その23
「どーん。なぎ君投入」
「うきゃあ」
「続いて、もえちゃん投入」
「きゃうん」
夕飯後のバスタイム。
温めのお湯の中に、双子ちゃんを順番に投入していく。
武藤家の浴槽は横に長く、底がそんなに深くはない。
ジャグジー付きなので、肩を載せる段がある。
まず、そこへ座らせてから、私が入る手順としている。
「ママ、投入」
私が入ると、お湯が一気に溢れ出す。
なぎともえは、きゃっきゃっと笑い声をあげた。
定番のアヒルの玩具が揺れている。
「「ママぁ」」
溢れるお湯を掻き分けて、なぎともえは私に抱きついてくる。
「はい、到着」
左右から抱つかれて、溺れないように背中に手を回す。
双子ちゃんは、今日も大興奮だ。
お風呂に入っただけであるのに、テンションが高い。
大喜びだ。
アヒルの玩具をつついたり、お湯のかけっこで、遊んでいる。
こうして見ると、新生児の頃からお風呂は嫌がらずにいたなぁ。
慣れない手付きで沐浴させていた訳だけど、腕を上下に動かして遊んでいたような。
なぎ君はおとなしくされるがままだった。
じっと、私や和威さんを見ていた。
実に、沐浴させがいがあった。
対して、もえちゃんは身体を拘束されるのは嫌みたいで、じっとしてくれたことはない。
何度か手が滑り、お湯の中に落ちた。
慌てて掬いあげると、ぎゃん泣き。
もえちゃんが泣くと、連鎖反応でなぎ君まで泣く始末。
新米ママとパパは、どうしていいか困ったものである。
彩月さんに相談して、沐浴は和威さんがメインに行った。
私の腕より太い和威さんの腕に支えられると、もえちゃんは神妙におとなしくなる。
何故だ
解せぬ。
ママだって、沐浴させたいのに。
もえちゃんのいけず。
当時の私は悩んだものである。
どういう訳か、新生児のなぎともえは、パパに抱っこされると固まる習性があった。
これも、不思議に思っていた。
和威さんにしてみれば、真顔で見つめられると、どう反応を返していいかわからなかったらしい。
眉間に皺寄せて、にらめっこかい。
何度も思っていた。
月齢が過ぎ去り、首が座り始めての沐浴になると、次第に慣れたのか遊びに夢中になった。
なぎともえは好奇心旺盛でも、何でも手に取り口に入れたりする行為はしなかった。
妙に二人でいたがるようになった。
前世の記憶を思い出したのは、この頃かもしれない。
私が倒れた時期もこの頃である。
ああ、やらかした。
薄れ行く意識のなかで、驚愕に歪むなぎともえの表情を覚えている。
ああ、母親だとは認識してくれているんだな。
またもや、ぎゃん泣きする双子ちゃんに安堵した。
後で、ものすっごく怒られたけど。
お義母さんや彩月さんに、大変迷惑を掛けてしまった。
意識を取り戻した時には、なぎともえはシーツを小さな手で掴んで離さなかった。
点滴をしていたので、おっぱいはあげられなかったが、必死にすがりつかれた。
帰るのも嫌がり、病室で泣き喚いていた。
ナースコールしてないのに、看護師さんが大量に押し寄せてきた。
ごめんなさい。
ただ、ぐずついていただけです。
病棟内に響いていたらしい。
泣き疲れて疲労困憊した隙に、連れ帰ったのだけど。
双子ちゃんは、やらかしたくれていた。
和威さんから離れない。
ミルクも和威さんでないと嫌。
おむつ換えも嫌。
いやいや尽くしだった。
退院するまでの二週間は、戦場だったと迎えに来た和威さんは呟いていた。
帰宅した私に熱烈歓迎して泣いていたなぎともえは、その日以降は私から目を離さなくなった。
もう、何処にも行かないよ。
彩月さんが昼間、面倒を見てくれている間に、お昼寝をする。
夜は和威さんも、ミルクやら手伝いをしてくれた。
アッというまに、ここまで来たなぁ。
感慨無量だ。
「マぁマ。どうしちゃにょ」
「おけぎゃ、いちゃい?」
お湯に温まれて火傷痕がくっきり、浮き上がってきていた。
だいぶ、薄くはなってきている。
小さなお手々が、ペタペタと擦る。
「もう痛くはないよ。でもありがとう。ママ、大好きよ」
「「うきゃあ」」
なぎともえを抱き締めて、頬擦りする。
甲高い笑い声が、浴室にこだまする。
「パパも大好きだぞ」
「「あーい。パパも、あちょでね」」
脱衣場で待機している和威さんが、声を掛けてきた。
そろそろ、身体を洗いましょうか。
ぬるま湯だといっても逆上せてしまう。
「じゃあ、洗いっこしようね」
「「あーい」」
片手を上げて良いお返事。
順番に浴槽から出していく。
洗い場に椅子がある。
「では、なぎ君、もえちゃん、丸洗いしちゃうぞ」
「あい、おねぎゃあ、しましゅ」
「もぅたんも、おねぎゃあ、しましゅ」
シャンプーハットを被り、まず髪の毛から洗っていく。
因みに丸洗いは、全身を洗うこと。
半洗いは、髪の毛は洗わないこと。
言い出したのは和威さんだ。
なんでも、美容院の真似事らしい。
風呂遊びの延長だ。
交互に髪の毛を洗っていく。
「お客様、痒いところはありませんか」
「にゃいでしゅ」
「おみみにょ、うしりょ、きゃゆい」
「ここかなぁ」
「ひゃん。しょきょでしゅ」
「楽しそうだな。パパは、寂しいぞ」
美容院ごっこをしている私達。
一人取り残された和威さんが拗ねている。
いつもは、私がその位置にいる。
少しは分かって貰えたかな。
だって、いつも楽しそうだもの。
「はい。シャンプー終わり。シャワーかけますよ」
「「あい」」
手の平で顔を覆ったのを見計らい、シャワーでシャンプーを流していく。
お目々と口は綴じていてね。
「はい、終わったわよ。今度は身体を洗いますよ」
ガーゼタオルに石鹸で泡立てる。
二枚用意して、なぎともえに渡す。
「ごしごし」
「きえいきえいに、しましゅ」
身体を洗うのはやりたがるので、ママは仕上げまで手を出さない。
和威さんに躾られているので、プリチーなお尻もきちんて洗ってゆく。
「「ママ、おねぎゃ、しましゅ」」
「はい。任されました」
私は、手が届かない背中や足裏等を重点的に洗ってゆく。
あっ。
なぎ君のお尻におむつかぶれを発見した。
お薬を塗らなくては。
もえちゃんは、大丈夫そうだ。
「はい。洗い流しますよ」
「「あーい」」
シャワーを流していく。
モコモコの泡が勢いよく流れていく。
良し。
綺麗になりました。
「再び投入」
「「うにゅう」」
その隙に目を離さないようにして、自分の身体を洗っていく。
自分は、かなり適当にである。
「良し、ママ投入」
冷えた身体にぬるま湯は寒かった。
少し温度をあげた。
「むう。ママ、あきゃいにょ、いっぱいよ」
「ほんちょに、いちゃきゅ、にゃい」
うん。
痛くはない。
が、こそばゆい。
おそるおそる、触れてくるから、笑いたくなってくる。
「いちゃきゃっちゃ?」
「火傷したすぐは痛かったなぁ。でも、沢山お薬を塗ったから、今は痛くはないよ」
「あい」
なぎは私の火傷跡を随分と気にしている。
もえは痛くはないと知ると、関心事は他へ向く。
双子ちゃんでも、個性がハッキリとでてきた。
「もぅたん、ママにょ、きゃちゃきうち、しゅりゅ。いじわりゅしゃん、やっちゅけりゅ」
「なぁくんも、しゅりゅ」
あら。
頼もしいお言葉。
ママ、泣いちゃうぞ。
「大丈夫。悪さした人は罰を受けたからね。もう、ママの処には来ないよ」
「うー。ほんちょに?」
「本当に。パパに聴いてご覧なさい。パパも、うんと言うから」
疑り深いもえちゃんの額と額を合わせる。
そろそろ、お風呂は終りかな。
「じゃあ。パパに拭き拭きしてもらおう」
「あい。パパぁ」
「おし、やっとパパの出番か、待ちくたびれたぞ」
最初にもえちゃんを浴槽から出す。
磨りガラスの扉を開けて、もえちゃんがパパの広げたバスタオルに一目散に飛び込んだ。
「なぎは、もう少し待っててね」
「あい。おはにゃし、してくぅしゃい」
「御話し? 何をしようか」
「わりゅい、ひちゅにょ、ばつは、なあに?」
おおう。
本格的な質問がきた。
まさか、二歳児が口にする質問が、やけに現実を帯びてきた。
「それはだね、お巡りさんが捕まえて、牢屋にいれたの」
「りょうあ。なあに?」
「分からないか。悪いことをすると、入れられるお部屋よ。鉄格子があるの」
「うー、わきゃっちゃ。もぅたん、いれりゃれちゃ、おへや。まっきゅりゃにょ、おへや」
前世のもえちゃんが入れられた部屋か。
鉄格子ならぬ、座敷牢かな。
なぎ君の表情は苦痛を耐えるかのように、歪んだ。
安心して。
ママは、もえちゃんを手離したり、暗い部屋に閉じ込めたりしないから。
「真っ暗ではないけど、狭いお部屋に閉じ込められたのよ。だから、もう悪いことした人はいないの」
「あい」
「なぎ君も、他人に迷惑をかけたり、殴ったりしたら、閉じ込められちゃうから。気をつけようね」
「あーい」
良い子のお返事だけど。
今一信用できないんだな。
もえちゃんに何かされたら、手足が出そうなんだけど。
今の内から、言い聞かせておかないと。
ママは、なぎ君が犯罪者になってほしくはない。
「次いいぞ」
「はい。なぎ君の番だよ」
「あーい。パパ、ふきふき、おねぎゃしましゅ」
なぎ君を浴槽から出す。
もえちゃんと同じように飛び込んでいく。
「うりゃ。拭き拭きだ」
「うきゃあ」
「和威さん。なぎ君のお尻に湿疹があるから、薬をお願いします」
「了解。琴子は、ゆっくり温まってくれ。後は任せろ」
「赤い蓋の薬だから、間違えないでね」
「分かった」
バスルームの扉が閉められる。
脱衣場ではなぎともえの、笑い声が響いている。
ご機嫌だね。
ママは、パパに言われたから、ゆっくり浸かるかな。
「あっ。水分補給忘れないでね」
「了解した」
「もぅたん、じゅうちゅぎゃ、いい」
「なぁくんも」
「麦茶で我慢だ」
ぶー。
むくれた二重奏に笑える。
なんてことのない、日常に今日も平和だと実感できる。
和威さんでないけど、何時まで一緒にお風呂に入ってくれるかな。
親離れは、何時になるだろうね。
反抗期には、ママ嫌いとか言われちゃうのかな。
そうなったら、悲しいな。
いかん。
お湯が暖かくなり、逆上せてきたかな。
悲観的な思考に陥りそうだ。
楽しいことを思い付こう。
「「ママぁ~」」
「はい。なあに?」
「おふりょ、まぁだ?」
「もぅたん、ふきふき、しましゅ」
あら?
ママを待っているの。
なんて可愛いことを言うかな。
手早く髪の毛を洗って出なくては。
待っててね。
可愛い双子ちゃん。
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