その25
一頻り、ひいばぁばとひいじぃじに撫でられたなぎともえは、富久さんにおやつを貰いご機嫌だ。
靴を脱いで祖母のベッドにあがり、ミニテーブルの上に出されたベビーカステラを、あーんしながら食べさせあっている。
お祖母様は、にこやかに見守ってくれていた。
とても、末期の癌だとは見えない。
双子ちゃんの前では痛みを我慢しているのかな。
それとも、薬が効いているのかもだ。
「なぎ、もえ。ひいばぁばに、プレゼントがあっただろう」
「「あいっ。ありましゅ」」
和威さんの言葉に、カステラを持った片手をあげる。
ん。
行儀が悪いぞ。
カステラを頬張り、降ろしたリュックを探る。
熊と兎の形をしたリュックは、昨年朝霧の祖父母がクリスマスにプレゼントしてくれたお気にいりである。
外出時には必ず、お供している。
普段はオムツとお菓子が入っているリュックには、祖母のお見舞いがしまってあった。
「「ひいばぁば、どうじょ」」
「まあ、なにかしら。ありがとう」
「「うふふ」」
A4サイズの用紙が折り畳まれて入っていた。
破らないよう慎重にだして、祖母に差し出す。
手渡された祖母は、広げると目を丸くした。
「まぁまぁ。お着物着てくれたの。可愛いわぁ。あら、なぎ君もなのね。格好いいわぁ」
用紙は今朝撮ったばかりの写真を、プリントアウトしたものである。
母から七五三のお着物を準備してくれていたお祖母様の為に、急遽撮った。
なぎ君の衣装は篠宮のお義母さんが、代々受け継いでいた羽織を家人に運搬させてくれた。
最初は峰君が取りに行く予定だったけど、往復時間が勿体ないからと言われた。
本当に急なお話だったので、無理をさせてしまった。
昨夜遅くに届けられた羽織と、椿伯母さんが持ち出したお着物を手に、身内が武藤家に集合した。
着付けと髪は桜伯母さんが担当してくれた。
なぎ君の袴類はお古で羽織とちぐはぐだけど、中々格好よく収まった。
「おおう。本当に可愛い曾孫達だ。写真はこれだけか?」
「椿伯母さんが写真を撮ったから、データはたんまりとあるわ。取り急ぎ、二枚だけどプリントアウトしたの」
「まあ、可愛いもえちゃんと格好良いなぎ君が、沢山ね。楽しみだわ」
祖母に喜んでもらって、なによりである。
本番の七五三は来年度に決まった。
男児は数えでするみたいであるが、二人一度にすると話あわれた。
篠宮のお義母さんとうちの母が相談して、和威さんが決めた。
篠宮の親戚が茶々を入れそうな気配がありそうだと、お義母さんが教えてくれたのだ。
ならば、祖母の病気の件もあることだし、前撮りしたらと提案された。
来週末でも、良かった気がしないでもなく、双子ちゃんは朝はやくから起きてぐずりもしないで、お着物を着てくれて助かった。
その分、お昼寝は早かったけどね。
乱れた髪型を直して、病院に直行。
実に強行軍だった。
もちゃんえのいやいやが心配したけど、今のところはご機嫌だ。
頬を撫でられて笑っている。
「あにょにぇ、ひいばぁば。おきもにょ、ありあとうにゃにょ。もぅたん、きりぇきりぇに、なっちゃ」
「あら、どういたしまして。ひいばぁばも、可愛いもえちゃんを見られて嬉しいわ」
「ひいじぃじも、ありがとうだぞ」
「あい。ひいじぃじも、ありあとう」
「じゃあ、ひいばぁばも、なぎ君ともえちゃんにプレゼントしないとね」
きた。
今日は、お着物で話を濁そうと密かに目論んでいたのになぁ。
やはり、遺産の話が避けられなかったか。
思わず、和威さんと目を合わせた。
「う? ぷれじぇんちょ、なあに」
「おかし、ちあうの?」
テーブルには、ベビーカステラがまだ残っている。
もえちゃんは、食欲が旺盛になっているぞ。
二人仲良しに小首を傾げている。
富久さんが、小さな桐箱を祖母に手渡す。
「はい、どうぞ」
「「ありあとう。はい、パパ」」
二人はテーブルに置かれた桐箱を、そのまま和威さんに差し出す。
うん。
ママが言ったね。
知らない人から、お菓子を貰っても食べない。
受け取らない。
ばぁば達に貰ったら、パパかママに渡してね。
きちんと、約束を守っているね。
なぎともえはいい子をしたから、頭を出して撫でられる体勢になる。
「なぎ、もえ。いい子なんだがなぁ。今日は違うぞ」
苦笑した和威さんが、頭を撫でる。
ひいばぁばは、二人に開けて貰いたかったのだよ。
空気を読んで、というのは、まだ分からないか。
「あら、お行儀が良いわね」
「本当に、お利口さんだな。奏太や琴子の幼い時分は、真っ先に開けていたもんだ。賢い良い子達だ」
過去の私と比べないで欲しい。
普通の二歳児ではないとは、言えない。
母は薄々気がついている気配はあるが、兄と同様に黙っていてくれている。
「うにゅ。パパ、だあめ?」
「ママ、みゃちぎゃいちゃ」
「駄目でもなく、間違いでもないわ。お利口さんにできたわね。ママ、嬉しいわ」
「パパもだぞ、だから、泣かなくていいんだぞ」
私達の態度になぎともえは、泣きそうになっている。
慌てて否定する。
やや、大袈裟に頭や頬を撫でる。
「パパとママと、ひいばぁばのプレゼントを一緒に開けようね」
「「ぁぃ」」
お返事が小さいな。
両手を伸ばして抱っこの合図。
なぎ君はわたしが、もえちゃんは和威さんが抱っこした。
すぐに顔を肩に埋める。
「泣かないの。なぎ君とともえちゃんは、お利口さんしたのよ」
「そうだぞ。いい子いい子だ。パパが変な事を言ったな。ごめんなさい、だ」
「「……あい」」
「あらあら、ご機嫌を損ねてしまったわね。どうしましょう」
「うむ。幼児はちょっとしたことでも、ぐするからな。特に、負けず嫌いな琴子のご機嫌を回復させるのは大変だった」
お祖父様が遠い記憶を思い出す。
私も、やらかした感が半端なくあるので、沈黙しかない。
兄や従兄弟達に混ざり、よく怪我を負ったものである。
終いには外での遊びには、監視の人員が派遣された。
その一人は、病室の外にいる沖田さんだ。
沖田さんは護衛が仕事のはずなのに、嫌がらず遊び相手になってくれた数少ない人だ。
「なぎ君。ママ、何を貰ったのか気になるなぁ」
「もえ、パパも気になるぞ」
「なぁくんも」
「もぅたんも」
「なら、一緒に開けようね」
「「あい、でしゅ」」
ご機嫌が回復したかな。
顔をあげたなぎ君は、にこっと笑顔を見せてくれた。
一安心した。
ベッドの端に座らせて、膝に桐箱をのせる。
「なぁにかな?」
「何だろうな」
「「なあに」」
拍子を付けて桐箱を開ける。
中にはお守り?が入っていた。
八角形の水晶柱に黄金の龍が巻き付いている。
龍だから、水無瀬家の祭神かな。
水晶柱は十センチ程の大きさだ。
キーホルダータイプのお守りとみた。
「お守り?」
「……」
「そうよ。水無瀬家の子供を守護して下さる龍神様よ。本当は、なぎ君ともえちゃんが産まれた歳に贈りたかったのだけど」
「篠宮家の祭神様に遠慮した。だかなぁ、水無瀬家の当主殿が、篠宮家の当主殿に問い合わせて、了承を得てくれた」
ふーん。
そう言えば、兄と私の時にもお守りあったな。
ここまで、立派な品ではなかったような。
違いはなんだろう。
あれは、何処にしまいこんだかな。
「篠宮家の双子ちゃんは、曰くが有りすぎるから、特別に造って貰ったの。霊験あらたかな、厄除けよ」
厄除けは有り難い。
最近は、もえちゃんが喜んではしゃいだ後には、火事が起きたり熱を出したりしていたから。
一番欲しかったモノかも。
「ひいばぁば、きょれ、なあに?」
「お守りよ。なぎ君ともえちゃんを、悪い人や悪い事から守って下さるの」
「かみしゃま?」
「そうよ。龍神様よ」
「りゅうじん、しゃま」
きっと、なぎともえの頭の中は、ハテナマークが一杯だね。
私も、どう説明したらよいかな。
「水の神様だぞ。雨を降らせたり、止ませたりしてくれる」
「あめあめ、ふえふえにょ、かみしゃま?」
「そうだ、なぎは賢いな」
祖父がなぎ君を誉める。
もえちゃんは、まだ疑問顔をしている。
だけど、なあにはねだらない。
よっぽど、我が母が怖かったらしい。
「琴子には、これね」
「ありがとう。お祖母様」
私にも用意されていた。
少し大きめな桐箱には、同じ龍神様がいた。
違いがあるとしたら、龍神様が右手に宝珠を持っていることかな。
なんとも、不思議に虹色に輝いている。
「あと、追加でございます」
「あっ、はい」
富久さんにA4サイズの封筒を渡されて、受け取った。
何だろうな。
かなり、厚みがある。
「琴子。警戒心は何処に行った」
はっ。
和威さんの、呆れた声に思い出した。
そうだった。
気軽に受け取ったら、いけなかった。
行儀が悪いけど、封筒の中身を確認した。
にこやかに笑う祖母が恐い。
「権利書?」
内容は兄が言っていた通りに、茶器や花器を譲ると書面で記載されている。
相続税の額面まで、律儀に書かれていた。
うわぁ。
支払できるかしら。
一応は資産家の孫であるからして、それなりに資産がある。
和威さん程ではなく、株式も持っている。
結婚時に生前譲渡されていて、和威さんに丸投げしましたが。
和威さんは、馴染みのトレーダーさんに預けているそうな。
膨れ上がる資産に、やり手な方だとお見受けしている。
話が逸れた。
厚みがあったのは、茶器や花器の写真がファイルされていた。
良かった。
それほど、高額な品はない。
兄が一千万は下らない美術品を譲られたから、内心びくびくしていた。
今のところ、何百万の値しかない。
例え、塵も積もればだろうけど。
ニ十数点の茶器や花器を、総額併せて億は超えてはなかった。
「それでも、厳選したのよ」
「譲られても、置いておく場所がないよ。我が家には、お転婆娘と好奇心旺盛な息子がいるのに」
心臓に悪い祖母の言葉に、高額な品を割られる未来しか見えてこない。
部屋は余っているから、そこへ押し込むべきか悩む。
双子ちゃんを入室禁止にしたら、絶対に入らないだろうが、茶器や花器が可哀想な気もしないでもない。
死蔵は良くないよね。
いっそのこと、美術館にでも貸し出してみようかしら。
和威さんと要相談してみよう。
「確かに、家には飾れないな」
ファイルをみた和威さんも、同意見でお守りを手に遊ぶなぎともえを見る。
双子ちゃん。
龍神様は、怪獣では断じてないから。
「がおー」
「ぎゃあす」
変な擬音はいらないよ。
厄除けの効果が薄れてしまうではないか。
罰当りで恐い目にあっても知らないからね。
お祖母様も、微笑ましい表情でいないで、注意してください。
お祖父様まで、遊びに加わらないでくださいな。
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