その40
ふう。
お昼時。
母屋での食事を待つ間、もえちゃんがお子様には思えない溜め息を吐き出した。
子供椅子に座り、なぎ君と手を繋いでアンニュイ。
「もえは、どうした。元気がないなぁ」
「そうだな。なぎも愁い顔をしているな」
同席しているお祖父様と胡桃ちゃんに指摘される。
遊び場で出会った恵梨奈ちゃんと拓磨君も、気になる様子を見せている。
短時間の間にしおらしくなってしまった原因は、今この場にいない和威さんにある。
「「パパ、おちぎょちょに、いっちゃっちゃ、にょ」」
そうなのだ。
遊び場から離れに戻ったら、和威さんは会社から呼び出しを受けてしまったのである。
何でも、自宅謹慎が解けて、可及的速やかに出勤するように訴えられた。
まあね。
大事なプロジェクトチームのリーダーが、いないのだから行き詰まりをみせる訳だ。
部下と上司に社長自ら、ひっきりなしに電話が掛かってきた。
なぎともえは、電話の最中は静かだったけど。
終わるなり、パパに抱き付いた。
察知能力半端なし。
「「どきょ、いきゅにょ?」」
上目遣いで、うるうる攻撃。
和威さんは撃沈した。
仕事行きたくねぇ。
と、宣った。
私が、憤慨したのは言うまでもなく。
嫌がる和威さんのスーツを、峰君に運んで貰うのを頼んだ。
一応は、持ってきてあるが、温情だ。
スーツが来るまでは、我が子を堪能するが良し。
峰君が到着するまでは、本当に双子ちゃんを離さなかった和威さんは、渋々支度をして泣き出したもえちゃんを抱っこして車に乗った。
こら、離しなさいな。
なぎ君は、諦めて私の脚にしがみついているのに。
パパが、そんな状態でどうするの。
嗜める私にやっともえちゃんを預けて、出勤していきましたよ。
涙声で、
「「いっちぇ、りゃっちゃい」」
を言えたのは、偉かった。
その後は、私から離れたがらなかった。
母屋に来る時も、両手を繋いで来たのである。
「そうか。仕事か。通りで、和威君の姿がないと、思った」
「あら。てっきり、おじ様はお仕事お休みかと思っていましたわ」
「うん。へいじつに、いたから。そうだとおもった」
「あい。パパ、じちゃきゅ、きんしん、にゃにょよ」
「おうちぢぇ、おちぎょちょ、にゃにょよ」
「自宅謹慎かな。どういう事だい」
なぎの説明に、胡桃ちゃんが食い付いた。
お祖父様には説明をしている筈だけど、言いふらす人ではないから、初耳なのだろう。
恵梨奈ちゃんと拓磨君も、驚いた表情だ。
聴いてはいけない事を聴いた。
と、ばつが悪そうにしている。
別段、和威さんが悪いことをした訳ではない。
件の不倫願望女性の話題を出す。
「和威さんの会社の秘書課の女性がね、家を突き止めて和威さんをデートに誘ったのよ。勿論、断ったけど、逆恨みしてセクハラで訴えてきたのよ」
「それで、謹慎かな。とんだ、とばっちりではないか」
「元々、和威さんは在宅の仕事を希望していたから。嬉々として受け入れてたわ。だけど、プロジェクトチームのリーダーになっていたからね。遅かれ早かれ、謹慎が解けるのは分かっていたわ。パパといたい、なぎともえには悪いけどね」
順番に双子ちゃんを撫でていく。
むう。
剥れているなぎともえは、ご機嫌が斜め。
行儀悪くスプーンを口にくわえている。
パパに見られたら、お小言必須だよ。
「それで、なぎともえは膨れておるか。ならば、ご飯の後でひいじぃじと遊ぼうか。恵梨奈と拓磨も一緒なら寂しくはないだろうて」
「あい。ねぇね、にぃに、あしょんで、くぅしゃい」
「おきゃし、いっぴゅい、にゃにょ。いっちょに、ちゃべりゅにょ」
「良いですわ。一緒に遊びましょうね」
「うん。いいぞ」
遊んで貰えると分かると、少しは機嫌が戻ったかな。
宝箱のお菓子も助けになっている。
ほとんど、手を付けていないので、消費してくれるのは有り難い。
「さあさあ、難しいお話はそこまでですよ。お昼御飯が出来ました。沢山食べてくださいませ」
「「うにゅう。ふきゅしゃん?」」
カートに昼食を乗せて、喜代さんが運んできた。
喜代さんは、祖母に付き添う富久さんの妹さんである。
容姿が似通っているので、初見の方は双子かと見間違う。
「なぎ様ともえ様には、初めてお会い致しますね。富久の妹の喜代でございます」
「「きよしゃん?」」
「はい、喜代でございます」
「しょっきゅり、ねえ?」
「あい。なぁくんちょ、もぅたんちょ、いっちょにゃにょ?」
ちょっと、違うかな。
富久さんと喜代さんは、年子である。
本当に、双子かと思う位似ている。
我が家の双子ちゃんは、首を傾げて観察している。
「残念ながら、双子ではございません」
手際よく配膳してゆく喜代さんは、双子ちゃんの疑問に答えてくれている。
大人には和食を、子供たちにはオムライス。
それぞれ、ケチャップで動物を描いてくれていた。
料理長さんの、配慮に頭が下がりますなぁ。
「ほわわ。くましゃんだ」
「もぅたん、うしゃしゃん」
「私は、猫さんですわ」
「おれは、ライオンだ」
歓喜の声をあげるお子様たち。
食べるのが勿体なさそうだ。
「ママ。くましゃん」
「うしゃしゃんよ」
「うん。良かったね。美味しく食べてね」
「「ちゃべちゃうにょ、じゃんねん」」
オムライスに釘付けな双子ちゃんは、意を決して口に入れていく。
端から零れていくのは、ご愛嬌だ。
もぐもぐと咀嚼していく。
ん?
なぎの眉間に皺がよった。
苦手な人参でも入ったかな。
「ママ~。にんじんしゃん、あっちゃ」
「うん。ぺっ、したら駄目よ」
「……」
「お返事は?」
「あい~」
「なぎは、人参が嫌いか」
「あい。にんじんしゃん、にぎゃいにょ」
「もえは、何が嫌いだ」
「ぴーまん!」
お祖父様の質問に、スプーンを高々とあげるもえちゃん。
なぎ君は、野菜の中で唯一人参が苦手。
食いしん坊なもえちゃんの方が苦手な野菜が多い。
苦味のある野菜が駄目である。
キュウリは丸ごと食べちゃうのに、アスパラガスは駄目。
キャベツやレタスは大丈夫なのに、ほうれん草は言わないと食べない。
二人ともクッキーにすると、食べちゃうのに不思議だ。
「んちょ、なしゅちょ、かりかりふりゃわーも、いや」
もえちゃん。
カリフラワーだから。
「ブロッコリーも駄目よね」
「あい」
元気よくお返事しても駄目よ。
付け合わせの温野菜には、しっかりとブロッコリーが入っている。
食べ残しはママがダメダメするからね。
「もえは、偏食気味だな。琴子も食べれない野菜が多かったからな。遺伝したか」
うぐ。
それを言われちゃうと、甘くならざるをえなくなってしまう。
いまだに、茄子とイクラは食べれないママである。
食感がね。
どうしても、駄目なのよ。
「ママも、なしゅ、ダメダメよ」
「あい。ダメダメよ」
「琴子」
はは。
宣言されちゃった。
よく見ている双子ちゃんだ。
お義母様には、茄子は嫁に食わすなと言うし、と見逃して貰っている。
お義姉さんも、美味しく料理をしてくれるのだけど、ダメダメなのよね。
代わりに、なぎ君と和威さんに食べて貰っているママと娘だ。
「なぁくん。なしゅ、ちゃべれりゅよ」
「あい。なぁくん、しゅぎょいにょ」
「そうか、なぎは偉いなぁ。拓磨も、ピーマンは苦手だな。恵梨奈は、キュウリが苦手だ」
「うっ。で、でも、小さくしてくれるなら、食べれますわ」
「おれも~」
お子様の野菜嫌いは、何処の家庭でも悩みは同じかな。
あの手この手で、食べて貰おうと秘策を練る。
その点、我が家は人参以外は食べれるなぎ君がお手本に、なってくれている。
食わずぎらいにはならないけど、二口目はどうしても手がでない。
なぎ君にあーんされて、漸く口を開ける。
涙目でゴクンとすると、過剰な位に誉められる。
笑顔がでると、誉めるなぎ君も笑う。
可愛いお子達だ。
自然と私もにこにこになる。
和威さんは、私が笑うから双子ちゃんは我慢して食べるのだと言う。
誉めて誉めてと、にこにこになるのだとか。
ならば、沢山誉めてあげよう。
「なぎ君。人参さん、よく食べれたね」
「あい」
「もえちゃん。ブロッコリー、食べれたね」
「あい」
誉めると、撫でてと頭を傾けてくる。
宜しい。
満足いくまで、撫でてあげるよ。
パパもいたら、笑顔で良かったね、してくれるはずだ。
「ママは、なしゅしゃん、ちゃべちゃ?」
「残念。ママのご飯に茄子はなかったの」
「なぁくん。ママ、なでなで、しちゃ、きゃっちゃ」
「もぅたんも」
私の茄子嫌いは周知されているので、はじめから提供はされていないのだ。
それを、知らないなぎともえは、残念と訴える。
ごめんね。
ママは、本当に茄子が駄目なのだよ。
給仕を終えた喜代さんが、双子ちゃんの食べれない野菜をメモしてくれる。
次回からは、食べやすい大きさにしてくれるだろうね。
もしくは、私みたいに最初から出さないかだな。
「じぃじの膳には茄子があるぞ。食べるか、琴子」
悪戯好きなお祖父様が、漬物の小鉢を差し出す。
遠慮したいところだけど、胡桃ちゃんのお子達も見ている。
これは、食べないとかな。
「ひいじぃじ、なぁくんぎゃ、ちゅべりゅきゃりゃ、きゃんべんしちぇ、くぅしゃい」
「おや、なぎはママ想いだな」
なぎ君。
ママ嬉しいなぁ。
ふんす、と意気込んでなぎ君は小鉢を受け取る。
「パパぎゃね。ママは、なしゅしゃん、ちゃべりゅちょ、かいかいに、なっちゃうにょ、おしえちぇ、くえちゃにょ。じゃきゃりゃ、なぁくん、ママ、まみゅりゅにょよ」
おおう。
何てママ想いな、なぎ君だ。
男前だなあ。
惚れ惚れしちゃう。
漬物を迷いなく、食べていく。
和威さんも、色々となぎ君に仕込んでいるなぁ。
幼児に守られてどうするよ。
「なぁくん。あーん」
「もぅたん、いいにょ?」
「あい。もぅたんも、ママ、まみゅりゅにょよ」
「あい、あーん」
なぎ君は小さめな漬物を選んで、もえちゃんの口にいれた。
妹想いでもあるし、もえちゃんもママ想いで、泣けてくる。
「これは、じぃじの負けだな。意地悪したなあ」
「と、言うより。なぎともえの、ママ想いが炸裂したな。恵梨奈と拓磨は、私の嫌いな椎茸は食べてくれない」
「だって、ママの嫌いな椎茸は、私も嫌いなんですもの」
「うん。おれも、きのこはにがてだ」
胡桃ちゃんが、拗ねてしまった。
うちと違い、胡桃ちゃん一家は、三人ともに茸類が駄目みたい。
拓磨君は、舌を出して嫌がっている。
「給食は我慢して食べていますわ」
「そうだ。がまんして、たべてる」
「うん。それは、偉いな」
恵梨奈ちゃんと拓磨君を、胡桃ちゃんは誉めている。
私達の前だからか撫でてはいないけど、二人は誉められて満足気でいる。
きっと、三人だけになったら、充分に甘えるのだろうな。
私も、負けじと甘やかそう。
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