その24
日曜日。
お祖母様のお見舞いに出発した。
前日に彩月さんから電話が入り、家のハウスクリーンが終わったと連絡が有った。
なので、本日お見舞いの後に、久しぶりに家に帰ることに決めた。
父は離れがたく、まだ居ても良いのではと、渋っていた。
母も反対のようで、なぎともえの好物で釣ろうとしていた。
逆に、賛成してくれたのが兄だ。
もえちゃんが家に帰るのを大喜びしていたのを、見ていた。
なぎ君は言葉にはしなかったけども、荷造りを率先してしていた。
双子ちゃんは、家に帰る気満々である。
鞄一杯に玩具を詰めて、にこやかに笑っていた。
父と母は、肩を落として涙目だ。
今生の別れでもあるまいし、同じ都内にいるのであるから、また遊びに来れるのだ。
なぎともえは、おとなしくチャイルドシートに収まり、自作の歌を歌いご機嫌だ。
「「おできゃけ、おできゃけ、うれしいなぁ。マぁマちょ、いっちょ、パぁパちょ、いっちょ、うれしいなぁ」」
両手を振り振り元気満載。
もえちゃんの体調も完全に戻り、昨日は庭を駆けっこしていた。
なぎ君のテンションも何時になく上り、珍しく上気した頬で笑い声も大きかった。
ママもパパも、破顔一笑で遊びに付き合った。
「なぎ君も、もえちゃんもご機嫌ね」
「ああ、今から行くのは嫌いな病院なんだがなぁ。着く頃には体力が尽きているかもなぁ」
あり得そう。
だけど、病院で騒げなくなるのは、いいかも。
なにしろ、もえちゃんの熱が出たときには、なぎ君が警戒して離れなくて困った。
おかげで、二人して診察してもらう羽目に。
なぎ君は、もえちゃんに対する医師の一挙一動を、ガン見していた。
大丈夫だと言い聞かせても、もえちゃんから目を離さない。
医師や看護師さんが、微笑ましく見守ってくれていた。
ママとパパは苦笑の限りだったけどね。
一時間もかからず車が病院の駐車場に着いても、双子ちゃんのテンションは高いまま。
駐車場に下ろされたなぎともえは、直ぐに手を繋いでいる。
走り回らない良い子達だ。
日曜日の午後だけあり、それなりにお見舞い客が多いかな。
駐車場も混んでいた。
「もえちゃん、なぎ君のお手々離さないでね。なぎ君は、ママとパパの側を離れないでね」
「「あいっ」」
注意すると、繋いでいない方の手を上げる。
お利口さんだ。
「パパが抱っこしなくて大丈夫か?」
「「だいじょぶよ」」
和威さんは、少々不満げだ。
動物園では、人の多さに抱っこをねだったのに。
お出掛けに慣れてきたのかな。
それとも、緊張しているのかも。
態度を気を付けて見ていないと、もえちゃんのイヤイヤが再発するかもしれないし、なぎ君が針鼠のように気を張り詰めるのを止めないといけない。
帽子とリュックを背負い、和威さんの隣を歩いて行く双子の背後に付く。
「「ママぁ?」」
「なぁに。ママはここにいるよ」
「あい、いちゃ」
「おちょにゃり、いにゃい」
「病院では、騒いでは駄目よ。シーィだからね」
「「あい」」
かんだかい子供達の声が、静かな病院内によく響く。
他の見舞い客のお子様が、走り回り騒いでいるのが見える。
しいね。
人差し指を口に当てて、顔を見合わせる。
うん。
騒いでいる子供がいるのに、自分もと言わないのはお利口さんだ。
うちの子は賢い。
頭を撫でてあげた。
「「むふふ」」
得意満面ににぱっと笑う。
ちゃんと、小声にだ。
本当にうちの子は可愛い。
存分に撫でてあげた。
今日も、おめかしして髪型を整えているので、崩さない程度にした。
お祖母様の入院する病院は、朝霧家の掛かり付けの大学病院である。
祖母は、VIP専用の個室に入院中だ。
ナースステーションで、面会の承諾を得ないと入れない仕組みになっていて、完全看護だ。
だけど、お祖母様の具合いから、付き添いが必要なので富久さんが、寝泊まりしていた。
祖母は、末期の癌だ。
余命宣告されている為に、自宅療養するか話し合われている。
終末ケアと言う奴だ。
「琴子様、和威様。お待ちしておりました」
「富久さん。お久しぶりです」
名前の通りふくよかな富久さんが、ナースステーションの前で出迎えてくれていた。
流石VIPだ。
逆にナースに頭を下げられた。
「こちらが、小姫さまと、若様ですか」
「息子のなぎと、娘のもえよ。なぎ君、もえちゃんご挨拶は?」
「……なぁくん、でしゅ」
「……もぅたん、でしゅ」
初対面の富久さんに、一応は挨拶をする双子ちゃん。
すぐに、和威さんの脚にしがみついた。
ん?
警戒してる?
「はい、はじめまして。富久と申します」
「「ふきゅしゃん?」」
「そうでございます。富久ですよ」
「「はじみぇまして」」
「まぁ、きちんとご挨拶できまして、富久は嬉しゅうございます」
祖母とは同年代ながら、美魔女な彩月さん同様に年齢不詳な若さだ。
にこやかに笑い、双子ちゃんと目を合わせてくれている。
なぎともえはぺこりと頭を下げて、また脚にしがみついた。
富久さんも、無理には撫でようとはしない。
ご挨拶出来ただけでも、御の字である。
「奥様と旦那様が首を長くしてお待ちでございますよ。ご案内致します」
「お祖父様も、いるの? かち合ったかな」
「いいえ、奏子様から琴子様ご一家がお見舞いにいらっしゃると、お電話頂きました。旦那様は奥様のお見舞いと称して、曾孫様にお会いになりたいそうですよ」
そうか、朝霧家には顔を出していなかったから、お祖父様が痺れを切らしたかな。
行こうとしなかったのではなく、行けなかったのだけどね。
決して忘れていた訳ではない。
「「パパ、だっこ」」
「ん? どうした。おとなしくなって、緊張してきたか」
「「だっこ~」」
甘えて和威さんに、抱っこを強請り始めた。
ナースやら、見舞い客に注視をされているからか、なぎともえは両手を伸ばす。
私は花束を持っているので、抱っこは出来ない。
パパで我慢してね。
「ほら、抱っこだ」
「「パパ~」」
抱き上げられると、首に抱きつく。
眉根が寄り始めている。
車の中では、元気にお歌を歌っていたのに。
やはり、初めての場所で緊張してきたか。
それとも、人見知りかな。
「あらあら、お父様に甘えて可愛いですね。奥様や旦那様にお見せしないと。お部屋にご案内致します」
好意的に受け取った富久さんが、先導してくれる。
手続きは既に済ましてあるそうだ。
厳重なセキュリティを潜ると、見慣れた顔の持ち主が扉の前で直立していた。
お祖父様のボディガードさん達だ。
私に気付いた年配のボディガードさんが、一斉に会釈した。
若いボディガードさんが、遅れてする。
「沖田さん。お久しぶりです」
「琴子お嬢様。お久しぶりでございます」
主任の沖田さんは、一時期は私に着いてくれた事がある。
顔ぶれは、結婚前とそう変わらない。
皆さん、元気にしておられて良かった。
「「こんにには?」」
私が挨拶をしたからか、なぎともえが和威さんの腕の中から、挨拶をする。
「はい、こんにちは。どうぞ、お入りください」
お仕事中に返事を返してくれた沖田さんは、病室の扉を開けてくれた。
和威さんが、会釈して入室する。
続いて私も入る。
すれ違い様に手を振る双子ちゃん。
若いボディガードさんが、返してくれた。
後で怒られないといいな。
「奥様、旦那様。琴子様と、和威様に、お子様方ですよ」
「おおう。やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
「貴方は、早く来すぎなのですよ」
果たして、ベッドのお祖父様は言葉とは裏腹に笑顔で手招きした。
お祖母様も、にこやかに笑っている。
今日は体調が良さそうである。
特別室なだけに広く、一流ホテルかと思う位に設備が整っている。
「ママの、じぃじとばぁば?」
「そうよ。なぎ君ともえちゃんにとっては、ひいじぃじとひぃばぁばよ」
「うにゅぅ?」
「おやまの、ひぃばぁばちょ、いっちょ?」
「そうだな。パパのばぁばと一緒だな」
首を傾げるもえちゃんに、なぎ君が教える様に言う。
なぁに。
は、封印中かな。
母に問い詰められたのを、忘れてはいないね。
余程、怖かったらしい。
うん。
大泣きしたものね。
それに、私の祖父母に会うのは初対面に近いからかな。
スカイプではお話しているけども、直に会うのは初めてだ。
「なぎ、もえ、よう来たな。ひいじぃじだぞ」
「ひぃばぁばよ。お顔を見せて頂戴な」
「「あい、おんり、しましゅ」」
パパの腕からおんり。
祖父母の前まで行きにっこり。
お辞儀をして、
「しにょみやなぎ、でしゅ」
「しにょみやもえ、でしゅ」
惜しい。
まだ篠宮が言えなかった。
でも、ちゃんと名前は言えたね。
パパとママは笑顔です。
「まぁまぁ、上手にお名前が言えたわね」
「お利口さんだな」
「「あい、れんしゅう、しちゃにょ、よ」」
「まあ、頑張り屋さんねぇ」
祖父母も、喜んでくれて何よりです。
只の挨拶なんだけど、何故か好評である。
椅子を富久さんが、並べてくれた。
しかし、和威さんはベッドの端に双子ちゃんを座らせた。
動けない祖母を見て感じたのが、なぎともえは靴を脱いで、祖母に近寄った。
「あら、本当に琴子の小さい頃にそっくりさんねぇ」
「こちょこ?」
「もぅたん、ママの、おにゃまえよ」
「そうよ。なぎ君ともえちゃんはママにそっくり。ひぃばぁばは、驚いちゃった」
「それは、篠宮の中でも良く言われます。本当に琴子そっくりで、篠宮の遺伝子は何処に行ったと、親戚中にも言われます」
「確かになぁ。容姿は朝霧家の方に軍配があがったか。何時でも、和威君ごと引き受けるぞ」
お祖父様の言葉には、篠宮家の暗部を意識させられる。
いまだに、もえちゃんの養子話が何かにつけて話題になるそうだ。
和威さんは、絶対にやらんと憤りを見せている。
お祖母様に顔を撫でられるなぎともえの様子は、至極落ち着いている。
笑顔も出ているので、祖母には気を許しているようだ。
「なぎ、ひいじぃじの膝においで」
「あい」
素直に祖父の膝に座るなぎ君。
「随分と重くなったな。健やかに成長しとる証か」
「でも、標準よりかは小さいと言われるの」
「それは、遅生まれもあるだろうが、朝霧家の血筋だと成長は緩やかで、成長期には一気に伸びて行くぞ」
なぎともえは三月産まれ。
しかも、ホワイトデーが誕生日である。
因みに、和威さんは子供の日が誕生日で、私はバレンタインデーが誕生日だ。
一家揃って、記念日生まれである。
不思議だ。
「楓がそうだった。毎週のように学生服や上履きなぞ買い換える羽目になったなぁ」
楓伯父さんの学生時代を思い出して、お祖父様は苦笑いしている。
もしかして、成長期まで朝霧家の遺伝子が乗っ取りを見せるか、甚だ頭が痛い。
和威さんが、おちこみそうである。
できれば、年相応に成長して欲しいなあと、ママは願います。
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