その34
さあ、気持ちを切り替えて桐箱を開けていこう。
嫌なことはサクサク進める。
これに限る。
中くらいの桐箱を開けてみた。
水晶珠が入っていた。
占い師が所持するあの珠だ。
大きさは直径20センチほどの丸い珠。
何の曰くものかな。
「これは、水無瀬家由来の品ね。一説には龍神様がもつ如意宝珠と言われているわ」
「きりゃきりゃ、しちぇりゅ」
「ぎゃおちょ、おんにゃじね」
なぎ君が、オーバーオールの金具に着けた御守りを手にする。
いつの間にか名付けていた。
怪獣さんみたいだね。
「あら、なぎくんもひいばぁばに貰ったのね」
「もぅたんも、ありゅよ」
もえちゃんはジャンバースカートの金具に、同じ御守りを着けている。
「あにょね。もぅたんのは、がぁしゅ、にゃんだよ」
得意気に名前を言う。
うん。
此方も名前をつけていた。
またもや、怪獣扱いだ。
御守りなのに、このネーミングよいのかな。
母は、双子ちゃんの頬を撫でてにこやかだ。
「頼もしい御名前ね。格好良いわ」
「「あい。ぎゃおちょ、がぁしゅ、よろきょんで、いりゅよ」」
まっ、いいか。
なぎともえが、嬉しげなら。
龍神様もお子様には、お怒りにはならないで受け入れているようだ。
「お義母さん。御守りとこの如意宝珠の素材は、水晶ではない、ですよね」
和威さんが、恐る恐る問うた。
なぬ。
水晶ではなかったら、何だと言うのか。
聴きたくはなくなりそうだ。
「そうね。恐ろしい事に、金剛石、ダイヤモンドね」
やっぱり、とんでもないじゃないか。
一体何カラットあるのよ。
博物館入りしても可笑しくはないよ。
お祖母さまも、何て代物を所持していたかな。
いや、如意宝珠は龍神様がもつものだから、水無瀬家由来の品だね。
本家に無くていいのだろうか。
まてよ、お祖母さまが入院していた病院で、縁戚が何かの後継者に選ばれた云々を語っていたな。
この如意宝珠の事かな。
これも、死蔵だ。
仕舞おうとするけど、もえちゃんがテーブルにかじりついて見ている。
女の子だけあり、気に入ったのかな。
仕方なく、そのままにした。
そして、御守りなんだけど。
龍神様の部分は純金かな。
メッキだと思っていましたがな。
それなりに、重量はある。
お子様に持たせてよい品ではない。
ああ。
曰くある品が増えていくよ。
おいそれと、外に持ち出せないよ。
御守りだけど、家のみ持たせていよう。
私も、ジーンズのベルト通しにある御守りを触る。
誘拐が怖いな。
「さて、最後の桐箱は何かしら。楽しみね」
「母。私は気力が尽きたよ」
「あら、だらしがないわね。私なんか、これの倍はあったわよ」
倍かぁ。
母は、大企業のお嬢様だった。
今更ながら、実感した。
「パパ。つぎは、なあに」
「何だろうな。まあ、ここまできたら、驚きも薄れてくるな」
染々と和威さんは呟く。
なぎ君はわくわくと興奮している。
もえちゃんは、変わらずに如意宝珠を見ている。
お目々が、輝いている。
意を決して、最後の桐箱を開けた。
ん。
またもや、桐箱が入っていた。
箱書きに、文字がある。
茶器かな。
慎重に取り出してみる。
「まちゃ、おはきょ?」
「そうね。桐箱ね」
紐解いて中身を確認。
何かの塊を取り出す。
銀製品みたいだけど、油断は大敵だ。
「とりしゃんだ」
「鳳凰だな」
「ほーおー?」
「そう。なぎの御守りの龍神様と同じ吉兆な鳥だよ」
「きっちょう、なあに」
「良いこと、楽しいが起きることだよ」
なぎ君は和威さんの膝の上で、なあにを繰り返している。
きっと、これも曰くがある品だよね。
母の目録には、何が書かれているのだろう。
「これは、明治工芸の逸品ね」
明治維新後に仕事を無くした名人な金工や細工職人が、輸出用に造った超絶技巧が話題になった品。
以前にテレビの特番でみたやつだ。
まるで、本物を見ているかの如く技巧に尽くした逸品の香炉が入っていた。
なぎ君が、鳥といったのは、蓋の部分。
銀細工の鳳凰の羽の一枚一枚、丁寧に躍動感立体感足るのは、現代技術では再現不可能とも言われている。
遺失技巧は素晴らしく、見事に鳳凰を作り上げていた。
本体の香炉の柄も、図案は鳳凰が螺鈿細工されていて、美術館に展示されていても可笑しくはない。
「目録によれば、何処かのやんごとなきお家からの、債権の質になっているわ。まあ、そのお家は途絶えた様子だけど」
「何の曰くがあるの?」
「吉兆な瑞鳥なだけに、富の繁栄かしら。あらやだ、どうやら大事にしないと、火事に見舞われるそうよ」
「物騒だけど、どうしろと」
「水の龍神様が憑いている水無瀬家には、災いは起こらないそうよ」
母の言葉に一抹の不安しかない。
我が家は、篠宮家である。
水の恩恵がどこまで、伝わっているのか。
「ママ、だいじょぶよ。とりしゃん、わりゅしゃ、しないって」
「あい。かじゃっちぇ、くぅしゃい、って」
双子ちゃん。
益々、不思議ちゃんになっているがな。
お山の媛神さまの恩恵かな。
それとも、龍神様かな。
なぎ君は、鳳凰の羽飾りを揺らす。
しゃらんと、音が響いた。
「とりしゃん、しぇまい、はきょは、いやぁ、だって」
「あい。もぅたんも、きゅりゃいにょ、きあい」
まあ、香炉なら飾っておいても良いかな。
うちは、香道の道に進んだ人はいないから、宝の持ち腐れになるかもだけど。
チェストの写真たての横に並べてみた。
銀細工だから、酸化して黒くなりやすいのが難点かな。
こまめに掃除しないとね。
これで、後は宝石箱だけになった。
何点か宝飾品が入っていたりするのかな。
「あら、道理でないと思っていたら。琴子に譲りたかったのね」
「母? 何の事」
「開けてみたら、分かるわ」
母に促されて開ける。
果たして、中には天鵞絨が敷き詰められ、大降りな宝石が何点か填まった首飾りがあった。
「ディアレストの首飾りね」
ディアレスト。
ダイヤモンド、エメラルド、アメジスト、ルビー、エメラルド、サファイア、トパーズ。
七つの宝石の頭文字をつなげて、DEAREST。
最愛の人を意味する宝飾品である。
詳しくはないけど、英国の社交界で流行ったらしい。
最後の品が宝飾品で、少し安堵した。
これは、成長したもえちゃんに、花嫁道具として持たせてもいかな。
「琴子。引き出しも開けてみて頂戴な」
「引き出し? ああ、これね」
螺鈿細工に隠されていた、取っ手を引いてみた。
またもや、天鵞絨の下張りの上に首飾りがあった。
今度は七色の虹を表している。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
何の宝石だろう。
十カラットはあるね。
「琴子。どうやら、この宝石は皆ダイヤモンドらしわよ」
はい?
母の言葉に耳を疑う。
カラーダイヤモンドですと。
ここまで、大降りな宝石が?
いや、ルビーやアメジストではなく、ダイヤモンド?
何千万どころじゃないよ。
出るとこでたら、億はいくではないか。
引き出しを閉める。
みなかったことにできないかな。
無情にも、母は次の引き出しを開けた。
三段目には、これまた大粒な指輪が入っておりました。
「ピンクダイヤモンドね。可愛らしいデザインだから、もえちゃん行きかしら」
「もぅたんの」
「そうよ。もえちゃんが、成人式を迎えたら贈られるわね」
「せーじんしき、いちゅ?」
「二十歳になったらね」
しばし、放心状態な私を抜きに話が弾んでいる。
もえちゃんはいいとして、なぎ君には何を遺そうか。
香炉は、男の子だから嫌がるかな。
でも、鳳凰には、興味を持ったからな。
あっ、でも、良いものがあった。
サファイアのタイピンとカフスボタン。
これなら、なぎでも身に付けても良さそうである。
「なぎは、タイピンとカフスボタンね」
「たいぴん、なあに。ぼたんは、わかりましゅ」
「んー。パパがネクタイをしていたのを覚えているか」
「んと、あい。すーちゅの、ときね」
「おっ。賢いな。ネクタイが、風で飛ばない様に止めるのがタイピンだ」
かいつまんで説明すると、なぎ君はうなずいた。
ほんとに分かったかな。
今度、パパがスーツを着た時に見して貰おうね。
「なぁくん。すーちゅ、きにゃいよ」
「なぎも、成人式の時まで仕舞っておこうな」
「あい。もぅたんも、なぁくんも、せーじんしきまで、ないないね」
「あい。わきゃりました」
ほっと、一安心。
二歳児に、安心して飾らせれはしない。
お気にいりリュックの瞳でさえ、宝石が着いていて悶着したのに。
御守りといい、財産分与といい、キャパシティはオーバーフローしているよ。
「でも、今は私も元気だから良いけど。何かあったら、私の分も琴子に行くわよ」
ああ、その問題もあったか。
せめて、兄嫁に相続させてもらえないかな。
未だ見ぬお義姉さん。
早く、兄を捕まえてくださいな。
切実に願います。
兄も兄で相続は大変だったみたいだけど、水無瀬を継ぐのだから、水無瀬家由来の品は水無瀬家に返してしまおうよ。
和威さんが、対抗して宝飾品を奮発しないとも限らないし。
戦々恐々しておりますがな。
篠宮家の倉にも、名のある逸品が眠っていそうで、怖いな。
暫くは、悪夢に魘されそうだ。
「此方は、ブルーダイヤのイヤリングね」
次々とでてくる宝飾品。
螺鈿細工の宝石箱には、カラーダイヤモンドが多く入っていた。
母から、目録を渡されて撃沈した。
有り難いことに、鑑定書付きだった。
「きりゃきりゃ、いっぱいねぇ」
試しにディアレストの首飾りを、もえちゃんに着けさせてみた。
本人は、重さを苦にせず、くるくる回って見せる。
お姫様のようにポーズをつけて、止まる。
「もえちゃん。可愛らしいわ」
母は、ご満足で手を叩いている。
なぎ君も、可愛いを連発だ。
和威さんは、スマホで連写しておりますがな。
ああ、わが子は可愛いね。
現実逃避してみた。
「ママ。ママも、ちゅけて。もぅたんちょ、いっちょ」
もえちゃんがおねだり。
ピンクダイヤの指輪を着けてみる。
「きりゃきりゃ、いっちょ」
「一緒ね。もえちゃん、嬉しいかな」
「あい。うれちい」
ばふっと、抱き付かれた。
ママは、機嫌が良いもえちゃんに満足である。
なぎ君が仲間外れになってしまったが、和威さんから写メの仕方を伝授されてパシャパシャしていた。
ポーズの催促をされた。
プチカメラマンと化したなぎ君は、笑顔でもえちゃんにスマホをむけている。
兄妹仲は相変わらず良くてなによりだ。
「きらきらの宝石に負けない服がいるわね」
母が、何か企んでいる。
服飾関係は椿伯母さんと、タッグを組んできそうだ。
程ほどにしてほしいかな。
「梨香ちゃんも誘わないとね」
ああ、篠宮家の梨香ちゃんも巻き込む気満々だ。
話を聴いたら、嬉々として混ざりそう。
この間も、従兄弟の巧君や司君を測っていたし。
大作が待っていそうな気配がしてならない。
梨香ちゃんの服飾に拘る執念は凄いの一言に尽きる。
何事も程ほどにお願いしたい。
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