その4
そろそろお昼寝から起きる時間かな、と思った間際に稲光が発生した。
次の瞬間に轟音が響いた。
「「うきゃぁう」」
おやつの準備をしていたキッチンから、慌ててなぎともえの側に向かった。
「「ママぁ。どこぅ。きゃみなりしゃま、だよぅ」」
「はぁい。ママはここにいるよ」
「ママ。きゃみなりしゃま」
「おへしょ、きゃきゅしゅ、にょ」
唐突な雷によって目が覚めた双子ちゃんは、それぞれタオルケットを頭に被せぶたり、お腹に巻いたりとしている。
稲光と轟音は、近づいてきている。
雨足も強く窓を叩きはじめた。
パパがいないけど大丈夫かな。
「「いやぁよ」」
一際大きな雷が近くに落ちた。
タオルケットを放り出して両側から抱きついてきた。
「大丈夫。大丈夫。お家の中にいるから、雷さんは入って来ないよ」
軽めの口調で語り掛けてみるが、しがみつく腕の力が強まるだけだった。
う~む。
やはり、和威さんの不在が痛いなぁ。
おやつで安心させようにも、離れてくれないから困った。
「ママぁ、パパ、ちゃぢゃいま、できう?」
なぎ君が閃光と轟音に怯えながら、疑問を聴いてくる。
この雨と雷が続けば自転車では帰宅できないから、おそらく電車となりそう。
停電や浸水がなければいいけどなぁ。
和威さんのことだ、双子ちゃんが甘えれば歩いて帰ってきそう。
う~む。
何て説明しようか悩むなぁ。
「パパはちゃんと帰って来るから、心配しないの。雨が止まなかったら、峰君にお迎え頼もうか」
「「あい。みーくんに、おねぎゃい、しましゅ、しゅりゅ」」
「じゃあ、お顔洗ってガラガラしようね」
「みーくん、もしもし、しにゃいにょ?」
「パパ、ただいまわ?」
「パパのただいまは、まだまだよ」
今は15時前である。
退社時間までには後数時間残っている。
へにょり眉のなぎともえを安心させるには、ラインかメールでも送るべきかな。
でも、仕事中に私用メールや電話は駄目か。
雷が鳴る度に悲鳴をあげてしがみつくなぎともえを見てると、早くパパに帰ってきてもらいたいしなぁ。
一応送っておこうか。
定時で帰れるのか、双子が雷に怯えてる等書き込み送信しておく。
あれ?
未読メールがあった。
雷の音にかきけされたかな。
彩月さんと峰君からだ。
なになに、どちらも雷になぎともえが怯えていないか、案じてくれている。
二人にはありのままの状態を送信する。
身動きできないので彩月さんにはヘルプ要請もだしておく。
だって二人同時には抱っこできないし、力一杯抱きついて来るので少し苦しくなってきた。
絶対に泣くから言えない。
遠慮を覚えさせてしまうのは嫌だ。
「失礼致します」
彩月さんには万が一に備えて合鍵を渡してある。
私や双子ちゃんが寝込んだりした時には、和威さんではなく彩月さんに対応してもらう為だ。
お山に居た時は和威さんが仕事の傍ら看病してくれたけど、会社勤めになったからには健康には気をつけて貰わねば。
そうなったら、峰君の部屋に追い出す気満々だ。
「「さぁたん、きゃみなりしゃま、よぅ」」
「はい、雷様ですね。大丈夫ですよ。彩月が参りましたから、安心してくださいませ」
彩月さんはにっこりと笑い私から、双子ちゃんを離して抱き上げた。
何処からみても20代に見える彼女は、とても若く40代とは思えない美魔女だ。
早世された旦那様もお医者様で代々篠宮家の主治医を務めている。
五男の嫁に付いてくれる家人ではないのだけど、何故か火傷跡に親身になってくれていた。
お義母さんと一緒にケアの大切さを教えてくれる。
そうだよね。
なぎともえが成長して学校に通うようになると、PTA等で他の児童の親から敬遠されたり、いじめに繋がる種はない方がいいに決まっている。
奮起させられましたとも。
我が子の為ならママは頑張りますよ。
「さぁたん、パパ、きゃえっちぇ、くりゅかなぁ」
「かみなりしゃま、いにゃく、にゃる、きゃにゃぁ」
パパママの次になついている彩月さんと、お喋りしている間におやつの準備の続きといきましょう。
立ち上がると即座に振り替えるなぎともえ。
ちょっとびっくりした。
「「ママ、ぢょきょに、いくにょ」」
「キッチンよ。おやつの準備。なぎ君ともえちゃんは彩月さんと顔を洗って来てね」
「「いやぁ。ママぁ」」
なぎともえは彩月さんの抱っこから降りて、足にしがみつかれた。
えっ、何で。
いつもなら、ばんざーいなのに。
どうしたの?
何が嫌だったのだろうか。
疑問符だらけの私に、彩月さんが笑いかけた。
「琴子様。因みに本日のおやつは何でございますか?」
「ホットケーキのフルーツ乗せ。椿伯母さんから、フルーツが届いたの。消費しないと腐っちゃう」
「では、彩月がお作りしますので、琴子様はなぎ様ともえ様のお側にいて下さいませ。お二人のお世話は母親の、琴子様のお役目ですよ」
にっこり、と釘が刺された。
足元には、私そっくりな不安顔な双子。
「「ママぁ、いっちょに、いちぇ、ちょうだい」」
「はい。ママはなぎ君ともえちゃんの側にいるよ」
双子の震える声に、彩月さんが何を言いたかったのか、わかった。
たまらずなぎともえを抱き締めた。
なついているからと言って、彩月さんに甘えていたのは私だ。
私が信頼しているから、双子ちゃんは彩月さんに甘えていたのだ。
おおぅ。
痛恨なダメージだ。
母親失格者だ。
和威さんは怒らないだろうけど、我が母に知られたら叱責されるだろう。
育児に疲れて倒れた時に、お義母さんや彩月さんに甘えて母親が誰か忘れてしまわないように、しっかり警告されていたのを思いだした。
ごめんなさい。
なぎ君。
もえちゃん。
ママが悪かったね。
二人のママは私だね。
「「ママぁ、いちゃいいちゃい? さぁたん、ママ、え~ん、しちぇりゅにょ」」
「琴子様?」
「反省中につき、暫く放ったらかしでお願い致します。そして、子供たちのおやつもお願い致します」
自分の不甲斐なさに泣けてくる。
また、なぎともえが混乱して火傷跡を痛いのかとさすってくれる。
あぁ。
ダメージが募る。
双子ちゃんの優しさに更に泣けてくる。
なぎ君が、畳んだばかりのバスタオルをもってきてくれた。
いつのまにか、成長の証を見せられているみたいだ。
もえちゃんは一生懸命泣きたいのを我慢した表情で、さすってくれている。
言葉に出さないけど、小さな身体と暖かな心の持ち主は、ママの身体を気遣いできる良い子に成長してくれていたんだね。
久方振りに泣いた私の涙腺は決壊した。
泣き止むまで雷に怯えていたなぎともえは私から、離れることはなかった。
「おかえりなさいませ。そして、ごめんなさい」
18時すぎ和威さんが帰宅した。
雨の為、電車で帰るとメールがきた。
玄関まで出迎えに行った双子ちゃんのはしゃぐ声と会話していた和威さんが、リビングに表れるなり私は土下座した。
「俺はなにかしでかしたか?」
「ちがいます。やらかしたのは、私です」
「「ママぁ⁉」」
困惑している和威さんと子供たち。
わかってはいるが、謝らないと気がすまない。
「パパぁ。ママ、にゃんで、めんしゃい?」
「パパにもわからん」
うん。
そうだろうけど、もう少しだけお付き合いくださいな。
今すぐ説明しますから。
「あのですね。今日は母親にあるまじき行いをしてしまいまして、絶賛反省中でございます」
「あ? 彩月から、メールが来てたなぁ。それか」
「だと、思われます」
「雷に怯えたなぎともえを、彩月に任せようとしたのだろう」
「その通りでございます」
「何かやりにくいな。別段、琴子が反省する余地はないんじゃないか? あったとしても、琴子も自分で気がついてないだけでストレス抱えていたんじゃないか、と俺は思う」
ストレス。
和威さん不在を一番気にしていたのは私かぁ。
見知った彩月さんに甘えてしまったのは、それが原因かもしれない。
「だから、頭を上げろ。なぎともえまで真似してるぞ」
なんですと。
慌てて頭をあげると本当にしてた。
もえちゃんはでんぐり返し一歩手前だけどね。
「なぎ君ともえちゃんはしなくていいのよ。悪いのはママだけだから」
「「パパ、めんしゃい。ママ、めっ、しにゃいぢぇ、ちょうだい」」
なぎともえ。
またママ泣いちゃうぞ。
ママを庇ってくれてるのね。
今度は嬉し泣きだ。
「ほら、なぎともえ。ママは止めたぞ。ご飯前に胃が痛くなるのはおしまいだ」
「「う~。ママ? また、いちゃいいちゃい?」」
「違うから、撫で撫ではいいの。なぎ君ともえちゃんが優しい子に育ってくれて、ママ嬉しいの」
「うれしいは、にきょにきょよ」
「ママ、え~ん、ちあうの?」
両脇からへにょり顔で見上げる双子ちゃんに泣き止むと笑いかけた。
にぱっ、と笑い返してくれる。
「「あい。ママ、にきょにきょよ」」
抱き付いてきた双子ちゃんに頬擦りした。
ママはなぎともえがにこにこするのが大好きよ。
こんな幼い身で思いやりができるなんて、いい子すぎだよ。
お山には同年代の子供がいなくて、周りには大人ばかりだから、自然と行儀は身に付けていた。
一度食事の際に手掴みで食べた双子ちゃんに対し、躾に関して嫌味を言ってくる親戚に謝罪した私と和威さんの姿を見て、なにかしら感じたのか二度とやらなくなった。
幼児なのだから当たり前な行動を恥に思う訳がない。
以降親戚が集まる場所へ顔を出してみたら、なぎともえは私達の側から離れることはなくなり、食事も恐る恐るとるようになってしまった。
これはいかんと思い、なるべく集まりの日は外出するようにした。
また、その事について嫌味を言われたのだけど、なぎともえの心の安定第一である。
和威さんはそんな一件があったから、自分の目の届かない場所に独りで転勤には行きたくなかったらしい。
直接聴いた訳ではないが。
「ほい、謝罪は終わりだ。琴子、腹が空いた」
「もぅたんも、しゅいたぁ」
「なぁくんも、しゅいたぁ」
ぎゅるる、と可愛らしい虫が鳴いた。
おやつにホットケーキとフルーツを沢山食べたのに、食欲魔神の親子の登場だ。
つられて、私も鳴りそう。
あっ、やばい。
正座で足が痺れた。
ちょっと待って、なぎ君、もえちゃん。
痺れたのであって、痛くないから。
擦らないで、ちょうだい。
和威さん。
なぎともえを抱っこして、私から離して下さい。
お願いだからぁ。
虚しい抵抗で双子に案じられて痺れた足に触られるまで後3秒。
土下座の代償はこんな結末で幕を閉じました。
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