その42
喜代さんが用意してくれた車は外国産だったが、ちゃんとチャイルドシートが鎮座していた。
しかも、和威さんの車に設置した同メーカーのものだった。
朝霧家の情報収集に脱帽した。
BMWにチャイルドシートは似つかわしくはない。
こう、ファミリー層向けな国産車はなかったのだろうか。
「琴子様とちぃ姫様と若様のお三方に、何事があってはいけません。この車でしたら、頑丈にカスタマイズされておりますから、安心して頂けます」
喜代さんの力説に渇いた笑いが上がる。
やっぱり、こうなったか。
私一人なら、国産車で良かったけど、双子ちゃんがいるからね。
喜代さんが暴走する訳である。
彩月さんも同意なのか、頷いているし。
双子ちゃんは、チャイルドシートにげんなりとしている。
特に、もえちゃんは束縛されるのを嫌う。
パパ以外の車でおとなしくしてくれるか、今一不安である。
よし。
私も後部座席にいればいいか。
双子ちゃんの間に入れば、ご機嫌でしょうな。
「ちゃいりゅど、しーちょ」
「そうよ。なぎ君ともえちゃんの安全の為には、チャイルドシートはかかせないの。我慢できないのなら、彩月さんとお留守番よ」
「! いゃあ。おりゅしゅばん、しにゃい」
「おりきょうしゃん、しゅりゅもん」
両足にしがみついてきた。
涙が滲んだ目で、上目遣い。
よしよし。
置いていかないから、泣かないの。
頭や頬を撫でて落ち着かせる。
「お留守番したくないなら、チャイルドシート我慢しようね。我慢できたら、パパに会えるからね」
「「あい」」
「はい。お利口さん」
過剰かなと思う位、なぎともえを誉めていく。
お留守番嫌いな分、いい子な発言をしたら誉めてあげないとね。
「なぎ様、もえ様。お帰りになりましたら、喜代がご褒美にケーキを準備しておきますからね」
「彩月も、いちと待っておりますよ」
「わんわ? どきょ」
ケーキよりワンコに興味を示したもえは、キョロキョロといちを探す。
いちは、まだマンションにいるであろうに。
必死である。
「もぅたん。いち、たきゃい、まんしょんよ。おできゃけ、しちゃ、あちょよ」
「……あい。けーき、いっちょに、ちゃべれりゅ?」
「あい。いっちょに、ちゃべようね」
肩を落とすもえちゃんに、なぎ君は力付けている。
周りの大人の出番がないなぁ。
喜代さんと彩月さんは、にこやかに見守っていてくれる。
運転手を勤めてくれる川上さんも、笑顔で待機している。
そんな、大人組の視線を集めている双子ちゃんは、自分なりに納得してお出掛けに行く気分に戻った。
「おみゃちゃしぇ、しみゅしちゃ」
「おねぎゃあ、しましゅ」
私が説明するまでもなく、川上さんに頭を下げるなぎともえ。
微笑ましいのか、利発すぎるのか。
本音は、もっと我が儘言っていいのだよね。
もえちゃんなんか、絶賛イヤイヤ期だし。
人前では発揮しないのが、もえちゃんなりの思いやりかなぁ。
それとも、人見知りの方が勝っているのかな。
「はい。では、出発致しましょう。お父様がお待ちですから」
「「あい。パパに、あえりゅにょ。うれちい」」
ニコニコ笑顔で、チャイルドシートに収まってくれた。
私が真ん中に座ると、更に笑顔が零れる。
うん。
普段は助手席にいるからね。
新鮮なんだろう。
手を伸ばしてきたから、握る。
きゃっきゃっと笑いが起きた。
「では、出発致します」
「お願いします」
「「おねぎゃあ、しましゅ」」
喜代さんと彩月さんに見送られ、朝霧邸を出る。
川上さんは、双子ちゃんが飽きないように、備えつけのテレビ画面に子供番組を映し出してくれた。
「「ふおう」」
これ、DVDだ。
なんて、用意周到なんだか。
お遊戯に合わせて、両手をふりふり。
歌を歌いだした。
リラックスしていて、ママはなによりである。
和威さんでも峰君でもない、初対面の川上さんの運転になぎともえはぐずらずにいてくれる。
可愛らしい声で、一生懸命お遊戯に夢中になっている。
まぁね。
ママがいるし、川上さんの運転技術は流れるようなものだから、安心していられるのだろう。
今の時間帯はそんなに混んでいないので、三十分程したら目的地に着いた。
「到着いたしました」
「「ママ、おんり?」」
「そうよ。パパの会社に着いたから、おんりね」
「「あい」」
お利口さんな返事だけど、チャイルドシートの金具を外そうとするのは、駄目。
めっ、と眼差しで制すると、途端に眉が下がった。
パパに早く会いたいのは分かるけどね。
まずは、和威さんに連絡しないと。
「ちょっと、待っててね。パパにお電話が先よ」
「「あい」」
鞄からスマホを出して、コールする。
中々、出てはくれない。
タイミングが悪かったかな。
会議中だったら、どうしよう。
「パパ、でにゃい?」
「パパ、おちょいれ?」
もえちゃん。
パパは、お仕事中だよ。
多分だろうけど。
何時までも鳴らしている訳にもいかず、一旦スマホを切った。
誰かに預けるのも憚られるから、どうしたものかな。
車だって、正面玄関に停めておくのも、問題になるだろう。
しかも、黒塗りな外国産車。
うーん。
どうするかな。
と、手の中のスマホが鳴った。
『悪い、出れなかった』
「ううん。もしかして、タイミング悪い時に鳴らしちゃったかな、と思ってた」
『あー。少し新人がやらかして、リカバリーしてた。今から、下に降りていく。ロビーで待っててくれ。何か、言われたら、俺の名前を出していいから』
「分かりました。なぎ君、もえちゃん。パパよ」
「あい、パパ~。なぁくんよ」
「もぅたんよ。はあく、きちぇね」
『おう。パパ、すぐに行くからな』
「「あーい」」
和威さんには見えていないが、両手をあげて返事をしている双子ちゃんである。
興奮しているけど、車から出たら萎縮しちゃうのだろうな。
スマホを仕舞うと、話を聴いていた川上さんが先に降りて、恭しく扉を開けてくれた。
チャイルドシートを外した双子ちゃんは、飛び出さず私の顔を見上げている。
これは、驚いているな。
初めて体験する出来事に固まっている。
何気に、服の裾を握りしめてきた。
可愛らしいな。
じゃあ、ママが先に降りようか。
車内は広いため、余裕で屈まずに降りれた。
「「ママ~」」
不安に揺れる双子ちゃんが、車内から呼ぶ。
安心していいの。
ママは、一人で行かないから。
両手を差し出して順番に降ろすと、おとなしく足にしがみつく。
「はい。なぎ君、もえちゃん。お手々繋ごうね。一人で走ったりしたら、駄目よ」
「「……あい」」
背後で扉が締まり、音にびくつくなぎともえ。
川上さんがお辞儀をして見送るなか、正面玄関のガラス戸をくぐる。
直ぐ様、警備員が飛んできた。
やはり、外国産車は目立ったようだ。
出てきたのは、若い女に子供であるから、不審者に見えたのだろう。
「失礼ですが、どの様なご用件がおありですか?」
「情報システム部の篠宮の家内です。主人の忘れ物を届けに来ました。主人には、連絡済みですから、すぐに降りて来ると言ってました」
「念の為に、確認させて頂きますが……」
「どうぞ」
確認も何も、私には非はないぞ。
充分にしてくださいな。
和威さんに、睨まれるのはそちらだ。
まあ、警備員なら仕方がない対応なんだろうけどね。
ロビーには、行き交う人の耳目が沢山ある。
皆さん、好奇心が旺盛なのか。
こちらを伺っている。
暇人どもめ。
警備員に促され、受け付け嬢が控える場所まで連れてこられた。
受け付け嬢は、胡乱な眼差しでこちらを見ている。
子供連れて会社に特攻する不審者に見えているようだ。
態度が物語っている。
はよ、仕事しなよ。
私は暇人ではない。
喧嘩を売ってるなら、買うぞ。
「「あっ。パパ~。ママ、パパよ」」
ロビーに甲高い双子ちゃんの声がこだまする。
釣られて見やると、ちょうど和威さんが誰かと一緒にゲートを潜るところだった。
和威さんも、私達に気づいて顔が綻びかけ、事態に目がいった。
どうみても、不審者を対応する警備員と受け付け嬢だもの。
「うにゃ。パパ、にゃんで、おきょりんぼ、しゃん?」
「うんちょ。あおいふきゅの、ひちょ、ママちゅかまえちぇ、いりゅきゃりゃ?」
もえの疑問になぎが答えている。
うん。
そうだね。
警備員に、逃げ出さないように腕を捕まれた。
自分のとこの会社員の妻女にする対応ではないな。
和威さんと、連れの人の顔色が見る間に変わっていく。
「パパ~。きょにょひちょ、わりゅいひちょ?」
「悪くはないが……」
「おい、何時まで篠宮君の奥さんの腕を捕まえている」
「はっ? はい、済みません」
「済みませんではない。きちんと、篠宮君の奥さんが来社するのは、通告してあるだろう。上司を呼びなさい」
篠宮君呼びだから、上司さんかな。
和威さんより、お怒りだ。
受け付け嬢も、顔面が蒼白になってきている。
上司でも、直属ではない上司かなぁ。
何だか、大事になってきているのだけど、
「「パパ~。だっきょ」」
周りの雰囲気に飲まれない双子ちゃんは、早速パパにおねだりしている。
君達、将来は大物になるぞ。
和威さんは、お怒りを鎮めて抱っこをする。
なぎともえに、頬っぺたスリスリされて、ご満悦な表情だ。
その分、上司さんのお怒りが半端なし。
呼び出された警備員の上司と、受け付け嬢に大説教をかましている。
曰く、受け付け嬢とこの警備員は、以前にも何ら瑕疵のないお客様を、蔑ろにしては問題を起こしていたらしい。
馬鹿だろうか。
受け付け嬢の上司まで、すっとんっできた。
来社予定表には、篠宮の名前が記されている。
用事が用事なだけに、緊急とあった。
ここで、受け付け嬢は退場と相成ったのだけど。
一言も謝罪なしは、社会人としてどうなのだろうか。
警備員は、上司に頭を下げさせられている。
素直に謝罪を口にしているが、心籠ってはいない。
これは、反省はしてないな。
次も、やらかすに違いなし。
配置替えした方が良いのではないかと。
部外者が口を出す気はないけどね。
「部長。説教はその辺で止めておいてください。衆目が集まっています」
「む。だがなぁ、内々に処理をしてしまうと、反省はしないだろう。何度目だ。片手では、足りないだろうが。迷惑をかけられているのは、我が部署だけではない」
日頃のストレスが溜まっていたのか、部長さんは落ち着く気配はなし。
なぎともえは、パパの腕の中で静かにしている。
あれ?
欠伸をして、ねんねに入ったぞ。
お昼寝が足りてはいなかったか。
騒動の最中にねんねとは。
パパ以外に興味を喪ったね。
忘れ物届けに来ただけなのになぁ。
やはり、厄落ししないといけないかな。
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