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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その33

 ふぅ。

 母が息を吐き出す。

 なぎともえも、釣られて息を吐き出す。

 真似しなくても良いの。

 ローテブルを挟んで、ばあばの様子を監察している。


「母。お疲れの処悪いけど、説明して」

「良いわよ。おちびちゃんには聴かせたくはないけれど。そうも、言ってられないわ」


 ん?

 ならば、双子ちゃんは司朗君の部屋に預かって貰うかな。

 パパママがいなくても、司朗君といちがいたら良くないかな。


「しじゅきゃに、しちぇりゅ」

「あい。パパちょ、ママちょ、いちゃい」


 駄目か。

 それぞれ、脚にしがみつかれた。

 抱っこをすると、不安そうに瞳が揺れている。

 もえちゃんを抱っこして、母の隣に座る。

 和威さんはなぎ君を抱っこして、ラグの上にじかに座った。


「じゃあ、ちょっとだけ、ばあばのお話を聴いてね」

「「あい」」

「ふふ。良いお返事ね」


 片手を挙げて返事をする双子ちゃんに、母は力なく笑った。

 どれだけ、疲労困憊なんだか。

 肩揉みしたくなってきた。


「どうぞ」

「あら。ありがとう」


 母は喉が渇いていたのか、出されたお茶をイッキ飲みした。

 彩月さんも、悟って温めのお茶を出してくれていた。


「今日はお茶のお師匠様の誕生日でね。招待されたから、行ったのよ」


 母は、お茶の師範代の免状を持っている。

 その関係でお茶の席に招待されても、おかしくはない。

 そっと、彩月さんがお茶のお代わりをだす。


「行ってみたら、どう。朝霧が所有する花器と茶器が在ったのよ。それも、何点かね。招待された客人も、指摘されていたわ。お師匠様の話では、朝霧の母に譲って貰ったと、宣っていたのよ」

「それって、窃盗ですか」

「そうね。なにしろ、朝霧の母が信頼して高浜さんに預けた品よ。裏で問い合わせたわ。そうしたら、娘婿が勝手に持ち出して、売ったと言う訳よ」


 あらー。

 高浜さんは、個人美術館を経営なさっている。

 朝霧の祖母は何点か預けていると、言っていたね。

 娘婿の暴挙に信頼が一瞬にしてなくなってしまった。


「信じがたい話よね。事実を知った高浜さんは怒り心頭。ぼこぼこにした娘婿を連れて、お茶席に突撃。お誕生会が台無しよ」


 これ、朝霧家にとっても醜聞だね。

 信頼していたのが、仇となってしまった。

 他家の所有する花器と茶器を売買されたうちも、売買した高浜家も傷がついた。

 朝霧の祖父は、どう結末をつけたのだろう。


「朝霧家を羨む何方かが、朝霧の父の耳に入れたものだから、もう大惨事だったわ。高浜家に預けた品の全回収を命じるし、琴子名義の品を家の倉から持ち出して、篠宮家に送ろうとするし、銀行の貸金庫も信用出来ないと喚く始末。高浜家と銀行の行脚になったわ」


 なんですと。

 もしや、この段ボール箱の中味は、茶器とかなの。

 それとも、売られた花器と茶器なのか。

 値段が恐ろしくて聴けない。


「売買された茶器と花器は、盗品扱いになったわ。高浜さんは、示談で済ませようとしたのだけど、お師匠様は善意の第三者。手放したくはなさそうで、応じない姿勢を見せたのよ。朝霧の父は、正式な所有者に返還を迫ったわ。だけど、お師匠様も頑固に意固地になってしまって、どうしようもなくなったわ。そこへ、娘婿が口を出して、問題の品を割ったのよ」

「証拠隠滅を図ったの?」

「娘婿にしたら、自分の家に在った美術品は、自分の所有するものだそうよ。あんなに、頭が沸いている人に会ったのは、久しぶりよ」


 なんだ、それは。

 筋が通らないではないか。

 和威さんも、呆れて言葉がない。

 大人しく静かななぎともえも、話に付いていけないでいる。

 小首を傾げて聴いている。

 時折、分からない単語が出てくると、パパママの顔を伺う。

 だけど、なあには封印している。

 賢い子達である。


「結局の処。お師匠様も母に嫉妬していたのよ。母の処には、曰くある美術品が集まるからね。朝霧コレクションを手に入れて、優越感に浸りたかったらしいわ。高浜の娘婿に騙されたと、悲劇の主人公気取りでいたわ。腹が立ったから、二度と行かないわ」


 それで、朝霧家は被害届けをだして、警察に委ねることになった。

 母は、お祖父様のボディガードを引き連れて、高浜さんの美術館から、美術品を引き取り、銀行へも突撃して、うちに来たようだ。

 それは、お疲れさまである。

 朝霧のお祖母様とお茶のお師匠さんは幼馴染の縁で、母は茶道を習っていた。

 奇しくも、妬む祖母の娘を受け入れたお師匠さんは、なにを考えていたのだろうか。


「あー。本当に腹が立つわ。なぎ君かもえちゃん。ばあばを癒して頂戴」

「うにゅ?」

「にゃに、しゅりゅにょ?」

「ばあばのお膝に来て頂戴」

「あい。なぁくん、いきましゅ」


 両手を広げる母のもとに、なぎ君が行く。

 もえちゃんが、躊躇したのを見抜いていた。

 もえちゃんは以前の母の剣幕にまだ、怯えている。

 どれだけ、強烈なトラウマになったのやら。


「ばあば、おちゅかれ、しゃま」

「ありがとう、なぎ君」


 向かい合うなぎ君が、母の肩を叩く。

 なぎ君、なんて優しい子なのだろう。

 言われる前に、ばあばを癒しているよ。


「もぅたんも、やりゅ」


 なぎ君に触発されたのか、もえちゃんも拳を作り母の肩を叩く。

 母へのトラウマは、鳴りを潜めたようだ。

 左右に別れて肩叩きをする双子に、母はご満悦な笑顔である。

 少しは、気が紛れたかな。


「もえちゃんも、ありがとう。ばあばは、嬉しいわ」


 暫く肩叩きを受けた母は、なぎともえを一度に抱き締めた。


「もう、いいにょ?」

「トントン、おわり?」

「ええ。終わりでいいわ。ありがとうね。なぎ君、もえちゃん」


 母に頭を撫でられた双子ちゃんは、得意満面な表情で母を見上げた。

 誉められたくてした行為ではないだろう。

 一日中パソコンに向かうパパの肩を叩くのと、同行為をしただけだと思う。

 それだけ、ばあばが草臥れて見えたのだろう。

 茶席から図らずも、美術館と銀行の行脚となってしまった。

 窃盗事件に発展して仕舞っているし。

 きっと、事情聴取とかされているはずだ。

 お疲れ様。

 存分に、可愛い孫に癒されて頂戴な。


「それで、お義母さん。この段ボールは、何ですか?」

「ああ、それはね。貸金庫の中味よ。先日、朝霧の母のお見舞いに行って、貸金庫の鍵を貰ったのでしょう」

「貰ったけど?」

「おちびさんを連れて銀行には行きにくいと思ったから、貴女の分も引き出して来たわ」


 は?

 貸金庫って、鍵を所持してないと、引き出し出来ないのじゃないの。

 セキュリティは、どうなっているの?


「やあね。朝霧の名を出して無理強いはしてないわよ。単に、貴女と私の分が纏めて預けられていただけよ」


 顔に出ていたのか、母が説明してくれた。

 ああ、良かった。

 本日の母は、和装故に極妻かと疑う姿である。

 ボディガード引き連れての来店は、物議を醸し出しただろうな。

 母は朝霧の娘だけど、一般人の父に嫁いでからは、社交界には顔を出していない。

 馴染み深い人ではない限り、来店お断りにならなくて助かった。


「その姿でよく、入店禁止にならなかったね」

「あら、前以て朝霧の娘が行くとは、伝えてあったもの。沖田さんに見覚えがある銀行員が、待ち構えていたわ。何か、不備を起こしたか、びくついていたけどね」


 そりゃ、そうか。

 いきなり行くわけないか。

 でも、朝霧の娘が来店すると待ち構えて、来たのが極妻擬き。

 びくつくわ。


「それより、箱の中味を確認してね。一応は目録で仕分けたけれど、混ざっているかもしれないから」

「はいはい。見るのが怖いけど、仕方ないか」


 出来れば、貸金庫の肥やしにしようと思っていたんだけどな。

 母が、バッグから目録を取り出す。

 パパの膝に座りなおした双子ちゃんも、興味が沸いたのか目を輝かしている。

 渋々と箱を開けた。

 中味は、螺鈿細工がされた宝石箱と、桐箱があった。

 桐箱は、大小まちまちで三点。

 一番小さな桐箱を取り出して、開けてみた。


「たみゃご?」

「たあごだ」

「イースターエッグだな」


 うん。

 小さいからと油断した。

 和威さんは、イースターエッグだと言ったけど。

 残念。

 それを言うなら、インペリアルイースターエッグの間違いだ。

 ロシアのロマノフ朝の皇帝が皇后や、母后の為に造らせた大きなエッグ。

 卵型に宝石や金銀で装飾され、様々な細工が為された別名、ファルベルジュの卵。

 を、似せて作られた品だと思いたい。

 金銀の蔦に絡まれた鶏の卵程の大きさの卵は水晶かな。

 土台にはラピスラズリやエメラルド、ルビーが嵌め込まれている。

 卵を二つに別けて見ると、年代物と思わしきイヤリングが片方入っていた。

 何カラットあるだろうか。

 大振りなティアドロップ型のサファイアに、周りを取り巻くダイヤモンド。

 絶対に、アンティーク物だ。


「母」

「それは、ロマノフ朝の皇帝から下賜されたイヤリングね。入れ物は、インペリアルイースターエッグを真似して、水無瀬の何代か前のご当主様が造らせたようね」

「水晶だよね」

「そうね。高級のクリスタル専門店のね」


 母が、専門店の名を口にする。

 また、有名どころの名前がでた。

 これだけの、加工料金は幾らかおいそれと聴けんがな。

 まん中をくりぬいた職人技も凄いな。

 中のイヤリングを取り出してみた。


「何でイヤリングが片方何だろ?」

「水無瀬家と別けたようよ?」

「つまり、片方は水無瀬家にあると」

「そうみたいね。何でも、母の嫁入り道具の一つね」


 あかん。

 これ、世に出してはいけないヤツだ。

 死蔵一択に、きまり。

 丁寧に仕舞わせて貰う。

 インペリアルイースターエッグも、指紋の一つも残らず拭いて、桐箱の中へ。

 項垂れる私の横で、和威さんはスマホで検索していた。


「うわぁ。本物なら、オークションで十億はくだらないか」

「あら、和威さん。このエッグもかなりのお値段よ」


 母のだめ押しに、私と和威さんは頷いた。

 うん。

 宝石が嵌め込まれているしね。

 絶対に、お子様の手の届かない場所に仕舞おうと。

 我が家には、お転婆娘と好奇心旺盛な息子と、元気溌剌なワンコがいる。

 うん。

 押入れでは、駄目だ。

 クローゼットの奥深くに仕舞おう。

 いや、納戸の中がいいかな。

 それか、貸金庫を新たに借りる算段をしたらいいかな。

 何だろ。

 次の桐箱を開ける勇気が萎んできたよ。

 もう、お腹一杯である。

 でも、まだある桐箱と宝石箱。

 誰か、代わりに開けてみてくれないかな。

 口にだしたら、なぎ君辺りが手を挙げそうで言えない。

 ママは、気力が0に近いよ。

 是非、ママも癒しておくれ。


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