その22
「ばあ様の遺産? ああ、相続するしかなかったな。大体が、花瓶やら絵画に掛け軸だったけど」
なぜか半休で帰宅した兄を捕まえて、問い質してみた。
なぎともえは昼寝から覚めて、おやつのバナナに夢中である。
小さな口を目一杯開けて、にこやかに頬張っている。
おいちいね。
互いに頷きあい、あーんをしている。
「なんだ、琴子も相続する話が出たのか。ばあ様の遺産の中で琴子が相続するとしたら、茶器や花器だろうな」
「それ、母も言ってた。兄は素直に相続したの?」
「いや。ばあ様に無茶振りされた」
当時を思い出したのか、兄は顔を歪めた。
眉間には、盛大な皺が。
「放棄しようとしたら、1千万はする花瓶を割られた。絵画も破ろうとするし、折れた」
うわお。
なんて豪快な。
お祖母様って、そんな事をする人柄だったかな。
「ばあ様の見掛けに騙されるなよ。あのじい様さえ、頭が上がらない女傑だ。富久も、ばあ様の味方だぞ。絶対に相続を放棄するなよ」
「近々お見舞いに行くのを躊躇うなぁ。私だけでなく、子供たちの分まで用意しているみたいだよ」
「あり得るな。ばあ様の血筋は、母さんと俺や琴子しかいないからな。伯母さん達は遠慮して放棄しているし、その分が回って来るのは、確実だ」
何だか、お見舞いに行くのが、怖くなってきた。
一体何が待っていることやら。
でも、我が家にお高い花瓶やらが飾ってはいない。
兄が相続した美術品は何処にあるんだろう。
貸金庫かな。
私も、用意した方がよいのかな。
「兄。その美術品は貸金庫なの」
「朝霧の家に置いてある。名義は俺になったが、専門知識がないからな。じい様の処のスタッフに任せてある」
なんだ。
私もそうしようかな。
兄がお祖父様を頼っているなら、私も頼らせて貰えるかも。
「琴子の場合は、篠宮家に頼れよ。俺も、いずれは水無瀬家に委託するからな」
「だって、和威さん」
和威さん。
二人を膝の上に乗せて、他人事のようにしていないでよ。
夫婦は一蓮托生でしょう。
軽く睨んでみた。
けど、反応したのは我が家の双子ちゃんである。
「ママ。おきょちゃ、やあよ」
「パパ。めんしゃいよ」
眉をはの字にして、和威さんを見上げている。
ごめんね、なぎともえ。
ママは怒ってないよ。
困っているだけよ。
「なぎ、もえ。ママは怒ってると思ったのか」
「「あい。ちあうの?」」
「違うな。ママは、どうしていいか、分からないだけだ」
「「にゃんで」」
疑問符だらけのなぎともえに、和威さんは頭を撫でて優しく笑う。
「ママの、お祖母さんが病気で入院しているんだ。入院とは、家に帰れなくて病院でねんねしているんだよ」
「ママの、おけぎゃちょ、いっちょ?」
「もぅたん、おねちゅ、しちゃにょ、いっちょ?」
「そうだな。もえと一緒かな。日曜日に、パパとママと一緒にお見舞いに行こうな。そうしたら、ママがなんで困っているか分かるからな」
「「おりゅしゅばん、じゃにゃくて、いっちょ」」
「そうよ。なぎともえも、一緒に行こうね」
「「あいっ‼」」
一緒と言う言葉に破顔一笑するなぎともえ。
幼いながら、理解してくれている。
多分、半分も理解していないとみるけど。
ばあばが病院でねんねしているから、お見舞いに一緒に行く。
それだけ、理解してくれたら良い。
賢いなぎ君は、何か起きるか分かっているかもだけどね。
元気よくお返事したけれども、もえちゃんの服の裾を握っている。
内心は不安に思っている証拠である。
「? なぁくん。どうしちゃにょ」
「……パパ。もぅたん、どきょきゃに、いきゃない?」
「行かないぞ。なぎともえは、ずっとパパとママと一緒だ」
んん?
何やら、和威さんが焦っているような。
何かな。
不安材料になる事を言っていたのかな。
「和威さん?」
「何でもない。なぎ、パパと男同士のナイショだろ?」
「! あい。ないちょだった」
裾から手を離して、口元を隠すなぎなのだけど、全然ナイショではないから。
暴露しているから。
仕方ない。
聴いてない振りをしよう。
和威さんには、後から問い詰める気満載だけどね。
だけど、空気を読めない子がいるのを、忘れてはいけない。
「むう。パパとなぁくん、なんで、ないちょ。もぅたんも、いっちょぎゃ、いいにょ」
和威さんの膝から降りて地団駄を踏むもえがいる。
目には涙が溢れてきた。
「いっちょ。もぅたん、なまかはじゅれは、いやぁ」
もえちゃん。
仲間ハズレね。
だけど、ママも同じなんだけど。
もえちゃんはいやいや。
頭を振り地団駄。
握り潰しそうなバナナを取り上げ、抱っこを試みる。
忘れていたけど、もえちゃんはイヤイヤ期だった。
おとなしく抱っこできたが、胸元で頭を振り続けている。
また、熱が出そうな勢いである。
背中をとんとんと叩くと、頭を振るのは止めた。
「もえちゃん。なら、ママと女の子同士のナイショをしようか」
「……ないちょ? ママちょ、もぅたんだけ?」
「そうよ。ママともえちゃんだけ。それで、パパとなぎ君と一緒。いやいや?」
涙に濡れたお目々が、揺れている。
なんでも、半分こにしてきたからか、内緒話はしてこなかった。
けれども、情緒が発達してきたら、必然となくなるはずだ。
遅いか早いかの違いである。
「うー、いやいや。もぅたん、おてて」
痺れを切らしたのはなぎ君だった。
和威さんは、顔を片手で隠して天を向いた。
うん。
内緒話はもう少し成長したらで、お願いしたい。
今は仲良しな双子に仲間ハズレはダメダメである。
なぎ君の手を繋ぐもえ。
暫くすると、首を傾げた。
「パパ。もぅたんも、パパちょ、ママぎゃ、いい」
「うん。分かっている。パパも、なぎともえは、何処にもやらないからな。安心していいからな」
何を聴いたのやら。
必ず、後で問い詰めよう。
絶対に忘れないでおこう。
「あら、琴子」
母の堅い声。
やばい。
母が居たんだった。
母には、双子ちゃんの異能は図らずも内緒にしていた。
兄には知られていたし、見られてもいた。
油断していた。
「あらまあ。なぎ君ともえちゃんの『これ』は何事かしら。序でに、何時からなの?」
「さあ、何時からかは分からないよ。お喋りをしだしてからは、もう『こう』だったから」
流石に前世云々は隠しておきたい。
なぎ君ともえちゃん。
ここは空気を読んで頂戴。
「もえちゃん、なぎ君とお手々繋いで内緒のお話?」
「あい。ないちょにょ、おはにゃし」
「何時からお話は出来たのかな?」
「……」
「母さん。もえに詰め寄るなよ。怯えているだろ」
兄。
ナイスフォロー。
もえちゃんは、何時にない母の態度にやや怯えている。
口を開けかけたもえちゃんは、手を繋いだままのなぎ君を見た。
なぎ君が何かを伝えたのだろう。
手を離して、私の胸元に顔を埋めた。
「なぎ君?」
「ばあば。もぅたん、いじめちゃ、めっよ」
「あら。叱られちゃった。残念」
全然、残念ではなさそうである。
なぎともえは接触して話せると確信しているだろう。
現に目の当たりにしたし。
でも、なぎ君が警戒したのは僥倖だ。
ますます、水無瀬家に目を付けられるのは、勘弁願いたい。
「ママ、めんしゃいよ。なあには、めっ、にゃにょに、しちゃっちゃ」
「泣かなくて、いいの。ばあばは、試しただけだからね」
「なぁくんも、もぅたんに、おてて、しちゃっちゃ。パパ、めんしゃいよ」
二人とも大泣き寸前。
なあには、ママとパパがいるときではないと駄目よ。
と、以前に話していたのを思い出したのかな。
あーあ。
自分が悪いと判断してしまった。
「母さん。大人気なく、泣かすなよ」
「少し、驚かせただけなのに。ごめんね。なぎ君、もえちゃん。ばあばが悪いのよ、泣かないでね」
「「ばあばにょ、いじわりゅ、きょわい」」
なぎ君まで、イヤイヤをしだした。
ふえ~ん。
本格的に、泣き始めた。
最近、泣いてばかりだ。
お山では、こんなに泣き虫ではないのに。
やっぱり、ストレスがあるのかも。
和威さんを置いて帰れないし、どうしたものやら。
「ほら、泣かした」
「どうしましょ」
「好物のおやつで泣き止むかな」
「そうだ、プリンがあったわ」
呆れた兄の言葉に母が飛び付く。
しかし、母が持ってきたプリンには目もくれず、なぎともえは泣き通した。
およそ五分は全力で泣き、力尽きてぐったりへたった。
感極まった母も必死であやしていたから、ぐったりと伸びてしまった。
喉が渇いたなぎともえはフルーツ牛乳と麦茶を飲み干し、食べかけのバナナを完食した。
プリンは、仲良く半分こにして食べた。
好物に、少しだけ機嫌が戻ってきた。
「なぎ、もえ。ばあばがごめんなさい、してるから、もういいよ、しような」
「「あい。ばあば、もういいよ」」
兄に言わされた感が半端ないのだけど、一応は収まった。
「「にゃいて、めんしゃい」」
「なぎ君ともえちゃんは、悪くないの。意地悪したばあばが悪いのよ」
「「あい。にゃきゃにゃおりにょ、ちゅう」」
母の頬にちゅうをする。
母。
これに懲りて悪女を演じるのは、止めてね。
似合わないから。
本当に、似合わないから。
大事なことなので、二回言いました。
そして、なぎともえの精神安定の為にも、止めてね。
「「なあには、もうしにゃい。パパとママぎゃ、いいよ、いわにゃいちょ、しにゃい」」
ほら、気を引き締められたよ。
身体は二歳児だけど、精神年齢はもっと高い子達なんだから。
一度間違えた事は二度とやらない。
賢さに磨きが掛かってしまったよ。
篠宮の縁戚に気味が悪い子だと、益々言われそうだ。
でも、ママはお利口さんだと、誉めてあげるからね。
パパなんか、言い出した人を実力行使で排除してくれるからね。
そのまま、真っ直ぐに健やかに成長していけば良いよ。




