その30
むう。
もえちゃんがなぎ君に抱きつく。
おおう。
固まっとるがな。
勘違い女性が和威さんを狙って、マンションを監視しているから、お散歩中止になりました。
その変わりに、マンションの住人専用のキッズルームに来たのだけど。
初めて対応する自分と同年代のお子様や、赤ちゃんを目の当たりにしたもえちゃんは、なぎ君の腕を離さない。
「もぅたん、どーしちゃにょ。おうち、きゃえりゅ?」
なぎ君の問い掛けに、涙目で頭を横に振る。
人見知りが発揮しているけど、遊びが勝っているとみた。
もえちゃんの身体位大きな布製ブロックに、興味津々だ。
「あれで、あしょぶ」
「あい。いきょうね」
静かにブロックの遊び場に突入。
人見知りがなかったら、勢いよく突撃したな。
お山には双子ちゃんと同年代のお子様がいなくて、専ら遊びは二人だけだった。
好奇心旺盛ながら人見知りがあるもえちゃんが、慣れてくれるか心配した。
だけども、もえちゃんはなぎ君と共にお子様の群れに入っていった。
「どうなるかと思ったが、なんとかなったな」
「ええ。なぎ君がいなかったら、輪には入れなかったと思う」
「ここで、社交性を身に付けてくれるといいな」
キッズルームでは写真は厳禁なのに、和威さんはスマホを構えそうになっている。
はよ、仕舞わないと注意が来るよ。
流石は億ション。
キッズルームには専任の保育士さんと、警備員が常駐している。
キッズルームに入室するのにも、厳しい審査があった。
と、いっても、入居者かどうかだけどね。
コンシェルジュに申請すれば、分厚い使用書と鍵を渡された。
どうも、一緒に入室できるのはパパママだけみたい。
彩月さんと、峰君と司郎君は駄目なようだ。
勿論、ワンコもお留守番。
いちは、キュンキュン鳴いて司郎君に甘えていた。
体重が標準体型に戻るまでは、全力で走らせるのは厳禁になったいちは、毎日なぎともえと遊んだ後は満足して、一緒にお昼寝している。
お昼寝後に、今日は許可が降りたのもあり、初めてキッズルームに遊びに来てみた。
ここは、ブロック以外にも室内用の滑り台や、ブランコ等の遊具があって、誘拐を警戒する入居者のお子様が安全に遊べる場所になっている。
「「パパ~。ママ~」」
場所に慣れた双子ちゃんが、手を振る。
笑顔がでてきたので、来て良かった。
お散歩を我慢すると、宣言したもえちゃんだったけど、やはりフラストレーションは溜めていた。
イヤイヤ期もあって、泣きやすくなってしまっていた。
これに、慌てたのが、なぎ君。
毎回抱き締めて宥めていた。
その周りをいちが歩き回り鳴いて、私か和威さんを呼ぶ。
和威さんも、機嫌が悪くなる一方だ。
里見さん夫妻と朝霧家の顧問弁護士が、突撃してもストーカー手前の監視は無くならない。
マンションを巡回するお巡りさんに、注意がされると一時はいなくなる。
だけど、頃合を図って舞い戻る。
鼬ごっこである。
他の入居者の苦情がきているらしい。
コンシェルジュから、彩月さんに苦情がきた。
じかに、篠宮家に来ないのは、マンションのオーナーが緒方家だから。
下手をしたら、苦情を発言した入居者の方が、退去を促されかねない。
まぁ、そうなる前にセキュリティーが安全な朝霧家のお世話になる予定である。
また、もえちゃんが泣き出さないか不安もある。
しかし、何よりも最優先なのが、双子ちゃんの安全である。
四の五の言っては要られない。
このまま、続くようならパパママは、闘争やむなしだ。
「あら、初めて見る方ね。何号室かしら?」
「随分とお若い夫妻ね」
双子ちゃんを眺めていたら、有閑マダムに捕まった。
お化粧、洋服をばっちりと決めたマダム達に、囲まれる。
対して私達は、動きやすさ優先のジーンズにトレーナーである。
入居者か疑われている。
「初めまして。最上階の篠宮です」
「まあ。そのお歳で最上階ですの」
「旦那様が、平日におられる御様子ですが、何処にお勤めなのでしょう」
最上級の笑顔で答えるが、好奇心の赴くままに問い質される。
なんで、話さないといかんのだ。
プライバシー侵害だ。
和威さんは、双子ちゃんの為と割り切って勤め先を答える。
「まあ、聴かないお名前ね」
「そうですね。比較的新しいIT企業ですから」
「あら、そうなの?」
「ええ」
「あら、でも、創業者ではないのね」
早速スマホで調べたのか、有閑マダムは眉を潜める。
何気に失礼だな。
何階に入居しているのか知らないけど、若造に上階を入居されて、ご不満な様子だ。
一介のプログラマーだと知れたら、憤慨されるかな。
こっちは、貴女達がマンションの住人の中で、でかい顔して牛耳っているのを知っているよ。
入居階で序列をつけていることもね。
気に入らない住人を追い出したりしているそうだ。
こちとら、オーナーに縁がある家庭だ。
追い出したり出来ないぞ。
「そうですね。ですが、それが何か問題でも?」
「いえ。お若いのに、と思っただけですわ」
おほほ。
和威さんの反撃にマダムの声がひきつる。
「篠宮さんは、出身は何処になりますの?」
「近畿地方です。高校と大学は東京になります」
「まあ、では、T大学かしら?」
「ええ。そうですね」
にこやかに答える和威さんだ。
その笑顔が険しくなってきた。
有閑マダムの探る視線を外した先をみやると、我が双子ちゃんと対峙するお子様がいた。
「おまえたち、しんがおだな」
「おなじかお、きみがわるいな」
「パパはしゃちょうなんだぞ。えらいんだ」
「おまえたちは、さいかそうのにんげんだ」
小学低学年児らしき、お子様はなぎともえを罵倒している。
ワルガキグループの登場だ。
凄いテンプレだ。
双子ちゃんが遊ぶ場所は、低年齢層が遊ぶ場。
小学生は入れないはず。
もえは意味が分からず、なぎは顔色が変わってきた。
「なぁくん、なあに?」
「にゃんでもにゃい。つぎ、こえね」
不思議がるもえちゃんにブロックを渡すなぎ君。
図らずも無視を選択したなぎ君は、もえちゃんとブロックを積み上げている。
お家を作り出そうとしていた。
「う~。むしするな」
「うじむしども、おれのいうこときかないと、マンションからおいだしてやる」
あーあ。
和威さんの前で言っちゃった。
双子ちゃんを溺愛する和威さんは、静かにお怒りを表して、小学生に近付く。
だけど、なぎ君の方が速かった。
「やかましい! とらのいをかるきつねはだまれ。おまえなんか、ちっとも、えらくないだろうが。えらいのは、パパだろうが。おまえなんか、なぁくんともぅたんのパパに、しかられておしまいだ」
一気呵成に、言い放つなぎ君。
普段の舌足らずが鳴りを潜めている。
怒ると饒舌になるんだね。
ママ、初めて知ったなぁ。
「なぁくん、しゅごい。もぅたん、わきゃんにゃ、きゃった」
なぎ君の傍らでもえちゃんが拍手する。
言われた小学生は、反撃されるとは思わずに、放心している。
だけど、二歳児の気迫に押し負けたのが、悔しいのか顔が赤くなってきた。
「なんだと、おれのパパはしゃちょうなんだぞ。おまえたちのパパをくびにしてやる」
「なまいきいうな」
「そうだ。しごとがなくなり、ホームレスになっちゃえ」
これ、小学生が語るには実害がある。
元々、君達のパパが社長を勤める会社と、和威さんの会社は縁も所縁もない。
こちらの事情を根掘り葉掘り聴いておいて、自分達は何一つ語らなかった。
万能家人の彩月さんが手に入れた情報では精々一流半のお家柄。
朝霧と緒方を敵に回したら潰れるのは、彼方だ。
どう、巻き返して来るか見物である。
「ママ~」
「はい。なあに、もえちゃん」
「もぅたん、おうち、きゃえりゅ」
「あい。ここ、いじわりゅ、ばかり。あしょばない」
緊迫してきたキッズルームに、保育士が小学生を嗜めはじめた。
隙をついて、なぎ君がもえちゃんを私達の所につれてきた。
抱っこを強請るから、抱き上げた。
もえちゃんは泣きそうになっている。
「おうちで、わんわちょ、あしょぶ」
「そうね。今日は日が悪かったわね。帰りましょうか」
「あい。なぁくんも、きゃえりゅ」
なぎ君は和威さんの腕の中で、興奮気味だ。
昨今の罵声も小学生が使うにしては、脅迫紛いだね。
日頃から耳にして覚えているのだろうな。
嫌な家庭環境だ。
応戦したなぎ君は、十中八九和威さんの受け売りだろうな。
親戚相手に熱弁してたしね。
「琴子」
「なあに」
和威さんの指摘に小学生が、有閑マダムに何事か喚いている。
もう一度一波乱ありそうだ。
「篠宮さんは、このマンションに相応しいと思えないわ。即刻退去なさったら」
「そして、開いた最上階に引っ越しするつもりなら、オーナーの反感を買われたようなので無駄ですよ」
「あら、ご心配いただかなくてもいいわ。こちらは、朝霧グループが着いていますもの」
和威さんの嫌みに、勝ったと思ったのか、悠然と笑うマダム。
朝霧家?
親戚にこんな人いたかしら。
「そうよ。香坂さんは、朝霧グループの椿様の義妹よ」
「創業者でもない、会社員がおいそれと出会わない上流企業のお方よ」
椿伯母さんの、義理の妹。
なら、知らない。
悪いけど、椿伯母さんの名前を出して、優越感に浸るなら叩き潰してあげる。
スマホをとりだし、緊急番号に掛けた。
『あら、珍しいわね。琴子からの電話なんて』
『うん。一大事なんだ。椿伯母さんの義理の妹と名乗る親子が我が家の双子ちゃんと、私達に喧嘩吹っ掛けてきて、椿伯母さんの権力持ち出してきているのだけど』
『……。あら、馬鹿がいるなら、変わってちょうだい。いえ、みんなに聴こえる様にして』
椿伯母さんの要望でスピーカーを選択した。
『茉里さんね。貴女まだ、私に迷惑を掛ける気なのね』
「えっ? 椿さん。どういうことかしら?」
『私の姪一家に喧嘩吹っ掛けてきたそうね。主人の妹だからといって、朝霧家の孫娘と溺愛する曾孫をばかにされるのなら、朝霧家は抗議させて頂くわ。それに伴い共同プロジェクトは白紙にさせて貰うわね』
「えっ? 姪? 曾孫?」
『残念ながら、お付き合いもこれまでとさせて貰うわ。もう、貴女方の尻拭いはしないから。充分朝霧家の名で美味しい思いをしてきたでしょう、伴う慰謝料は後日弁護士を寄越すわね。首を長くして待っていなさい。以上よ』
無情にもキレた電話。
キッズルームに静寂が訪れた。
衆目を集めるなかでの絶縁宣言は、マンションの序列を作ったマダムに牙を剥いた形となった。
自業自得である。
「さあ、帰るか」
飄々とした和威さんは、何処吹く風。
マイペースでキッズルームをでていく。
私も後に続いた。
これで、おとなしくなるといいのだけど。
暫くは要注意だね。
また、お家でお篭りかな。
もえちゃんがストレス抱えないといいな。
ママは、願う。
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