その38
深夜にも関わらず、朝霧邸は煌々と電気がつけられ、お祖父様が待ち構えていた。
なぎともえは、車の中で熟睡している。
なぎ君は兄が、もえはちゃん和威さんが抱っこして、離れのお布団に寝かせた。
双子ちゃんは其々ぬいぐるみを抱いて、起きる素振りを見せずに、寝入ってくれた。
離れは、結婚当初の両親が住んでいた場所。
さすがに、家電は新しくなっていたが、掃除は済んでいて、生活できるようになっていた。
「お祖父さんとは、俺が話してくる。琴子は、なぎともえを、頼む」
「分かりました。お願いします」
「先に休んでいて、いいからな」
なぎともえを一撫でして、和威さんは母屋に。
兄と両親も続いた。
父と母は名残惜しげたったが、父は明日も仕事がある。
早々に帰宅するそうだ。
泊まればいいのになぁ。
それだと、睡眠時間を節約出来るのに。
そう言うと、苦笑していた。
何か、泊まれない事情があるらしい。
深くは、つっこまなかった。
ただ、小市民な父がお世話されまくりな環境に慣れないからだと、母からメールがきた。
うん。
分かる気がした。
母は慣れているが、一から百までお世話されると、堕落した気分にはなる。
私は父に、似たな。
その点、兄は指示するのに慣れているが。
母譲りだな。
あふ。
なぎともえの隣に横になると、眠気に襲われる。
和威さんに、言われた通り眠るかな。
「「ママ~」」
寝言かな。
双子ちゃんは空いた手で、何か探している。
人さし指を差し出すと、しっかり握る。
「ママは、ここにいるから。安心してねんね」
声をかけると、にぱっと笑う。
高級住宅街にある朝霧邸は、防音もしっかりしていて、外の音を遮断してくれている。
ゆっくり、ねんねして頂戴な。
ママもねんねするよ。
子供特有の暖かな体温を感じながら、私も睡魔に身を委ねた。
はっきりとは覚えていないが、双子ちゃんが胸やお腹に引っ付いてくるのを感じた。
寝ていても、背中を軽く叩くのを忘れない。
パパがいないから、ちょっと寂しいのかな。
大丈夫。
直ぐにでも、パパは戻って来てくれるよ。
翌朝。
もえちゃんは大の字でお布団を剥いでいた。
なぎ君も釣られて、和威さんのお腹に足を乗せていた。
うん。
安定な寝相である。
時刻は午前8時過ぎていた。
やはり、深夜に起きていた弊害で、双子ちゃんはぐっすりだ。
いつもなら、お腹空いたと早起きなのだけど。
和威さんも、何時寝たのかな。
覚えがない。
朝食はどうしようか。
パジャマの上にカーデガンを羽織り、離れのキッチンに向かった。
「おはようございます」
「おはよう、彩月さん」
キッチンには先客がいた。
そして、朝食の準備をしていてくれていた。
彩月さん達も、相変わらず早起きだ。
ちゃんと睡眠時間を確保しているのだろうか。
「朝食の食材は、母屋から頂きました。お眠りになられたのが遅いので、朝食は別々に取られて、昼食は母屋でご一緒にと、承っております」
「分かりました。ありがとう、彩月さん」
手際よく、サンドイッチを作る彩月さん。
双子ちゃんが、食べやすいように小さめに切り分けてくれた。
「何か、お茶を召し上がりますか」
「うん。手間ではなかったら、紅茶をください」
「畏まりました」
テーブルに座ると、彩月さんに聴かれた。
彩月さんは、生き生きとお世話を焼いてくれている。
家人としては、主一家のお世話をできて、嬉しいのだろうな。
普段は私の我が儘で、腕を発揮できないからかにこやかな笑顔を崩さない。
「お待たせ致しました」
「ありがとう」
丁寧に蒸らし時間を計り、ティーカップに注がれた紅茶は美味しかった。
自分で淹れたのとは、味が全然違う。
適当にやっているのがいけないのか。
几帳面ではない、ずぼらな性格の私では上手く淹れられない。
専ら、ティーパックのお世話になっている。
「「ママ~。どきょ、でしゅか」」
まったりと寛いでいると、和室からなぎともえが襖を開けて呼んでいる。
パパがいるからか、泣き声ではない。
「はあい。こっちよ」
振り返ると瞼を擦りながら、なぎともえが和室とリビングの境の廊下に立っていた。
手を繋いで所在なさげに、不安に揺れる眼差しで私を探している。
見覚えのない場所だから、何処に行けばいいのか迷っている。
「「ママ~」」
「パパは、まだねんねしていたかな」
椅子から降りて、膝をつくと両手を広げる。
きづいた双子ちゃんは、突進してきた。
「パパ、ねんね」
「おっき、しちぇ、くぅえない」
「あら、パパはまだ、ねんねか。お顔洗って歯磨きしたら、朝御飯だからね」
「あい。パパ、おっき、しちぇ、もりゃう」
「もぅたん、こしょこしょ、しゅりゅ」
ご飯はなるべく、家族皆で食べたい。
そう言ったのは、和威さんだ。
これで、ご飯を食べれなかったら、機嫌が悪くなること間違いなし。
双子ちゃんを洗面台に案内して、洗顔と歯磨きをする。
「ふー。しゃっぱり」
「あい。きえいきえい、しちゃ」
「はい、お利口さん」
濡れた顔を拭きつつ、ほっぺを撫でる。
にぱっと笑う。
次はパパだ。
和室に突撃していく双子ちゃん。
「ぐえっ。なぎ、もえ、手加減してくれ」
あらま。
そのままの勢いで、パパにも突撃して行ったか。
和威さん。
ご愁傷様である。
「パパ~。おっきよ」
「なぁくん。おにゃきゃ、しゅいたぁ」
「もぅたんも。はあく、おっき、しちぇ」
和室に行くと、寝転ぶ和威さんのお腹の上には双子ちゃんが乗っている。
写メを録ってみよう。
題はパパの寝起き襲撃でいいかな。
なぎともえは、お腹の上でぽんぽん弾んでいた。
もえちゃんは擽るのではなかったかな。
和威さんの腹筋は大丈夫だろうか。
「なぎ。もえ。一旦降りような。パパ、起きれないぞ」
「「あーい」」
元気よくお返事をした双子ちゃんは、大人しくお腹の上から降りた。
嘆息した和威さんが起き上がる。
お腹を押さえているのは、ダメージが少なからず入っているからか。
「パパ、めんしゃい?」
「うー、めんしゃい?」
しかめっ面な和威さんに、なぎともえはご機嫌を伺いながら、謝っている。
疑問系なのは、ご愛嬌である。
「パパ、二人一緒に腹に乗られたら、苦しいな。今度からは、一人ずつで頼むな」
表情を歪めたなぎともえの頭をなでなでして、和威さんは苦笑している。
その説明だと、結局は双子ちゃんに乗られるのだけど、気付いているのかな。
「「あーい」」
片手をあげて、起き上がったパパに抱き付く。
きゃらきゃらと笑い声をあげている。
「パパ、なぁくん、おにゃきゃ、すいちゃ」
「もぅたんも。はあく、おきゃお、ありゃっちぇ、くうしゃい」
「なぎともえは、もう洗ったのか」
「「あい」」
「そうか、パパが一番遅かったのか。悪いな」
「パパ、おねむ?」
「おっき、だあめ?」
豪快な欠伸をするパパに、なぎともえは首を傾げている。
ぐるると、お腹の音が和室に響いた。
双子ちゃんは音の発生源を押さえ、和威さんを見上げている。
「ははは。なぎともえのお腹に催促されたな。パパ、顔を洗ってくるから、先に食べてていいぞ」
「「あい。まっちぇ、りゅにょよ。はあく、ね」」
パパを洗面台に見送った双子ちゃんは、私の足にしがみついた。
見上げる瞳は、抱っこをねだっているな。
でも、ママは二人一度に抱っこしてあげれないのだ。
順番になってしまうが、我慢して貰おう。
「なぎ君、もえちゃん。じゃんけんぽん、しようか」
「「あい。じゃんけんぽん」」
なぎ君がグー、もえちゃんがチョキ。
なぎ君の勝ちである。
なので、なぎ君を抱っこする。
「じゃあ、もえちゃんは着いてきてね。途中で交代するからね」
「あーい」
ぐずらない良い子である。
でも、今回はなぎ君は負けなかった。
じゃんけんぽんすると、大抵はもえちゃんはチョキを出す。
理解しているなぎ君は、負けてあげるのが常だったから、ママは内心驚いている。
さては、初めての場所で不安になっているな。
抱っこして目線が高くなったなぎ君は、周りを忙しなく観察している。
ねんねしている間に訪れた朝霧邸なだけに、敵がいないか、もえちゃんを苛める人はいないか、探っているのだろう。
「ママ。ここ、どきょ、でしゅか」
「ママのじぃじのお家よ。病院で会ったひいじぃじのお家」
「ひいじぃじ? にゃんで?」
「ひいばぁばにょ、おみみゃい?」
足元からも疑問が。
なぎ君を抱っこしたまま、しゃがみこむ。
大事な話はなるべく、目線を合わせて話してあげる。
「夜に大きな音がしたでしょう」
「あい。とりしゃんの、おしおきね」
「とりしゃん?」
「あい。わりゅい、ひちょにょ、おしおきよ」
「わりゅい、ひちょ、どきょに、いちゃにょ」
「うーんちょ」
「悪い人は、車が沢山並んでいる駐車場にいたの。それで、パパがなぎ君ともえちゃんが、安心してねんね出来る様に避難しようと言ったのよ」
「ひにゃん。ひいじぃじのおうち、あんじぇん、にゃにょ?」
なぎ君の安全の単語は、自分ではなくもえちゃんが安全か問い質しているのが分かる。
ママは、なぎ君も安全になって欲しいのだけどな。
なぎ君にとっては、自分の安全よりもえちゃんを優先さしてしまうのが、少し痛い。
分け隔てなく育ててきたのだけど、男の子だから、お兄ちゃんだからと、我慢しなくて良いのになぁ。
君達は、まだまだ甘え盛りの幼児なのだよ。
我が儘言って、パパママを振り回してみて欲しいな。
「そうよ。ひいじぃじのお家には、安全に守ってくれる人達が、沢山いるの。だから、なぎ君ともえちゃんが、のびのびと遊べるの。緒方の義叔父さんのお家に有った、遊び場もあるのよ」
朝霧邸にも孫や曾孫に甘いお祖父様が、庭の一角に作らせた遊び場がある。
室内遊具になっているが、ブランコや滑り台は毎年新調しているらしい。
お砂場はないのだけど、たまに庭師のお手伝いをして遊んでいるとの、従姉妹情報である。
朝霧邸は広いから、庭で走り回ることもできる。
「しゅべりだい、ありゅ?」
「ぶりゃんこは?」
「どちらも、有るわよ」
「「きゃあ」」
遊び場に、目が輝く双子ちゃん。
さっそく、視線を合わせて満開な笑顔を見せてくれた。
きっと、遊び場に日参して入り浸るな。
朝霧邸には、椿伯母さんの娘一家が同居している。
少し歳上だけど、良い遊び相手になってくれるかも。
頼んでおくかな。
「おっ。まだ、ご飯は食べていなかったのか」
「「パパ、あにょね。あしょびばぎゃ、ありゅんだっちぇ」」
「遊び場か。ならご飯を済ましたら、行ってみるか」
「「あい」」
パパが遊び相手になってくれるから、ご機嫌だ。
なぎ君も珍しく頬を赤くして喜んでいるし、もえちゃんははしゃいで跳び跳ねている。
そのまま、和威さんにダイブした。
難なく受け止めた和威さんは、もえちゃんを抱っこしてダイニングに向かう。
私もなぎ君を抱き直して、後に続いた。
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