その44
「「たぁいまぁ」」
元気一杯な声が玄関口に響く。
双子ちゃんは、帰りも大人しくチャイルドシートに収まってくれた。
車に乗る前はパパに抱き付いて離れなかったのに、乗ってしまえば喜代さんのケーキに頭が一杯になる。
ケーキ、ケーキとご機嫌で歌う。
運転手の川上さんも、双子ちゃんの様子に微笑んでいた。
食欲旺盛な我が子に、ママは苦笑だけどね。
「まぁまぁ、お帰りなさいませ」
「「きよしゃん。たぁいまぁ」」
「はい。ご機嫌で何よりでございます」
「きよしゃん。わんわ、わ?」
「いっちょに、けーき、ちゃべりゅにょ」
「もえちゃん。ワンコは、離れにだよ。母屋には連れてこれないの。ケーキは、離れで食べようね」
「うにゅ?」
「はにゃれ?」
離れは、今厄介になっているお家だよ。
首を傾げる双子ちゃんは、離れの認識がないのだろうか。
しかし、すぐにもえちゃんの表情が曇ってきた。
なぎ君も、堅い笑顔で見上げてくる。
どうしたのかな。
「はにゃれ、もぅたんぢゃけ?」
「? 離れは、パパもママも、なぎ君ともえちゃんの4人でねんねしたお家よ。今日も、おっきしたでしょう」
「あい」
「だから、もえちゃんだけではないの。ママとなぎ君も一緒よ」
しゃがみ、目線を合わせれば、ぎこちなく笑う。
離れは禁句だったかな。
前世を思い出させてしまったかも。
兄様と離れて養育されていたみたいだし、一人孤独に苛まれていたのかな。
抱き寄せて、強張る身体を撫でる。
ごめんね。
楽しい気分に水をさしてしまって。
「ママ~。もぅたん、わんわに、あいちゃい」
「なぁくんも」
「では、ケーキはお運び致しますね」
「お願いします」
事情を知らない喜代さんは、何も言わずに悟ってくれたみたい。
じゃあ、気分転換に庭を散歩しようか。
両手を差し出すと、小さな手が繋いでくる。
母屋と離れは渡り廊下で繋がっているけど、庭からも行ける。
お祖父様自慢の日本庭園を見ながら、お家にいけば迷子にはならないだろう。
朝霧邸は、かなりの広さがある。
ちょっとした運動になる。
短時間とはいえチャイルドシートに収まっていたから、伸び伸びしていいかも。
「ママ~。おっきにゃ、いけ」
「あい。こいしゃん、いりゅねぇ」
「綺麗な錦鯉がいるけど、ママがいない時に覗き込んだら駄目よ。なぎ君ともえちゃんは、まだ小さいから池に落ちたら、ママ泣いちゃう」
「「あいっ。わきゃっちゃ」」
お山の篠宮家にも池に鯉はいた。
東京に出てくる以前に、双子ちゃんは二人揃って池に落ちた。
すぐに、和威さんに助け出されたので、溺れはしなかった。
どころか、楽しんでいた素振りを見せていた。
態と落ちた訳ではなかったが、和威さんだけでなく、篠宮家の全員にお叱りを受けた。
泣いてもお叱りは続いた。
それだけ、心配されたのだ。
甘んじて受けなさい。
私も目を離したのがいけないと、一緒にお叱りを受けた。
双子ちゃんは、何故にお怒りを受けたのか、ママも一緒にお叱りを受けたのか、最初はわかっていなかった。
にゃんでー、にゃんでーと繰り返して泣いていた。
前日に、お子様用のプールで遊んでいたのが原因だった。
双子ちゃんにとっては、楽しい水遊びと受け止めていたのだ。
池でも遊べると思い込んでいたらしい。
こんこんと言い聞かせて、最終的には二人だけでは池に近寄らない、遊ばないと教えこんだ。
物分りの良いなぎ君も、真剣に頷いていた。
以降、絶対に近寄らなくなった。
「おいけにわ、ちきゃよりゃ、にゃいにょ」
「あい。こいしゃんにょ、くちに、ゆび、いりぇちゃ、だあめ」
「そうよ。お利口さんね。ママ、嬉しいなぁ」
「「あい。ママ、えーん、ないない」」
なぎともえにとっては、私が泣く方が地味に効いた。
池に落ちたのも、私が泣いて謝るから、危険であると理解したようである。
今も、私の顔を伺っている。
「なぎ君ともえちゃんがお利口さんなら、ママ泣かないわよ。パパにも、ごつんこされないから、安心していいの」
「あい。パパにょ、ごつんこ、いちゃい」
「ふおおうに、にゃっちゃう」
和威さんに初めて本気で頭に拳骨を受けたのも、この時期だった。
思い出したのか、空いた手で頭を押さえる。
可愛い仕草に笑みが溢れる。
「今日はお利口さんだったから、パパが帰ってきたら、沢山誉めて貰おうね」
「「あーい」」
満面な笑顔で返事をする。
パパが大好きだから、良いお返事だ。
暫く歩いて庭を散策する。
繋いだ手を振り、ご機嫌で童謡を歌うなぎ君ともえちゃん。
可愛い双子ちゃんである。
ママもにこにこ笑顔になる。
「あっ。わんわ~」
離れの庭にて、峰君がいちと待っていてくれていた。
もえちゃんは、大好きなワンコを見つけて興奮気味。
手を離して突撃しそうな勢いである。
「ママ。わんわにょ、ちょきょ、いっちぇいい?」
「いいわよ。だけど、転ばないようにね」
「あい。なぁくんも、いっちょに、いきょう」
「あい。いっちょに、いきょうね」
私の手を離して、なぎ君と手を繋ぎなおすもえちゃん。
気が急いて走らない良い子である。
ワンコの方が、尻尾がぶんぶんと振り、走り出しそうだ。
峰君に首輪を持たれていなければ、ワンコが突進してくるな。
「お帰りなさいませ。なぎ様、もえ様」
「「たぁいまぁ、みーくん」」
先ずは、峰君に挨拶。
「わんわ~。たぁいまぁ」
「いち~。おりきょうしゃんに、まっちぇちゃにょ」
ワンコの両側に抱き付く双子ちゃんに、いちは甘えた鳴き声で返事を返す。
次第に、顔を舐め始める。
笑い声が弾けている。
良かったね。
「きよしゃんぎゃね、けーき、くりぇりゅにょ」
「わんわも、いっちょに、ちゃべようねぇ」
双子ちゃんの中では決定事項だけど、ケーキの種類によっては食べさせて良いものか悩ましい。
ワンコには、出来るだけ長生きしてもらわないとならない。
健康には気をつけたい。
「なぎ様、もえ様。お二人が食べるおやつは、いちには食べることが出来ません。犬用のおやつをあげましょうね」
「けーきは、だあめ?」
「いち、ちゃべれ、にゃいにょ?」
「そうですよ」
「「……あい。わきゃっちゃ」」
「はい。お利口さんです」
私が言う前に、峰君が諭してくれた。
本当は、私が言わないといけないのだよね。
すみません。
でも、我が儘言わずに納得してくれた。
お利口さんだ。
「ママ~。わんわ、けーき、ちゃべれにゃいっちぇ」
「そうね。わんわには、犬用のおやつをあげようね」
へにょり眉のもえちゃんの頭を撫でる。
楽しみにしていただけに、ショックが大きいかな。
何度も頷くもえちゃんは、いちにしがみついた。
なぎ君も、いちの身体を撫でる。
いちは、大好きな双子ちゃんに構って貰えて、嬉しげに鳴く。
対比が激しいな。
「じゃあ、お家に入ろうか。お手々洗ってうがいして、ケーキを食べようね」
「「あい」」
彩月さんが開けてくれたリビングの窓から、室内に入る。
少し段差があったが、双子ちゃんは乗り越えて靴を上手に脱いだ。
「「さぁたん、たぁいまぁ」」
「お帰りなさいませ。ケーキの準備は出来ておりますよ。手洗いうがいして来てくださいませ」
「「あーい」」
二人仲良く洗面台に向かう。
ママも、後ろに着いていく。
峰君はいちの足を念入りに拭いて、室内にあげてくれた。
いちは一目散に、双子ちゃんの後を着いてくる。
健気だなぁ。
「いちも、があがあ、しゅりゅ?」
「わんわ、おてて、あらうにょ?」
わふ、わふ。
会話しているみたい。
いちは、双子ちゃんの関心が自分に向けられているのが、嬉しくて尻尾が振り切れそう。
洗面台にて、手洗いうがいしている双子ちゃんの背後でお座り。
「ママ、があがあ、しちゃ」
「おてて、ありゃっちゃ」
「はい。ママも終了。さあ、おやつにしようね」
「「あい」」
わふ。
リビングに移動。
彩月さんがローテーブルに、子供椅子を準備してくれている。
いちは窓際にお気にいりのマットを見つけて、そこに身体を横たえる。
ご飯とおやつの時間は、あまり近寄らないと躾られている。
「「ママ~。こえ、けーき?」」
喜代さんのケーキは、シフォンケーキだった。
ケーキと言えば、苺が乗ったショートケーキばかりだったかな。
初めて見たシフォンケーキに、期待が裏切られたのか、目に見えてがっかりしている。
「シフォンケーキと言うのよ。美味しいんだから、あーんして頂戴」
「「あーん」」
一欠片掬ってクリームをつけ、先ずなぎ君の口にシフォンケーキをあーんした。
次にもえちゃん。
順番にあーんしていくと、美味しさに気がついたのか、真ん丸お目々になった。
お互いの顔を見合わせて、表情が輝く。
「「おいちぃ」」
それは、何よりである。
喜代さんのシフォンケーキは、私も兄も幼い頃はお代わりを連発したものである。
双子ちゃんも気に入ったようで、ママ嬉しいなぁ。
「ママ。しおんけーき、おいちぃ」
「ママの、ぎょはんに、まけにゃいねぇ」
小さな口を大きく開けて、シフォンケーキを頬張る。
お口が、クリームまみれになったのはご愛嬌。
おいちぃを繰り返して、シフォンケーキを完食した。
食後のフルーツ牛乳を飲み干して、ぷはぁ。
満足したかね。
なら、お顔を拭こう。
彩月さんに用意されたおしぼりで、顔を拭いていく。
嫌がらずに、自分から顔を横に振ってくれる。
有り難いなぁ。
「わんわちょ、あしょんで、いい?」
「おにわで、ぼーる、あしょんでいい?」
「いいわよ。だけど、張り切りすぎて庭木に突撃は駄目よ」
「「あい」」
ボール遊びにいちが反応する。
伏せていた身体を起こして、双子ちゃんを待つ。
すかさず、もえちゃんが玩具箱からボールを取り出すと、またもや尻尾が振られる。
遊びに行くのに夢中になって、お片付けを忘れている。
気が付くなぎ君も、今日は遊びに関心がいっている。
珍しい。
それだけ、いちと遊べる。
違うか。
庭だけど、外での遊びが勝っているのか。
ママ、ちょっと反省。
最近は、専ら室内の遊びが中心だったね。
防犯の為に外での遊びを制限していたね。
充分に遊びなさいな。
子供は遊びが仕事だ。
くたくたになるまで、遊んでおいで。
リビングから庭に飛び出そうとする、双子ちゃんに急かされて靴を履かせる。
いちは、躊躇いなく庭に降りている。
峰君が監督役を務めてくれる。
一緒に遊んでくれるって。
よいよい。
きゃっきゃっと笑う、なぎともえの声が庭に木霊する。
今日も、元気な双子ちゃんだ。
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