その43
和威さんと部長さんは、まだお昼ご飯を食べていなかった為、近場なファミレスに移動した。
双子ちゃんは、パパママの腕の中でねんね。
本格的に寝てしまった。
忘れ物を届けにきただけなのと、双子ちゃんが寝てしまったので帰ろうとしたのだけど、部長さんに呼び止められた。
川上さんには、ファミレスの駐車場で待機していてもらっている。
うーん。
ファミレスの駐車場に外国産車。
似合わない。
滞在時間は短時間で済ましたい。
「不愉快な思いをさせて申し訳ない」
「いえ。それほど、不快には思っていませんから。頭をあげてください」
「部長。人目もあります。程ほどにしてください」
食事を終えた部長さんに頭を下げられた。
お昼時を過ぎたとはいえ、店内には他のお客さんがいる。
皆、何事かと注視している。
中には、和威さんと同じ職場の人もいるかもしれない。
謹慎明けの和威さんが、またやらかしたと噂にならないだろうか。
「それに、受け付け嬢や警備員の直属の上司でもないのに、部長さんが謝る必要はないかと」
「そうですよ。謝罪は本人がしないと意味がないです」
「だがなぁ。会社の顔と言うべき受け付け嬢が、私情を持ち出してはいかん。あの受け付け嬢は、それが分からずに業務妨害を何度も繰り返している」
それが、本当なら受け付け嬢の適正がないことになる。
何で、なれたのだろうか。
もしかして、縁故とかかな。
「彼女の伯父が人事部の部長でね。伯父の権力を笠に着て、花形の受け付け嬢になったと言われている」
うわぁ。
予想通りだ。
部長さんは、苦い表情でコーヒーに口をつけた。
「常日頃から、容姿が整った者や役職持ちに粉をかけて、玉の輿狙いの言動が目立つ。断れば伯父の名を出して、人事移動を示唆する。人事部の部長以外は、解雇を視野に検討をはじめている」
「部長。部外者に話してもいいのですか?」
「なに、取引先の社長の姪子さんに、事情を話しておかないと、困るのは会社だろう」
ああ。
朝霧の伯父さんとも、面識があるのか。
それなら、事情がかわってくる。
伯父さんは、色眼鏡で仕事に関わってくるのを嫌う。
だから、私が仕事に関して口利きしたとしても、聞き入れはしない。
だけど、不愉快な目に合わせられたのには、苦情がいくだろうな。
自社の妻君すらも不審者扱いをする会社との、取引が上手くいく訳がない。
それに、朝霧どころか緒方家もでばってきそうである。
慎重にならざるをえないのだろうな。
「安心してください。こんな事で、伯父に告げ口をしたりしませんから」
「だが、謝罪はしておかないと」
部長さんは頑なだ。
和威さんも、神妙な面持ちである。
忘れ物届けにきただけなのになぁ。
実際問題、謝罪をしないといけないのは、受け付け嬢と警備員だ。
来社予定にも記載されているお客を、適切な対応をしなかった。
会社の玄関口での騒動は、あっという間に拡散していくだろう。
自社だけでなく、他社の人もいただろうし。
良い噂ではなく、悪い噂として広まるのは早い。
伯父さんには、当事者として真実を話しておく案件だね。
「うにゅう。ママ~」
「なあに、もえちゃん」
「にゃんで、くりぁい、くりぁい?」
「ん? 何が暗いのかな」
腕の中でもえちゃんが身動ぎしたかと思ったら、眉間に小さな指が触れた。
感情に敏感な子だから、暗い話をしていると思ったのかな。
「ママ。にゃんきゃ、こまっちぇちゃ」
「うん、そうね。パパの会社の人が、お客様を出迎える態度が悪かったでしょう」
「あい。ママにょ、うで、ちゅきゃんでちゃ」
「パパの上司さんが、ご免なさいをしてくれたけど。態度が悪かった人は、ご免なさいしなかっの。それも、知らない人が、一杯な場所で」
目線を合わせて説明するけど、分かるかな。
もえちゃんは、真剣な眼差しで私を見ている。
なぎ君は、変わらず和威さんの腕の中で熟睡している。
なあに、が出来ないのは、辛いかな。
「パパの上司さんは、会社にとって悪い噂が広まるのは困るなぁって。ママも、困ったなぁって思ったの」
「パパわ~」
「パパも、困るなぁかな」
へにょり眉で、パパを探すもえちゃん。
振り返った先にパパとなぎ君を見つけ、にっこり。
序でに、部長さんも視界におさめて、首をかしげる。
「だあれ?」
「パパの、上司の部長さんよ」
「ぶちょーしゃん?」
「そう、部長さん」
「はじまして、もぅたん、でしゅ」
あら。
偉いなぁ。
きちんと、挨拶ができたね。
人見知りが発揮して、胸元に隠れちゃったけど。
「初めまして。偉いなぁ。まだ、二才だろう。お利口さんだな」
「はい。利発な子供たちですよ」
パパにも、誉められたよ。
良かったね。
ぽんぽん、背中を軽く叩いてみると、照れたのか胸元に顔を埋めてきた。
「うにゅう。なぁくん、おっき、しちぇ」
どうしていいか分からなくなったのか、なぎ君を呼ぶ。
いつも二人仲良しなだけに、相棒がいないと寂しくなったかな。
もえちゃんの心の叫びが聴こえたのか、なぎ君も身動ぎした。
「……あい。もぅたん、にゃんでしゅか。なぁくん、でしゅよ」
「なぁくん。おっき、しちぇ」
くわあっと、大きな欠伸をしてなぎ君が起きた。
伸ばした両腕が、和威さんの顔面にヒットする。
「なぎ。パパ、痛いな」
「ありぇ? パパ、めんしゃい?」
なぎ君は、和威さんの腕に抱かれてねんねしたのを、夢だと思っていたのか、不思議な顔をしている。
ペチペチと、顔を触っている。
「何だ? パパの会社にママともえと来たのを、忘れてしまったか?」
「あい、しょうだっちゃ。パパに、あえちゃ、にょよ」
「なぁくん」
「あい、もぅたん」
もえに呼ばれて、ぐるりと向きを返る。
まだ眠いのか、目を擦っている。
テーブルを挟んでもえを認識すると、場所に驚いているのかキョロキョロと挙動不審になっていた。
「パパ、きょきょどきょ?」
「ファミレスだ。何か食べるか?」
「ふぁみれしゅ? ぎょはん、ちゃべりゅ、ちょきょりょ?」
「そうだ。パパと部長さんと、ご飯を食べに来たんだ」
「ぶちょーしゃん?」
「あい、ぶちょーしゃんでしゅ」
もえちゃんが、和威さんの隣に座る部長さんを、指差した。
むむ。
人に指差したら、駄目だぞ。
お行儀が悪いと、怒られちゃうぞ。
「もえ。指差しは駄目だ。パパ、怒るぞ」
「あい、めんしゃい。ぶちょーしゃん、めんしゃい」
ほら、怒られた。
でも、すぐにご免なさい出来たね。
偉いぞ。
パパと部長さんに頭を下げて、涙目でまた胸元にすがりついてきた。
「ぶちょーしゃん。もぅたん、めんしゃい、しちゃきゃりゃ、ゆぅして、くぅしゃい」
「はは。部長さんは、怒っていないぞ。だから、もえちゃんは、泣かなくて良いからね」
「……あい。もぅたん、にゃきゃにゃい」
「もえちゃんは、良い子ね。じゃあ、パンケーキ頼もうか」
「けーき? おうちに、きゃえっちゃりゃ、けーき、ちゃべりゅ。きよしゃん、いっちぇちゃよ」
「あい、しょうでしゅ。わんわちょ、いっちょに、ちゃべりゅにょ」
ああ。
そうだったね。
ご褒美に喜代さんが、ケーキを食べさせてくれると言ってたね。
ちゃんと、覚えていたか。
もえちゃんは、わんわと一緒が良かったか。
「そうね。お家に帰ったら、ケーキが待ってたね」
「あい。パパもけーき、ちゃべりゅ?」
「いっちょに、ちゃべりゅにょよ」
あら。
パパは、まだお仕事が残っているのだけど、双子ちゃんのなかでは一緒に帰宅することになってるね。
さて、パパは何て説明をするかな。
泣き出さないといいけど。
「パパ? いっちょに、ちゃべりゅ、ないない?」
「ああ。残念だけど、パパはお仕事が待っているんだ。一緒には、帰れないんだ」
空気を読んだらしいなぎ君が、パパの顔を覗きこむ。
和威さんはなぎ君の頭を撫でる。
それだけで、なぎともえの瞳に涙が盛り上がった。
「パパ。いっちょ、ないない?」
「けーき、いっちょに、ちゃべりゅにょ、ないない?」
「ご免な。パパも一緒に帰りたいのだが……」
「済まない。パパが、帰ってしまったら、部長さん、とても困るんだ」
「なぎ君、もえちゃん。パパは、意地悪で帰らないのではなく、お仕事で帰れないのよ。いやいやは、駄目よ」
「「あい」」
言い聞かせてみるも、込み上げてくる涙は止まらない。
もえちゃんは私の首に抱きつき、なぎ君は和威さんの服を掴んで離さない。
理解はしても、感情が許さないのだろう。
静かに泣き出した。
「なぎ、お仕事が終われば帰れるのだから。そんなに、泣くな」
「そうだぞ。パパはお仕事が早いから、定時には帰れると思うよ」
「よりゅぎょはん、いっちょに、ちゃべりぇりゅ?」
「おふりょ、いっちょに、はいりぇりゅ?」
「ああ。パパ、頑張るぞ」
部長さんにまで、フォローされてしまった。
定時か。
なぎともえが待っていると思ったら、和威さんは張り切るだろうな。
何が何でも、仕上げて帰ってきそう。
残業?
なにそれ。
って感じかな。
プロジェクトのリーダーが、それでいいのだろうか。
心配だ。
「和威さん。リーダーが定時で帰宅出来るの? 無理そうなら、無理と我慢させるけど」
「いや。単に本日は、ノー残業ディなだけだ。残業しようものなら、査定に響く」
「篠宮君の言う通り。今日は、残業が出来ない日だから、定時には帰宅させますよ」
部長さんもそう言うのなら、信じてあげようか。
良かったね。
「パパは定時上りだから、6時過ぎには帰ってくるって。だから、ママと一緒に待っていようね」
「あい。ママは、どきょにも、いきゃない?」
「なぁくんちょ、もぅたんちょ、いっちょ?」
「ママには、用事がないもの。なぎ君ともえちゃんと一緒に、お留守番」
不安に揺れるもえが、しがみつく力を強くする。
安心していいの。
ママは、なぎともえと一緒だよ。
何処にも行かないからね。
「「あい、いっちょ、おりゅしゅばん」」
「おう。仲良しさんだなぁ。部長さん、ほっこりしたよ。篠宮君が、写真を自慢するだけあり、可愛いなぁ」
写真とは、なんぞや。
あの、撮りまくりの写メをプリントしたのだろうか。
軽く睨むが、和威さんは飄々としている。
「情報システム課の人間は、皆家族写真を飾っているぞ。嘘じゃないからな」
「まあ、愛犬や愛猫やらも有るが、概ね間違いはないよ」
本当か嘘か。
実物を見れないから、判断は出来ない。
けど、部長さんが苦笑しているところを見ると、真実なのだろう。
写真一枚でやる気のバロメーターがあがるなら、安いものらしい。
写真魔な和威さんであるから、一枚では済まないと思うけれどね。
デスクトップも、家族写真とみた。
まあ、それだけ家族思いなら、変な女性は引っ掛かることはないか。
なぎ君を宥める姿は良き父親である。
頑張って、お仕事してくださいな。
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