その39
「「うきゃあ」」
喚声を挙げて、滑り台を滑っていくなぎともえ。
朝食後に室内遊び場に来た双子ちゃんは、象の絵が描かれた滑り台に興味津々。
真っ先に、突進して階段を登っていった。
和威さんが、ついていく。
私は、少し離れた位置から観察している。
「うにゃ」
「ありぇえ」
滑り台の先には、周囲をブロックで囲まれたカラーボールの海がある。
そして、海にはまる双子ちゃん。
身動きができずに、もがいている。
体重は軽いのだけど、隙間にはまってどんどん深みに沈んでいっている。
「「パパ~。ママ~」」
尻餅をついたら、頭まで隠れてしまった。
辛うじて、指先が見えている。
「ははは。ちょっと待ってろよ」
「「はあく、おねがぁ、しましゅ」」
和威さんが、救出に向かう。
畑の野菜を抜いていく要領で、なぎともえが助け出された。
「むう。ボール、いっぴゃいで、きょまりましゅ」
「しゅべりぢゃい、たにょしく、にゃい」
そうだね。
少しボールの海は深かったね。
何千個あるのか、管理と衛生面は大変だ。
助け出されたなぎともえは、滑り台を遊べなくて不満顔を見せている。
じゃあ、ブランコにとは、ならない。
滑り台に未練がある様子。
「ママとパパが、下で待っててあげるから、滑り台を滑っておいで」
妥協案を提案する。
カラーボールの海に到着したら、抱き上げてブロックの外に出せばいい。
これだと、パパママが大変だけど、可愛いわが子の為である。
苦労は買いましょう。
「「あーい。おねぎゃあ、しましゅ」」
滑り台で遊べると喜ぶなぎともえは、喜色満面で階段を登っていく。
滑り台自体は子供用なだけに、それほど高さはない。
介添えしなくても安心ですな。
滑っては救出を、何回か繰り返して満足すると、今度のお目当てはブランコに。
「パパ、おしちぇ、くぅしゃい」
「もぅたんも。ママ、おねぎゃあ、しましゅ」
「はあい。なぎ君。もえちゃん。楽しい?」
「「あい。ちゃにょしい」」
それは、良かった。
ここ、暫くは外に遊びに行けなかったし、パパとのお散歩にも行けなかった。
さぞや、ストレス抱えていたことだろう。
はしゃいで笑い声をあげるのも、久しぶりに見たな。
放り出されない力加減で、背中を押してあげる。
きゃらきゃらと笑い声が響く。
「パパ、もっちょ」
「ほい。ほい」
「きゃあ」
なぎ君も楽しんで声を挙げている。
珍しく和威さんに、強請っている。
もえちゃんと顔を見合わせて、満面の笑みをみせてくれて、ママも嬉しいな。
「もぅたん。ちゃにょしいね」
「あい。パパちょ、ママも、いっちょ。うれしいねぇ」
あら、何て優しい言葉かな。
思わず、もえちゃんのほっぺを撫でていた。
家事ばかりで、遊びたいのを我慢させていたのかな。
朝霧邸にいる間位は、彩月さんに甘えてみよう。
どうせ、朝霧邸にも使用人がいるので、私の出番はなさそうである。
私の役目は、可愛い我が子を甘やかすことかな。
「あー。さき、こされたぁ」
「こら、大きな声を出したらだめよ」
「「うにゃ」」
突如沸いた大きな声に、驚いたなぎともえ。
ブランコから飛び降りて、和威さんの脚に隠れてしまった。
遊び場の入り口には、小学生になる従姉妹のお子様がいた。
あれ?
学校はどうしたのかな。
「胡桃ちゃんとこの、恵梨奈ちゃんと拓磨君だよね。小学校はどうしたの?」
「お久しぶりです。琴子おば様。只今、小学校はインフルエンザが流行っておりまして、学級閉鎖なのですわ」
「おはようございます。胡桃のむすこの拓磨です。あねのいうとおりです。あっ、あねとおれはインフルエンザにはなってないです」
「はい、おはようございます。ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。なぎ君、もえちゃん。ご挨拶は?」
椿伯母さんの長女の胡桃ちゃん一家は、朝霧邸に同居している。
旦那様が海外に単身赴任中で、男手がないのを椿伯母さんが案じたからである。
小学校高学年の恵梨奈ちゃんと、今年入学した拓磨君は、元気一杯で挨拶をしてくれた。
対して、我が家の双子ちゃんは、初めて会う再従兄弟に人見知りしている。
インフルエンザか。
もう、流行る時期が来たのか。
我が家もうがい手洗いは、欠かさないでおかないと。
「どうした、いつもの元気ななぎともえは、何処にいった」
「あい。しにょみやなぎ、でしゅ」
「しにょみやもえ、でしゅ」
和威さんに促されて、辛うじて隠れていた脚から出てきた。
恵梨奈ちゃんと拓磨君の前まで来て、ぺこり。
でも、すぐに今度は私の陰に隠れてしまう。
どうしたのかな。
「なぎともえ、ですわね。初めまして、胡桃の娘の恵梨奈ですわ。可愛いですわ。人見知りですわね」
「そうみたいね。何時もなら、一緒に遊んで貰うのに」
「初めて会うからか、人見知りしてしまったな。一緒に遊んで貰おうな」
「「……」」
好意的に受け止めてくれたのに、双子ちゃんは消極的である。
本当にどうしたのかな。
歳上のにぃにとねぇねは、身近にいて慣れているはずなのに。
あっ。
もしかしたら、キッズルームの出来事が尾を引いているのか。
ジーンズを握る手に力が入っている。
「なぎ、もえ。ねぇねとにぃに、失礼だぞ」
和威さんの堅い声音に、双子ちゃんの肩が跳ねる。
「どうした、パパもママも一緒にいるんだぞ」
「「パパ~。ほんちょ。いっちょに、いりゅ?」」
「いるぞ。ママと見守っているからな」
「「あい。ねぇね、にぃに、あしょんぢぇ、くぅしゃい」」
「よし。おいで、なぎ、もえ」
拓磨君が両手を差し出してくれた。
おずおずと、その手を取るなぎともえ。
拓磨君はしっかり握ると、カラーボールの方向へ。
「ちょっと、待っててね」
「そうだ。きょうは、ボールがいっぱいだからな」
「なぎともえだと、埋もれちゃいますわ」
拓磨君と恵梨奈ちゃんは、ブロックの外に双子ちゃんを待機させて、ボールの海の中へ別け入っていく。
ボールを、掻き分けて何か探している。
拓磨君は、凄い勢いでボールを放り出している。
「そういえば、何か堅い箱が脚に当たっていたな」
「箱が?」
「ああ、小さめな箱だ」
じゃあ、探しているのはその箱かな。
先を越された、と言っていたね。
学級閉鎖で退屈しのぎに、宝探しでもしていたかな。
「有った」
「「にぃに、なあに?」」
「ふっふっふ。おたからだよ」
「「おちゃきゃりゃ?」」
うん。
宝箱だ。
段ボール製の宝箱を、拓磨君が掲げる。
重さはないのか。
拓磨君は、宝箱をブロックに置いて、箱を開けた。
「「おきゃし?」」
「そうですわ。おやつですの」
「なぎともえは、どれが食べたい?」
「「うにゅ」」
箱の中には、お菓子が詰まっていた。
先ず、双子ちゃんに優先してお菓子を選ばせてくれる。
胡桃ちゃんの教育の賜物だね。
なぎともえは、私達に顔を見せてお伺いを立てる。
自己主張が乏しいのではなく、知らない人からは物を貰っては駄目だと教えているからだ。
「お菓子を選んで良いぞ」
「「あい」」
パパからお許しが出て、もえちゃんの顔が輝いた。
さすがに、食欲に負けたな。
朝食をお腹一杯に食べたのに、燃費が良いのか悪いのか。
「なぁくん、こりぇ」
「もぅたんは、こりぇ」
なぎ君はラムネ菓子を、もえちゃんはウェハースを一つ手に取った。
あら、控え目である。
恵梨奈ちゃんと、拓磨君の顔が曇る。
「もう。お菓子は沢山有りますのに、それだけでは駄目ですわ」
「そうだぞ。こどもはわがままでいいんだ」
二人がかりで、お菓子を取り出しては、双子ちゃんに押し付ける。
いや、君達もお子様だからね。
なぎともえは、ねぇね達のお菓子が減ると思って、控え目に選んだのだろう。
うん。
甘やかそう。
再認識させられた。
「にぃに、もちぇにゃいよ」
「ねぇねの、おきゃし、ないないよ」
「面倒くさくなってきましたわ。拓磨」
「うん。これ、みんなあげるからな」
「私と拓磨は、まだ昨日のお菓子が残っていますから。おじ様、おば様、引き取って下さいませ」
恵梨奈ちゃんと拓磨君は、一掴みお菓子を取ると、和威さんに宝箱を渡して逃げに入った。
呆気に取られる私達を余所に、全力疾走で遊び場を出ていった。
「「いっちゃっちゃ」」
「そうね。遊ばないで行ってしまったね」
「子供には見えない行動力だな」
母親の胡桃ちゃんが、姐御肌な気質だから、受け継いでいるのだろうな。
弱い者苛めとか、毛嫌いしてるし。
可愛い物大好きだし。
「お昼ご飯の時にまた会えるから、ありがとう言おうね」
「「あい。あしょんぢぇも、いうにょ。ねぇねちょ、にぃには、いじめにゃいにょよ」」
「そうだな。逆に苛めっ子を、やっつけてくれるぞ」
両手のお菓子を宝箱にしまったなぎともえは、やはりキッズルームの出来事を忘れてはいない。
歳上のお子様に、苦手意識がついてしまっているな。
恵梨奈ちゃんと拓磨君とで、払拭できたらいいな。
再従兄弟の中でも我が家の双子ちゃんが、一番下である。
これからは、歳上のお子様との付き合いが多くなるからなぁ。
中々、同年代のお子様とは出会いが少ない。
なんとかしないとね。
保育園に通う前に、耐性をつけておかねば。
「ママ~」
「にゃに、おきょっちぇ、いりゅにょ?」
いかん。
怒ってるように見えてしまった。
「ママは、怒ってません。悩んでいるのだよ」
「おにゃやみ、なあに?」
「なあに?」
可愛いらしく、同時に首を傾げる。
しゃがむと不安がったのか、抱き付いてきた。
背中をぽんぽんして、安心させる。
「なぎ君と、もえちゃんのお友達がいないなぁ、って思ったのよ」
「あー。そうだな。歳上ばかりだな」
「でしょう。同年代がいないのよ」
「キッズルームデビューも、失敗したしな。何とかしないといかんな」
和威さんも、私と同意見らしい。
かえすがえすも、椿伯母さんの義妹に腹が立ってきた。
歳が離れすぎて甘やかされてきた人らしく、朝霧家にも頻度が高めに押し掛けてきていて、うざがられていた。
来る度に、お願い事をしているそうな。
今日辺りにも、やって来るかもと情報が。
勿論、出入り禁止になっている。
騒動が起きそうな気配に、巻き込まれないといいけどなぁ。
まあ、朝霧邸のガードは鉄壁である。
内側までは、入ってこられないだろう。
緒方家といい、朝霧家といい、問題が多いな。
私、厄年だっけ。
後で、調べてみよう。
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