その35
「そう言えば、母。スマホはどうしたの?」
きらきらに夢中なもえちゃんと、プチカメラマンのなぎ君は和威さんが出してきた一眼レフで、写真大会が始まった。
母もスマホを取り出して、構えようとしたが、肩を落とした。
充電切れか、故障したのか、沖田さんのスマホで連絡してきたのを、忘れていた。
「そうだったわ。水没したのよねぇ」
「何それ。母がやったの?」
「いやぁねぇ。高浜の馬鹿息子に投げられた先が池だったのよ」
母の言い分を信じると、朝霧家所有の美術品を勝手に売買した件を、通報しようとして、スマホを取り上げられたとの事。
抵抗した際に出来た掠り傷を見せられた。
蚯蚓脹れになっている怪我に、手当てをしたくなった。
「手当てをしなくていいの? 痛そうなんだけど」
「実際、痛いわね。この後で朝霧家に戻り、警察の事情聴取に応じるわ。それまでの、辛抱ね」
「事情聴取って、早く戻らないといけないんじゃないのよ。何、我が家で寛いでいるかな」
「今帰ったら朝霧の父の怒りで事情聴取どころではないわよ。自宅に警視正クラスが呼び出されているわね」
何を呑気に構えているかな。
朝霧のお祖父様も経済界の大物だけに、直通で呼び出されてしまう警察の人が可哀想だ。
朝霧コレクションを手に入れた第三者のお師匠さんとの、板挟みになりそうな警察の偉い人に、同情してしまう。
今頃は、最低な気分のお祖父様相手に、四苦八苦しているだろうな。
お疲れ様と言いたい。
「それで、沖田さんを呼ぶ? もう、私の分は終わりでしょう」
「何よ。もう少し、なぎ君ともえちゃんに癒されたいわ」
母の視線の先には、玩具のティアラを頭に着けたもえちゃんが、なぎ君と並んで笑っている。
ご機嫌だ。
なぎ君が膝ま付いて、もえちゃんの手を取り、ポーズ。
和威さんが、カメラで連写している。
惜しい。
二人とも、オーバーオールとジャンパースカートなのが、惜しい。
いや。
着せたのは私だけどな。
まさか、母が遺産を持ってくるとは思わなかった。
「琴子。後で写真のデータ送って頂戴」
「何なら、礼装の服でも着せて見る?」
「それが、いいわ。朝霧の母にも見せてあげないと」
ここまできたら、ドレスアップしたのを、撮るべきかな。
提案すると、食いつかれた。
お祖母様にか。
それは、張り切って双子ちゃんに頑張って貰わねば。
「梨香ちゃんには次の機会に頑張って貰って、椿姉さんのフォトスタジオを押さえるわ」
母、職権濫用はやめたまえ。
椿伯母さんは、朝霧グループの服飾関連を担当している責任者だ。
当初は、レディース専門だったが、双子ちゃんが産まれてからは子供服も扱い、専門のフォトスタジオまで開設した。
お陰さまで、なぎともえの衣服に困ったことはなく、私達親が買い求めるのは、専ら下着だけという難点がある。
私だって可愛い服を選びたいのに、どんどん送られてくる服を増やす訳にはいかん。
泣く泣く諦めている。
梨香ちゃんも頻繁ではないが、ストレス解消に双子ちゃんの小物を送ってくれる。
それだけで、賄えてしまうのが、恐ろしい。
椿伯母さんからは、希に私の衣服を送られてくる。
和威さんの分は、きっと自腹でブランド品を買ってるのだと思う。
以前に、従姉妹達に訊いたら衣服よりブランドバッグを強請り、送られてきたらしい。
それに、比べたら双子ちゃんの衣服は安い、よね。
「「ママ~。どうちちゃ、にょ」」
写真大会が終わったのか、なぎともえが膝に登ってきた。
「なあに。ママ、変な顔してた?」
「「あい。にこにこ、にゃいにょ」」
「いちゃい?」
「もぅたん、わーまま、しちゃ?」
なぎ君は首筋を撫で、もえちゃんは首飾りを外そうとする。
慌てて、首飾りを外して宝石箱に仕舞い、双子ちゃんを抱き締める。
「「ママ?」」
「不安にならなくていいの。ママは、元気よ。ばぁばが、なぎ君ともえちゃんのお写真を、すぐにでも撮りたがるのを困っただけよ」
「おしゃしん?」
「そう。ひいばぁばに、見せてあげたいのだって」
「びょーいんにょ、ひいばぁば?」
「そうよ」
なぎともえが、隣の母を見る。
母は、頷いてくれた。
入院している朝霧のお祖母様は、七五三風の写真を偉く気にいっているらしい。
椿伯母さんが、残りのデータでアルバムを作り手渡したら、喜んでいたと連絡がきた。
そろそろ、お祖母様は朝霧邸に戻る予定だ。
最期は慣れ親しんだ家で迎えたい。
これ、お金があるから出来るのだよね。
看護士と主治医を常駐させるのだもの。
24時間看護が可能だからやれる。
お祖父様は、お祖母様を看取る覚悟を決めたのだろう。
主な権限を楓伯父さんに譲り渡したそうだ。
でも、経済界の大物のお祖父様の元へは、ひっきり無しに訪れる招かざる客が多く、そんな客は追い返している。
中には、追い返し出来ない客がいて、お祖母様の体調に気をつけない見舞い客もいるそうだ。
お祖父様としては、静かに過ごして欲しいのだろうけど、朝霧邸に戻ると煩わしい身内が一番厄介な客になるかもしれない。
「ひいばぁば、まぢゃ、びょーいん?」
「おうちに、きゃえれ、にゃいにょ?」
「そうよ。来週の水曜日には、お家に帰れるわ。なぎ君ともえちゃんも、朝霧のお家にお見舞いに来てあげてね」
「「あい」」
「なぎ、もえ。ひいばぁばはまだ病気だから、煩く騒いだら駄目だぞ」
「びょーき、にゃおっちゃ、にょじゃ、にゃいにょ?」
元気に返事をした双子ちゃんに、パパの忠告が言い渡される。
なぎ君は、くるんと半回転すると、和威さんの腕の中にいく。
なぎ君なりに、ひいばぁばの病気が重たいものだと感じたのかもしれない。
もえちゃんも、不安気に眉が下がっている。
「ママ。ひいばぁば、げんきに、にゃりゃにゃいにょ?」
「そうね。ひいばぁばの身体の中には、悪さをする病気の原因が沢山あるの。沢山有りすぎて、治せなくなってしまったの」
「いちゃいにょ、ちょんでいけは、めめ?」
不安に揺れる瞳を覗き込むと、涙の膜が沸いてきている。
人の死を理解しているもえは、ひいばぁばが助からないと分かったのだろう。
こつんと、額を合わせた。
「もえちゃんが、痛いの飛んでいけしたら、少しだけは痛いの無くなるかな。だけど、痛いのは一杯有りすぎて、病院のお医者さんでも駄目なのよ」
「さあたんも、め~」
「彩月さんでも駄目よ」
「うー。なぁくん」
「あい」
信頼している彩月さんでも駄目と分かると、膝から降りてなぎ君に抱き付くもえちゃん。
隣の母は痛ましく双子ちゃんを見ている。
二歳児に話して理解出来る話題ではないだろうけど、我が家の双子ちゃんには死が付きまとってきていた。
篠宮の男女の双子は殺し会う。
前世のもえちゃんには、母と兄を殺した記憶がある。
罪悪感があるのか、楽しい日々を過ごした夜には魘されている。
その度に、和威さんと二人で悪夢を晴らす言葉を掛けるのだけど。
感受性豊かなもえちゃんにとっては、身近な人の死を受け止められるかどうか。
ひいばぁばと距離を置いた方がいいのか、自問自答の日々である。
「もぅたん。だいじょーぶよ。なぁくんぎゃ、いりゅよ。パパもママも、いっちょ。ばぁばちょじぃじも、しょーくんも、いっちょよ」
「……ぁぃ。なぁくん。もぅたんにょ、しょばにいちぇね」
「あい。なぁくんは、もぅたんにょ、にぃによ。いちゅまでも、いりゅきゃりゃね」
うん。
安定なシスコンだ。
もえちゃんの未だみないお婿さんの強敵は、和威さんではなくなぎ君とみた。
やばいな。
二大強敵に打ち勝つお婿さんが、現れるか心配になる。
「あらやだ。もえちゃん、お嫁に行けるのかしら」
母が呟く。
同感である。
まあ、最悪お嫁に行かなくても、和威さんの脛は丈夫だ。
嬉々として仕事に邁進するだろう。
「パパ。もぅたん。ひいばぁばに、おみみゃい、しゅりゅ」
「なぁくんも、ひいばぁばに、あいちゃい」
抱き締めあったまま、双子ちゃんは和威さんの顔を見た。
「お見舞いは、直ぐには行けないぞ。来週の水曜日以降になる。ひいばぁばも、都合があるし、写真も撮らないとな」
「そうよ。なぎ君の王子様と、もえちゃんのお姫様の写真を撮らないとね」
「「あい。おしゃしん、いちゅ?」」
おお。
双子ちゃんは、やる気満載だ。
手を繋いで、ばぁばに突進。
俄然、やる気になる母だ。
「そうと決まれば、早く姉さんに話さなくては。琴子、沖田さんを呼んで頂戴な」
「はいはい。掛かってきた電話番号で良いのよね」
リダイヤルすると、ワンコールで沖田さんは出てくれた。
事情を話すと奏子様らしいと苦笑していた。
すみません。
思わず謝罪しそうになった。
「直ぐに、正面玄関に車を寄せるですって」
「分かったわ。これは、琴子の遺産の目録ね。渡しておくわ」
「うん。ありがとう」
「お見送りは私が致します」
「彩月さんね。お願いするわ」
そうだった。
今日は静かに部屋に籠るべきなのよね。
キッズルームで悶着起こしたし、ストーカー紛いの勘違い女性がいるし。
安全を確保するまでは、ロビーまでお見送りは遠慮しておくか。
「ばぁばに、バイバイしようね」
「「ばぁば、バイバイ。まちゃ、きちぇね」」
「はい。また、遊びに来るわね。次は、なぎ君ともえちゃんにお土産を持ってくるわ」
「「あい。あいあと、ごじゃあます」」
手を振った後に、ペコリと御辞儀する。
はは。
きちんと、お礼が出来て、ママは嬉しいな。
母も、今日一番の笑顔で、帰っていった。
さて、夕飯までには時間がある。
「司朗君とわんわを呼ぶ?」
「おきゃたづけ、さきよ」
「きりゃきりゃ、こーかじゃかりゃ、ないないよ」
あらら。
おちびさんに言われてしまった。
「はは。ママにいつも言われているもんな」
「「あい。しょうよ」」
「はい、ごめんなさい。きらきら片付けてから、わんわね」
「「あーい」」
なぎともえにも笑顔が出てきた。
暗いお話はもうなしにして、楽しいわんわとの触れ合いにしようね。
桐箱と宝石箱を取り合えず納戸に仕舞い、司朗君と電話する。
電話越しにワンコの吠える声がしたので、ワンコも待っていたのかな。
五分と経たずにワンコがリビングにやって来た。
それだけで、なぎともえは狂喜乱舞。
また、顔を舐められ順に押し倒された。
和威さんも、慌てて制止しようとする司朗君を止める。
「宜しいのですか?」
「ああ。少し暗い話が出たからな。笑わかしてやりたい」
「? 畏まりました」
無邪気に笑う双子ちゃんと甘えるワンコ。
お祖母様の寿命は短い。
それまでは、普通のお子様の様に無邪気に笑っていて欲しい。
和威さんに寄り添うと、肩を抱かれた。
「その前に、ストーカーを排除するか」
「ええ、お願いするわ。そろそろ、公園で遊ばせてあげたいから」
「分かった。関係各所にGOサインを出しておく」
さあ、反撃開始をしようではないか。
待ってなさい。
ストーカーさん。
ブックマーク登録ありがとうございます‼




