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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のカプリチオ
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その21

 そろそろ熟睡に入ったかな。

 また、毛布を蹴飛ばすもえちゃんの足。

 なぎ君と反対方向の足は、傍若無人に動いておりますなぁ。

 私となぎ君は蹴られたりしないけど、和威さんは蹴られたりしているらしい。

 深夜に呻いている。

 差はなんだろうね。


「琴子、和威君。お茶にしない?」


 健やかに眠る双子ちゃんを眺めていると、母に呼ばれた。

 手招きまでしているから、何か相談があるみたい。

 和室とリビングは衾一枚で隔っている。

 開けて置けば姿がわかるかな。


「いいですよ」

「なぎ君。もえちゃん。パパとママは隣にいるから、安心してねんねしてね」


 一応は声を掛けておいた。

 でないと、飛び起きそうだ。


「……ぁぃ」


 小さなもえちゃんのお返事。

 寝返りをうち、なぎ君の手を繋ぐ。

 なぎ君も握り返した。

 可愛いなぁ。

 和威さんもそう思ったのか、スマホでぱしゃりと撮っている。

 相変わらずだなぁ。

 苦笑しながら、リビングに移動する。

 母が態々ミルで挽いたコーヒーの良い匂いがした。

 御茶請けにはチョコレートやクッキーが並んでいる。


「美味しい」


 久しぶりに飲む母のコーヒーは懐かしい。

 授乳期間中は専ら、ノンカフェインのお茶ばかりだったからかな。

 うん。

 苦味の中に後から旨味がでてくる。

 美味しい。


「唐突で悪いのだけど。なぎ君ともえちゃんの七五三はどうするの? 数えでするの、満年齢でするの」

「七五三ですか」


 本当に唐突だ。

 思わず和威さんと顔を見合わせた。


「朝霧の母がねぇ。もえちゃんのお着物を準備していたのよ。なぎ君は篠宮家の家紋がついた羽織袴があると、姉さんが押し留めたのだけどね。女の子は飾りがいがあるみたいで、琴子のお着物も用意してあるのよ」


 お祖母様。

 もえちゃんだけでなく、私の分までとは。

 頭がさがる。

 双子ちゃんの氏神様はお山の媛神様だ。

 出産は東京でしたけど、お宮参りは和威さんと同じ社でした。

 お義母さんと母に抱かれて、大泣きしている写真が残っている。

 機嫌が悪かったのか、厳粛な雰囲気をぶち壊す泣き方で、式の間は泣き通しだった。

 散々なお宮参りの記憶が残っている。


「七五三かぁ。まだ早いと思っていた」

「そうだな。まだ二歳だものなぁ」

「準備していないと、水無瀬家がしゃしゃり出て来るわよ。貴女の時には水無瀬家の家紋がついた簪を着けるか否かで、大揉めよ」


 嘆息する母。

 その時を思い出してみる。

 母と誰かが言い争いをしていたのを、記憶している。

 水無瀬家の血をひいた女児は、祭神の巫女に選ばれ易い。

 祭神は水神たる龍神だ。

 故に、巫女は雨乞いの巫女とも呼ばれている。

 下手に、乙姫とも崇められている。

 祖母はまさに、雨乞いの巫女だった。

 祝詞を諳じれば、雨が降る。

 なんで、祖父に嫁いだのか不思議だ。

 母によれば、祖父の前妻さんとは姉妹のように仲が良かったらしく、後妻になるのは忘れ形見を立派に育てる為だと言う。

 だからか、母と異母姉妹の仲も良好である。

 そして、母は雨乞いの才はない。

 私はどうなんだろう。

 三世代目には能力は遺伝しないと、言われている。

 だけど、現在も水無瀬家には雨乞いの巫女は祖母以外にいない。

 水無瀬家の当主が私と兄に目をかけてくれるのは、祖母からの隔世遺伝を期待されているからかも。

 穿った見方かも。


「きっと、そろそろ水無瀬家から、言い出して来るわよ。数えでやるなら早急に答えないと、なぎ君の羽織袴も水無瀬家の家紋が着いたのを用意されるわよ」

「至急、実家と相談してみます」


 母の念押しに、和威さんはスマホを片手に窓辺に移動する。

 お義母さんに問い合わせるのかな。


「ああ、兄貴。暫く振り。和威だけど、お袋はいる?」


 お義兄さんが出ましたか。

 話が長くなりそうだ。

 現在の篠宮家の当主はお義兄さんだ。

 直にお義兄さんに、尋ねるのは駄目なのかしら。


「琴子はどうなの? 奏太が養子に行かなくなったら、なぎ君ともえちゃんが継承問題に関わって来るわよ。呑気に構えていたら、貴女だって和威君毎巻き込まれるのだから」

「私? 他家に嫁いでいるのに?」

「篠宮家も旧家よ。それに、和威さんは五男じゃないの。多産の可能性を秘めているのよ。双子ちゃんが駄目なら、次子に期待されるのよ」

「ないない。母だって出産に立ち会ったじゃないの。自然分娩出来なくて帝王切開したから、次子は恵まれないと医者に言われたのよ」

「そうだけど。全く0では、ないじゃない」


 母が言いたいのはわかる。

 長男長女を産んだ後に、次子を水無瀬家に迎えると言われた。

 だけど、母も次子は恵まれなかった。

 私は医者に言われた通り、次子は産めない。

 0ではないけど、確率は限りなく低い。

 和威さんも一度に二人産まれたのだから、と気にしないでいる。

 多分だけど、なぎともえは嫌がると思う。

 私が赤ん坊を可愛がると、泣いてしまう。

 あーたんいらない。

 なぁくんと、もぅたんだけのママ。

 と、主張していた。

 甘えてそう言ったのだと、思っていたけど。

 前世があると知ったら、なにかしら考えさせられる。

 辛い記憶を思い出させたくないから、突っ込めない。


「今は次子を産むつもりはないわ。なぎともえが、成長したら考えるかもだけどね」

「それだけ、考えているなら、水無瀬も黙るわね」


 母がにっこりと笑う。

 もしや、試されたかな。


「朝霧の母の体調が思わしくないの。覚悟してね。今年が越えられるか、分からないわ」

「お祖母様は、そんなに悪いの。お見舞いに行った方が良さそう?」

「そうね。一度は双子ちゃんを連れて行かないといけないわ。母も、琴子と双子ちゃんに会いたいと言っているわ」

「兄情報だと、水無瀬の家の方がいるみたいだけど。大丈夫かな」


 お祖母様のお見舞いだけなら、良いのだけど。

 水無瀬の家人に鉢合せしたら、何を言われるか分からない。

 なぎともえの機嫌が損ねないかな。

 あの子達は、悪意に敏感だしなあ。

 パパに抱きついて離れないかも。


「四六時中看護に携わっているのは、富久さんよ。あの人がいれば、大抵は黙らせてくれるわ」

「富久さんがいるんだ。それなら、一安心かな」


 富久さんは、お祖母様が朝霧に嫁ぐ際に一緒に来たお付きの人だ。

 水無瀬家の筆頭分家の出身だから、発言権は強い。

 子供好きで、私もよく面倒を見て貰った。

 水無瀬家の意向より、朝霧家の事を優先してくれる。

 私の母が、一般家庭に入ると主張した時も、母を後押ししてくれたそうだ。

 両親が結婚できたのも、富久さんがいたから。

 なので、母も第二の母と慕っている。


「なんでも、貴女と双子ちゃんに、譲りたい品があるらしいわ」

「七五三のお着物だけでなく?」

「そうよ。水無瀬家由来の品みたいね」

「普通なら、母が受け取るべきじゃないの」


 実の娘を飛ばして、孫と曾孫になんて。

 順番がおかしいと思う。


「勿論、私にも譲られたわよ。お母様は、ご自分に残された時間を分かっているわ。生前に譲り渡す事で、水無瀬家の横槍を交わすつもりね」


 生前分与と言う訳か。

 一体、何が譲られるのか。

 水無瀬縁の品は、水無瀬家に返せば良いのに。


「因みに、母が譲られた品はなに?」

「まあ、宝飾品が多いわ。普段使いが出来ない品よ。後は、お着物に帯ね。奏太は美術品が大半ね。貴女には、宝飾品かしら。それとも、茶器かしら」


 兄も譲られていたのか。

 普段使い出来ない宝飾品も、いらないけど。

 茶器も箪笥の肥やしになりそうだ。

 お祖母様は茶道の師範代の腕前だから、一通り所作は習った。

 花嫁修業だったけど、一度篠宮のお祖母様に披露しただけに終わっている。


「ああ。花器もあるかも知れないわ」

「茶器や花器なんて、貰っても飾れないよ。我が家には、お転婆娘がいるから」

「私だってそうよ。着ていく場所がないわ。精々、太一さんと演劇鑑賞に行く時位ね」


 母は朝霧家を出てからは、上流階級の催しには出席していない。

 祖父母に請われて、朝霧のパーティには顔を出す位で、帰宅している。

 あとは、同窓会かな。

 一般家庭でも、武藤家は辛うじて上流階級の端にある。

 祖父母が嫁入り道具に、名義を書き換えた株券を忍ばせていた。

 その、配当金で私と兄は一流の進学校に通えていた。

 なに不自由ない生活を送っていた。


「お義母さん。うちの母親が話したいと」

「あら」


 何が譲られるのか戦々恐々していると、和威さんがスマホを母に差し出した。

 お義母さんに、繋がったんだ。


「もしもし、代わりました」


 今度は母が、窓辺に移動した。

 武藤家は、微妙にスマホだと話しにくくなる。


「どうした。気落ちしているみたいだが」

「お祖母様の具合が悪いらしく。なぎ君ともえちゃんに会いたがっているんだって」


 腰を降ろす和威さんに伝える。

 和威さんは、冷めてしまったコーヒーを口にした。

 私も、気分を変えるためにコーヒーを飲んだ。


「なら、近いうちにお見舞いに伺うか」

「お見舞いに行くのは良いのだけど、厄介な問題があるのよ。第一に、お祖母様の余命が判明したの」


 冷めたコーヒーが不味かったのか、お祖母様の余命に驚いたのか、和威さんは眉間に皺をよせる。

 目配せで続きを促された。


「第二に、生前分与で私と子供たちに遺産が譲られる。第三に、水無瀬家由来の品らしく問題が発生しそうよ」

「返還したらいいんじゃないか。それか、放棄するかだが」

「母と兄がすでに譲られているの。きっと、返還出来ない何かがあるのだと思うし、放棄も同様だと思う」

「成る程。奏太さんにでも聴いてみるか」

「だね」


 冷めたコーヒーは、苦い味がした。

 お祖母様が譲ろうとしている遺産が、どういった品なのか議論しても無意味だ。

 母と兄が、何の抵抗もなく受け取る訳がない。

 只の宝飾品や茶器等なら、辛うじて受け取っても良い。

 お祖母様には悪いけど、水無瀬家由来の品は断ろう。

 株券なんて、もってのほかである。

 後は、臨機応変だ。

 和威さんに任せてしまうのも、手かな。

 和威さんも、成人したら祝いが緒方家の株券だったと言うし。

 まあ、なんとかなるでしょう。



ブックマーク登録ありがとうございます。

次話は年内に後一回は投稿したいとおもいます。


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