子は、久方振りな彩月の本気に、ひきっつた笑顔しかでなかった、と教えてくれた。
んで、病院に電話したら、主治医にも怒られた。
義理を欠いていたのは、琴子の方だ。
謝罪しながら、予約を入れた。
都合がいい話で、丁度翌日の午前に空きがでた。
予約を取れた琴子に、主治医はインフルエンザが流行っているから、おちびちゃんは連れて来ない方が良いと、忠告された。
琴子は、思った。
やばい、双子ちゃんに泣かれる。
彩月と峰と、大人しく留守番するとは思えない。
俺も、そう思った。
悲しいことに、前科がある双子だ。
実家の山では俺達を追って、家人や母達の目を盗み、道路に出ていたそうだ。
いちが騒ぎだし追いかけて、発覚した。
何て、大した行動力だか。
以来、留守番日は片時も目を離せない問題児達になった。
まあな。
気持ちは分からないでもない。
なぎともえは、琴子が大好きだからな。
離れるのを極端に嫌う。
琴子が鞄を準備すると、外出なんだと理解している。
そうなると、カルガモの雛よろしく、付いて回る。
抱っこを強請る。
服を離さなくなる。
ぐずりだす。
宥めすかしても、聴いてはくれない。
毎回外出時は、戦争だ。
連れて行ければ良いだけなんだが、山道を走る車内で、チャイルドシートを抜け出すもえは危ない。
拘束を嫌がるもえは、全身で拒否する。
火がついた様に泣くのには、困らされた。
だから、最初は単純に車が嫌いなのだと思い、外出時は留守番させていた。
その割りには、毎回大泣きして彩月の手を拒んでいたらしい。
一度様子をビデオに録画して貰った。
まあ、泣くわ、叫ぶは、暴れるわ。
見事な三拍子だった。
帰宅した琴子は、母恋しい双子にしがみつかれて、神妙な顔をしていた。
「もえちゃん。ぶぅぶぅが、嫌いじゃないの?」
「ママ、やぁよ。やぁよ」
「ちあう、にゃいにゃい」
「何が、ないないなのかな」
「「おううばん、やっ!」」
なぎともえが喋りだして、車は嫌いではないのは知った。
留守番が嫌だと、訴える。
その後は、病院以外は車に乗せた。
免疫力が弱い幼児を、病院で長時間待たせるのは憚られた。
かといって、車に乗せたままなのも、駄目。
琴子の側に行きたがる双子に、随分と手を焼いた。
駐車場の車内で泣く双子に不審がられて、通報もされた。
誰が、可愛い我が子を虐待するか。
保護しようとする警官を嫌がり、俺にすがり付きパパと泣く双子の姿と、戻ってきた琴子と付き添いの看護師によって誤解はとけたが。
人生初めての職質は腹立たしいものだった。
「ほら、ママはもう行ったぞ」
「「おりゅしゅばん、いやぁ」」
「駄目だ。なぎともえは留守番だ」
「もぅたんも、いきゅにょ~」
「なぁくんも~」
「諦めろ。パパは、許さないぞ」
喜代と名乗る朝霧家の家人が、はらはらと見守る中で、離れに向かう。
泣きじゃくって疲れたのか、諦めたのか力が抜けた身体を抱き直して、庭を歩く。
池があった。
鯉がいた。
楽しそうに報告してくれたのは、記憶に新しい。
パパのごつんこが嫌だから、近寄らない。
誉めて欲しそうに見上げたので、存分に撫でて誉めてやった。
満足した笑顔で、にぱっと笑っていた。
今日との対比が激しいな。
「お帰りなさいませ」
離れに戻ると、峰に出迎えられる。
彩月には、琴子に同行して貰った。
まだ、ストーカー擬きと、爆発した車の事件が解決していない。
朝霧家からも、ガードがつけられている。
それもあって、双子の外出は見送られたのだ。
「タオル有るか?」
「はい、準備はしてあります」
峰にも、双子の惨状は簡単に思い付かれていた。
リビングのラグに座り、胡座をかいた膝に双子を乗せる。
なぎともえの顔は、見事に涙と鼻水まみれだった。
濡らしたタオルで、顔を拭く。
嫌がる素振りを見せたが、気にしないでおく。
お前達。
そんなに、パパが嫌か。
ママが恋しいか。
悲しい事実に、俺の方が泣けてくる。
きゅん、きゅん。
いちが周りを巡る。
顔を舐めたそうにするが、ちょっと待て。
なぎともえの顔は、大変なことになっている。
「う~。パパにょ、いじわりゅ~」
「おりゅしゅばん、いやにゃにょに~」
仕方ないだろうが。
拭いた端から、涙が盛り上がる。
粗方、綺麗になると、膝を降りていちに抱き付く。
「もぅたん、しゃびしい」
「なぁくんも、しゃびしい」
「パパだって、寂しいぞ」
一人前に黄昏れるが、パパは嫌がられて不満だ。
育児には積極的に関わってきたつもりだが、背中で拒絶されると悲しい。
「にゃんで?」
「パパ、おちぎょちょ、いっちゃう、にょに」
「しょうよ」
はっ?
ちょいと、待て。
今、何て言った。
パパはママが病院に行くから、有給取って双子とお留守番なんだがなぁ。
ママも、パパとお留守番していてねと、言っただろうが。
「なぎ。もえ」
「「ぴゃう」」
しらず、低い声が出た。
なぎともえの肩が跳ねる。
恐る恐る、俺の顔色を伺っている。
すまん。
怖がらせる気はなかった。
「パパは、今日はお休みだからな。お仕事に行かなくて、なぎともえと一緒にお留守番だからな」
「うっ?」
「いっちょ?」
「ああ。一緒にお留守番だ」
「「ほんちょ?」」
歪んでいた顔が喜びに変わった。
お互いの顔を見合わせてから、俺に抱き付いてきた。
うん、どうした。
「あにょね。なぁくん、パパ、おちぎょちょ、いっちゃうちょ、おもっちゃ」
「あにょね。もぅたん、みーくんちょ、なぁくんちょ、おりゅしゅばん、おもっちゃ」
ああ。
彩月も琴子と一緒に病院に行ったから、峰と三人で留守番だと理解したのか。
んで、パパは仕事に行くと。
さては、琴子の外出に気を取られて、話を聴いていなかったな。
思わぬ事実に、顔が綻ぶ。
嫌われてなかったと、安心した。
琴子は、ちゃんとパパとだと言ったのにな。
パパは、嫌み言われながら有給を取ったんだぞ。
少しは、感謝してくれ。
でも、激しく泣き出した意味が分かり安堵した。
「なんだ、必死に泣くからなぁ。パパと一緒にお留守番は嫌かと思ったぞ」
「いや、ない」
「パパちょ、いっちょ」
「おりゅしゅばん、しゅりゅにょ」
「パパ、だいしゅきよぅ」
同時に頭を左右に振る。
首もとでやられるから、くすぐったい。
ほら、あんまり振ると目眩を起こすぞ。
頭を固定して、撫でる。
上目遣いに見上げてくる。
今度は、俺の服を掴んでいた。
「パパ、めんしゃい」
「もぅたんも、めんしゃい」
「何だ。謝らなくても、パパは怒ってないぞ。なぎともえは、パパもいなくなると勘違いしたんだろう」
「「あい」」
「ママもお出掛けするから、置いていかれると、悲しくなったんだろう」
「「あい」」
素直に頷く双子の様子は、不安を表している。
自分達の勘違いで、パパがいなくなると思っているのだろう。
俺も不安にさせるために、指摘しているのではない。
利発な子供だ。
間違いを訂正してやらないと、段々と碌でもない事を考えるだろう。
「安心していい。ママがお出掛けする時は、パパと一緒にお留守番だからな」
「あい」
「パパ、ありあと」
もえが頬にちゅうをする。
次になぎもする。
お返しに、俺も双子の頬にちゅうをした。
ニッコリと笑顔が溢れた。
琴子がスキンシップを欠かさないからか、なぎともえも見習いちゅうは頻繁にしてくれる。
可愛い仕草に、俺も微笑んだ。
「お留守番嫌いななぎともえの為に、これからは出来るだけパパが一緒にお留守番するからな。一杯、甘えていい」
「「あい。パパ、だいしゅき」」
なぎともえは、あまり俺に甘えてはくれない。
抱っこは強請るが、ああして、これしては、琴子にも言わないみたいだし、甘えてはいけないと考えている節がある。
前世の記憶が強烈すぎて、俺や琴子に嫌われない一線を常に探っている。
そんなことをしなくても、可愛い我が子だ。
もっと、甘えて我が儘言ってもらっても構わない。
どれだけの愛情を注げば、伝わるだろうか。
暖かな温もりを腕に抱いて、熟考する。
なぎ。
もえ。
今日は、パパが一杯甘やかすからな。
ブックマーク登録ありがとうございます。




