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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
33/180

その32

 和威さんに泣かされたもえちゃんは、三時のおやつでご機嫌は治った。

 もぐもぐと、口一杯にパンケーキを頬張る。

 リスの様に頬はまん丸だ。

 ママは、喉に詰まらせないか不安である。

 お山にいた頃は、曾祖母さまに行儀を躾されていたので、やらなかったけど。

 甘えているのかな。


「もえちゃん。誰もとらないから、お口一杯に入れないのよ」

「もぅたん。おぎょーぎよ」


 なぎ君にまで注意されたもえちゃんは、喋れないからか首を縦に振っている。

 見ていた和威さんの、眉があがる。

 パパにも怒られちゃうよ。


「もえ」


 ほら、怖い声がした。

 もえちゃんの笑顔が凍り付いた。


「……あい。めんしゃい。パパ、おきょりゃ、にゃいで」

「じゃあ、ゆっくり食べろ。沢山、ごくんしたら喉に詰まるぞ。そうしたら、ママが悲しむ」

「ママも、めんしゃい~」


 パパに叱られたもえちゃんは、椅子から降りて私に抱っこを強請る。

 また、パパの頬擦りは嫌なのだろう。

 後でみたら、赤くなっていたし。

 双子ちゃんに甘いパパのたまのお怒りは、ほんとに怖がっている。

 小さな身体を丸めてお怒りが収まるのを必死で耐えている。

 そんな姿を見せたら、和威さんは怒るに怒れなくなる。

 私に似ている顔が泣いて歪むのは見たくないらしい。

 今も、私の腕の中でピルピル震えている。

 しまったな。

 ご機嫌直しのおやつ時間なのに、またイヤイヤが始まるかな。


「もえちゃん。パパに謝ったから、もうしないね」

「あい。しましぇん。ゆりゅしちぇ、くぅしゃい」

「よし。なら、おやつを食べような」

「ほら、パパがあーんよ」


 イチゴを口元に持ってくると、素直に口を開ける。

 けども、上目遣いで機嫌を伺っている。

 パパは、もう怒っていないよ。

 楽しいおやつタイムを満喫しようね。


「もぅたん。なぁくんも、あーんよ」

「あい。あーん」


 ぎこちない笑顔を見せるもえちゃんの、頬を撫でる。

 今度はなぎ君が、椅子の上に立ち、イチゴを差し出してきた。

 なぎ君も、行儀が悪いぞ。

 パパの雷が落ちるよ。

 しかし、和威さんはスルーした。

 これ以上のお怒りは、もえちゃんが本格的に泣き出す恐れがある。

 空気を読んだらしい。

 和威さんは、もえちゃんの餌付けに夢中だ。

 パパよりママを頼りにしたのが、不満みたいである。

 当たり前だ。

 つい、さっき咎めたばかりで、パパに抱っこは強請らないでしょうが。

 それに、頬擦りで嫌がったではないか。

 和威さんは、挽回しようとしているが、暫くは無理だと思う。


「パパ。じぶんぢぇ、ちゃべりゅ」

「ん。じゃあ、ゆっくりな」

「あい。ゆっくり、じっくりね」


 んん?

 じっくりは、何処から出たのかな。

 もえちゃんを椅子に座らせる。

 和威さんからフォークを渡され、今度はゆっくりとパンケーキに齧り付いた。

 うん。

 動作をゆっくりではなく、お口に一杯に入れないようにだったのだけどな。

 まぁ、可愛いから許そう。

 なぎ君が、すかさず頬を撫でている。

 にへら、ともえちゃんは笑う。

 ぎこちないけれど。

 何時もより長い時間をかけて、おやつは完食する。

 フルーツ牛乳を飲み干して、ぷはぁ。

 むむ。

 お髭ができてるよ。


「「ぎょちしょう、しゃま」」


 二人仲良く手を合わせる。

 いただきます。

 ごちそうさま。

 は、礼儀を叩き込まれている。

 お皿とコップをシンクまで運ぶと、いちの元へ一直線だ。


「わんわにょ、おやちゅは?」

「はい。いちも完食です」

「きゃんしょく、なあに?」

「じぇんぶ、ちゃべましちゃ、よ」

「あい。もぅたんも、きゃんしょくよ」


 司朗君がしまった、と言う顔つきになった。

 変な言葉を教えたかと、此方を伺う。

 和威さんも、よく使うからオッケーだよ。

 なぎ君が答えているのは、パパの受け売りである。


「わんわ。おいしかっちゃ」


 わふっ。

 尻尾を振り、もえちゃんの顔を舐め出すいち。

 甘いパンケーキとフルーツ牛乳の匂いがついているのか、執拗に舐めまわしている。


「いち。なぁくんも」


 もえちゃんの助け舟か、なぎ君が間に入る。

 いちは、なぎ君の顔も舐め回す。


「うにゅう」

「こら、いち。なぎ様と、もえ様を押し倒すなよ」


 いちが体重を掛けると、双子ちゃんはあっという間にころんと転がる。

 司朗君が懸命に首輪を持って制している。

 二人と一匹の取っ組み合いになると、まだまだいちに軍配があがる。

 笑っているから、楽しいのかな。


「わんわ。おみょいよ」

「あい。いち、おみょちゃいよ」


 等々、押し倒された。

 言葉ほどは怒っていないので、いちは鼻先を使って起きあがるのを邪魔して遊んでいる。

 きゃらきゃらと笑い声が響く。

 泣いているより、笑っている方が良いね。


「わんわ。ぼーる、ぽいしようね」

「もえ様、お部屋の中では危険です」

「じゃあ。にゃにがぎゃ、いーい」

「おっきにゃ、ぼーる。ころころは?」

「ころころは、良いですよ」


 司朗君に嗜められて、玩具箱から大きめなボールを取り出す。

 リビングは広いので、ぽいでも良かった。

 双子ちゃんの腕力では、たいして飛距離は伸びない。

 ああ。

 いちが張り切るのが危険なのかな。

 テレビやオーディオに体当たりされたら、和威さんが泣くな。

 白物家電は拘りがなかったけど、オーディオ関連は自分で選んでいたし。


「琴子、スマホ鳴っているぞ」

「えっ。ありがとう。和威さん」


 テーブルに置きっぱなしになっているスマホを渡された。

 着信は知らない番号だ。

 悪戯電話かと、躊躇してしまう。


「どうした?」

「知らない番号なのよね。留守電に伝言が残っていたら、出てみるわ」

「そうだな。今は注意した方が良い」


 暫く鳴っていた電話は、留守電に切り替わったとみられる。

 短くない時間に留守電のメッセージが出てきた。

 早速、聴いてみる。


『琴子、お母さんよ。沖田さんのスマホからかけているわ。大事な話があるから、マンションに行くわ。もう少しで着くからね』


 母だった。

 けれども、母のスマホはどうしたのだろう。

 充電切れなのかな。

 それとも、忘れてきたとか。

 悩んでも仕方がない。


「お義母さんか?」

「うん。沖田さんのスマホから掛けたようで、今から家に来るのだって」

「ふーん。何の用事だろ」


 母の声は聞き取れても、内容までは聴こえてない和威さんは、司朗君にアイコンタクトする。

 名残惜しいけれど、司朗君といちはお部屋に戻って貰おう。

 母は、軽いアレルギー持ちだ。

 動物の毛は厳禁である。


「なぎ、もえ。ばあばが、遊びに来てくれるから、いちと遊びはお休みな」

「「ばあば? お山のばあば?」

「違う。東京のばあば。ママのばあばだ」


 ボール遊びに夢中になっている双子ちゃんは、頭に疑問符が一杯だろうな。

 事前連絡がない訪問に、ママもさっぱりだよ。

 和威さんは双子ちゃんの側に行き、ママのばあばが動物に触れないのを説明している。

 もえちゃんがいちの首に抱き付いた。

 イヤイヤが発揮したようだ。


「もえ様。いちは、何処にも行きません。明日また、一緒に遊びましょう」

「いちは、司朗の部屋に戻るだけだ。なら、ばあばが帰ったら、また遊べばいい」

「……あい。もぅたん、にゃかにゃい」

「偉いぞ、もえ。なぎも、それでいいな」

「あい。わきゃっちゃにょよ」


 司朗君と和威さんに諭されて、もえちゃんは納得した。

 なぎ君も、物分りよく返事をした。

 司朗君がいちの首輪にリードを着ける。

 いちは、お散歩だと思い尻尾を振っている。

 ごめんね、いち。

 君も遊び足りないだろうけど、また明日にでも目一杯遊びましょう。


「では、彩月様と交替致します」


 司朗君はしっかりと彩月さんを呼んでくれた。

 急いでリビングの掃除をお任せした。

 コンシェルジュとの、お話し合いは終了していた。

 迷惑行為をした有閑マダム達は、キッズルームに入室禁止になったとの事。

 返却しない鍵は付け替えて、代金は請求する手筈になっているそうな。

 彼方側は朝霧の後楯で、色々やらかしていて情状酌量はない。

 管理会社と不動産業者に、オーナーの連名で警告が行くらしい。

 私は、唐突な母の来襲に洗濯物を取り入れたりしながら、聴いていた。

 大人達が慌てて掃除をしたりするものだから、なぎともえも出しっぱなしになっている玩具を仕舞ってくれた。

 空気を入れ替えたり、洗濯物を畳んだりしているなか、母は到着した。


「ただいま、参ります」


 出迎えに、彩月さんが一階まで降りて行く。

 私が行っても良かったのだが、家人の勤めだからと押しきられた。

 まあ、勘違いストーカーがいるかも知れないから、私を外にだすのを躊躇われたかも。

 数分後、母は沖田さんを伴いやってきた。

 和服姿の母は、一見して何処の極妻かと思わず疑う。

 体格の良い沖田さんは、その筋の人に間違われそうだ。


「こんにちは。急に悪かったわね」

「いえ、うちも暇をしていましたから」

「「ばあば、いりゃっしゃい、ましぇ」」

「ふふ。お邪魔します」


 なぎともえは、仲良くお辞儀する。

 母の後ろで荷物を運ぶ沖田さんも、笑顔だ。


「荷物は何処に置きましょうか。それとも、家人の方に渡した方が良いでしょうか」

「……では、わたくしがお預かり致します」


 沖田さんの腕には小型の段ボール箱があった。

 お祖父様のボディガードが、何故に母のお伴をしているのか、謎だよね。

 念の為に彩月さんが受け取り待機した。


「それでは、自分は車で待機しております。ご帰宅の際にはご連絡ください」

「お願いしますね。夕飯前には戻るつもりだから、その間は休憩なさって頂戴ね」

「畏まりました。では、失礼致します」


 直角にお辞儀をする沖田さんを真似して、双子ちゃんもお辞儀をしてばいばいと手を振る。

 沖田さんは、振り返して出ていった。


「玄関口で何ですから、上がってください」

「ありがとう、和威さん。そうさせて貰うわ」

「ばあば、おちゅきゃれ?」

「そうね。少しだけ、疲れちゃったわ。話が通じない人と二時間もお話してたのよ」


 気が利くなぎがスリッパを出し、もえちゃんは母の手を取る。

 何処と無く草臥れている母は、手を引かれるままリビングのソファに座った。


「申し訳ないけど、荷物はテーブルに置いて貰える?」

「畏まりました」


 流石に、上流企業の元お嬢様。

 命令し慣れている。

 私なんて、いまだに恐々なのなあ。

 そう言えば、和威さんも慣れていたな。

 お茶でもと、立ち上がる私を、荷物を置いた彩月さんに制された。

 ああ、はい。

 お茶出しは、家人のお役目ですね。

 荷物も気になるけど、母の疲労具合いも気になる。

 一体、何処で何をしてきたのやら。


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